適当文集

140文字でも書けそうな事を引き延ばして雑に書くところ

現代東京奇譚のライブにおけるポジションが好きなのよ、という雑文

現代東京奇譚、好きなのです…(のっけからレッツゴーボウリングみたいな一文ね)。

これまでライブでは、2008年「Act Against AIDS 2008「昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦」」と2012年「I LOVE YOU -now & forever-」の2度演奏されていますね。それが多いのか少ないのか…は今回置いておくとしまして、この2度の登場がまた絶妙な配置だったのでは…と個人的に思っておりまして、今回はその辺りを何とか言語化してみようと思った次第でございます。

 

まずはライブ初登場となりました「昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦」から振り返ってみましょう。

第1回ひとり紅白では45曲目、「いい日旅立ち」と「少女A」の間で歌われました。

何と申しましょうか…。この最初のひとり紅白は2回、3回とは少しだけテイストが違う、といいますか対決形式が、その後と比べると若干濃いめな感じがありまして…。

コーナーではなく個で見ますとその中で「現代東京奇譚はvsいい日旅立ち」という構図になっていますね。となりますと=桑田佳祐の対戦相手は山口百恵ということなのですよね。何と申しましょうか…。一人で紅白を再現する、というコンセプトの中で唯一自身の登場、というのがまだ当時ソロでの本家紅白出場をしておらず(後の2010・2017年に出演)、いい日旅立ちも本家紅白では披露されていない、というまさに「夢」の組み合わせとなっていますね。

またサザンのデビューから山口百恵引退までの時期が被ったのは約2年ほどで、雑誌「明星」の表紙で共演などといったことはありましたが、そのアイドルと学生バンド、というところで止まっていた時間が約30年の時が経ち、(勿論桑田さん一人での披露なのですが)リスペクトしつつも共に一人歌手として勝負しているような雰囲気を何処か感じてしまうのですよね…。

現代東京奇譚終了後に、当時のエイズの状況が映像で流れるというのが、「夢」から「現実」に引き戻されるといいますか、原さんと弘さんによる「3年目の浮気」で一度舞台裏へ下がった桑田さんがステージに戻ってきてのこの2曲披露でしたから、独立したコーナーとして強調されたところだったと思えてしまうのです。

後に持ち曲枠として、第2回の「おいしい秘密」が、ヅラ山田洋とクール・ファイブ(内山田洋とクール・ファイブ) feat.桑田佳祐という形で「東京砂漠」とのメドレー形式での披露、第3回の「100万年の幸せ‼︎」が「YOUNG MAN(Y.M.C.A)」(あの繋ぎですと「ひこうき雲」も入ってくるかと思いますが)からの流れで、終盤の所謂煽りの中で1つ追悼コーナーでの披露、という趣きがあり、この2回がどこか1つの流れに組み込まれているように見える中で、第1回というある種の特殊性もあるのか現代東京奇譚は「個」としてどうしても思えてしまうところがあるのかもしれません。

そもそも、いい日旅立ちで歌われる道連れにする曲が実は現代東京奇譚だった、と思うとまた面白いといいますか、既に1つの物語という流れになっていたのかもしれませんね。

 

もう一つの演奏したライブである「I LOVE YOU -now & forever-」を振り返ってみましょう。

14曲目、「声に出して歌いたい日本文学」と「白い恋人達」の間で歌われました。

ひとり紅白がイベントのライブとすれば、ソロライブでの演奏は実質これが唯一ということになりますね。

何と申しましょうか…。このライブでの現代東京奇譚は何処か声に出して歌いたい日本文学という様々な日本文学の世界を覗いた組曲であり、約20分に渡る1つの物語のエンディングである種の続きとして並んでいるように思えてしまうのですよね…。もしくは近代史の作品から作られた世界から現代に引き戻す鍵といいますか、ある種のフィクション物語から現実に戻して来る、リアル(現在)の二面性といいますか、フィクションとリアルの狭間にいるのが、桑田佳祐であり現代東京奇譚である、といいますか…。

そんな現代東京奇譚という曲が、「闇の子供たち」という文学作品であり映画化の際に桑田さんへ主題歌の依頼があり作品を見た上で書き下ろした曲である、というのがまたどこかこの曲が日本文学の系譜に繋がっているようにも思ってしまいますね。故に声に出して歌いたい日本文学というI LOVE YOUツアーの中核であり、大きなチャレンジでもあった曲の次に持ってくる曲として選曲されたのではないのでしょうか。

 

桑田さん自身がどう思っているのかは分かりませんが、現代東京奇譚という曲はライブにおいて前後の曲に何を置くか、というのが難しめな曲だと思うのですよね。だからこそ、ここ一番(ひとり紅白で唯一の持ち歌披露)・曲のパワーが強い曲の後ろ(I LOVE YOUツアー)という限られた場面での登場、という役割になっているのかしら…と。

またこの2回の披露が、共に赤を基調とした服装に着替えてだった(ひとり紅白はいい日旅立ちから、ではありますが)のは偶然だったのかもしれませんけど、「愛し合う悦びを 誰かと分かち合い この命燃やすのは 赤い血の如き涙」のフレーズにある赤い血の如き涙をまさに桑田さん自身が表わしていたのかもしれませんし、もっと単純に紅白だから(ひとり紅白で中のシャツは赤と白だった)、次が白い恋人達で、まさに紅白を、という流れから冬(曲)に赤でサンタクロース、という連想だっただけなのかも知れませんが、どこかで現代東京奇譚のイメージカラーが「赤」になっていたのでは…と考えると面白いなあと思ってしまうのです。



とまたこう思ってはいるけど、書いてみるとやはりちゃんと言語化しきれていない雑文シリーズ(?)となってしまいました。

どうか、そういう事を考えてしまう程度には好きな曲なのね、と嗤って下さればと思います(?)(久々にこういう締めの文にしてしまった)。

 

1978年のヤクルトスワローズとサザンオールスターズ

「ハア 踊り踊るなら チョイト東京音頭 ヨイヨイ…」

1978年10月4日、明治神宮球場は東京音頭の大合唱に包まれた。1950年に国鉄スワローズとしてスタートした、ヤクルトスワローズが球団創設29年目にして初のリーグ優勝を達成したのである。監督就任3年目となる廣岡達朗を中心に、松岡弘安田猛の左右のエース、「小さな大打者若松勉に「月に向かって打つ」大杉勝男、「赤鬼」チャーリー・マニエルを中心とした強力打線が球団の悲願を達成したのである。

8月26日から行われた首位争いを演じていた読売ジャイアンツとの3連戦を2勝1分とし、対巨人戦の勝ち越しを決めた。その後チームの勢いは止まらず9月に入り首位の座に付くとそのままゴールテープを切った。

その8月末、8月31日にある1組のバンドがTBSの音楽番組「ザ・ベストテン」に出演した。「目立ちたがり屋の芸人です」という一言と共に歌詞の聴き取れない今まで聞いた事もないような歌を披露し、大きな話題を呼んだ。

スワローズの本拠地である神宮球場にほど近い青山学院大学出身であり、神宮の目と鼻の先にある場所にスタジオを持つビクターから「勝手にシンドバッド」でレコードデビューしたバンド、サザンオールスターズである。スワローズが破竹の勢いを見せるのと時を同じくして、一躍スターダムにのし上がったサザンは連日のようにTVに出演することになるのである。

 

スワローズが大きく変わったのには、監督に廣岡が就任したことが最も大きい出来事であった。1974年にコーチとして入閣した廣岡は、2年後の1976年に休養した荒川博の後を受け監督に就任した。「管理野球」とも言われたグラウンド内だけでなく、食事やプライベートと、グラウンド外の行動も監視し、選手を厳しく制限するなどの改革を行った

当然選手から大きな反発があったが、翌年の1977年には球団最高位となる2位に付けるなど、確実にチームは変わりつつあった。

この廣岡の流れはサザンのボーカルである桑田佳祐にも通じるところがあるのではないか。1974年に青山学院大学に入学し、音楽サークルに入り本格的にバンド活動をスタートさせた。様々なバンド名を付けていたが、1976年にはサザンオールスターズの名が生まれ、その後はこのバンド名で定着することになる。1977年にはヤマハ主催の音楽コンテスト「EastWest」に出場し、本選では入賞・桑田がベストボーカル賞を獲得し、レコードデビューの大きなきっかけとなるなど、どこかと似たような歩みをしているように思えるのである。

そして1978年の8月末、所謂夏の終わりという時期に両者は世間の注目を浴びるようになるのである。

余談であるが、130試合中129試合目にリーグ優勝を決めたスワローズであったが、同時に1つの記録が続いていた。この129試合目までシーズン完封負けがゼロという記録である。しかしシーズン最終戦に完封負けを喫し、記録達成とはならなかった。この完封を記録したのが、広島東洋カープ入団2年目の左腕投手大野豊である。この大野は1955年生まれと桑田らサザンのメンバーと同じ世代の若手であり、この後1998年まで長く活躍をすることになる投手だったのは偶然とはいえ、何か繋がりを感じてしまうのである。

 

リーグ優勝を果たし、迎えた日本シリーズは、パ・リーグ4連覇を果たし、日本シリーズも3連覇中と、当時最強のチームといえた阪急ブレーブスが相手であった。スワローズは本拠地である神宮球場大学野球との日程が重なる関係で使用できず、後楽園球場を使うということもあり、下馬評はスワローズの圧倒的不利という見方であった。しかしその予想を裏切り、シリーズは一進一退の攻防を見せ最終7戦目まで続いた。

10月22日、この7戦目で球史に残る大きな「事件」が起こる。6回裏、スワローズの4番打者大杉勝男の放ったポール際の大きな当たりがホームランと判定された。これを不服として阪急の監督上田利治が抗議を行い、この抗議が1時間19分に及ぶことになるのである。

後楽園球場のポール際の打球。これでもう一つのシーンを思い出す人がいるのではないのだろうか。1959年の所謂天覧試合で読売ジャイアンツ長嶋茂雄阪神タイガース(1959年当時は大阪タイガース)の村山実から放ったサヨナラホームランである。実はプロ入り前村山と上田は関西大学で同級生バッテリーを組んでいた間柄だったのである。そんな2人が後楽園球場のポール際の当たりによって大きく運命を変えることになったのである。

頭の良さ・卓越した野球理論を持ち知将と呼ばれる一方で、退場も厭わない猛抗議を行う熱血・激情家な面を持つ上田がこの時を振り返り「(抗議を終える)引き際を掴めなかった」と語り、一本気で全力投球の姿にどこか悲壮感が漂いザトペック投法と呼ばれ、マウンドで感情をストレートに出した村山が「天皇陛下の前で抗議など出来ない」と悔しさを抑え長嶋がホームに駆け抜ける横を通りベンチへ下がっていったシーンが、両者の一面の1つとはいえどこかイメージの逆な気がするのである。それがまた両者の運命を変える1つになったのかもしれない。

この球史に残るポール際の打球が放たれた2つの試合の日付がまた興味深く、天覧試合が1959年「6月25日」。そしてこの日本シリーズが「1978年」10月22日とサザンのデビュー日である「1978年6月25日」と年と日付が合うのである。勿論所謂こじつけの偶然ではあるが、コミックバンドという見方から、翌年のいとしのエリーのヒットにより正当派のバンド、という捉え方に変化した、というのも、もしかするとポール際の当たりのようにファール(コミックバンド)かホームラン(正当派ロックバンド)か(もしくは逆なのかもしれない)、というほんの少しの違いがその後の運命を変えてしまったことと似ているのかも知れない。

 

話を日本シリーズ第7戦に戻す。3-0とスワローズがリードしたままの8回、大杉に打席が回ってきた。この打席でブレーブスのエース山田久志から左中間スタンドにダメ押しとなる「文句なし」のホームランを打ち込み試合を決定付けた。この大杉の2本目のアーチが、サザンにとっては翌年のシングル「いとしのエリー」のヒットによってコミックバンドから「文句なし」の正当派バンドサザンオールスターズという見方に世間が変わっていった出来事にどこか重なって見えてしまうのである。

大杉の2本のアーチとその行方がサザンオールスターズというバンドの未来にも繋がった、といえば笑い話かもしれない。しかしポール際のホームランと勝手にシンドバッド、それがスワローズに日本一の栄冠をもたらし、サザンオールスターズが一気に世に出る大きなきっかけをもたらした。これだけは確かなのである…。

 

ヤクルトスワローズが日本一を達成した、約1ヶ月後の11月21日、桑田らと同世代である江川卓を巡る大騒動に球界、いや日本中が巻き込まれるのである…。そしてその大騒動の始まりもまた青山であった…。

 

 

もし「Keisuke Kuwata」が桑田ソロ最新アルバムだった時のライブセットリストを雑に考えてみた

お久しぶりのもしも妄想セットリストシリーズでございます。現在がソロモードと言うこともありまして、今回は初の桑田さんソロからのセレクトで、桑田さん個人名義最初のアルバム「Keisuke Kuwata」をチョイス致しました。

ルールとしましては、「Keisuke Kuwata」が今、現在の最新アルバムと仮定しまして、そのアルバムツアーが本編26曲・アンコール4曲の30曲で行われた…という設定です。

また原則アルバム曲は全て選曲されたということになっております。

さてまずはセットリストから載せていきましょう。

 

1.哀しみのプリズナ

2.炎の聖歌隊[Choir(クワイア)]

3.波乗りジョニー

4.今でも君を愛してる

5.路傍の家にて

6.Big Blonde Boy

7.愛撫と殺意の交差点

8.Dear Boys

9.遠い街角(The wanderin' street)

10.いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)

11.ベガ

12.いいひと~Do you wanna be loved?~

13.恋の大泥棒

14.僕のお父さん

15.月

16.THE COMMON BLUES~月並みなブルース~

17.東京ジプシー・ローズ

18.東京

19.風の詩を聴かせて

20.誰かの風の跡

21.SMILE~晴れ渡る空のように~

22.Blue~こんな夜には踊れない

23.ハートに無礼美人(Get out of my Chevvy)

24.オアシスと果樹園

25.銀河の星屑

26.悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)

アンコール

27.BAN BAN BAN

28.幸せのラストダンス

29.可愛いミーナ

30.祭りのあと

 

さて解説のようなものを…。

1曲目はアルバムのスタートと同じく、「哀しみのプリズナー」から。やはり2007年「呼び捨てでも構いません!!「よっ、桑田佳祐」SHOW」の演出を見てしまいますと、「Keisuke Kuwata」のアルバムツアーとしても1曲目に置いてしまいたくなってしまいますね。2曲目は檻が開いて「開演お待ちどうさん」での「炎の聖歌隊[Choir(クワイア)]」を。序盤で歌うのは大変らしいですが、妄想なのでどうにでもなるのです(?)。ほら、高音万歳(ブラボー)と自ら歌っているではありませんか(?)(高温違い)。そしてここから繋いで「波乗りジョニー」と行きましょう。意外にまだ序盤演奏というのはありませんし、どうしても後半の煽りコーナーに置かれることが多いので、ここで今回の煽りはどうなるのか…という意識を少し持たせたいところですね(どの立場で言っているのかシリーズ)。

 

MCが入りまして、最初のブロックの4~10曲目は「Keisuke Kuwata」のアルバムから連続で披露のいつもの流れといいましょうか。割と早い段階で演奏するのね枠(?)には「Big Blonde Boy」を。何となく終盤の煽りよりもこの辺りに持ってきそうな予感がありまして…。「遠い街角(The wanderin' street)」「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」の流れも登場としては早い気がしますが、これもある意味でアルバムツアーならではの選曲と言えますでしょうか。いつか何処かでは過去2度年越し曲という大役を担っていますし、半端な位置では使いにくい感じもありますが、今回はコーナーのラストを締める役をお任せしましょう。

 

2度目のMC兼メンバー紹介の後は近年割とあるように感じます過去のアルバムコーナーを。今回は「MUSIC MAN」をチョイスしてみました。何となくですが、このコーナーで登場するアルバムは最新アルバムに近い、もしくは対になるものを持ってくるように見えるのですよね。桑田さんのソロアルバムのタイトルは、「孤独の太陽」「ROCK AND ROLL HERO」とその時の桑田さんそのものを指している傾向がありますが、その中で「MUSIC MAN」は「Keisuke Kuwata」イコールになるといいますか、アルバム全体のサウンドや制作の背景も含めて、このアルバムツアーの中盤に置きたいなと。選曲は発売時しか演奏していない、Keisuke Kuwataのポップスに合いそうな3曲選びました。

14曲目の「僕のお父さん」から18曲目の「東京」は、ポップスだけではなく、ブルースにロック、フォークサウンドもありまっせコーナーです(?)(何故関西弁)。このコーナーこそアルバムと対になるコーナーとしてあれば面白いかなと。それとツアーでは今のところ全てでご登場している「東京」をポップスを中心に置いたアルバムツアーでどう使うか、と考えるとこういったコーナーを作ってくるのではないのだろうかという予想も踏まえた感じですね。ここは「TOP OF THE POPS」と「ROCK AND ROLL HERO」の2002年的な振り幅をライブで再現したといいますか。

煽り前のバラードは「風の詩を聴かせて」。だって2曲前の「東京ジプシー・ローズ」で「風の歌を聴け」と歌っているのですから(?)。

 

さていよいよ煽りコーナーでございます。「SMILE~晴れ渡る空のように~」は煽りかバラードかちょっと悩む曲ではありますが、今回は煽り判定で行きたいと思います。去年のツアーである「BIG MOUTH,NO GUTS!!」と同じ位置ではありますが、何となく個人的にサウンドKeisuke Kuwataを感じておりまして、勝手に感じました相性の良さから混ぜても違和感がないかと思いまして…。

「Blue~こんな夜には踊れない」~「ハートに無礼美人(Get out of my Chevvy)」は2001年「Xmas LIVE in 札幌」、2002年「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」とこの流れで演奏されているのをそのまま使いました。この時期はソロのアルバム3枚がそれぞれの色がはっきりしているが故なのか、煽りでも1アルバムから数曲連続で披露、というパターンが多かったですね。何となくそれに引っ張られてしまっていますが、そんな中で「オアシスと果樹園」「銀河の星屑」もサウンド的に揃いやすいかなと。

ラストはビッグマウスツアーと同じく「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」。もし1988年に桑田さんソロライブツアーがありましたらきっと煽りラストになったはずなので33年越しに再現です(?)。銀河の星屑からの流れは、2010年「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」「ライブ in 神戸&横浜 2011~年忘れ!! みんなで元気になろうぜ!!の会~」に2017年の「この夏、大人の夜遊び in 日本で一番垢抜けた場所!! supported by ニッポンハム / Billboard Live 10th Anniversary」と経験豊富ですし問題ないでしょう。…えっもう少し冒険した方がいい…?保守派で申し訳ございません(?)。

 

アンコールもポップスなところを。「BAN BAN BAN」がらくたツアーでの「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)」アンコール1曲目がありましたし、次はKUWATA BANDの「ROCK CONCERT」以来のアンコール披露がここであっても良いのではスタイルでございます(?)。

「可愛いミーナ」~「祭りのあと」はKeisuke Kuwataのツアーだったらやりそうだなと。何となくですが、自身の名前をタイトルとしたアルバムツアーの締めは「明日晴れるかな」や「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」ではなく、等身大といいますか、=イメージの桑田佳祐に近い祭りのあとを持ってくるかな…と思いました。

 

さてこれで終わり…と思ったのですが、書いているうちに別バージョンを思い付いてしまったので、今回は2バージョン目もあります(いらないという声はしっかりと受け止めます(?))。

 

こちらのコンセプトは序盤にアルバムコーナーを置かず、ある程度バラした「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」に近い作り方をしてみました。故に選曲も変わっております。



1.哀しみのプリズナ

2.今でも君を愛してる

3.いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)

4.鏡

5.男達の挽歌[エレジー

6.愛のプレリュード

7.本当は怖い愛とロマンス

8.路傍の家にて

9.あなたの夢を見ています

10.傷だらけの天使

11.遠い街角(The wanderin' street)

12.金目鯛の煮つけ

13.太陽が消えた街

14.僕のお父さん

15.Dear Boys

16.愛撫と殺意の交差点

17.現代東京奇譚

18.明日へのマーチ

19.風の詩を聴かせて

20.誰かの風の跡

21.BAN BAN BAN

22.Big Blonde Boy

23.銀河の星屑

24.Blue~こんな夜には踊れない

25.ハートに無礼美人(Get out of my Chevvy)

26.悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)

アンコール

27.真夜中のダンディー

28.ROCK AND ROLL HERO

29.波乗りジョニー

30.祭りのあと

 

こちらの解説は手短に…(なるといいな)。

1~3曲目はアルバム曲から。それぞれ過去のライブで演奏されたことのある曲順(哀しみのプリズナー(呼び捨てライブ)、今でも君を愛してる(I LOVE YOU)、いつか何処かで(呼び捨て・I LOVE YOU))から。こう見ますと呼び捨て+I LOVE YOUなスタートですね。我ながら手抜き感があります(?)。

 

4~11曲目が最初のMCとメンバー紹介の間のブロックです。「鏡」~「本当は怖い愛とロマンス」の流れはサザンの2019年「“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!︎」でありました、「SAUDADE~真冬の蜃気楼~」から「青春番外地」までの、ライブ4曲目で歌われた曲メドレー(勝手に名付けるなシリーズ)をソロでやりたかったというだけです…w。

「あなたの夢を見ています」は初めて聴いた時から「Keisuke Kuwataの曲っぽいわね…」と思っていた&最初のセットリストに入れたかったけど曲数の関係で泣く泣くカットした影響です(?)。「傷だらけの天使」も似た理由です。

 

12~18曲目は「金目鯛の煮つけ」から「家族」をテーマに親や子などといった歌詞が入る曲をチョイスしてみました。ちょっと子ども率が高めです。最初のセットリストにも入れていますし、私は自分が思っている以上に「僕のお父さん」が好きなのかも知れません(急に客観的になる)。

「明日へのマーチ」~「風の詩を聴かせて」~「誰かの風の跡」はアコースティックに座って歌って欲しいですね。

 

煽りは「BAN BAN BAN」から「誰かの風の跡」は「君は緑の風に乗る」ですよ(?)。ここである意味でソロプロジェクトのスタートである、KUWATA BANDのデビューシングルを煽りのスタートに持ってくるのも面白いかなと思いまして。

最初で序盤披露だった「Big Blonde Boy」さんはここで煽りに。「大河の一滴」のライブ歴みたいですね(?)。

 

アンコールはポップスから離れてロックンロールを2曲続けて。そして「波乗りジョニー」で盛り上がりを最高潮にしましょう。あれ…なんだかビッグマウスツアーっぽくなってしまいましたね。31曲目の刺客として「愛の奇跡」が必要でしょうか(?)。

最後は「祭りのあと」。理由は上記通りです。



さて今回は2本立てでお送り致しました。2本作るのが今後定番化するのかは謎です(?)(結果面倒くさがってやらなそうなおじさん)。

また次回何かのアルバムでお逢いしましょう(このシリーズまだ続く…のか…?)。

 

2000年年越しライブ「ゴン太君のつどい」のセットリストを今更雑に見てみる

リアルタイムを知らないライブを雑に振り返るシリーズ第4弾でございます。今回は2000年の年越しライブ「ゴン太君のつどい」を振り返って見ようと思います。

 

例によっていくつかのブロックに分けて書いていこうと思います。

 

1.メリケン情緒は涙のカラー

2.ネオ・ブラボー!!

3.希望の轍(年越し曲)

1曲目は1997年年越しライブ「牛」以来の演奏となった「メリケン情緒は涙のカラー」師匠でしたね。1曲目は初でございますね。2000年はTSUNAMIから茅ヶ崎ライブという非常に大きな流れがあり、その余韻がまだ残った中での年越しライブで横浜がテーマのご当地ソング、とはいえアルバム曲であるこの曲を持ってきたというのが、突き放すという訳ではありませんが、ある意味夏の茅ヶ崎とはまた違う、もう1つの地元としての冬の横浜というところを強調したかったのかもしれませんね。もしくは盛り上がりから一歩引いた通常運転としての1曲目といいますか…。

2曲目は「ネオ・ブラボー!!」。ライブで最初に演奏された1991年の「THE音楽祭 -1991-」で本編ラストに演奏されて以降はライブの1~2曲目で演奏されていますし、後半ではきつい曲なのでしょうか…このライブ以来22年演奏されていませんね。

3曲目は「希望の轍」。年越し曲であり世紀を跨ぐ曲として披露されました。夏の茅ヶ崎ライブでの1曲目演奏といい、何となくこの曲の立ち位置がライブ定番曲の1つ、というところから少し変わってきた瞬間なのかも知れません。

 

4.真夏の果実

5.女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)

6.OH, GIRL(悲しい胸のスクリーン)

7.逢いたくなった時に君はここにいない

8.BLUE HEAVEN

9.Moon Light Lover

10.慕情

ここからはライブ前に発売された「バラッド3~the album of LOVE~」コーナーですね。

真夏の果実」を序盤に歌うのは非常に珍しいですね。しかもギター+スタンドマイクという初期のライブ披露スタイルですから、より珍しさが際立つと言えますでしょうか。

「女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)」から「逢いたくなった時に君はここにいない」までの3曲はバラッド3の選曲であると同時にアルバム「Southern All Stars」からの選曲でもありますね。このコーナーではバラッド3の選曲期間に発売されたアルバム「Southern All Stars」から「さくら」までのアルバム収録曲から最低1曲は選曲されていますが、「Southern All Stars」からは3曲と多めに選曲されていますね。結果的に、ではありますがここでこのアルバムにスポットが当たった、といいますか、真夏の果実、そしてコーナーとしては別ですが、その前に演奏された希望の轍も1990年の曲ですし、アルバムと言うよりは1990年にスポットが当たっているのが興味深いですね。今10年経って若過ぎた日が妬ましいのか、あれから10年も忘れられたBIG WAVEなのか気になることです(?)。

個人的には「逢いたくなった時に君はここにいない」での桑田さんの歌詞に合わせた手の動きがとても好きだったりします。

「BLUE HEAVEN」・「Moon Light Lover」と後のライブでも定期的に演奏される曲ですし、桑田さんお気に入り枠でもありそうですね。桑田さんセレクトベストの「Happy」とも被りが多いですし、尚更そういった感じも受けますね。

コーナーラストの曲は「慕情」。個人的には「歌う日本シリーズ1992〜1993」のようなラスト曲の位置よりもこういった中盤のコーナーの締めでご登場されるのが好きですね。

 

11.唐人物語(ラシャメンのうた)

12.夏の日のドラマ

13.よどみ萎え、枯れて舞え

14.ゆけ!!力道山

15.欲しくて欲しくてたまらない

16.Computer Children

17.イエローマン~星の王子様~

原さん曲はバラッド3に収録されたこともあるのか「唐人物語(ラシャメンのうた)」でしたね。原さんボーカルの新曲が出た時以外は基本的に「私はピアノ」「そんなヒロシに騙されて」「鎌倉物語」の3曲から選曲される傾向が強い中で結果的に珍しい選曲となりましたね。ただ一方で新曲である「チャイナムーンとビーフン娘」が歌われるチャンスを逃してしまう形となってしまいましたが…。珍しい選曲といえば弘さんボーカル曲の「夏の日のドラマ」ですね。ほぼ「松田の子守唄」が披露される中でこの曲ですから、唐人物語と同じくバラッド3収録というのが大きかったですね。この2人の選曲というところでは、ある意味1番レアなライブだったのかもしれません。

「よどみ萎え、枯れて舞え」からは少しコアな如何にも年越しライブといった選曲になりますでしょうか。よどみ先輩も女神達への情歌と同じく1990年のツアー「Southern All Stars 夢で逢いまSHOW」以来のご登場とこのライブで演奏された曲の中ではお久しぶりな曲となりましたね。

「ゆけ!!力道山」は世紀を跨ぐライブで、20世紀の、そして桑田さん自身の幼少期のスターを歌った曲を演奏したというのは興味深いものがありますね。

「欲しくて欲しくてたまらない」「Computer Children」とKAMAKURA収録曲から連続演奏されましたね。こう見ますと、このコアなコーナーは打ち込み曲が中心ですね。TSUNAMI茅ヶ崎ライブ、もしくはバラッド3でサザンを知った方にこういうサザンもあります、という紹介を兼ねていたのかもしれませんね。

コーナーラストは「イエローマン〜星の王子様〜」。ライブ終盤で演奏されることが多い曲ではありますが、今回と茅ヶ崎ライブでは中盤のこの位置で演奏されていますし、2000年のイエローマンさんのライブにおける立ち位置というのが、中盤のコアなコーナーで演奏される曲になっているのが面白いといいますか、ファンと所謂世間の認知・ライブでの(この当時としての)温度差を2022年の今から見ますと興味深いものがありますね。

 

18.私の世紀末カルテ

19.この青い空、みどり~BLUE IN GREEN~

20.HOTEL PACIFIC

21.匂艶THE NIGHT CLUB

22.勝手にシンドバッド

23.ボディ・スペシャルⅡ(BODY SPECIAL)

24.マンピーのG★SPOT

25.みんなのうた

序盤のバラードコーナーもあってバランスを取ったのか、煽り前にバラードではなくアコースティックな2曲を並べていますね。「私の世紀末カルテ」はもちろん替え歌での披露。1999年の「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」の時よりもどこか暗めな替え歌が多く、世相を歌っているといいますか、後の「どん底のブルース」に繋がった、もしくは原形になったのかもしれません。

そして新曲の「この青い空、みどり~BLUE IN GREEN~」が初披露であると同時に2022年現在最後の演奏となってしまいましたね…。

2000年リリース曲繋がりである「HOTEL PACIFIC」から所謂煽りコーナーに突入となりました。「みんなのうた」まで割とスタンダードといいますか、ストレートな選曲でありますが、このライブから2008年の「真夏の大感謝祭」までは「ボディスペ・マンピー・シンドバッド」のトリオと「マチルダ・ミスブラ」のコンビを分け、どちらかを中心に煽りコーナーを組むという形になりましたね。

また珍しいのは、そのトリオである「ボディスペ・マンピー・シンドバッド」の3曲の並びを変えているところですね。煽りで演奏されながら本編ラストではない「勝手にシンドバッド」は1991年の音楽祭以来で、これ以降も2005年の「ROCK IN JAPAN FES.2005」のみというかなり珍しい流れとなっていますね。

そんなライブの本編ラスト曲は「みんなのうた」。2000年はTSUNAMIの大ヒットに始まり、茅ヶ崎ライブの開催、そして21世紀へ向かう…という1年になりましたし、その締めとなるライブの煽りの最後にみんなのうた、というのが、まさにみんなのうたであるサザン、を表しているのではないのでしょうか。

 

En0.虫歯のブルース~インディアン狂想曲[MEDLEY]

(31日のみ追加演奏)

En1.太陽は罪な奴

En2.LOVE AFFAIR~秘密のデート

En3.TSUNAMI

En4.歓喜の歌

(31日以外演奏)

アンコールは最終日のみ「虫歯のブルース~インディアン狂想曲[MEDLEY]」からスタートしましたね。このライブでの披露が現時点では最後と考えますと、追加されたのは良かったですね。

太陽は罪な奴」は1999年の年越しライブ「晴れ着DEポン」での年越し曲であり、西暦が2000年代に変わるというところでの大役を担った曲でもありますね。そんな曲がこの世紀を跨ぐライブでしかも仕切り直しのアンコール(31日を除けば)1曲目に披露されるというのが、繋がっている感じがあって良いなと思います。

ラストは「TSUNAMI」。2000年を締めるならもうこの曲しかありません。

「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」もですが、この時のアンコール披露曲は全て90年代後半以降の曲になるのですよね。2000年に焦点を当てつつも1995〜2000年のサザン活動期の総括も同時にしていたようにも見えますね。



さて雑に振り返ってみました。改めて見てみますと基本的には年越しライブらしいお久しぶりな曲もありつつも、バラッド3コーナーの存在が軸になった、といいますか夏の茅ヶ崎ライブと差別化を図るには大きかったのではないのかと思います。後の2004年年越しライブ「暮れのサナカ」の序盤が似たような構成となりましたが、それまで所謂バラード曲を1コーナーとして連続で披露する、ということはなかったので、形としては新しいものになったのではないのでしょうか。 また上記しましたが、煽りコーナーを定番曲中心としつつもそれまでのある種固定されていたと言えます演奏順を変えるなど、TSUNAMIから茅ヶ崎ライブ、バラッド3までの流れで入ってきた人達に眼を向けつつも、それ以前のファンにもマンネリにならないバランスを取ったライブとなったのではないのでしょうか。

私個人としても非常に好きなライブの1つで、もし何か1つ好きなライブを製品化出来るということになれば、このライブを真っ先に上げると思います。あ、もちろんそこはTBS版ではなくWOWOW版でお願いしますよ(?)。

 

私の世紀末カルテとどん底のブルースについて何となく考えてみたことを

先日このようなツイートをしまして…。

「みんなで元気になろうぜの会(正式名称「ライブ in 神戸&横浜 2011~年忘れ!! みんなで元気になろうぜ!!の会~」)で私の世紀末カルテではなくどん底のブルースで替え歌を披露とする、という案もあったのだろうか…とふと考えていたけど、感謝の言葉を替え歌に載せるなら、曰く私の曲で一番暗いと言われていると言っていたどん底のブルースよりは私の世紀末カルテになるのかしら、と…」

その後もツリーという形でたらたらとツイートを続けていましたが、その辺りをもう少し掘り下げてみようかしら…というのが、今回の雑文でございます。

 

そもそも何故そんなツイートをしたかと申しますと(別に誰も聞いていない)、「BIG MOUTH,NO GUTS!!」でどん底のブルースが替え歌で披露され、「そういえば…」となったのがきっかけでございます。名義は違えど、曲調も内容も演出も近いものがある2曲なので、ふと気になってしまいまして…。 もちろん実際どうだったのかは分かりませんし、極論してしまえばどっちでもいいことなのかもしれませんが、気になってしまったのですからまた私はタチが悪いのです(?)。

 

まずは何故みんなで元気になろうぜの会で、私の世紀末カルテだったのか、をどん底のブルースと競ったという謎の前提で考えて見ましょう。 私の世紀末カルテは初めてライブで披露された1999年「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」から既に替え歌ありで披露され、(一部分はそのままでも)オール原曲バージョンでライブ披露されたことはないという過去の実績(?)が大きい気がしますね。ご時世ネタや自虐、感謝などと言った様々な事柄・感情を自由に組み込める、という使い易さがあるのでは…と。そしてこの曲は中年オヤジ(失礼)の愚痴や情けなさを誰かに向けて、というよりも独り言として淡々と歌っているように感じてしまうのですよね。

一方でどん底のブルースは、ご時世ネタもどこか社会への軸に重きが置かれている、といいますか、私の世紀末カルテで感じた愚痴よりも叫びに近いような哀しみや怒りを「君に語ろうと」誰かに歌いかけている感じが強いように思うのですよね。ビッグマウスツアー前にこの曲が披露された2002年のツアー「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」では3番の歌詞が拉致問題についての替え歌になっているのを見ますと、みんなで元気になろうぜの会では感謝や鼓舞するような内容の替え歌で私の世紀末カルテが披露された、というのは、そういった曲の雰囲気が替え歌の内容にも繋がり、桑田さん曰く「私の曲の中で一番暗い曲」と評したどん底のブルースではなく、伝えたいメッセージを披露するなら私の世紀末カルテ、となったのかもしれませんね。

どん底のブルースにもビッグマウスツアーでは「来年もライブがしたいんです」というような前向きな替え歌フレーズがありましたが、現在のまだまだ先の見えない世の中の状況と「それでも陽は今日も昇る」という原曲の最後の歌詞に繋がるからこそ入れることが出来たようにも思ってしまうのです…。

 

しかし私の世紀末カルテ(1998年)からどん底のブルース(2002年)まで、4年しか経っていないのですよね…。その間のサザン・桑田さんの活動や変化を考えると、また興味深いといいますか…。

 

この2曲で好きなのは、収録されているアルバム名との繋がりなのですよね…。 私の世紀末カルテは「さくら」というアルバムの中で、原さんの歌う「唐人物語(ラシャメンのうた)」を除くと「春」というフレーズが使われている曲を桑田さんが歌っているのは、この曲だけなのですよね。そんなさくらは10月という秋に発売されたアルバムで、この曲をB面としてシングル発売された「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」は冬の2月のリリースで、まさに「春と裏腹にホロホロリ」ですし「柳さえユラユラリ」がピッタリに思うのですよね。

どん底のブルースは「ROCK AND ROLL HERO」というアルバムの中で一番ヒーローの裏側といいますか、陰の部分を色濃く、一身に受けている感じがあるのですよね。曲の繋がりも「お前に捧ぐ嗚呼子守歌」(東京ジプシー・ローズ)と「鏡の真ん中に汚れた僕がいる」(夏の日の少年)というフレーズのある曲の間にいるというのが、物語として1本の線が通っている感じがあって好きなのですよね。

 

 

ソロの替え歌曲といえば、漫画ドリームというある種のボス(?)がいらっしゃいますが、私の世紀末カルテとどん底のブルースはライブ初披露で既に替え歌パートありで披露され、完全に原曲バージョンの歌詞で歌われたことのないのに対して、孤独の太陽のツアーである「さのさのさ」ライブでは原曲披露されていますし、2007年「呼び捨てでも構いません!!「よっ、桑田佳祐」SHOW」では新たなアレンジが施され、「漫画ドリーム07-08」というタイトルが付けられてご登場されたくらいですし、漫画ドリームさんは扱いが微妙に違う感じがありますので、今回除外致しました(我ながら謎の基準)。

そんな漫画ドリーム先輩についてはいつか何処かで(?)(書かないフラグ)。

 

桑田佳祐LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH,NO GUTS!!」の感想のようなものを(配信編)(ネタバレあり)

1月3日に配信されました桑田佳祐LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH,NO GUTS!!」埼玉公演をうっかりこっそりと見ておりました。その感想のようなものです。

毎度の事でありますが、曲順・内容等々に関して書いておりますので、今後のおかわり配信を見られる方にはネタバレとなってしまいますので、読まれる際には充分お気を付けくださいませ…。あといつもの事ですが長いです…。



配信開始時間30分からアクセス出来るようになり、当時の会場の様子、時折CMが流れるといった、待ち時間も会場にいるような編集となっておりましたね。開演前アナウンスもありましたが、こちらは配信仕様になっており、会場の拍手のタイミングと合わせる編集の細かさに感心しておりました(?)。

アナウンスが終わると暗転し、威風堂々が流れ始め曲が終わると、ツアー名である「BIG MOUTH,NO GUTS!!」という文字が映りメンバーが登場しました。桑田さんはすぐにマイク前には行かず、左右動きに手を振ったりしてからマイク前に移動してきましたね。桑田さんのところだけ絨毯が引いてありましたね。そしてついにライブのスタートとなりました。

 

1.それ行けベイビー!!

1曲目としては「ライブ in 神戸&横浜 2011~年忘れ!! みんなで元気になろうぜ!!の会~」以来10年ぶりのご登場となりましたね。徐々にバンドスタイルになっていく感じは2016年の「ヨシ子さんへの手紙 ~悪戯な年の瀬~」と似た感じがありましたね。

ラストの「適当に手を抜いていこうな」のところは「適当にBIG MOUTHで行こうな ボチボチNO GUTSでいいじゃん」と変わっていましたね。キーボードを弾かないとはいえ立ったままコーラスをする片山さんは流石です(?)。

サザンでの「“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!︎」以来、約2年ぶりとなったこの有観客ライブの1曲目にこの曲というのが、どこか2010年12月31日の紅白歌合戦で、7月の桑田さんの病気発覚・それに伴う休養から5ヶ月ぶりに復帰し、久々にテレビ越しとはいえお姿を見ることが出来た、あの日の1曲目としてこの曲を歌った時と何となく重なった感じがありまして…。もちろん状況も背景も全く違うものであると理解していますが、人前に久々に出る、という機会が来た時にこの曲を1番最初に持ってくるというのが、意図的であるかどうかは別としてそういう曲になっているのかしら…?と思ってしまうのです。

また「それ行け!!ボク‼︎」というフレーズがまたこれからスタートする、という自身の気持ちを1つ立たせるところがあるのかもしれませんね…ともふと思ってしまいました。

 

2.君への手紙

曲終わりからもギターを弾き続け不意にこの曲のイントロが。曲名もあってかどこか朗々と歌っている感じは皆さんに向けたまさに手紙を読んでいる感じを受けました。

どのタイミングでしたか…誠さん越しの桑田さんという映像が曲とマッチしていてまた良かったですね。埼玉の公演日は11月20日・21日と「実りの秋」だったのではないのでしょうか。

ソロのツアーでスタートからギターを持つのは久々な気がしますね。ハンドマイク(もしくはスタンドマイクスタイル)というある意味で生身に近い登場から、1つ装備を持って歌い始めるというのが、久しぶりの有観客というツアー当初の距離感を図りかねていた残り香にも思えてしまうのですよね…。またこの静かにスタートする感じがゆっくりと時が歩み始める一歩目を歩み始めたようにも感じてしまいますね。

そして私は会場に集える小粋な馬鹿にはまだまだなれそうにありませんね(?)。

 

3.炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)]

overtureがあってこの曲に入りましたね。早くも銀テープが飛び、ナマケモノライトも点灯しておりました。「楽しいショーが始まるよ」の時にセンターカメラから映るステージステージにビカビカ(?)がまたまぶしかったですね。

最初の2曲が弾き語りっぽくスタートするある種の孤独感といいますか、そこからバンド全員で奏でるポップさが、スタッフ・観客も含め会場全員で奏でる1曲となったような感じに見えました。

ここで早くも「ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼きfeat.梅干し」から新曲がご登場されましたね。メンバー紹介明けの仕切りの1曲目に来るかな、と予想していたのですがしっかりと外しましたね。

「旅の空 雨が上がったら」という始まりが、君への手紙の「キミはいつも 冷たい雨に打たれ 傘もささずに 旅をする」との対になっている、といいますか、この曲のサウンドと相まって本当にステージに晴れ間が指して来たように感じてしまいました。

個人的にこの曲には重さと苦しさを感じてしまうことがありまして…。何と申しましょうか…ライブへ向かう為に桑田さん自身が自らを奮い立たせる歌詞と強く思えてしまい、曲のポップさ・前向きさから逆に桑田さんの背負っているものを感じてしまい、それがどこか「重く」感じてしまう要因なのかもしれません。そして今回ライブ会場にお邪魔出来なかったこともあり、このライブで逢う前提ともいえますこの曲に対して複雑な思いを抱いてしまいまして…。もちろん聴く度毎回という訳ではないのですが、不意に曲から感じてしまうライブへの遠さやその眩しさが自分自身の現状と重なって辛さ苦しさという感情になってしまったのかな…と。

だからこそ今回配信があったのは救いといいますか、良かったな…と。

 

MC

開演お待ちどうさまでございます。再会うれしゅうございます。

ごあいさつを、と上手下手正面に向かって行っていたのがとても印象的でしたね。

 

4.男達の挽歌 [エレジー]

挽歌と書きましてエレジーです。と曲紹介があってからの演奏でしたね。

4曲目は2007年の「呼び捨てでも構いません!!「よっ、桑田佳祐」SHOW」以来となりましたね。今回とその呼び捨てライブ、そして前回のツアーである「LIVE TOUR 2017 「がらくた」」とツアーでのしかも序盤の位置にいらっしゃることが多いですね。「明日こそ晴れるだろう」というフレーズもありますし、晴れのフレーズは炎の聖歌隊と続いているように思いますね。歌詞を見ますと「闘魂(読みは魂)」はSoulコブラツイスト、「陽気に笑い飛ばせば」はSMLIEと、どこかごはんEP収録曲に繋がる感じもありますし、ここで一発キメてしまいたくなってしまったのかもしれませんね(?)。

前回のがらくたツアーがギター無しのスタンドマイクスタイルでの披露だったこともあり、(ある意味で)いつものギター持ちが新鮮に映りました。

「どうせ生まれてきたなら 阿呆らしいのもアリだぜ」も現在に響くフレーズだなあ…とこう見ながらふと思ってしまいました。

 

5.本当は怖い愛とロマンス

男達の挽歌は2007年の呼び捨てライブ、そしてこの曲は2012年の「I LOVE YOU -now & forever-」でも4曲目で演奏されており、MC明けに歌いやすい曲メドレーみたいになっておりましたね(サザンのふざけるなツアーでは5曲目の「SAUDADE~真冬の蜃気楼~」から8曲目の「青春番外地」までライブ4曲目、しかも「彩~Aja~」以外はドームツアー4曲目経験者というそれ以上のライブ4曲目メドレーがありましたが)。ヨシ子さんへの手紙の時といい、この曲も序盤曲という位置になりつつありますね。がらくたツアーではお休みでそのヨシ子さんへの手紙以来だったこともあるのか、実際はそれ程ではないのですがどこかお久しぶり感がありましたね。

ここでダンサーさんが登場されましたね。ダンサーさんの着物、後ろの映像と全体的に和の感じがあって良かったですね。笑い声だったりの担当は今回も深町さん。これ大事です(?)。なるほど前回のがらくたツアーでは深町さんがいなかったので、この曲を選曲しなかったのですね(?)。

1曲目からここまでの流れ、何となく2010年の紅白を5曲に伸ばし現在に置き換えたらこうなったという感じがありまして…。久々に桑田佳祐として人の前に出るという緊張感だったり、逆にリラックスさせることや寄り添ったり、今を見せる…等々の要素が含まれていた気がするのですよね…。その感覚が私の中でどうしてもあの2010年の紅白に近いものがありまして…。

 

6.若い広場

ぴよぴよという鳴き声と共にひよことにわとり(かわいい、これ大事)の映像のあとにまだまだひよっこなイントロが。本当は怖い愛とロマンスからこの曲ですから実質紅白メドレーとも言えますね(?)。2番では前川清さんが一瞬降臨されていましたね。

「みんな今頃どうしてる」というのが今に繋がる歌詞ですね…。

「あの日観てた”サウンド・オブ・ミュージック” 瞼閉じれば蘇る」…私にとってのサウンド・オブ・ミュージックはやはりサザン・そして桑田さんの音楽なのだと改めて思ってしまいました。きっと今回のライブもまた瞼を閉じれば蘇るライブになるのでしょう…。

 

7.金目鯛の煮つけ

遮断機と電車の絵の映像が流れてからのこの曲でしたね。新曲をここでまた1曲持ってきましたね。個人的に今のところごはんEPの中では一番好きな曲になりますでしょうか。

若い広場からの流れは、若い広場のMVが割と亭主関白な旦那さんから、この曲のCMで登場する金目鯛の煮つけを作るような旦那さんと置き換えるとその変化が面白いなと思ってしまいます(?)(演じているのが同じ桑田さんと言うことを含めて)。

サビの特に「麗しい~」のところあたりが、どことなく丁寧に歌っているように感じました。「今宵は月さえついて来る」を歌いながら上を指さしその腕がふらふらさせている動きが好きでした。

多分ダブルミーニングなのでしょうけど、「どんな世の中をこの子と生きる」がコトコト生きるに聞こえるのが良いですよね。甘辛く煮た金目鯛というのが、辛さも時には甘さも人生という事なのでしょうけど、コトコト生きるというフレーズが急ぎがちな今にはちょうど良いペースに思えてしまいます。

 

8.SAITAMA LADY BLUES~埼玉レディ・ブルース~(OSAKA LADY BLUES~大阪レディ・ブルース~)

ちょっとだけMCが入りましたね。今日のために作ってきた曲を…と始まったのは、まさかの「OSAKA LADY BLUES~大阪レディ・ブルース~」の替え歌、SAITAMA LADY BLUES~埼玉レディ・ブルース~さんでございました。I LOVE YOUツアーの大阪公演以来9年ぶりの演奏となりましたね。

歌詞テロップがわざわざ緑の太字で替え歌部分を強調していたのは分かりやすかったですね。確か元気になろうぜの会が始まる前くらいの夜遊びで、「OSAKA LADY BLUESをやる時はまた神戸や横浜になりますか?」という内容の投稿に、「毎回は大変だからやらない」的な回答をしていたのを思い出しました。丸くなりましたね桑田さん(?)。

ヤオコーとベルク いとしのスーパー」懐かしかったですね(一時期埼玉に住んでいたことがあったので…)。2番では方言も飛び出していましたね。

間奏の野球実況パートは誠さんが「憐れなミュージシャン達が踊ります」的な台詞を担当されていましたね。せっかく埼玉西武ライオンズにはおかわり君という渾名の中村剛也選手という、おかわり配信にもピッタリな選手がいたというのに(?)。

ラストの「クレヨンしんちゃんもベスト」には映像と共に「いーやそれほどでも」というしんのすけさんの台詞が。このためだけに許可を取るとは流石です(?)。そういえば音楽寅さんでの漫画ドリーム09「クレヨンしんちゃん夢をアリガトウ」から12年ともう干支が周っていたのですね…。

 

9.エロスで殺して(ROCK ON)

鶴谷さんドラムから始まりましたは、小野ちゃんさんのテーマソング…おっと失礼致しました(?)。ここで初めて90年代の曲が演奏されましたね。これまでは前後に孤独の太陽収録曲が置かれていましたが、今回初めての単独演奏となりましたね。

ギター持ちではなく、ハンドマイクのこの曲は珍しいような気がします。1994年の「さのさのさツアー」ではスタンドマイクスタイルだったので制覇しましたね(?)(何を?)。

しかし東京公演がなかったのに、「東京美人」が歌詞に入る曲を演奏するとは…ダンサーさん出張お疲れ様です(?)。今回のエロスで殺しての殺してとは絡みに行けない、生殺しという意味の殺してでしょうか(?)。

 

10.さすらいのRIDER

また少しMCが。アルバム発売しました。その中からさすらいのRIDERを、と。

埼玉でのさすらいのRIDERは実質孤独のナイトライダーでは?と思っておりました(?)(私だけしか分からないネタなのでどうかスルーしてください)。

シャンデリア的なものが2つ出ていましたね。そして炎さんもご登場です。そんな炎越しの中さんのギタープレイはまた素敵でございました。

個人的に桑田さんの曲の中で出てくる一人称は、俺は桑田さん自身に近い、僕は架空のフィクションな人物という印象を持っていまして、こういう曲で一人称が僕の曲は珍しいと思っているのですが、どうでしょうか…。

あと「女が海ならば 男は櫂の舟」というところを聴く度に「男は風 女は虹」という原さんの使い古された諺を信じてを思い出してしまう呪いが未だに解けません(?)。

 

11.月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)

さすらいのRIDERからそれほど間がなく深町さんのキーボード演奏があってからのイントロでしたね。

あのイントロが流れた瞬間に起こる拍手がとても好きなのです…。あれを含めてのイントロだと思っております。ステージ上に流れていたスモークがあるで雲の上に皆様がいるように見えてまさに月光の聖者達、と思わず感じてしまいました。映像で浮かんでいた月もただ満月ではなくて薄く雲がかかっていたのが、何故かとても印象に残っています。

ヨシ子さんへの手紙以降は前半の締め曲、というポジションになりつつありますね。その影響もあるのか、歌唱にも良い意味での軽さ、といいますか、何か1つ重いものを下ろしたようなある種の余裕のようなものを感じました。

 

MC

隠していたことがありますと、一体何が…と思いきや高齢者になっちゃったと、拍手されると、拍手はいいからと返していましたね。同世代の方に不眠や頻尿ありませんかと聞いていたのはリアル感がありましたね。ちなみに私は頻尿です(昔からなので年齢関係無い)。

最近の恒例となったソロ回しでのメンバー紹介がありましたね。誠さんだけ自己紹介にされてしまうのは流石です(?)誠さんの衣装の黄色感、ゴン太君のつどいを思い出してしまいました。ソロ回しの締めがBLUE MONDAYぽかったですね。

 

12.どん底のブルース

椅子に座り、「暗い曲やっていいですか」「私史上もっとも暗い曲と言われています」と始まったのは、2002年のツアー「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」以来のご登場となったこの曲でした。

2番以降は現代の諸々を反映した替え歌で披露されましたね。1番そのままでしたが、まあある意味でこの当時の時事ネタと言えばそうですし変わらずに良かったとも思ってしまいます(基本原曲版を聞きたいおじさん、というのもあるのかもしれませんが…)。

2番でしたか、地面に映った桑田さんの影を映すのが凄く良かった、といいますか、グッと来てしまいましたね。

そういえば前回は深町さんがウクレレを弾いていて、今回はギターが2人いらっしゃるし、どちらかが弾くのかしら…と思ったのですが、そもそも今回ウクレレさんはお休みでしたね…。

 

13.東京

片山さんの楽譜に東京と書いてある部分が思いっきり映っておりましたね。まあモニターの雨の映像でどの曲かは予想は付きますが…。筆描きでの東京、達筆でしたね(?)あれは良かったですねえ…。

どん底のブルース、そして東京とアルバムROCK AND ROLL HEROの一番重いところを続けた感じになりましたね。HEROの裏側といいますか、陰や孤独を表しているように感じました。間奏でギターを弾く桑田さんの影を映すのは良く分かっていますね(?)ナイス編集です(?)(誰目線)。

ラストの「雨よこのまま どうか泣かせて」はカットされていましたね。呼び捨てツアーでもカットされていましたが、呼び捨てツアーの2007年は「雨が止み雲が流れてく」(こんな僕で良かったら)・「明日こそ晴れるだろう」(男達の挽歌 [エレジー])というフレーズの入った曲にタイトルが「明日晴れるかな」という曲をA面に持っていたシングルで始めていますし、今回も炎の聖歌隊での「旅の空雨が上がったら」、そして「SMILE~晴れ渡る空のように~」と晴れがキーワードとなっている曲が収録されたEPを中心にしたツアーでしたし、意図的に最後にもうひと雨降らせるのは止めたのかな…と思ってしまったりするのです(きっと偶然なのでしょうけど)。

 

14.鬼灯

短いMCが。今回はこういう間を取りますね。意図的に距離を取っているといいますか、久々の有観客ということと年越しが控えていることから色々と調整しやすいようにしていたのかもしれませんね。風鈴の音が鳴る中で色々なアーティストの名前を出していましたね。その流れでごはんEPが一等賞になったと。

そんなお話から始まったのは鬼灯さん。ちょいとMCの内容とのギャップが…w。

映像で流れる紙飛行機がまたもの悲しいですね…。ハンドマイクでの披露、というのが何も持たないという寂しさをより表わしているように思いました。

この曲を聴きますと、曲のテーマと野球好きなことがありまして、思い浮かぶのは石丸進一という特攻隊員として無くなった唯一のプロ野球選手です。従兄に当たる牛島秀彦氏が石丸を書いた本がありまして、それが「消えた春」というタイトルなのです。「内地の桜をもう一度見たかった」にどこか繋がって見えてしまうのですよね。もちろんこういったテーマを書く際にはそういったワードが出てくることは承知なのですが、そう思ってしまうから仕方ないのです…と私の野球人格が申しておりまして(?)。

あとイントロとアウトロにどうしてもヨシ子さんを感じてしまうのは私だけでしょうか(?)(あんただけよ)。

 

15.遠い街角(The wanderin' street)

桜が紅葉に、そして雪となって遠い街角のイントロが。テンポが少し早かった気がします。君への手紙と同じく埼玉公演の日はまさに秋でこれから12月に入るというところでしたからタイミングはピッタリでしたね。

「今宵たどる道」まさにこのツアーの事を指しているように聴こえてしまいました。

まさに今回のツアーは開催地が遠い街だったゆえに…という方も多かったと思います。

私がサザンを好きになりまして、初めてライブツアーというものがリアルタイムで開催されているというのが呼び捨てライブでして、隣の県で開催されている日は「今隣の県に桑田佳祐が来て歌っているのか…」という不思議な感覚があったのを覚えています。今回もその隣の県で公演が行われている時に似たような事を感じておりました。ただ当時はライブに行く、ということを考えておらず、近いけどまさに遠い街角ね…と思ってところ、その時この曲を歌っていたのを後にセットリストを見て「ほう…」と。そしてその当時と似た感覚を感じた今回も演奏されていたというのが、もちろん偶然なのでしょうが、巡り合わせとは不思議だな…と。

同時に遠い街角さんとの逢瀬にはまだまだ縁が無いようで…w。

 

16.SMILE~晴れ渡る空のように~

舞っていた雪は光となりリストバンドを照らす…。そうです、SMILE師匠の降臨でございます。「命の限りに幸せに」のところで客席を何箇所か指さすところと、どこでしたか…目を瞑り手を合わせ祈るように聞いている方が映っていたのが、ずっと頭に残っております。

「静かな春の戯れ ~Live in Blue Note Tokyo~」での東京→明日へのマーチからの流れのように、遠い街角からのこの曲というのは、遠い街でも近くでもこのステージから全てに空が晴れてゆく感じがあるのですよね。まさに「ここから未来を始めよう」の未来が広がってゆく感覚と言いますか…。

歌詞でも遠い街角の「渇いた時代の流れにつれ 変わりゆく人並み」とこの曲の「街のざわめきが 歓喜の叫びへと変わる 時代がまたひとつ 動いたことを知る」とそう思わせるような時代の動きに見えてしまうのですよね。

何と申しましょうか…。桑田さんがそういった意図を持って選曲したというというよりも、曲の皆様自身がそれぞれ明確な意思を持ってこの久々の有観客ライブでの繋がり・役割を果たそうとしていたように見えてしまうのです…。

 

17.Soulコブラツイスト~魂の悶絶

ここから所謂1つの煽りコーナーのスタートでございますね(もっともSMILEが煽りの頭に当たる可能性もありますが)。盛り上がるタイプの新曲は煽りの頭か本編ラストに置かれやすいという傾向通りに(と言っては失礼ですね)ご登場されました。

テレビ番組で歌唱した際にはハイパー歌謡曲というテロップが出たりしていましたが、この曲の持つパワーはまさにハイパーであると思わず感じてしまいました。

イントロの腕ぐるぐるは今後定着しますでしょうか。覆面の方、桑田さんにハーモニカ持ってくるとはやさしいですね(?)ハンドカメラまで担当されるとは、やはり人を見かけで判断してはいけません(?)。

ラストの「命がけで今日も〜」のところからモニターにはアントニオ猪木さんの映像が。太陽は罪な奴のPV、ライブ「牛」での映像コメント出演と制覇していくのは流石ですね(?)。栄光の男の時の長嶋茂雄の映像のように今後映像が使われていくのでしょうか。

そういえばこの曲の時だけ画面が少し乱れました。もしかすると私のiPadさんがコブラツイストを受けてしまっていたのかもしれませんね(?)。

「逢いたくて 恋しくて 死ぬほど好きなあなたに」…それはステージにいるあなたにこちらから伝えたいフレーズですよ…。

 

18.Yin Yang

「あーん」というセクシーなサンプリングが入り、一瞬EARLY IN THE MORNINGでは…?。と思わせてからの、恋人も濡れる街角の呪縛から解放された(?)Yin Yang先輩のお出ましです。

がらくたツアーでのオープニングを彷彿とさせる帽子に紅白のリボンがついたスタンドマイク、そしてコブラツイストを決めるダンサーさん…なるほど、第14回の翔く!日本年末音楽大賞受賞曲はSoulコブラツイストに続いてこの曲だったのですね(?)(多分違う)。

何故かテキサスレンジャーズのユニフォームを着ているダンサーさんもいらっしゃいましたね。何故大谷翔平選手のいるロサンゼルス・エンゼルスではなかったのかしら…と思っていましたら、背番号11がチラッと見えまして、ダルビッシュ有選手のファンだったのですね(?)。確かにこの曲が発売された2013年はレンジャーズに在籍していたので正しいと言えば正しかったのかもしれません。

ユニクロCMで履いていたジーンズを心は土砂降り雨ん中で、「お気に入りのOld blue jeans ずぶ濡れ男泣き」というジーンズメドレーなのでしょうか(?)。

この煽りコーナーで演奏されるのは初ですね(2014年の夜遊びライブ「夏にサザンないの!?いいかげんに1000回!!ファンやめたるわ!!生歌ライブ」が一応該当しますが)。今回は煽りをちょいと渋めにするのかしら…と思っていたところ…。

 

19.大河の一滴

静かな春の戯れに続いてこのコーナーで登場されましたはCMで起用されたUCCのプレゼントでジーンズがあったでお馴染み(?)のこの曲でした。ジーンズが繋いだ煽りコーナーと言うことでユニクロさんには感謝しなくてはいけませんね(?)。

ライトのビカビカ感が凄かったですね。すっかりライト曲という新たなジャンルの代表になった感があります。2番の頭「Dyian(神)が宣ふ〜」の原曲ではピアノのところが中さんギターで弾かれており、煽り仕様になっていたのが、またかっこよかったですね。

間奏の台詞は、逢えるまではオンラインで我慢、という内容になっていましたね。桑田さんによる「寂しいよー」という言い方といい表情といい、如何にも桑田さんで期待を裏切りませんね(?)。

曲調から発売当時は煽りに入るとは思っていたのですが、序盤から中盤で起用されることが多く、その辺りが定位置になるのかしら…と思っていたところ、2連続の煽り登場ですから油断できませんね(?)。

 

20.スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)

すっかりソロ曲の顔をした(言い方よ)KUWATA BAND曲のご登場です。

大河の一滴からのこの曲の流れは静かな春の戯れと同じですね。何と申しましょうか…。今回は渋めになるような予想をしていて、実際にYin Yangからそんな雰囲気があったのですが、それは声が出せないからこそ、いつも以上に煽りは「魅せる」ものにするのでは、という考えを持っていたのです。静かな春の戯れという無観客配信ライブがまさに魅せる、全編を通すことでまるで1本の映画のようなライブという印象だったので、その雰囲気を敢えて有観客ライブの煽りに入れてきたら面白いのかな…と。

「I love your guitar. Play some more to me.」のところは「中ちゃん、誠ちゃん景気の良いソロを弾いとくれ」となっていましたね。そこからのお二人のギターはこのライブ最大の見せ場になりますでしょうか。「Woman, Say!! Yeah.」はメンバーさんいえい、とバンドメンバーに振っていましたね。こういう時に立ち上がって笑顔で返す片山さんが大好きです。客席にはお手拍子を(お手拍子、という言い方がまた粋ですね)、と手拍子を振っていましたね。途中から気分しだいで責めないでのイントロになりませんかね(?)などとまたアホか考えていたのは私。ラストにポーズを決める曲が続きましたね。

 

21.悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)

本編ラストはデビュー曲であり、ソロライブでは欠かせない曲となっているこの曲でした。このライブの背景を考えますと本編ラストというある意味でアンコールを含めたライブラスト曲よりも難しい大役を任せられるのかこの方になってくるのかな…と。何と申しましょうか…サザンでの無観客ライブの本編ラスト曲が勝手にシンドバッドマンピーのG★SPOT、そしてソロでの真夜中のダンディーと配信ライブだったこともあり、どこか受け身の曲という印象が強かったのですが、この曲のオーディエンスを巻き込んだ、いやオーディエンスと(声は出せずとも)共に最後のピースを埋めていくような一体感と温度感がこの曲にはあったように見ていて、また強く思ってしまったのですよね…。

柱ではなくて、ライトのセットが上がっていくのに謎の洗練されたものを感じておりました(?)。最後に3Timesと3回ジャンプで締め。本編終了となりました。

下がる際に「ありがとう」とあったボードか何かに気付いた桑田さんが「こっちの台詞だよ」と返していたのが、もう…ね…。

 

アンコール

22.真夜中のダンディー(日替わり曲:明日へのマーチ)

ここからはアンコールでございます。我慢出来ずトイレに行っていたのですが、戻ってくるとちょうどメンバーがステージに戻って来たタイミングで、メンバーの気分になれました(?)(あれ…どこかでも同じ事があったような…感想を探して見て下さい(?))。

アンコールでの演奏は2001年の「Xmas LIVE in 札幌」以来なので、定番曲ではありますが、位置としてはレアですね。

サビの「俺は生きている」が桑田さんの叫び、とは言わないまでも痛烈なメッセージに聴こえてしまいました。間奏ではつんちゃんと、角田さんを呼んでいましたね。ここで前にというのがまた良かったですね。白髭がまたダンディーでごさいました(?)。ラストの「またひとつ消えたのは 嗚呼 愛だった」前に鶴谷さんのドラムソロが。リズム隊がフューチャーされる曲でしたね。ダンディーなドラムソロでごさいました(?)。これで終わりかと思いきや、菅坡さんによるトランペットソロが。すがちん締めとは流石バツ2というひとつではなく2度愛が消えた方ですね(?)(失礼)。

 

23.オアシスと果樹園(日替わり曲:悲しきプロボウラー

続けて演奏されたのはこの曲。がらくたツアーでの銀河の星屑的な使い方ですね。

「言葉言葉〜」の音を少しだけ外す歌い方好きですね。「海が待っている」…さっき海がないと歌っていたのに(?)。「押され揉まれた満員電車」…電車が強風で止まると歌っていたのに(?)。なるほど…あの埼玉替え歌はこの曲への伏線だったのですね(?)。間奏でのかたやまくん、あつおちゃんも健在でしたね。真夜中のダンディーに続いて、ここでは片山さんフューチャーでしたか。虹色に光るライトも素敵でしたね。

伝え聞いたところによると、この曲で年越しだったようですが、「新しい朝が来る 旅は続くのだろう」のフレーズで終わる曲で年越しというのがピッタリだったのでは…と思いました。

 

24.愛の奇跡(ヒデとロザンナ

お別れに自分の好きな曲を…と。デュエット相手を期待する田中雪子さん、ではなくTIGERさんがお相手。しかしゆっきーさんにずっとスポットライトが当たっているところからして既に茶番の気配が…wハンドマイク持って準備万端、2番で堂々乱入でございました。ゆっきーさん早くも桑田さんのライブ色に染まってしまいましたね。ようこそ桑田ワールドへ(?)。

愛の奇跡ですが、調べたところ2019年の夜遊びでは2度オンエアされており(3月2日と5月4日)、3月2日放送回では「この歌好きなんですけどね」、5月4日放送回では「ひとり紅白で歌いたかったけど歌いそびれた」「第4回でやろう」と話しており、相当やりたかった曲のようでしたね。内容含めその自由さが好きです(?)。

 

25.波乗りジョニー

去年無事に成人を迎えた波乗りジョニーくん…いやジョニーさんが駆け付けて下さいました。20歳おめでとうございます。愛の奇跡のコント(失礼)にも臆することなくご登場されたのは、すっかり大人になりましたね(?)。いや、これは愛の奇跡から「愛よもう一度 今…蘇る」のフレーズのあるこの曲ですからね。実質奇跡メドレーです(?)奇跡の地球です(?)(蛇足)。つまりは必然だったのです(?)。

恒例の水着ダンサーさんもしっかり登場されました。男性がいるのは大事なのです。むしろもう少し増やしてください(と私の中の乙女が叫んでいる)。 

大定番曲にいうのはあれですが、今回は必ず演奏するだろうと思っていました。おそらく世間のイメージの桑田佳祐波乗りジョニーというのが、多少あると思うのです。こういった状況のライブで声が出せないというような制約もあるとはいえ、その制約に負けない盛り上がりと桑田佳祐桑田佳祐をやり切るところが必要であり、またその仮面を被るだろうと…。もちろんこちらの都合の良い解釈ですし、本来こういったことを考える必要はないと思います。しかし観てしまうとどうしてもその想いが強くなってしまいまして、同時にそれを打ち消してしまうポップさを感じてしまったことで、感情が迷子になってしまったのですよね…。正直まだ整理できていないところがあります。しかし今回の波乗りジョニーは特別になったことだけは間違いありません…。

 

26.祭りのあと

少しでも元気に…と思ったら、元気を頂いてしまいました。というような話をしていましたね。そして最後の曲です。祭りのあと、と。

いつもの締め、という感じがいいですね。近年締め曲を任されることが多い明日晴れるかなのある意味での完結感、何か一つの区切り感とは違い、物語はまだ続きます、というように思うのです。句読点で例えますと明日晴れるかなは「。」、祭りのあとは「、」というような違いといいますか…(余計に分からなくなるパターン)。

「照れることなく語ろう」の語ろうを強調せず割と普通に歌っていたのは珍しい気がします。地名を交えた替え歌もなくそのままなシンプルさもまた良かったですね。ラストは10Timesと10回ジャンプで締めとなりました。

またライブという名の夢の中で彷徨いたいものです…。

 

改めてメンバー紹介があった後、誠さんが桑田さんに「ずっと考えてたことがありまして…歌手になればいいのに」とユニクロCMの台詞を言って、ズコーといういつものやつです(?)。まあこれが出来るのも有観客ライブだなあと思うのですが。締めの曲はSoulコブラツイストでした。最後は桑田さん1人がステージに残り、気持ちの良い奴を…とかなり久しぶりの「1,2,3,ダー」で締めとなりました。

そしてエンドテロップが流れ、桑田さんの手書きのメッセージが画面に映り配信は終了となりました。

 

少し振り返ってみましょう。

全体的に2001年以降の曲が多かったですね。久々の有観客・ツアーということで負担が掛からないように歌いやすい曲を選んだ結果なのか、桑田さん自身が現在進行形ということでそれを表わすセットリストに必然的になっていったのか…。SMILEのところでも書きましたが、いずれにしても今回は曲自身が歌って欲しいと立候補したような曲に映ってしまうのですよね…。まあ答えは桑田さんの中にあるのです(?)。

 

今回様々な困難・制約がある中でもライブツアーを行って頂いた桑田さんを始め、メンバーの皆様・スタッフの皆様このライブにかかわった全ての皆様本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。大変なことは重々承知ではありますが、またこのような機会がいつか訪れますことを楽しみに生きていたいと思います。




余談

はい。以下は余の談でございます。書きたいだけのコーナーですので、読まなくても大丈夫です(?)。

ここまでお読みいただいた方は分かっているとは思いますが、今回のツアー、私は会場にお邪魔することはありませんでした。状況を踏まえた、と言えばそうなってしまうのでしょうが、自分の楽しいを優先させるのと、万が一によって回りに迷惑をかける可能性を自分なりに天秤にかけた結果、どうしても楽しみたいよりも迷惑をかけたくないが強かったこともありまして、今回の選択となりました。

私自身、ライブやイベントにお邪魔するというのはある種の「運」が必要であるという考え方でして、行けるものはあっさり行けますし、どう足掻いても行けないものは行けない、という考えなので、今回はたまたま「運悪く」チケットが全て外れてしまった、というのとイコールなのですよね。それと誰かに何かを言われたわけではなく、自分で決めたことなので羨むことは正直ありましたが、悔いは残さなかったと申しましょうか…。…いやでも12月は揺れました。名古屋・横浜と収容人数100%に伴う追加抽選があったことで、苦悩の日々が始まりました(大袈裟)。正直楽しいを優先しても…というところまで揺れました。まあ結果は…ということでしたが、あの12月は人生で一番、と言っていいぐらいには悩みました。

まあしゃアない…嗚呼人生のブルースというまさにしゃアない節を体現していると思っていた位なので、私はそれなりに元気でしたのでご安心を(別に誰も心配していない)。

本来こんなことは書かずにいれば良いと思っています。しかし自分の中で本当の意味でこのツアーを終わらせたい、次へ一歩進みたい、というのがありましたので、勝手ながら今少しだけここで吐き出させて頂きました、申し訳ございません。これが私なりのビッグマウスでございます(?)。

さて今年はどのような桑田さん(もしくはサザン、はたまた…?)がやってくるのでしょうか。今年直接会場にお邪魔できるのか、そもそも私自身がどう決断をするのかはもちろんまだ分かりません。でもその日はきっと「運」が巡って来た時不意にやってくるものと、今まで通り思いながら過ごしていきたいと思います(私にしては珍しくちゃんと締めたな)。

 

歌舞伎町ライブ以外でのTSUNAMI誕生の要因をぼんやりと考えてみた

TSUNAMI関係の文章を読みますと、よく「歌舞伎町ライブでファンの空気に触れたことで…」云々、といった文脈で語られるように思います。確か1999年に行われた「シークレットライブ’99 SAS 事件簿in歌舞伎町」の影響は大きいと思うのですが、それ以外に何かしらの要因が「TSUNAMI」という曲に繋がっているのでは…と思っておりまして…。と言う訳でお得意の(?)都合の良い解釈を駆使しまして、TSUNAMIリリースまでの時期で要因に当りそうな事柄について書いていきたいと思います。

 

このTSUNAMI前の時期、といいますと、アルバム「さくら」の頃になりますね。サザン史の中ではこのダークな印象の強いさくらと、1996年年越しライブ「牛」・1997年年越しライブ「おっぱいなんてプー」に代表される選曲がコアなライブを行っており、マニアックな路線に入っていた時期ということになりますでしょうか。そこから所謂王道なラブソングのTSUNAMIが生まれることになる訳ですが、サザンのバラードの中では珍しいロック色の強さと繊細さを兼ね揃えたTSUNAMIサウンド面だけを見ますと、さくらに収録されてもおかしくない曲調に思えるのですよね…。B面の「通りゃんせ」が分かりやすくさくら路線を引きづっている曲なので隠れがち(?)ですが、しっかりさくら路線の延長にいるのですよね。ある意味でさくらの集大成とも、マニアックと王道の境という絶妙なところにいるシングル曲とも言えるのではないのでしょうか。

 

サザンから桑田さん個人の活動を見てみましょう。この時期桑田さん個人の企画ライブとして、Act Against AIDSが毎年の恒例企画となったことが1つ大きいトピックスになったのではないのでしょうか。96~99年までのAAAライブをまとめてみますと、

Act Against AIDS’96 夷撫悶汰レイト・ショー~長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe~

Act Against AIDS’97 歌謡サスペンス劇場

Act Against AIDS’98 オールリクエストショー

Act Against AIDS’99 エリック クラプトソ横浜公演

と今改めて振り返ってみますと、ジャズに歌謡曲・クラプトンと桑田さんのルーツに当たる音楽への、ある種挑戦と原点回帰になっていたのかのようなラインナップになっていますね。サザンに話を戻しますと、1995年のアルバム「Young Love」がバンドとしての原点回帰のアルバムと呼ばれており、次の「さくら」が挑戦と考えれば、ある種原点の集大成としての歌舞伎町ライブ、挑戦の集大成としてのさくら(と1999年のライブ「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」)が合わさった故の「TSUNAMI」だった…とも捉えられるのかもしれません。

 

最後は島健さんとの関係です。「Act Against AIDS’96 夷撫悶汰レイト・ショー~長距離歌手の孤独 in Jazz Cafe~」以降ひとり紅白など編成が大きく、またアレンジが多いAAAライブではお馴染みとなり、またレコーディングでも1998年のシングル「LOVE AFFAIR~秘密のデート」の弦編曲で初めてクレジットされて以降、「さくら」でも数曲参加されておりますね。TSUNAMI以降にはなりますが、2001年も「波乗りジョニー」で弦編曲、「白い恋人達」では弦&管編曲にクレジットされており、島健さんが関わったシングル曲が悉くヒットしているという凄まじさです。AAAでの共演がやがて桑田さんと島健さんの、そしてTSUNAMIの大ヒットに繋がった、というのもまた興味深いといいますか、人の縁の面白さといいますか…。ちゃんとTSUNAMIへの1本の線になっていくのが物語としては出来過ぎているようにも見えてしまいますね(もちろんその後の道も続いてはいますが)。

 

と一先ず3点を思い付いたままにつらつらと書いてしまいました。もちろんこれ以外の要因(未来日記のタイアップだったり)もたくさんあってのTSUNAMIだとは思いますが、まあ生まれるべくして生まれた曲ということなのでしょう(急に雑な締め)。

 

という訳で(多分)今年最後の更新でございました。では、MERRY X'MAS IN SUMMERです(?)(これが言いたくて12/25に書き上げました…また寒い事をしてすみません(?))