適当文集

140文字だと書き切れない事を雑に書くところ

デーブ・ヒルトンはショート的二塁手だった…と結局上手く表現出来なかった雑な文章を

1978~80年にヤクルトスワローズ阪神タイガースでプレーしたデーブ・ヒルトンが9月17日に亡くなったというニュースが報道されましたね。

二塁手好き・二塁手贔屓の老人としましては(?)何か駄文を書いてしまいたくなったので、またうだうだと始めてしまいます。

 

この1970年代後半には多くのチームでセカンドを守る外国人がいた時代でしたねえ…。例を挙げますと、阪急ブレーブス・スワローズに在籍したボビー・マルカーノ(1975-1985)、大洋ホエールズ読売ジャイアンツジョン・シピン(1972-1980)ホエールズフェリックス・ミヤーン(1978-1980)、ジャイアンツのデーブ・ジョンソン(1975-76)近鉄バファローズのクリス・アーノルド(1978-80)…という名前がパッと出てきます。

主軸打者となりタイトルも獲得するような「助っ人」が現れる中でヒルトンもまたその例に漏れず日本球界で活躍する選手となりました。

スワローズに在籍したのはわずか2年でしたが、1978年のチーム初優勝に「一番・二塁手」として大きく貢献します。過剰に持ち上げる一言を添えますと、初優勝への最後のピースだった選手と言えましょうか。

1つ、私が思うにヒルトンというのはショート的セカンドだったのではと思うのです。

何と申しましょうか…守備も監督の広岡達朗が起用していた位なので悪いことは無かったと思うのですが(シーズン途中にショートからコンバートされてはいますが…)打で目立っていますね。先頭打者ホームランを8本記録し、打率も.317を残しベストナインにも選ばれているようにどうしてもこちらの印象が強くなってしまいます。そして何よりもセカンドらしくないのは(?)金髪で顔もいい男な所ですね(そこを突っ込むのは流石に理不尽だ…と自分でも思う)。こういう派手さや先頭打者としてチームを引っ張っていたというのもショート感があると思うのです(これ自分の感覚で思っていることなので伝わらないだろうなあ…)。

ちょうどこの頃のセ・リーグ二塁手高木守道土井正三などという如何にも職人肌といえます選手がベテランとなってはいましたが現役としてプレーしている一方で、ヒルトンやシピンのように打力があり見た目も派手な外国人が二塁手として鎬を削っていた時代でした。その中でヒルトンというのはショート的セカンドの外国人選手というニューなタイプの選手だったと思うのです(マルカーノやミヤーンは外国人でもザ・セカンドというタイプに見えます…これもよく分からない(自分でそう思っているので末期である))。

当時のスワローズにはそういったタイプの選手がいなかったことも活躍に繋がったと思いますが、不運だったのは80年に移籍したタイガースのセカンド候補にルーキー岡田彰布がいたことでしょう。この岡田の起用を巡り、監督のドン・ブレイザーとフロント、そして岡田の起用を望むファンの対立、ヒルトンそしてブレイザーの退団という所謂阪神のお家騒動が起こったことは有名ですね。ただ実はもう1つヒルトンがうまくいかなかったのには当時のタイガースには如何にもショート的といえます選手がいたためではないのかと思うのです。そう、当時ショートでレギュラーを務めていた真弓明信です。後年首位打者やシーズン30本塁打を記録するなど打撃も素晴らしく、また顔もいい選手と、何とも華やかな選手ではないですか…(この頃の他球団の選手で言いますと広島東洋カープ高橋慶彦あたりでしょうか)。あれ…これ前述しました(私の都合の良い)ヒルトン(像)にそっくりではないですか。真弓は後に二塁手や外野手とポジションを移していきますが、ショート的な輝きを失うことがありませんでした(慶彦はロッテ移籍に外野転向が重なってかショート的輝きとともに力を失ってしまった…と勝手な解釈)。何と申しましょうか…二遊間コンビというのはショート的な選手で被っては駄目なのだと思うのです。やはり片方はいい意味で地味な引き立て役にならないと思うのです(逆にセカンド的コンビは被っても機能してしまう…ような気がする)。となりますとタイプが似ている(と書きますと怒られそうですね)ヒルトン真弓コンビは最初から機能しづらいコンビだったのかも知れません。

では岡田はどうだったのか…と言われますと、入団時はショート的選手ではなくセカンド的選手でも無かったと思います。むしろどちらでも無かったことで主軸にバランスの取れる選手が入ることになり1985年の優勝に繋がったのでは無いのかと思います(ちなみに85年優勝メンバーでセカンド的と言いますか、元セカンド的選手と言えますのは実は掛布雅之のような気がします…)。

セカンド的選手という単語に具体的な説明が出来ないままになってしまいました。もう少し大人になれましたら(?)ちゃんと説明した文章を書きたいです(?)。

…そしてこの1978年のスワローズの内野陣、ファースト大杉勝男サード船田和英もすでに亡くなっており何とも言えない思いに駆られてしまいますね…。

スワローズ初優勝も遠くになりけり…ですね…。

デーブ・ヒルトン氏のご冥福をお祈りいたします。

 

 

あとがきのようなもの

誰か日本の二塁手史を書いていただけませんかねえ…。でもそうしますと全てのポジションが見たくなってしまうのであれですかね。