原由子 45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語 2026」の感想のようなものを(ライブビューイング編)
4月7日に行われました「原由子 45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語 2026」」のライブビューイングにうっかりこっそりお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。
ライブビューイング、といいますか映画館自体も2024年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」以来でございましたね。毎回意外と会場が涼しくてトイレの危機に陥ってしまうことを忘れてしまいます(?)(のっけからトイレネタは止めなさい)。
当日私のお邪魔した映画館では別で何かの試写会が行われていたようで、後ろに並んでいた学生さんらしき2組が「今日何かあるの?」と話しているのが聴こえました。随分若い方が原さん見に来られるのね…と思っていたのですが。
生きるのには必要な野暮用がありまして、席に着いたのはほぼ開演時間となっており、席に着いた瞬間には会場が暗くなりスタートするというギリギリの時間でしたね。バタバタでしたが、逆にいつもの帰りたくなる病、ライブマリッジブルーになる暇がなかったのは良かったですね。
そして開演。今回も私は、どうなることやら…。
1.あじさいのうた
ライブはこの「あじさいのうた」で始まりましたね。1991年「花咲く旅路」ライブから原さんソロライブでは皆勤であり、2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」でも1曲目でしたし、原さんにとってライブに入りやすい曲であり、今回は京都での公演がありましたが、鎌倉芸術館という原さんのホームといえるようになった会場、というのもあったのかもしれません。
何より今回参加している弘さんはこの曲のレコーディングにも参加していますし、弘さんにとって「花咲く旅路」ライブ以来35年ぶりの原さんライブ参加の1曲目、としての繋がりといいますか、意味がある感じがとてもしたのですよね…。
「Oh 悲しみに good-bye〜いつの日か また会える日を 待ってる」のところはカットされていたような。
「あじさいのうた」は歌い出しが「雨に咲いてた つぶらな花びら」ではありませんか…。この今回の原さんライブは京都の初日、そしてこの鎌倉公演最終日には雨が降っていたのですよね。もちろん偶然なのでしょうが、ライブが雨に始まり、雨に終わる、という日程の中で「雨」という言葉でスタートする、というのが興味深いといいますか、とても良く出来た演出になっているな…と。あのバックに出ていた番傘の画というのも相まって「雨」のスタートというのがより強調された形になった気がしました。
2.春待ちロマン
春のライブ、ということもあり、もしかして…というささやかな期待はしていたのですが、実際にここで来るとは…でしたね。
何と申しましょうか…。「あじさいのうた」からこの「春待ちロマン」の流れですが、両方とも作詞作曲原由子、という曲なのですよね。「あじさいのうた」では編曲に桑田さんの名前がありますが、ちょうどKUWATA BANDや桑田さんのソロがスタートした時期だったこともあり、がっつりと絡んで作る、という時期ではなかったのですよね。セルフプロデュースというわけではないと思いますが、原さんが主導に近い形ではありましたし、そういった頃の曲を頭の2つに持ってくる、というのが、最後にまた触れますが、桑田さんの登場しない純粋な「原由子としてのライブ」のスタートとしてはおそらく意図的ではなかったとは思うのですが、シンガーソングライターとしての矜持みたいなものが何処かであったりしたのかしら…と。
この曲は「花咲く旅路」ライブ以来35年ぶりに演奏されましたが、今回のサポートメンバーの中で演奏したことがあるのは弘さんだけなのですよね。サザン名義ではなく原さん名義でそういった曲になっている、というのはまた珍しいですよね。
3.恋の歌を唄いましょう
曲前にMCが入りましたね。「春待ちロマン」が終わって、すぐにこんばんは、とあって早い、と思ってしまいました。「それでは最後の曲です」という何処かの人がいうお馴染みの台詞も。そんな天の声が聴こえたらしいですね。
ここのタイミングでしたか、ライブビューイング用のカメラに手を振っていましたが、カメラが切り替わってそちらに映っていなかったところがありました。
恋の歌をたくさん歌いたいと思います、というMCがあって、最初に演奏されたのが、まさにその「恋の歌」が曲名に入っているこの曲でしたね。
このライブでは初めてサザン名義の曲が演奏されましたが、この曲もアルバム「Young Love」発売後のツアー、1996年「Southern All Stars Stadium Tour 1996「ザ・ガールズ 万座ビーチ」」以来と実に30年ぶりの披露となっていたのですよね。それを知っているのと好きな曲、ということもあり「おお…」となっておりました(しかし腕組み後方なんちゃら面スタイルで見ている私は何なのか)。
「黄昏に頬を染めながら 悲しい運命を知るの 私だけが夢の中で生きるのね」の部分がカットされていましたね。余談ですが、この曲は2つの意味に解釈することが出来ると思うのです。
「チャペルの鐘に愛を誓った 指輪も捨てられず」というフレーズがありますが、普通に考えれば「結婚」、もしくはそういった誓いを立てていた、ということなのでしょうが、「捨てられず」というのは表現としましてはどこか既に相手がいながらも別な彼がいる、つまり「不倫」とも捉えられることが出来るわけです。それにこの曲は「愛」ではなく「恋」の歌ですから、どなたかの作った曲から引用すれば「恋という字は下心」ですから、そうすると後者の方が強い曲なのかしらと…。しかし原さんが「恋の歌」、というのであれば今回の「恋の歌を唄いましょう」という曲は「悲しい運命(不倫故に待っている結末)」ではない、もっと純粋で綺麗な恋の歌である、ということにしたかったが故のカットだったのかしら…と。
それに原さんは目の前に(スクリーン越しであっても)いらっしゃるわけですから、「夢の中」だけで終わらせてはいけないものですからね(?)。
(きっとそんなに深い意味はないのでしょうね(大いなる都合の良い解釈&蛇足)。)
4.シャボン
2010年の「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以来の演奏でしたね。前回の2023年「原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」」では出番がありませんでしたが、それ以外の原さんソロライブでは披露されていますね。サザンでは1993年年越しライブ「しじみのお味噌汁コンサート」以降演奏されていませんから、サザン名義でありながら、サザンよりもソロで選曲されやすいというちょいと変わった立ち位置にいる曲、といえるのでしょうか。
去年2025年の「風のタイムマシンにのって」に登場するまでは、原さんボーカル曲の中では唯一歌詞に「江ノ島」が使われていますから、鎌倉でのライブというところですと選曲しやすい部分があったのではないのでしょうか。
間奏のサックス?あのラッパ(雑な書き方)好きなのですよね…。
バックの映像は去年2025年のサザンのライブである「LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」」での「海」や「ラチエン通りのシスター」で使われていたものと近い感じがありましたが、同じものだったのでしょうか…。
えー、そして、「鳥がひとりで泣いている」の部分でいつも「ダジャレだ…」と思ってしまうことを懺悔したいと思います(?)(ダジャレ好きおじさん)。
5.Anneの街
曲前にまた少しMCがありましたね。原さんも60代最後になり、そういえば70歳になって「コキまくろう」と言っていて私はそこはよくわかりませんが…と笑いをとっていましたね(その後「でもここには共感した」といっていたところがありましたが忘れてしまいました)。
次に歌う曲として原さんから「Anneの街」と言われた時、構えました。まさか、と。
同じアルバム「MOTHER」収録曲であり、「花咲く旅路」ライブ以来35年ぶりに演奏という「春待ちロマン」と同じ流れを汲んでいますが、「春」のライブで「春待ちロマン」は予想できてもこの曲は想像出来ないではないですか…。
この曲は原さんも言っていましたが、NHKで放送された「赤毛のアン」の番組の為に作った曲なのですが、この番組は「赤毛のアン 夢紀行」という番組なのですよね、多分(多分、と書いた理由は後述します)。
「赤毛のアン」の舞台である、カナダのプリンス・エドワード島を訪ねる、というドキュメンタリー寄りの番組となっています。そうなると曲名の「Anneの街」、というのと歌詞に「アン」は出てこない、主人公は「アン」なのかもしれないし、また別な1人の「少女」と解釈出来る、というのはそういうコンセプトに合わせた感じなのかもしれませんね。
ちなみにこの番組は1990年に放送され、後にレーザーディスクで発売されるのですが、私、何故かそのLD盤を持ってはいるのですが、見られる環境がないことと、ジャケットには「テーマ音楽 原由子」と書いてあるだけで曲名が書いてないのですよね。ほぼ間違いないとは思いますが見ていない以上は確定ではないので…。
話が逸れてしまいましたが(いつものこと)、そういった「赤毛のアン」の世界観にいる原さん、というのがとてもマッチしている感があって、とってもとっても好きな曲の1つでもあるのですよね…。サビの「ねえ」がまた良いではないですか、ねえ(台無し)。原さんの歌い方もフレーズとしても好きなのですが、「Anneの街」の「Anne」を少し入れ替えると「ne(ね)A(え)」になりますし(nが1つ消えたのは許して(これぞ都合の良い解釈))、それが「アン」は歌詞にいないけど、何処かにいるみたいな感じを持ってしまうのですよね。
原曲がフェードアウトで終わる曲なので、ライブではこう終わらせるのね…と。
今日のライブビューイングに来ることが出来て本当に良かったな…と。
6.少女時代
「Anneの街」の前に「少女時代」と続けて。といった紹介を原さんがしていましたので、次にこの曲が来るのは分かっていましたが、いざ聴きますと…ね。
この2曲とも作詞作曲は原さんなのですよね。この2曲はちょうどアルバム「MOTHER」に収録されていますが、少女の恋を歌う、でも何処か少女時代の原さんであり、それを見つめている母としての原さん、というのが絶妙にマッチしている感があるのですよね。少女の純粋さと何処か客観的に、でも優しく見つめている感じが。
この曲は斉藤由貴さんに提供した曲をセルフカバーしている形になっているのですが、原さんはその斉藤由貴バージョンにはない「希望の明日へ」と最後に付けて歌っているのですよね。これがなんとなく過去の原さんへの、今の原さんからの一言、と思ってしまっているのですよね。
「いつでも微笑みを 泣き虫にさよなら」というフレーズに思わず涙してしまいましたね…。何故でしょう…。多分まだ泣き虫だからですかね…。つまりはかつてのようにこの曲を唄いながら涙していた由子ちゃんの代わりに泣いた、ということになりませんかね(?)(なりません)。でも「人は涙見せずに大人になれない」とも歌う人がいますし良いですよね。つまり泣き虫の私はだいぶ老人ということになりますね(?)。
7.鎌倉On The Beach
「京都・鎌倉物語 2026」というタイトルですから、「物語」ではなくても「鎌倉」が曲名に入るこの曲は当然入りますよね。そういえばアルバム「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」収録曲からは初めてこのライブで選曲されましたね。
この曲の時に気が付いたのですが、会場での曲名表示モニターは縦書きのめくりのような形になっていたのですね。そういった細かいところの作りがまた良いではありませんか…。
実はまだあまり良さをちゃんと分かっていない曲ではあったのですが、今回のライブで聴くことが出来まして、きっとそれは悪い意味でそういう自分として「鎌倉物語」の続編的物語以上の何か意味を付け過ぎようとしていたのかしら…と。もっと軽く、しなやかに(?)向き合わないとね、と思った次第でございます。
そしていつかは鎌倉へお邪魔しなくてはいけないわね…と。
8.うさぎの唄
歌う前に原さんからこの曲について語られましたね。宇崎竜童さんに作曲してもらった曲のテープに原さんが「うざきさんの唄」と書いたら、スタッフの方に「うさぎさんの唄」と勘違いされてしまった、と。あれ…この話はライブ前のやさしい夜遊びで桑田さんが話していましたね。桑田さんにしてはやけに細かく話していると思ったら(失礼)、さては桑田さん、原さんのMC用の台本かメモを盗み見しましたね(?)。
このエピソードや作曲が宇崎竜童さんで、作詞がムクちゃんということもあり、それなりに話題になることはあったと思いますが、ライブでの演奏はサザンでの「そちらにおうかがいしてもよろしいですか」(1981年)、正式なセットリストは不明ですが、ラジオでオンエアされていた原さんソロの「飲めばライブコンサート」(1982年)の44年ぶりの演奏となっているのですよね。しかもこの曲は原さんソロデビュー年の1981年発売曲になりますから、そういった「歴史」を感じさせる選曲だったといえるのではないのでしょうか。
こう、改めて画面に表示されていた歌詞を見ながら聴いていましたが、改めてムクちゃんワールド全開な歌詞だなと。様々な動物が出てきますが歌詞に「うさぎ」は出てこないのですよね。「うざき」を「うさぎ」を勘違いして生まれた曲名でありながら、敢えてかしには使っていない、というのがムクちゃんらしいといいますか、あくまで世界観のヒントの1つとしている感じが深いような深くないような…と見事に(?)ムクちゃんワールドに惑わされている私なのでございました。
間奏の台詞パートはありませんでしたね。
原さんは「「まんが日本昔ばなし」の世界観のつもりで聴いてください」的なことを言っていた通り、そういった絵でしたりうさぎさんが出てくるステージとなりましたね。
曲の終わりにうさぎさん手を引かれ、誘導されながらの退場でしたね。単純に足元が見えない配慮だったのでしょうが、そこをカメラにしっかり納めるあたり狙っていますし、実際笑いが生まれていましたね。
9.夕方Friend
曲が流れた瞬間、思わずびくっとしました(きっと私がもっとテンションの高いおじさんでしたらうっかり立ち上がったのかもしれません(?)(迷惑))。原さん自身も演奏後に「レア曲だったと思います」と話していましたが、いやいや、1度も演奏していない曲ですからレアどころではないですよ…ええ。この曲が収録されている1983年のアルバム「Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd.」は発売時にサザンで「SASたいした発表会・私は騙された!!ツアー '83」のツアーを行っていたこともあってか、ライブをやらずに終わってしまっているのですよね。故にアルバム収録曲はほとんど演奏されたことがないという…。
そんな曲が来たのですよ、しかも「うさぎの唄」のように歌う前に予告がなかった、というのもまたその驚きに繋がったと言いますか…。
この曲はここ数年でとても好きになりました。歌う楽しさに気が付きましてね…(?)(それで更に好きになることが多いので私にとっては割と重要)。
後ろの文字のフォントは可愛かったですね…。あれはまた見たいですね。
「ライバルだらけの御目麗しヨコハマ」は横浜ではなく鎌倉と変わっていましたね。やはり京都では京都だったのでしょうか。あとこの部分が先に歌詞テロップで出てしまっていたのは勿体無いなかったですね。「鎌倉」のところはわざわざフォントを変えていたというのに。
間奏ではメンバー紹介を兼ねたソロ回しがありましたね。原さん曰く「ソロ回しがやりたかった」ということでの選曲だったようでしたが、まさにFriendたちの(?)素敵なソロ回しでございました(言いたいだけシリーズ)。
10.いちょう並木のセレナーデ
準備があるということで誠さんへトークで繋いでほしいと無茶ぶりが。アマチュア時代のサザンが出演するライブハウスに通っていた誠さんに原さんが「お財布大丈夫?」と言ってくれた話をしていましたね。ここのエピソードトークは毎回変えていそうな気がしますが果たして。
準備が終わりました原さんはギターを持ちセンター中心に立ちましたね。そして「いちょう並木のセレナーデ」を。
去年の「九段下フォーク・フェスティバル'25」とスタイルとしては同じでしたね。ただ隣にいるのが、青学の先輩(桑田さん)か青学の後輩(誠さん)か、というのが敢えて言えば大きな違いといっていいでしょうか。
何と申しましょうか…。この曲の隣にいるのは桑田さんよりも誠さんの方が合っている感じがあるのですよね。後輩の誠さんがいて、敢えて言えば従えている感、というのが、学生時代を歌う曲にはとてもマッチしているように思えるのですよね。桑田さんの書いた原さん曲ではありますが、視聴者的、第三者的目線の当時近いところにいた誠さんが横にいることでより、その第三者の代理的ポジション、ではありませんが当時の原さん、というのが思い描きやすくなっている気がするのですよね。
故に「九段下フォーク・フェスティバル'25」での隣に桑田さん、というのはある種の特別感と、その時の感想にも書いているのですが、桑田さん目線で原さんの大学時代を書いた歌詞で、フィクションとノンフィクションもある、でもフィクションの原さんを書いている人がいるというのは、そういった間にある、リアル感が隣にいるからこそより伝わってくるといいますか…。だからこそそういった想像の余地が無いといいますか、良い意味で余白が思い描きにくい感じがあるわね…と思いながら聴いておりました。
11.唐人物語(ラシャメンのうた)
「いちょう並木のセレナーデ」から続けてギターを持ったまま、始まりましたはこの曲でしたね。2010年の「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」でもギターを弾き披露していましたが、この時の原さんは椅子に座りながらの披露でしたので、立ったまま、というのはまた良い絵でしたよね。
「京都・鎌倉物語 2026」と物語3部作でありながらもライブタイトルに使われなかったこの曲がその2曲を差し置いて最初に登場された、というのが3部作としての自我を感じます(?)。
桜の木がバックに出ていたのですが(「いちょう並木のセレナーデ」の時はまさに銀杏の木でしたししばらくこの木は曲に合わせて変化していきました)、その最初の色合いが、この曲が収録されているアルバム「さくら」のジャケットの色合いっぽかったのですよね…。偶然そう見えたのか、意図的な演出だったのか…。
あまり言及されない気がしますが、原さんは身長が高い方だと思うのです。アーティスト写真などでサザンのメンバーが並んだりしていても、あまり差がないではないですが、だからこそなのかギターを持った原さんの立ち姿というのも、キーボードの前にいる原さんとはまた違ったカッコ良さがあるのですよね。
この曲もまた大好きでしてね…。サザン名義での原さんボーカル曲の中ではおそらく1番好きだと思いますね。「恋の涙と雨降る中を 己(おの)が愛した男性(ひと)は去く」というフレーズが好きでしてね…。桜は雨が降ると散ってしまうではないですか。その様子と情緒がこのフレーズに表れている感じがあるといいますか、絵が鮮明に浮かぶところが(私、その絵が浮かぶところを重要視しているようである)、凄いわね…と。
そして少女時代に続いてまた泣いてしまう私でございました…。
12.旅情
鎌倉・京都という場所の旅へ誘う曲、といったところでしょうか。今回の立ち位置としましては。この「旅情」という曲が間に入ったからこそ、物語3部作の続きでありながらも、その少しテイストが違う部分でしたり、「旅」というキーワードで繋がる部分がある感じがしましたね。
「旅」といいますと、「花咲く旅路」がありますが、この曲はもう少しフラットなところがある、といいますか、「花咲く旅路」が人生という旅なら、この曲は旅行としての「旅」といったところでしょうか。
この曲には「うさぎ何故 月の中 踊り出す」というフレーズがありますが、「うさぎの唄」では歌詞にない「うさぎ」がこの曲に出てくる、というのが偶然とはいえ面白いといいますか、月にはうさぎがいる、という伝承がその「うさぎの唄」に合いますし、それが「旅情」という曲で回収されるというのが、謎のマッチ感がありますね。
また「さりげなく 私を誘うように 旅の空 気まぐれな秋の風」というフレーズが「唐人物語(ラシャメンのうた)」からの流れですと、その春の歌である「唐人物語(ラシャメンのうた)」が収録されたアルバム「さくら」が秋に発売されていたことと何処か繋がっている気がしまして、最初に書いたような「物語」と「旅」が綺麗に重なるように思った要因だったのかもしれません。
13.鎌倉物語
「旅情」で旅に出たとなりましたら、いよいよライブタイトルに使われた1つであるこの曲のご登場でごさいます。
江ノ電の音があってからのスタートでしたが、鎌倉という現地の会場はもちろんですが、これはある意味ライブビューイングという各地で見れる環境で見たからこその鎌倉の「旅」を見ているようなそんな感じがありましたね。
個人的には横浜アリーナでの「鎌倉物語」というのは生で聴くことが出来たのですが(2014年年越しライブ「ひつじだよ!全員集合!」)、鎌倉での「鎌倉物語」というのは、鎌倉芸術館が原さんソロとしてのホームになりつつある中で、既に40年以上歌い続けている曲ではありますが、いやそれもあってだと思いますが、いつも以上にリラックスして歌っているに見えたのですよね。
最初のボーカル曲としての「私はピアノ」とともにやはり「鎌倉物語」というのはもちろん曲のエピソードを含めてですが、特別な曲なのだと、ふと。
14.京都物語
続けて演奏されたのはこの曲。今回演奏するなら「鎌倉物語」と繋げて来るかしら…?と予想していたのでやはり、といったところでしたが、「鎌倉物語」から「京都物語」という、ライブの開催順としては逆(京都→鎌倉)というところがまた興味深いと言いますか、そことはきっと意識していない…いや、意図的なのでは…?と考えさせられるところが楽しいですよね(?)(そんなところを楽しんでいるのはあんただけよ、きっと)。
「唐人物語(ラシャメンのうた)」もそうですが、物語3部作共にそれぞれサウンドも当たり前なのかもしれないですが、違いがあるのではありませんか。とはいえ「鎌倉物語」もこの曲も所謂歌謡曲テイストな曲ではあると思うのですが、そんな中で「鎌倉物語」はポップスで、「京都物語」はザ・歌謡曲、といった違いがあると思うのですよね。その違い故にコンビとしても別コーナー枠としても両方とも選曲しやすく使いやすい、というところなのでしょうか。
この曲は春夏秋冬の季節が歌詞に出てきますが、「いちょう並木のセレナーデ」からの流れで見ますと、「秋」(いちょう並木のセレナーデ)、「春」(唐人物語)、「秋」(旅情)、「夏」(鎌倉物語)と「冬」以外の季節が巡っていているのですよね。「物語」というのは「旅」や「四季」というものを含んだものである、ということなのでしょうか。
バックの映像には歌詞に沿った京都の名所が映されていましたね。そういった映像はもちろん、今回初めての原さんソロでの京都公演でしたし、京都でこの曲を見られた・聴けた方というのはやはり特別なものがあったのだと思うのですよね。
この曲も初披露となりました、2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以降は毎回ライブ演奏されていますし、もちろん歌いやすさでしたり、セットリストの流れの中で入れやすい、などの要素があるのでしょうが、原さんの代表曲の1つになった感がありますね。
15.私はピアノ
曲が始まる前の原さんMC中(ここにおいしいお茶が、と伊右衛門に触れたのはここでしたっけ…?)に誠さんと中さん、ギターの2人がジャケットを脱いでいたのが見えましたので、この辺りからもう一段階上がっていく場面かしら…と思っていたところで、初めてリードボーカルを取った曲を…と。
原さんは次の曲で「盛り上がる曲」という話をしていましたが、その盛り上がりの所謂煽りコーナーとライブタイトル回収の旅・物語コーナーの間に置かれている、というのが、この曲の立ち位置を表しているといいますか、その原さんにとっての最初のリードボーカル曲、という特別さでしたり、曲の認知度でしたりそういったところが違う曲だからこそのどこに置いても大丈夫、という安心感があると思うのですよね。そもそもこの曲も煽り枠としてもいいような。
「おいらを嫌いに~」の部分は当然(しかしカバーされる時は大概カットされるので大いに不満(余談))ありましたが、そういった台詞的部分をあまりやるイメージがないような、中さんや山内さんがしている、というのが、面白いといいますか、とても画の新鮮さがありましたね。でもこれは弘さんが後ろにいてしっかりやっているところが大きいと思います。しかしカメラさん、確かに珍しいイメージのある中さんと山内さんを映すのはいいですが、もっとこの部分では弘さんを映しなさい(?)(最後の方にちょっとだけだった)。今後製品化されたり後日映像として見れる機会がある時はその辺の編集お願いします(?)(弘過激派)(謎目線シリーズ)。
16.恋は、ご多忙申し上げます
「そろそろ盛り上がっていきましょう」と。この前奏は「太陽は罪な奴」…?「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」…?。いやいや「恋は、ご多忙申し上げます」でございますよ、おじさん(小ボケを挟むでない)。
このライブ用overtureの間に会場の様子が映っていたのですが、会場にいる方がワッと一気に立ち上がる感じではなく、少し遠慮がちに徐々に立ち上がっていく様子が、原さんのライブ、という感じが致しました(?)。
資生堂のCMソングだったこともあるのか、歌詞もサウンドもキャッチーではないですか。特にサビの「"Only you" ときめき Busy 二人だけは 恋・視点・ルール Love Me Do 互いにプレッピー 公私共に Life is Busy」なんてフレーズは桑田さんが書くけど、桑田さんは歌わなそう、原さんの為に作った感がありますよね。「ときめき Busy」=「ときめき美人」、「公私共に」=「恋しい共に」だったりの桑田ワールド全開なフレーズも多々あったりと気合の入り方が違うように見えますね。
所謂煽りコーナーでの披露でしたのでラストの「恋人を想えば秋風が吹くの 彼のことが今も忘れられない」はもしかするとカットかしら…と思っていましたが、しっかり歌ってくれたのが嬉しかったですね。春に秋風が吹くのもまた良いではありませんか…。
個人的にこの曲は原さんソロ曲の中では特に生で聴いてみたい曲の1つでして、今回ライブビューイング、という形ではありましたが、その1つが叶ったことは嬉しかったですね…。
更にもうひとつ個人的な話をさせて頂きますと(いらぬ)、この曲を歌うととてもテンションが上がるので、普段テンション低めで所謂陰のものである私のテンションを上げさせたい時には頑張って歌わせて下さい(?)(自分でテンション上げなさい&そういうコミュニケーションを取る努力をしなさい)。
17.ハートせつなく
原さんの盛り上がる曲といえばこの曲になりますでしょう。1991年の「花咲く旅路」ライブから今回のライブまで皆勤であり、所謂煽りコーナーの前半部分を担当とポジション的にも固定されている故にやりやすさがありそうですし、何よりポップポップしていますからねえ。
この曲は桑田さん作詞作曲ということもあるのか、時期的なものもあるのか原さん版「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」といった感じがありますね。ポップなサウンドに歌詞は失恋のものが載っている、というのが近いといいますか、そのままのテーマで原さん版を作ろう、という形になっていったのでしょうか。そういった曲がライブにおいても同じような立ち位置にいる、というのもまた興味深いものがあるような気がしますね。
何より原さんの「ハートがせつなくて〜」のあの歌い方といいますか、あの部分の本当にせつなくなってしまう歌声がまたねえ…。それに「恋は、ご多忙申し上げます」からの流れというのもせつなくなりつつ、もうニコニコでございましたよ(?)。そういえば2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」ではこの2曲の並びが逆だったのですよね。
18.スローハンドに抱かれて(Oh Love!!)
客席から由子ちゃんに気兼ねなく「Love」と呼びかけが出来る曲でお馴染みとなりました(?)(都合の良い解釈)、この曲でございます。
原さんの曲にはあまりないサウンドの曲、というイメージではありますが、その原さんが大好きなエリック・クラプトンをテーマにした歌詞を桑田さんは付けることで、如何にも原さんの曲となった、というイメージがあるのですよね。
エリック・クラプトンといいますと桑田さんも好きで敬愛している音楽人の1人ではないですか、そして当然原さんも大好きであることを知っているのにも関わらず「アタシ好みじゃないけど 誰も放っとかないよね」と原さんに歌わせるのは、桑田さんの遊び心なのか、ある種の嫉妬なのかは分かりませんが、とてもらしさを感じてしまうのですよね。「二人で見てあのEric Claptonに涙した」(いちょう並木のセレナーデ)なんてフレーズを歌わせているくせにね(?)。
この曲は原さんの作曲となっているのですが、それがこの曲で1番凄いといいますか、基本的に原さんソロの煽りコーナー曲は桑田さんによる作詞作曲のものがほとんどの中で、そういった中に並んでいるというのが、おかしいわけではありませんが、シンガーソングライターとしての原さんの力のようなものを感じてしまったのですよね…。
アウトロは前回と同じく「レイラ」のギターでしたね。そしてそこが終わりますと原さんのキーボードパートへ。後でここは「レイラ」のピアノパートのところであるという話を聴きまして、…これはもしかして学生時代に原さんが桑田さんにピアノが弾けると「レイラ」の一節を弾いて聴かせた…というエピソードのその部分だったのでしょうか…?。
19.じんじん
原さんが立ち上がり、銀テープがパーン。もうこの曲しかないですよね。
2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以外のライブ全てで本編ラスト曲となっている曲ですが、最後にする意味があるといいますか、最後原さんが解放されてハンドマイクで前に出ることが出来る曲というのがまさに「じんじん」ということなのかしら…と。
過去の煽りコーナーの流れですと「ハートせつなく」→「○○」→「じんじん」というのが、パターンとして定着していますが、ある程度パターン化していた方がどうしてもライブの間隔が空いてしまう原さんとしてもやりやすい、安心感を持てる、というのがあるのかもしれないですね。この曲で最後にハンドマイクで前に出るというのも、流れの中にある方がより解放的に歌える、ということなのでしょうか…。
「あじさいのうた」でも書いたのですが、この曲も「雨が降っている」というフレーズから始まるではないですか。ライブ本編が雨で始まり、雨で終わるというのが、京都の初日とこの鎌倉最終日の天気と同じであるというのが、もちろん偶然ですが凄いことではないでしょうか。しかもその「あじさいのうた」と同じくステージのバックには再び番傘の画が。
この曲で本編は終了。アンコールへと入っていきます。
En1.恋のフーガ~そんなヒロシに騙されて
原さんとTIGERさん以外のメンバーが登場し、誠さんが「ガンガンいくぞー」と言って始まったのは、「Walk Don't Run」でした。ムクちゃんのアルバム「UKULELE CALENDAR」収録のカバーをちゃんと聴いていたので、知っている曲の反応が出来て良かったです(?)。誠さんがガンガン~と言った時に金原さんが「おー」という感じで拳を上げていたのが金原さんらしくて良かったですね。「東京VICTORY」かと思いました(?)。
続いて上手からTIGERさん、下手から原さんが登場し始まったのは「恋のフーガ」でございましたね。「Act Against AIDS’97 歌謡サスペンス劇場」をよく見ているので(以下略)。近年のサザンや桑田さんライブに見られます何かしらのカバーを持ってきて、次に繋げる、という流れがありますので、そういった流れに持っていく1つかしら、と。それと原さんライブには初参加のTIGERさんにもスポットを当てる、という意味もあったのではないのでしょうか。
そして予想通り繋げてきましたは、ついに登場「そんなヒロシに騙されて」でございます。「恋のフーガ」で騙そうとするとは、原さんも罪な奴ですね(?)。
弘さんがいますからまあやるでしょうと。とはいえ天邪鬼な私は、弘さんがいるからこそやらない、そういう意味で騙されて、ということも期待(期待とは?)していたのですが(?)。
「そんなヒロシが」のところは3回繰り返していましたね。その度にちゃんと弘さんを写すカメラ。それです、求めていたものは(?)。ベタ過ぎてこういった演出はサザンではやらないではないですか(普通にやりそうなところもありますが)。原さんのライブということもありますし、だからこその演出、といったところでしょうか。
最後には「そんなチエコが」を3回繰り返し、前に出て金原さんが踊り出すといったところがありましたが、最後原さんが笑ってしまい歌えていませんでしたね。
とても盛り上がっていましたし、この曲を本編最後に持ってきても充分なくらいでしたね。でもこの曲が最後だったらコント的な子芝居を付けるだろうな、とも思いつつ。
En2.花咲く旅路
「旅」のコーナーで演奏されなかったので、その時点でおそらくは最後の曲になるかな…と思っておりました。
「世の中は ああ世の中は なぜこんなに急いてと流れてく」というフレーズは年々、というよりも日々感じるようになりつつありますが、こう聴きますと改めて深く感じてしまうといいますか…。
最後の曲になっていてもおかしくない曲なのですが、最後となったのはこのライブが初めてとなりました。現在CMで使われているというのはもちろん、原さんソロ45周年というのもありますから、そういった意味でも最後に歌われる、というのは今回の京都・鎌倉というライブという名の旅路はもちろんのこと、サザンとしても、1人の音楽人としても、そして1人の女性としての原由子の旅路は続いてゆく、まだまだ旅路の途中である、ということを改めて示した選曲だったと思うのですよね…。
つまり原咲く旅路ということです(?)(台無し)。
ライブは終了し、センターに皆様集合となりました。今回はダンサーの方の人数が少なめだったこともあり(6人でしたっけ)、ダンサーの方1人1人を紹介していましたね。
原さんの紹介はもちろん弘さんが担当でした。
ここで「去年は体調を崩すことも多くて、これが最後のライブになるのかも…」といったような不安があったようでしたが、その後「でも大丈夫みたい」と笑顔で原さんらしく話していましたね。そして「平和でないと音楽は出来ません(楽しめません、だったかも)からね」とも。
最後にまた天の声が聴こえてきたのか、「気持ちのいいやつやってもいいですか」と。「1.2.3.ダー」で締め、何故か(鎌倉だからでしょうね)「古の風吹く杜」が流れる中ライブは終了したのでございました。
さて、ライブの方を改めて振り返ってみましょう。
「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以降のライブはどうしても間が空く、特別感のあるライブ、といったところもあるのか、ベスト的な、原さんソロでも知名度が高めな曲で構成されている、といった感じがしていたのですよね。それが今回は3年ぶり、という比較的間隔が短いタイミングでのライブ開催、ということからか、「春待ちロマン」や「Anneの街」、「夕方Friend」といった珍しい曲がセットリスト入りしていましたね。しかもこの曲は全て作詞作曲原由子、という曲ですから、ボーカルはもちろんキーボードやギターだけではない、そういった部分にスポットを当てる、今回登場しなかったことを含めて全て桑田佳祐任せではない、という自我、というほどではきっとないと思いますが、45周年、という区切りだからこそ表に見える形で出してきた感じがしたのですよね。
あとライブがあるということで新曲も期待していたのですが、無かったですね。新曲の無いライブ、というのもサザンやソロを含めてかなり珍しいところではありましたが、そういったものがなくても、ライブを開催してくれた原さんには本当に感謝でございます。
とても素敵な時間を過ごすことが出来ました。
最後に原さんを初め、サポートメンバー・ダンサーの皆さん、そしてスタッフの皆様、本当にありがとうございました。またひとつ大切なものを頂いてしまいました。
お互い元気におだやかに ああおだやかに過ごして参りましょう。
余の談
はい、いらない余談のコーナーでございます(でも結局書くのね、あんたは)。
念願の原さんライブでございましたが、今回も迷いました。
やはり平日開催というのは悩むものでございまして…。とはいえ今回は前回出来なかった応募する、ということだけはしたのですよね。もちろん落選でございましたが、正直そこにダメージは全くなく応募しなかった(できなかった)、という2023年「原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」」の無念を繰り返すことはなかった、という1つの後悔を消した、という安堵感があったのですよね。そういえば私が最初にチケットで「落選」という言葉を受け取ったのは、2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」でしたね。原さんはいつも人生の厳しさを教えてくださいます(?)。
とはいえ、ライブビューイングも当初は時間的に厳しいか…と思いましたが、最終的にこちらのチケットを入手することが出来そうになったことと、途中からでも入る(とても人に迷惑をかけそうでそれが嫌だった)覚悟を持ち、ようやく決断した、という形になりましたね。
これも婦人の肖像ライブのライブビューイングを諸々で諦めた、という無念があってのことだったと思います。そう、私は原さんソロも大好きなのよ(皆さんそうよ)。
最近は後悔ばかりの人生の中で、どう後悔を1つでも消していくか、というのが人生の(大袈裟)テーマになっている感があるので、それを消したい、という思いで行動していると思うのですよね、私自身が意識しているいないに関わらず。
でもその後悔を消す「作業」にしていいのか、ということを今回ライブを見ながら思ってしまったのですよね…。
まあこれからもそういった考えは変わらないかもですが、いつも通り諦めるものは諦めて、もう少し気楽に趣味として謳歌出来れば1番ですよね、きっと。
いや、しかし本当余談だな、これ。もしくは愚痴である。
しかしどうやらここまで読んで下さるという心の広い方が一定数いるという噂ですので、このあたりで筆を止めたいと思います。
ここまで読んでくださった方ありがとうございました。そしてごめんなさい。
そんなあなたのチケット当選率が少しでも上がりますように…。そしてうっかり私に逢ってしまいましたら、私のチケット運(言うほどない)を気付かない程度に上手く吸い取っていってくださいね(?)(何、この締め方はさ)。
原由子歴代ソロライブについての雑な振り返りのようなものを
1月29日に原さんのソロデビュー45周年記念ライブ「伊右衛門 presents 原由子 45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語 2026」」の開催が発表されましたね。
そこで原さんの過去のワンマンライブについて雑に勝手に振り返ってみたいと思います。
一応初期のライブで学園祭を周ったり、「飲めばライブコンサート」といったライブはありましたが、明確にセットリストが残っている&ワンマンである
・花咲く旅路(1991年)
・原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」(2023年)
3つのライブについて書いていきたいと思います。
・花咲く旅路(1991年)
1991年の2枚組アルバム「MOTHER」のアルバムツアーであり、時期としてもソロデビュー10周年のタイミングでもあり、そういった周年も兼ねたライブだったと言えるのではないのでしょうか。
また東京・大阪・名古屋という所謂東名阪ライブであり、しかも東京は日本武道館公演と、今見てもまた当時としても、ソロ歌手原由子としては大きな挑戦だったことが感じられますね。ちなみに今年の京都・鎌倉でのライブはこの時以来の複数会場公演となります。
セットリストとしましては、アルバム「MOTHER」の収録曲20曲中18曲が演奏され(演奏されなかったのは「夜空を見上げれば」と「キューピーはきっと来る」)、アルバムツアーとしての基本線は保ちつつも、サザン名義曲からはカバーの「愛して愛して愛しちゃったのよ」を含め4曲、1stアルバム「はらゆうこが語るひととき」、2ndアルバム「Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd」からそれぞれ2曲ずつの選曲とバランスがとれたセットリストになっていますね。特に「はらゆうこが語るひととき」からはデビューシングル曲でありました「I Love Youはひとりごと」とアルバムの1曲目であった「My Baby Shines On Me」という原さんソロのスタートといえます2曲を選曲しているところに、周年ライブであり、また実質初のワンマンライブであった、というところがより見えてくる気がしますね。ちなみにこの「My Baby Shines On Me」を含めたアンコール曲について、表記の揺れといいますか、ちょいと厄介なことになっているところがありまして、詳しくは以前に書きました、私の性格の悪さが出た(?)雑文のリンクを載せておきますので、心が広い方は(?)チェック頂ければと思います。
公式による原由子ライブツアー「花咲く旅路」のアンコール曲表記が違う件についての雑なまとめのようなものを
ドラムは弘さんが参加されていますが、それにも関わらず(?)「そんなヒロシに騙されて」は演奏していないのですよね。35年ぶりに弘さんが参加される今年のライブはどうなることやら…。
演出を見ますと、何度か衣装チェンジがあったり、「UFO(僕らの銀河系)」では振付での歌唱があるなど、バンド女子、というよりもアイドル的な見せ方をしていたり、「かいじゅうのうた」では途中ウルトラマンが登場しヒーローショーが始まるなど、「MOTHER(お母さん)」を意識したような演出があるなど、サザンとしても、後の原さんライブを見てもこの時だけの、1991年の原由子にしかできない演出が多数あったのも大きな特徴の1つではなかったのではないのでしょうか。
何より原さんのMCや煽りが、普段のほんわかしている雰囲気とは違い、語尾が強めといいますかある種の強さを感じてしまうのですよね…。それは母としての強さでもあり、よく緊張することを話している原さんの1つ緊張に負けない強さを持った仮面を付けていたのかしら…と今更ながらに思ってしまうのです。その仮面がふと取れた瞬間泣きながら歌っていた「少女時代」やサザンのメンバーが登場したアンコールの時だったのかしらと。
余談ですが、こういう時に真っ先に駆け寄る毛ガニさん最高ですよね…。「HOTEL PACIFIC」のポスターで原さんの腕をつかみサポートしているような感じや「茅ヶ崎ライブ2023」での本編ラストの「マンピーのG★SPOT」後の小芝居(?)で泣いている(ふり)の原さんの横にいて慰めるところとかね。原さんと毛ガニさんの「原×カニ」はいいぞ、とおじさんは語り継いでいきたいと思います(?)。
「花咲く旅路」から実に19年ぶりのライブとなりました。これ以降原さんのライブは鎌倉芸術館で行われることになります。
今回は1980年、サザンのアルバム「タイニイ・バブルス」収録曲である「私はピアノ」で初めて原さんが単独ボーカルをとって30年、というもうひとつの周年と、ベストアルバム「ハラッド」発売に伴うライブとして開催されました。
バンドメンバーも斉藤誠さんや片山敦夫さんといった一見お馴染みの方々が参加されていますが、原さんライブに片山さんは初参加、誠さんはHARABOSEなど初期の原さんライブやテレビでのスタジオライブや音楽番組を除けばワンマンライブへの参加は初と言ってもいい、といったサザンや桑田さんソロでは欠かせない2人の「初めて」が見られたという別な意味でも珍しいライブでもありましたね。ちなみにバンドメンバーでギターが1人、というのも原さんワンマンライブではこれが唯一となっております。
セットリストは全て「ハラッド」からの選曲となっております(ベストが出てのライブですしそりゃそうか)。
前回の「花咲く旅路」と同じく「いちょう並木のセレナーデ」、そして「唐人物語(ラシャメンのうた)」は原さんがギターを弾いて披露していましたね。このギターを持つ原さんというのも、サザンのライブでも時々披露していたとはいえ、原さん自身がボーカルを務めつつの披露、というのは原さんワンマンライブでのお約束の1つとなりましたね。
「ハラッド」に新曲として収録された「京都物語」がサザン名義での「鎌倉物語」・「唐人物語(ラシャメンのうた)」と並んで「物語3部作」というような扱いになっていたこともあってか、この物語3部作は全て披露されましたね。今年のライブはライブ開催場所と曲名にかけて「京都・鎌倉物語 2026」となっていますが、唐人物語先生の運命は如何に…。
その新曲「京都物語」の前に「私はピアノ」が演奏されている、というのがまた良いですよね…。一番最初のボーカルを取ったと一番最新の曲が並ぶ、というのは個人的にとても好きで、そういった「歴史」が10分あるかないかの時間に詰まっている、というのが何とも色々と考えさせられるところがありますし、考える人(わしはロダンか?)である私としてはそそられるものがありますね(?)(などと意味不明の供述をしており)。
アンコールでの「いつでも夢を」では桑田さんが登場しています。しかし後日WOWOWで放送された際にはこの曲のみ放送されませんでした。何と申しましょうか…。もちろんお互いに相手を立てている、というのはありますが、どうしても桑田さんが出てくると、それが原さんのワンマンライブであっても全てを持って行ってしまうではないですか…。この曲を来た人だけのお楽しみにして、純粋な原さんライブ、という形に放送でした、というのは、ソロシンガー原由子への敬意、とも見えますし、桑田佳祐がステージに表れない(実際には出ていますけど)原さんが1人でやりきったパッケージというのがまさに「はらばん」というタイトルを表しているように感じてしまうのですよね…。
そういえばこのライブは「あじさいのうた」でスタートしていますね。前回が「私はピアノ」、次回が「鎌倉物語」と、サザン名義で桑田さんが作った曲でスタートした、というのと違って、原さん自身が作詞作曲した曲でスタートした、というのもまたそういった見え方に影響を与えたのかしら…と。
・原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」(2023年)
「はらばん」から13年と前回よりは少し間隔が短くなっての原さんソロライブでしたね。
今回はライブタイトルにもありますようにアルバム「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」を伴ったライブとなっておりました。アルバムからが全曲が演奏されていますが、これは桑田さんソロだと2011年「MUSICMAN」、サザンでは何と1982年「NUDE MAN」(インスト曲を除けば1984年「人気者で行こう」)以来ありませんでした新作アルバム全曲ライブ演奏となっていたのですよね。
セットリストも「私はピアノ」と「鎌倉物語」の2曲以外は原さんソロ名義の曲が演奏されており、サザンの、ではなく1人の歌手としての原由子としてフィーチャーされている感がありますね。そして逆に言えばそういったソロ名義曲中心の中にあっても、「私はピアノ」と「鎌倉物語」は絶対に外せない曲ということなのでしょうね、きっと。
そして今回も前回に続きまして「いつでも夢を」で桑田さんが登場しましたね。2度続いた、ということはこれもまた定番化していくのでしょうか…。今回はここにも注目ですね。ちなみに余談ですが、近年の桑田さんはステージでの動きやすさや足への負担が考慮されているのか、スニーカーでステージに上がることがほとんどとなっていますが、今回は最後の1曲だけということもあったのか、おしゃれ革靴(もっといい説明が出来る気がしますが、私はそういうところに疎い)を履いてのステージでしたね…。ほら、桑田さん出ちゃうとそっちに文章も持ってかれちゃうでしょ(?)。
原さんに戻りましょう。原さんソロ曲で「少女時代」や「花咲く旅路」、「いちょう並木のセレナーデ」はライブの定番となっておりますが、「少女時代」と「花咲く旅路」は序盤、「いちょう並木のセレナーデ」はアンコールとポジションが明確になりつつありますね。特に「少女時代」は感極まる「花咲く旅路」でのライブとは対照的に、今回や前回の「はらばん」では3曲目にさらっと歌ってしまうところに良い意味での時の流れを感じてしまうといいますか、自然体で歌える曲になったのかしら、と思ってしまうのですよね。
このライブのキーボードにはアルバムの共同制作者であり実質桑田さんと共にプロデューサーを務めていたといっていい曽我淳一さんが参加されていましたね。歴代のサポートキーボードを見てみますと、「花咲く旅路」では小林武史さん、「はらばん」では片山さんと毎回変わっているのが興味深いですね。「花咲く旅路」や今回のライブのようにオリジナルアルバムのライブでは、プロデューサー(共同制作者)と、ベスト的ライブではオールラウンドな片山さんと分かれているのが面白いですし、何と申しましょうか…。原さんや桑田さんの鍵盤楽器への考え方でしたし必要性の高さがこういったところに見えてくるように思えてしまいます。
サポートメンバーもサザン関係では久しぶりの小倉博和さんや、前回に続いてコーラス参加のYUKA(村石有香)さんなど原さんが自ら選んだようなメンバーが揃っている、というのももう1つ興味深いところではありますね。アルバム自体も過去のアルバムと比べて編曲クレジットに原さんの名前が多く書かれているところがありますし、原さんに多くの主導権があったライブだった、といえるのではないのでしょうか。
などなどと、またも雑に振り返ってしまいました。
今回のライブは45周年ということ、片山さんもいますし(?)「はらばん」のようなベスト的ライブになるのでしょうか。「京都・鎌倉物語」とライブタイトルにありますからこの2曲は確定と言えるでしょう(京都と鎌倉で敢えて分ける可能性もありますが)。
そして何より新曲なしでライブ、というのは考えにくいので、ライブまでには何かしらの新曲情報があるのではないのかと思いますね。
またセットリストとしましても、上記しました「少女時代」・「花咲く旅路」・「いちょう並木のセレナーデ」のポジションに変化はあるのか、終盤の流れの中であります「ハートせつなく」→「○○」→「じんじん」というパターンは崩れるのか維持されるのか…といった点も気になるところではありますね。
個人的には「はらゆうこが語るひととき」や「Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd」といった初期アルバム曲や配信だけのリリースとなりライブで演奏されたことのない「ウルワシマホロバ~美しき場所~」・「ヘヴン」といった曲にスポットが当たれば嬉しいわね…と。桑田さんもラジオでやたら「ヘヴン(先生)」と連呼していますし(?)(それは「ばけばけ」の感想です)。
等々思うことはたくさんありますが、まずは無事にライブが開催されることを願って雑文を締めたいと思います。
えっ…いつもの余談…?。今回はありませんよ、ええ…(これこそ余談)。
豊崎愛生「LAWSON presents 豊崎愛生 カバーコンサート2025 AT livingⅡ ~sing of youth~」の感想のようなものを
6月29日にヒューリックホール東京で行われました豊崎愛生さんの「カバーコンサート2025 AT livingⅡ ~sing of youth〜」の昼夜公演にうっかりこっそりとお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。
…開催日にこの更新日を見ていただければ分かるように、半年も空いてしまいました。しかもその後にお邪魔したライブ(「九段下フォーク・フェスティバル'25」)の感想の方を先に書いてしまっているという暴挙(?)に出てしまった故に記憶の忘却等々あるかと思いますが、ご了承くださいませ…(多少は書いていたのですが(言い訳))。
あ、余談がとても多いので、上手く飛ばして頂ければありがたいです(分かっているなら書くなシリーズ)(そうなると何も読むものがなくなりますよ、あんた)。
豊崎愛生さんのライブは初めてでございました。実は1stライブの時から1度はお邪魔してみたい…と思ってはいたのですが、勇気がなく…(未だライブにちょっとだけ苦手意識があるのです)。
2018年くらいからでしょうか。(勇気をもって)逢いたい人に逢いに行く、というテーマを密かに掲げておりまして、そういったライブやイベントに行く、ということをスローペースで始めていたのですよね。とはいえ豊崎さんにはその前、「A&Gオールスター2012」というかなり早い段階でお逢いすることは出来ていたのですね。しかしおかえりらじおの、ラジオパーソナリティの豊崎さんにはお逢いしていましたが、歌手として歌う豊崎さんには逢えていなかったのです。そうしている内にいわゆる1つのコロナ禍とやらがありまして、その逢いたい人に逢いに行く企画は頓挫。次の豊崎さんライブは…と思っていたのですがそれも頓挫してしまいました。2021年の「Camel Back hall」はその余波もあり断念。必ず次こそは…と思い4年、今年ようやくそのチャンスがやってまいりました。
しかし今回は「カバー」ライブ。…悩みました。個人的にライブというものは、曲をすべて聴いて分かっている方のライブに行くことを許す(許す?)、という、自分ルールを作ってしまっているのですよね。私、音楽を全く知らないやつですので、カバーライブというのは、=知らない曲をやる、という認識でして、それで某サザンの某桑田さんが行っていた某AAA(主に某ひとり紅白を指す)(某の意味何もない)も応募すら知らなかった、という身でしたので…。
しかし今回も逃してしまえば、また次がいつになるかは分かりませんし、申し込みだけでもしなければ、きっと絶対に後悔する…というのが頭から離れませんでした。豊崎さんの方からオリジナルの曲もやります、というお話があったこともあり、思い切って応募。まさかの昼夜共にご縁があるとは…でした。
何だかんだで当日。有楽町で豊崎さんと逢いましょう…と思いつつも、やってまいりました、いつものライブマリッジブルーと勝手に名付けている、緊張で帰りたくなる病。カバー、ということもあったと思いますが、初めての歌う豊崎さん、という部分でよりやられていたのかもしれません。
何とか会場内へ侵入し、席へ。昼が上手側、夜が下手側と視点が変わるのが良かったですね。個人的には上手側に当たる割合が高いこともありまして、片方に寄りそうな予感がありましたもので。
いよいよ開演。昼夜公演ブレンドで書いていきたいと思います。
いつもは1曲1曲について、長々と訳の分からないことを書いていましたが、カバー曲のところはひとまとめにさせていただきます。
1.トワイライト(GOING UNDER GROUND)
2.Funny Bunny(the pillows)
5.スパイダー(スピッツ)
6.コーヒーと恋愛(サニーデイ・サービス)
7.カルアミルク(岡村靖幸)
8.愛し愛されて生きるのさ(小沢健二)
開演となり、会場が暗くなりましたが、夕方の、夕陽に別れを告げた時間帯の雰囲気と虫の声が聞こえてきまして、まずバンドメンバーの皆様が登場。そして最後に豊崎さんが登場しました。ここで私の緊張はピークです(?)。とはいえ、豊崎さんがステージ中央に立ち、曲がスタートする前のあの沈黙といいますか、あの一瞬でそういった緊張が引いた感じがあったのですね。普段は1曲目に入ってから、スッと落ち着いていくのですが。あれはあれでまた不思議な感じでしたね…。
今回のライブで披露されたカバー曲は事前に全て告知されていました。しかし最初に書いた文と矛盾するようですが、1曲も知らなかったくせに全く予習せずに望んだのですよね…。もちろんこれも悩みました。しかし1曲もオリジナルを知らないで、豊崎さんのボーカルで(ある意味豊崎さんの新曲という意識を持って)聴いたらどんなことを思うのだろうか…?という思いが芽生えてきまして…。
結果的には無意識にとはいえ、やはり「カバー>オリジナル」という感覚で聴いてしまったな、と。ただそれ故、なのか分かりませんが、曲の間のMCで話す豊崎さんの曲への想い出とその曲の間を、ある意味で新鮮に、深く思い考えることが出来た気がします。なんと申しましょうか、その学生時代から上京し声優になっていく、豊崎愛生という人物の人生と記憶、そして音楽の旅をしていたかのような。そういった意味では、変に予習せずに行ったことがいい方向に向いていたような気がします。ただ、常に頭の片隅に「分からない曲ね…」と浮かんでしまうことだけが余計でしたが(嫌ね、無知というのは)。
それは曲を聴きながら、モニターに映る曲名を見ながら感じていたことだったのかもしれませんが、曲の並びが学生時代(青春時代)から所謂大人になっていく、時系列の形で並んでいるわね…と。
このカバーコーナーでは「若者のすべて」・「コーヒーと恋愛」・「カルアミルク」の3曲が特に良かったと感じましたね。特に「コーヒーと恋愛」と「カルアミルク」は豊崎さんの雰囲気や声に合っているように感じましたね。最後にこのライブの模様が一部音源化される、とのことでしたので(まあカバーコーナー曲は全部入るでしょう、と勝手に思っていますのでそれを前提としまして)、その日がやってきた際には、また何度も聴いて振り返って、色々と考えたい感じたいな、と。
個人的には最後の「愛し愛されて生きるのさ」で「10年前の僕らは胸をいためて「いとしのエリー」なんて聴いてた」のフレーズを聴いた時には、思わず飛び上がりそうになってしまいました。私、サザンオールスターズが人より少し好きでして、小沢健二の曲にこのフレーズが使われているらしい、ということは眼にしていたのですが、それがこの曲なんて…しかもそのフレーズを豊崎さんのボーカルで聴けるなんて…という感動なのか、驚きなのか分かりませんが、あの昼公演でのあの瞬間の感情の飛び方(表には出しませんが)は、予習しなかったからこそ得られたものなのかもしれませんし(夜はそのフレーズに入る前に構えていましたから、予習していたら、そういう昼公演もそういう態勢になっていたのでしょうね、きっと)、好き(豊崎さん)と好き(サザン)が不意打ち的タイミングで重なった時のあのパワーは凄い、といいますか、良い意味で恐ろしいものがあったわね…などと思っておりました。
そんな曲名が「愛し愛されて生きるのさ」なのがまた良いではないですか…。だって歌うのが豊崎愛生さんなのですから…。完璧です(?)。
ここで第1部が終了。休憩を挟み、第2部(オリジナル曲コーナー)という流れとなりました。
昼公演
9.ぼくを探して
皆様ご登場前から雨音が流れていまして(これは結果的に昼夜共にでしたが)、「もしかして…?」と思っていたところにまさに、でございました。
初めて豊崎さんのライブにお邪魔した身としましては、前半のカバーパートを除けば豊崎愛生としてのオリジナルソングで最初に生で聴いた曲、となるわけですが、「ああ…この曲が最初になるのね…」と。
好きな曲、というのはもちろんあるのですが、1stシングルの「love your life」で豊崎さんとしての歌声を認識して、それが馴染んだ頃(そういったところにちょいと時間がかかるタイプ(どんなタイプ?)でして)に出たこの2ndシングルでその良さ、のようなものを本当に分かり始めたきっかけのような曲だったので、そういったきっかけを持つ曲がもちろん偶然ながら最初に生で聴く曲になった、というのが、不思議であり、そういうものを引き寄せてしまうのかしら…と感じてしまったのですよね。
豊崎さんの歌声は「ぼく」という一人称がとても似合う声だと個人的に思っておりまして、その原点といいますか、その「ぼく」としての始まりの曲でもあるこの曲をオリジナルの最初に聴けた、聴いてしまった、というのはまたずっと私に残り続けるものだと思ってしまったのですね。
そしてちょっとだけ泣いてしまいました…。
10.March
正直に申し上げますと、まだ「ぼくを探して」に想いが持って行かれたところがございまして、最初に「あれ…曲名なんだっけ…?」と曲名をど忘れしていてしまったのですね(「かっこつけてる」のところあたりで思い出しました)。あまりこういう忘れをしない方だと思うのですが、ここに懺悔いたします。Marchさん申し訳ございませんでした。
MCで豊崎さんが選曲について「季節の違う曲を意識した」といったことを話していましたが、言われてみれば確かに…と。
「March」にはいろいろな意味が含まれていると思うのですけど、その1つに3月というのがあると思うのですよね。3月というのは別れの季節でもありますし、その別れと「ぼくを探して」の「探して」という部分が私の中でどこかリンクしまして、この2曲の流れとても良いわね…と。
11.シロツメクサ
もう、どうしましょう、ですよ(?)。
いつかライブにお邪魔することがあるならば、特に生で聴いてみたい豊崎さんの曲、というのが当然私の中にあるのですが、「ぼくを探して」に続き、そう願っていた曲の1つがまた目の前で演奏されているという、その状況にそんな思いを抱いてしまったのですよね…。
「ぼくを探して」で豊崎さんの歌声について書きましたが、それが完全に馴染んだ、というとまた違うのかもですが、この曲を初めて聴いた時に「あ…ちゃんと好きになれるのかも…」というようなことを思ってしまったのですよね。私、初めてラジオで豊崎さんの声を聴いた時に所謂一目惚れならぬ、一聴き惚れをしてしまいまして、それ故なのか、そのラジオで聴く声と歌声の違い、といいますか、多分と言いますかそういった感覚がアホですので、そこの「ずれ」のようなものをどこかで持っていたと思うのですよね。それがちょうどこの曲のタイミングなのか、この曲へ単に一聴き惚れに近いものを抱いたからなのか分かりませんが、その「ずれ」がなくなった曲という印象をずっと持っていたのですよね。ラジオパーソナリティの豊崎愛生さんと歌手の豊崎愛生さん両方が自分の中で重なった、ということなのかもしれませんが…。
故に歌手・豊崎愛生のイメージとして最初に浮かぶ曲、というような感覚がありまして。
しかし昼公演は「愛し愛されて生きるのさ」からここまでの感情の揺れ、といいますか、そういった考えで頭の中が凄かったですね。しかも泣いちゃうし(?)。本当に勇気を持って、このライブに来て良かった…ととても実感していた瞬間だったと思います。
12.トマト
良い意味で大人だからからこその可愛い曲、という印象を持っている曲でございまして、比較的暗め、といいますか、少しビターな雰囲気の曲が多かった持ち歌曲コーナーの中では、ポップで可愛いらしいこの曲がこのタイミングで演奏された、というのはよりそういった可愛いさを引き立てていたようにも思ったのですよね。
「あなたを見せて」とも歌っているところもありますが、「かっこ悪い私を見てて」というフレーズがとても好きなのですよね…。何と申しましょうか…。そのフレーズを歌う豊崎さんがまた好きといいますか、長くラジオを聴いていた分、(もちろん話すことのラインはあるにしても)ありのままを話していた豊崎さんだからこその、ある種ラジオパーソナリティとしての豊崎さんをずっと聴いていたからこそ、ふっと良いわね…という思ったことを今まで持っていたのかしら、と。
ちなみに私はトマトさん(食べ物の方)に関しましては、好きではありませんが、食べなさいと言われれば食べれるくらいの適度な関係性を保っております(?)。
13.ディライト
あっという間に昼公演最後の曲となってしまいましたね。
印象的だったのは、最後の曲ということもあったのか、曲中頻繁に客席に手を振っていたのですが、「バイバイバイ」や「バイバイ」というフレーズのところでは豊崎さんは確か一度も手を振っていなかったのですよね。表現として正しいのかは分かりませんが、あれは凄い、と思ってしまいました。
あの手の振りは最後の曲故の「サヨナラ」という意味ではなく、「ありがとう」、そして「また逢いましょう」という意味だったのかしら、と(有楽町だけに(?)(蛇足))。豊崎さんにはあまりネガティブのイメージがないではないですか…。昼か夜公演どちらのMCで話していたのかは忘れてしまいましたが、1年に1度は皆さんにお逢いするような機会を作りたいと考えている、というような内容の話をしていたと思うのです。これが昼公演のラストで夜も控えているから、というのもあるのかと思うのですが、こういった別れがテーマの曲でも、続きがある、という意味合いをとても感じてしまったのですね。
夜もお邪魔するくせに、「また歌う豊崎さんに逢えるといいな…」とまるで夜公演の終了直後のようなことを思っていたアホなおじさんでございました。
夜公演
9.CHEEKY
夜公演も昼公演と同じく雨音が流れていましたね。夜のオリジナル1曲目は果たして…?と思っていましたが、この曲でしたね。
昼の「ぼくを探して」もそうですが、良い意味で1曲目らしくない、といいますか、少し暗さを感じる曲で入っていくというのは意外な感じはしつつも、カバー曲が豊崎さんの青春時代から所謂大人の世界に足を踏み入れる頃の時代に聴いていた曲、ということを考えますと、その後色々な経験をし、大人になった、といいますか少し客観的目線を持って自分自身を見ているような、そういったある種の冷たさ、ではありませんが冷静に今を見てるような、ある種対比させているような選曲、という印象を受けたのですよね。
雨の音で始まる、というのがまた良いじゃありませんか…。
10.タワーライト
この曲はなんとなく演奏するかな、と思っておりました。東京ですから…という単純思考での考えではあったのですが。
とはいえ、後で考えますと、豊崎さんは東京タワーが好きでそれがこの曲に表れている、というようなことを話していたと思うのですが、この曲も大人になってからの豊崎さんを表している曲、とも解釈出来ますし、そういった意味でも繋がっているとも言えますから、当たり前ですかとても考えられているセットリストだな…と。
夜公演での演奏、というのもまた…ね。セットの木か何かが(忘れている)ちゃんと歌詞にもある東京タワーのオレンジ色になっているのも良かったですね(あれ、そうなってましたよね…(このあたりの記憶の自信がない))。
「CHEEKY」の最後に「さみしいよ 口にしたら笑えないじゃない」というフレーズがありますが、この曲では「そんな風に僕らは無邪気に笑った」というフレーズがあるという「笑い」や雨のイメージの「CHEEKY」に対して、オレンジ色の「タワータイト」という「色」の対比というのもより両方の曲の良さを引き立てるような感じがあって素敵だったわね…と。
元々好きな曲ではあったのですが、さらに好きになった瞬間になりましたね。
11.フリップ フロップ
昼夜公演両方を見まして、個人的には1番意外な選曲、だったように感じました。いや単にやりそう、という私自身の予想に入っていなかっただけなのですが。
「タワーライト」のアコースティックっぽさから、デジタルな打ち込みサウンドを感じるこの曲への流れ、というのもギャップといいますか、曲数が限られているからこその選曲、という感じがありましたね。
この後の曲の流れから見まして、「今日も手紙が届いてる時間だ」・「君がみんなが」などといったフレーズが今にして思いますと、なんともラジオよね…と。まあどうしてもラジオパーソナリティの豊崎さん、として見てしまうところがあるというのと、おかえりらじおが終了して、所謂1クール、3ヶ月「しか」経っていなかった時期というのも、そういった見方に影響していたのかもしれません。そんなことを浜松町ではなく有楽町で感じているのにもちょっとだけある種の面白さを感じてしまった私なのでございました。
12.ただいま、おかえり
曲名の印象もあるのかと思うのですが、私にとってのおかえりらじおのエンディング曲、といえばこの曲になるのですよね。
何と申しましょうか…。やはり私にとって、ラジオの曲というのは特別なものがあるのですよね…。それはオープニングやエンディング曲、というだけでなく初解禁となった新曲だったり、不意にこの曲良いわね…と思ったあの曲だったり。そういった中で、番組名と同じだったり、番組名やコンセプトに近いような曲、というのはより特別感があるわけなのですよね。そんな特別感を持った曲を、歌手の豊崎さんがラジオパーソナリティの豊崎さんのテーマ曲を歌っている、という何とも言えない嬉しさでしたり不思議な思いのようなものをとても感じたのですよね。
昼公演の「ぼくを探して」や「シロツメクサ」でしたり、もし1度生で聴くことが出来たら…と思っていた曲がまた披露されている、という嬉しさもありながらも、こんなことが続いてどうしよう…でしたり、もう何か言葉に出来ないような思いも同時に感じてたりして、もう…ね。
個人的にはライブやイベントというのは「縁」が大切だと思っていまして。「縁」がないそういった催し物、というのは、どうやってもチケットが手に入ることはない、逆に「縁」がある催し物は最初にあっさり取れてしまうものである、と思っているのですよね。そしてそんな「縁」のあった催し物では、そこに自分の行く「意味」がある何かに出会える…とも思っているのですよね。だから今回はその「縁」がとんでもなくあったと。そしてそれは同時にどうして今まで行けなかった(行かなかった)ことへの答えであると、またとても感じてしまったのですね。
だからきっとラジオパーソナリティの豊崎さんと歌手の豊崎さんに同時にお逢いすることが出来た(と思えるような感覚を味わえた)のかしら…と。
こういいますとちょっと違うのかもしれないのですが、この瞬間が本当におかえりらじおの最後の瞬間であり、そこに立ち会えた瞬間でもあるのかもしれない、と思ったのですよね。
この時には既にラジオの終わり、というものを受け入れていましたし(それが色々な考えがあったとはいえ、最終的には豊崎さんが判断を下したことである、ということを本人が話していたということが大きいのかもしれませんが)、自分の「想い」というものも整理されている状態ではありましたが、そう思ったということは、それはある意味で初回から欠かさずに聴き続けていたけど、1度もメールを送ることなく終えてしまったサイレントリスナーとしての「何か」にも決着が付いた瞬間でもあったのかしら…とも考えたりしてしまったのですよね…。
13.love your life
豊崎さんとの出会いはラジオでした。歌手豊崎さんとの出会いもまたラジオでした。思えばラジオパーソナリティの豊崎さんを知って好きになったのも、この曲が初解禁となった番組である「A&G 超RADIO SHOW~アニスパ!~」だったのですよね(当時「ぷちどっとあい・豊崎愛生の冬のあきまつり」という箱番組を1ヶ月担当しており、ここで声を聴いて一聴き惚れしてしまったのです)。
その出会いの曲がこの日の最後の曲になるというのが、また何か不思議な感じがあったのですよね。ソロデビュー曲、ということもありましてライブでは1番歌われる曲でもありますし、この位置も決して珍しい位置、というわけではないと思うのですよね。ただやはり私の個人的な想いのようなものといいましょうか、ここまで割と感情が溢れていたと思うのですが、最後にその総決算といいますか、全てを持って行った、いや全て受け入れられたようなそんな感じがあったといいましょうか…。
好きな曲でしたり、聴きたかった曲とお逢いすることが出来ましたが、本当の意味で1番お逢いしたかったのはこの曲だったのかもしれません。この日1つの、歌う豊崎さんにお逢いする、という目標はようやく達成したわけです。私は、逢いたい人に1度は逢いたい、何故なら1度逢えた、というその1つで1つの後悔(逢いに行けばよかった…)を消せると思っていまして、2度目以降への欲が良くも悪くも薄れてしまうところがあるのですよね。ただ「この物語の続き」と歌い始めるこの曲で、この日を締められて「しまった」のですから、豊崎さんという物語の続きに、また逢いに行きたいな、行かなくちゃいけない…かも(←この「かも」が余計なのよ、私(でも少しだけ躊躇しちゃうのよ))とも思ってしまったのですよね。新しい何かを見つけるために。
ライブが終わり豊崎さん、バンドメンバーの皆様が下がりまして、エンディングのBGMは昼が「カルアミルク」、夜が「若者のすべて」(逆だったような気もする)でしたね。これが両方ともどこかとてもエンディング感があって、それを聴きながらライブを振り返りつつ、現実に戻っていくあの瞬間が良かったのですよね…。
さて、改めてライブについて少し振り返りたいと思います。
結論からいえば、わしにカバーライブはやはり早かったのじゃ…といったところでしょうか(?)。「AT living」のようにアルバム発売→ライブ、という流れでしたらまた違ったものがあったのかもしれませんが。しかしそれはそれで自分が絶対にしなかった経験が出来たということは良かったのかしら…と。それが良い意味で慣れた(いや、未だに慣れていないな、うん)方(1人(1組)しかいないな、うん))のカバーライブでしたら、また違った感覚になったのかもしれないのですが、未知の歌う豊崎さんとカバーソングたち、という初めましてが被ったからからこその感覚だったのかもしれません。
いずれにしましても「love your life」のところで書いてしまいましたように、「この物語の続き」をまた確認すべく、次があるならば歌う豊崎さん(何度も使ってますけど、ちょっとこの表現気に入ってしまいまして)にまた逢いに行きたい、ただいまを言いたいな…と。
最後に豊崎さんを始め、バンドメンバー・スタッフの皆様、そして関わっておられた皆様、「”ただいま”を言いたくて 少し遠回りしてます」…いやここに来るまで私、随分と遠回りし過ぎてしまいましたが、「おかえり」をありがとうございました。
余の談
はい、毎度お馴染みいらない余談のコーナーです。
ただ書きたいところです。読まなくていいところです。今まで以上につまらないところです。
おかえりで締めましたが、帰りましょう(?)(ここまで読まれる方に失礼)(申し訳ございません)。
今回は難しかったですね。実際ここまで時間が空いてしまいましたから。
正直に申し上げますと、最初は投げてしまったのですよね。一応自分が勝手に設定したルールでは1曲1曲に可能な限り感想を書く、というところがあるのですが、見ての通り、書いての通り(?)、カバー曲への知識がなさ過ぎて書けなかったのですよね。何と申しましょうか…。それは曲に対して物凄く失礼なことをしているな…と。単に私が無知なだけなので差をつける、というわけではありませんが、そういうことをしているような感じがどうしても拭えないところがありまして、だったら書かない方がいいのでは…?と。
でもやはり残したかったのですよね…。それは今までこのブログを始めて以降、自分で行くと決めた、行きたい・逢いたいと思ってお邪魔したライブは全て何かしらの形で書いている、という変な使命感なのか何なのかわかりませんが、記録を残したいと思ったのですよね、きっと。そもそも私がブログの感想を書き始めたのも、自分が他の方のライブ感想を読むのが好きで、色々な方に書いていただきたい、けどそれをいうと自分から始めろと言われるかも…だったら先に始めてしまおう。そしてこんな何を書いているかわからないような、文体も幼稚な奴でもやっている、というハードルを下げる意味も含めてのスタートだったのですよね。
今回の豊崎さんライブの感想はいくつか目にしていますし、私の書く意味だったり理由に合っていないのですけど、変なところで自我が出ちゃったのですかね。愚かですね(?)。
…という誰に向けているのかわからない言い訳タイムでございました(まあ自分に向けているのでしょうけど)。そんな自分自身で消化すればいいものを人に見せるような、そういったところに書いてしまい申し訳ございませんでした。どうか忘れてください(?)。
…私の中には決して表に出すことはない想いが、いや、適切な言葉を持たない故にそんな簡単に口に出すことが出来ない何かがあります。そんな「想い」が届くのか、そもそもそれに何か意味があるのかなんて分かりません。でも私はいつでもずっと「それでも願ってしまうんだ」なのです。それはこれからも、きっと。
TOKYO FM 開局55周年×桑田佳祐のやさしい夜遊び放送30周年「九段下フォーク・フェスティバル'25」の感想のようなものを
10月12日に日本武道館で行われました「TOKYO FM 開局55周年×桑田佳祐のやさしい夜遊び放送30周年「九段下フォーク・フェスティバル'25」」にうっかりこっそりとお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。
しかしタイトルにありますようにコンセプトはフォークですよ、奥さん(?)。食器でも、野球の変化球でもない、音楽ジャンルのフォークですよ(?)(のっけからお前は何を)。
例によってこちらの雑文ブログに書いています音楽以外はまるで知らない無知おじさんでございまして、(明言はされていなかったとはいえ)カバーが多いと予想されるライブはどうしようかしら…と毎度のごとくなっておりましたが、西岡恭蔵は聴いているし何とかなるじゃろ…(ならない)という軽薄な考えでいる時に限って、ご縁があるものなのですねえ。
(…などとチケット当選から開演までは考えていたのですが…ねえ…。)
日本武道館にお邪魔するのは、2015年「おいしい葡萄の旅」以来10年ぶりでございました(科学技術館サイエンスホールにはちょいちょい来てはいましたが(だからどうした))。
ちょいとだけ時間に余裕を持って到着。そして武道館正面のフォークフェスティバル垂れ幕が出ている中でフォークボールの握りをする写真を撮るというアホ行為を(そのためだけにボールを持っていったバカ)。ちなみにこの時正面近くで流れていたBGMが西岡恭蔵の「プカプカ」だったというタイミングの良さにささやかに喜びつつも、「ここで流れているということはライブでは演奏しない…?」とも同時に思ってしまいまして…(そしてその予感は当たった)。
そして待っている間にやって来ました。ライブマリッジブルーと私が勝手に名付けている厄介モードです。辛かった(?)。
そんなこんなで会場に潜入。ふと時計を見たタイミングはちょうど18時、そろそろかしら…と思った瞬間会場が暗転し…。
TOKYO FM「Blue Ocean」のパーソナリティを担当し、やさしい夜遊びの代行DJもしばし務めて下さる住吉美紀さんが司会として登場されました。いつも場内アナウンスで行われる会場内注意事項の生読み上げを聴いて流石アナウンサー…と思ってしまいました(?)。
そしてオープンアクトを務める田内洵也さんの紹介と共に桑田さんがプロデュースを担当した「深川のアッコちゃん」がタワーレコード限定で11月19日に発売されるという告知がされましたね。やはり「THANK YOU SO MUCH」のライブDVD/BDの発売日に合わせたのかしら…と考えていた私は何だかんだライブモードに入ったのだと同時に思いました(?)。
そして住吉さんはステージから退場。帰り道をちょいとだけとちっていた感じがありまして、そこもまたキュートでございました(?)。
オープンアクト
0.深川のアッコちゃん
所謂1つの前座、というものでございますね。実はそういった最初に別な方が出て来まして歌う、というものを見ますのは初めてでございました。
おひとりでの登場でしたね。歌う前に「1曲歌ったらまた元の流しに戻ります」、というのがまた良かったですね。夜遊びでオンエアされていました。桑田さんプロデュースの音源ですと、桑田さん色が強かったように感じましたが、その桑田さんアレンジなしのアコースティック1本の方は本来の色といいますか、輪郭がもう少し分かったような気がしたのが良かったですね。
そして田内さん見た目は桑田さんに似てません…?七三分けに白ジャケットに蝶ネクタイというスタイルがどこか「悪戯されて」の時や、もしくは内山田洋とクールファイブのパロディをする時の桑田さんに見えて仕方が無かったですね(?)。
そして住吉さんの影ナレが入り本編へ…。
1.今日までそして明日から
桑田さん、ステージに登場する際、既にギターを抱えていたのですよね。普段はステージに上がってからスタッフの方から受け取って…という流れだったので、その「絵」からもう珍しいものを見た感じがありました。
ステージ中央に桑田さんが立ち、1音目を鳴らした瞬間にこの曲だと分かりました。その時も1曲目の演奏でありました、2000年「Act Against AIDS’00 桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング」と同じ入り方であり、そのライブを何度も見ていたおじさんなので珍しくピンと来ました(?)。
やはり桑田さんにとってのフォーク、というのは=吉田拓郎さんなのね…と伝わってくる選曲ね、と。もちろん1曲目というライブへの入り、というのもあると思いますし色々な要素があって(もしくは好きだから、の一言なのかもですが)のことだと思うのですが、そういったリスペクトのようなものを感じてしまうのですよね…。
TIGERさんのイヤモニか何かの調子が悪かったのか、スタッフさんが機材の調整か付け直しをしているのが見えました。1曲目ならでは、ですね(?)。
2.明日へのマーチ
吉田拓郎に対して、ではありませんが、桑田さん的フォークソングを続けて持ってきましたね。しかも「今日までそして明日から」という曲名からのこの「明日へのマーチ」という流れですから、バトンを繋いだ、というものではないのかもしれませんが、とても流れとしての美しさがあったのですよね…。
それに入場時に配られた冊子に、ラストに会場の皆さんと一緒に歌いますと「今日の日はさようなら」の歌詞が載っていたのですよね。これは「今日までそして明日から」が1曲目、という時点で感じたのですが、「今日までそして明日から」で始まって、「今日の日はさようなら」で終わる…という流れが見えた時点でその意味を考え始めてしまったのですよね…。加えてこの「明日へのマーチ」が来たものですから、また考えてしまうのですよね。
ある意味でフォークフェスティバルというのは、この3曲でまとめてしまえているのですよね。フォークソングというのはメッセージ制を載せた曲でもあるということですし、ある意味で今日(今)と明日(未来)という、昨日(過去)がないというのが、何と申しましょうか…。常に未来志向である桑田佳祐なりの先を見る、未来を信じる、夢見る、いうことであり「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」のフレーズであります「現在(いま)がどんなにやるせなくても 明日(あす)は今日より素晴らしい」ことを想い、願い続けている、ということなのかしら…とまた勝手に都合の良い解釈をしてしまったのでございました。
MC
ここでMCが入りましたね。武道館もまた多くの応募を頂いて、来られなかった皆様には申し訳無く…といった内容を話していたと思います。後々それはそうよねと思うのですが、MCはいつもよりも短めだったような気がします。
そしてサポートメンバーの方々にちょっと1曲演奏してもらいましょうと、演奏があった後にバックバンドが「北の丸タイガー&ドラゴン」と出ておりましたね。その演奏に「どこがフォークなんでしょう」と突っ込みつつ、「最初」のゲスト紹介へ。
客席に桑田さん「君たちはロックなんて聴かないんでしょ」、歓声が上がる会場、そして演奏が始まり桑田さんが呼び込んだのは…(あれ、呼び込みからの演奏でしたっけ…?)。
3.君はロックを聴かない
登場したのは、あいみょんさんでございましたね。桑田さんの登場と同じくギターを肩にかけながらでした。そしてそのまま「君はロックを聴かない」へ。
(※以下ここからの文章でございますが、ご存知の通り(?)私、サザン関係以外の音楽はさっぱりな無知おじさんですので、元々薄い文章が更に薄くなります…。ご了承下さい。)
フォークフェス、と銘打ってのゲスト1人目の1曲目にこの「君はロックを聴かない」というタイトルの曲を持ってくる、というのは、もちろん桑田さん自身も好きと明言していたとはいえ本当にあいみょんさんが出るのね、という部分と同時にゲストもそして曲も「フォーク」というジャンルに囚われない、誰が出てきて何を歌うのかを、ある意味では掴ませず、ある意味ではより期待させてしまう人選であり、選曲であったと思うのですよね。
もちろんそれはあいみょんさんと「君はロックを聴かない」という曲名の認知度故に出来ることなのでしょうけれども(流石に無知な私も曲名だけは知っておりました)。
個人的にはあいみょんさんが出てきた時に着ていたジャケットが映画「男はつらいよ」の車寅次郎が着ているジャケットに見えてしまったことを懺悔したいと思います(?)。…いや、でもあれは音楽寅さん(桑田さん)へのあいみょんさん的リスペクトなのかしら…、つまりはダブル音楽寅さんということなのかしら…とも思っていたおじさんなのでございました(ステージに集中しなさい)。
4.悲しみは雪のように
ライブの選曲にあたり桑田さんがあいみょんさんに好きな曲を、と聴いた際にこの曲のリクエストがあり披露となったとのことですね。
オリジナルは浜田省吾さんの曲でありますが、桑田さんが浜田省吾さんの曲をカバーしたり、そもそも言及することがほとんど、少なくともここ20年前後ではなかったように思いますので、ハマショーさんと言ったり、その曲のギターを弾きコーラスをするというのは、かなりレアな瞬間だと思うのですよね。ありがとう、2代目音楽寅さん(?)(そろそろ怒られる)。
5.偽者
3曲目は桑田さんからあいみょんさんのリクエスト曲でしたが、この曲を桑田さんが選曲してきたことにあいみょんさんは驚いたようで、「ライブでもあまり(1回くらいと言っていたような)やったことがない」「ファンの人でもあまり知らない曲」ということを話しており、桑田さんが「俺ちゃんと聴いているから」といった返しをしていたのが完全にファンの反応で良かったです(?)。
確かに桑田さんが好きそうな曲という感じがありましたね。何処か桑田さんが好きを公言している浅川マキさんのような雰囲気だったり暗さ、アングラ感のようなものをこの曲から感じましたし、そういった曲を作り歌うあいみょんさんの根底のようなものを桑田さんは感じて好きになったのかしら…と。
確かこの曲のサビか何処かだったと思うのですが、桑田さんがコーラスで「あいみょん~」と歌っていたのが、隣に「偽物」ではなく「本物」がいる状況なのと相まって不思議な面白さがありました(そもそも原曲がそういうコーラスだったらごめんなさい)。
6.白い色は恋人の色
最後は桑田さんのリクエストというよりも、「おじちゃんのお願いで、デュエットしてもいい?」という欲望を丸出しにした(?)選曲でしたね。この曲だけあいみょんさんはギターを外し、ハンドマイクで歌っておりましたね。私の無知な中ではあいみょんさんはギター持ちのイメージでしたので、その絵が新鮮に見えましたね。
この曲の時でしたか、どのタイミングかは曖昧ですが、桑田さんが白い少し小ぶりのギターを持っていて、あいみょんさんが「そのギター可愛いですね」→「欲しい?」→「下さい」→「冗談で言ったのに本当に欲しいと言うなんて…w」という流れがありましたが、果たしてあのギターはどうなったのでしょうか…?。
あと、あいみょんさんの「めっちゃ〇〇」という「めっちゃ」にやたら桑田さんが反応していたりしていましたね。
個人的にはカバーとは言え桑田さんの歌唱で何度か聴いている曲でしたので、知っている曲という安心感が少しありました。
ここであいみょんさんのパートは「いったん」終了。
ステージから下がるあいみょんさんに桑田さん「あいみょん、いかないで〜」。
7.SEA SIDE WOMAN BLUES
「お口汚しに1曲…汚してどうすんだ」という言い間違いの後に演奏していい曲ではありませんよ、桑田さん(?)。
この1週間前に行われた、茅ヶ崎FMでのやさしい夜遊び公開録音での生歌パートでも披露された1曲でしたが、まさかこちらでもやるとは…という思いと、でもあの生歌選曲の中でフォークフェスの持ち歌枠でやるならこの曲かしら、という思いが同時にあったので、少し変な感情になりましたね。
桑田さんではありませんが、この曲好きなのですよね…。「悲しくて酔えないこともある 涙を浮かべた水割りのせいだよ」というフレーズでしたり、曲全体に漂う、哀愁であったり、きっと当時40代に入った桑田さんだからこそ出来た曲という感じがまた良いではないですか…。
もちろん生で聴くのは初めてでしたが、スクリーン越しという形では2018年「キックオフライブ2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」」(ちなみに公録等を除きライブでの演奏もこの時以来のことでした)でのライブビューイングで見ることは叶っており、それはそれで満足を得ることが出来たのですが、今回はねえ…。特にフェス形式でゲストパートの後、という良い意味で(良い意味で?)何も分からないままに時を過ごしてしまった身にはより染みるといいますか、おそらく通常のワンマンライブで演奏された時とはまた違う感覚でこの曲に向き合えたと思うのですよね…。
8.ケンとメリー~愛と風のように~
そんな「SEA SIDE WOMAN BLUES」の余韻に浸る間もなく、次のゲストコーナーへ。
登場したのは、Mr.Childrenの桜井和寿さんでした。桜井さんと分かった瞬間の歓声が物凄かったですね。私の後ろの方にいらっしゃった方はずっと「やばい」「やばい」としか言っておらず完全に語彙を失っていましたね。ヤバいね愛てえ奴は(?)(言いたいだけシリーズ)。
桑田さんと親交があるとはいえ、フォークフェスとしていますライブにまさか来るとは…といった感じだったのでしょうか…。同時に「あの曲」への期待が高まった瞬間、だったのかもしれません。
桜井さんもギターを肩にかけての登場でしたね。そしてこちらのカバー曲を。桜井さんがフォークフェスということでこの選曲をしたようですが、そうなのですね。正直にいいますと曲もそのアーティストの方も知らなかったものでして、桜井さんの別名義での曲なのか何かなのか…と思ってしまった事をここに懺悔致します。
この曲が終わった後でしたでしょうか。桑田さんが桜井さんに冗談で、声が出なくなってきていますね。自分の差が(手を縦に広げて)広がっていますね、と話していて、おふたりの関係性だったり、距離の近さを改めて感じました。
9.HANABI
Mr.Children名義の曲がここで披露されましたね。サビの「もう1回」の部分はかろうじて知っていました。その「もう1回」の部分を客席の皆様ちゃんとやっており、そういったスタンダードナンバーなのね、この曲は。と感じておりました。
この曲はどちらが選曲したのかを確か話してはいなかったと思うのですが、桑田さんと桜井さん(Mr.Children)ですと、いつも歌唱は桑田さんではありますが「innocent world」のイメージがありましたので…。
10.慕情
次は、桑田さんの曲を…と。桜井さん。Mr.Childrenがデビューした1992年に出たサザンのアルバム「世に万葉の花が咲くなり」の曲の中から…という話をした時にあの曲ね…となっておりました。この時のサザン、Mr.Childrenのプロデューサーであった小林武史さんが、Mr.Childrenのレコーディングそっちのけで、出来上がったばかりの「世に万葉の花が咲くなり」を聴きながら、「こういう曲を書いてみろよ」と言われた曲です、といい「慕情」と紹介がありました。
この曲は桜井さんのボーカルで「ap bank fes」で披露され「Bank Band」名義でレコーディングも行っており予想出来る曲ではあったのですよね。ただ今回は桑田さんが横にいるという状況で、実際1番の途中からは一度桑田さんが歌っておりましたね(2番から最後までは桜井さんでした)。この曲で桜井さんはギターを外しスタンドマイク(ハンドだったかもしれない(忘却))で桑田さんはギターを持ったまま、でしたが桑田さんは「慕情」を歌う際基本ギターを外しているので(アコースティックコーナーでの披露だった2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」はギター持ちでしたが)、絵としては珍しいものがあったように思います。
たまたまなのですけど、私の席からですと下手側の演者の方々が入退場していた上の辺りに、ライトの関係で影が映っていたのですね…。それがちょうどこの曲でその影が出ていまして、桑田さんと桜井さん、おふたりの胸から上辺りが綺麗に見えたのですね。それが「慕情」という曲と重なって、もちろん意図された演出ではないものですが、それが非常に良かったのですよね…。これは忘れられないな…と。
11.奇跡の地球
最近モノマネ番組でこの曲をやっているのを見ました(桜井さん)、そしたらモノマネ風にやってみるか(桑田さん)という会話があってからのこの曲でしたね。
桜井さんが登場した時点でこの曲を知っている方であれば当然期待する曲であったとは思います。最早フォーク、というサウンド的側面からはあまりにも(?)逸脱していましたので、気にする方がどうか、ですが、アコースティック編成ということはもちろんなく原曲に近いサウンドでの披露でしたね。確か桑田さんの歌い出しが低かったように感じまして、あれは所謂キーを下げた歌唱だった、ということでしょうか(違うようでしたらごめんなさい)。
この曲が披露されたのは2006年「Ap bank fes‘06」・「THE夢人島Fes.2006 WOW!! 紅白! エンタのフレンドパーク Hey Hey ステーション …に泊まろう!」の2つのフェス以来19年ぶりとなりました。このおふたりが揃う関係上どうしてもそういったフェスと名の付くイベントに限られますし、今回はその為にフェスと付けたのでは、くらいの感覚でございましたね。
ライブ開演前、ステージにミラーボールがいくつもあるのが見えまして、「フォークフェスでミラーボールを使う曲とは…?」と思っていたのですが、この曲でもうピカピカギラギラグルグルしておりました。
長くサザン・桑田さんのサポートメンバーをしています片山さんや誠さんですが、今回「奇跡の地球」を演奏したのはもしかして初だったのではないのでしょうか。ある意味そちらの方がとんでもなくレアなシーンだったのかも知れません。
この曲が終わり、桜井さんゲストパートは終わりでしたが、この曲の余韻と言いますか、響めきがしばらく残っていまして、その興奮でしたり衝撃を改めて感じておりました(あんたはちょいと冷静すぎよ)。
12.夜空の星
桑田さんソロパートに戻り、次は茅ヶ崎の大先輩の曲を、と。「幸せだなあ」や指で鼻をこする素振りをしながら、これじゃ青大将、田中邦衛だよ、とひとりボケつつ(?)(失礼)「夜空の星」を、と披露していましたね。
この曲も前週の公録生歌パートで披露されていましたね。何となくフォークフェスというコンセプトですと加山さんの曲枠は1997年「Act Against AIDS’97 歌謡サスペンス劇場」でも披露していた「旅人よ」を予想していたのですが、茅ヶ崎から引き継ぎましたね。
とはいえ私は生で聴くのは初めてでしたのでこの曲はこの曲で聴けて嬉しかったですし、加山さんが歌手活動から一線を引いていなければきっと今回のフェスのゲストにオファーしていたと思いますし、そういったところへのリスペクトもあった選曲だったのかしら…とも感じておりました。
あと「奇跡の地球(ほし)」からの流れですから星メドレーという意図もあったりして…。
13.いちょう並木のセレナーデ
「夜空の星」の後、茅ヶ崎にはまだ有名なものがありまして…と自らサザンですねと(次への振りとはいえ桑田さんが自分でこう言っているのは珍しい気がします)。では次のゲストを、と登場したのは原さんでしたね。原さんが出てきた瞬間、桑田さんが安心したと言いますか、一息ついたような表情をしていたのが良かったですね。
原さんもギターを肩にかけ登場してきました。そうなると演奏する曲はもう1つしかないでしょう。
原さんのソロライブでは必ず演奏している曲ではありますが、原さんソロということもあり桑田さんが隣にいての「いちょう並木のセレナーデ」というのは、「絵」としてもかなり珍しいものではなかったのでしょうか。思えば今回は曲だけは無くそういった目で見る部分でも珍しいものが相当あったように思います。
この曲は桑田さん目線で原さんの大学時代を書いた歌詞となっていますが、いつも「他の誰かが好きなのは わかってたけど ノートのコピーを見せるのは いつも私」というフレーズを聴く度にその「切なさ」と大学生原由子、というイメージにピタリと合う歌詞を付ける、そしてそれを歌わせる桑田佳祐は凄い、と思ってしまうのですよね。その後にさりげなく「渋谷から横浜までずっと音楽ばかり 二人で見てあのEric Claptonに涙した」とあるところにもうねえ…(ちなみに私にそういった想い出は全くないので自分に照らし合わせてということは全くないのよ)。フィクションだけどノンフィクションでもあるフィクションの原由子を書く桑田さんについて考えてしまうのですよね…。
この曲の終わりでしたが、桑田さんがやっとフォークフェスの感じになってきた、というようなことを話しておりましたね。
14.花咲く旅路
次はお茶のCMで使われている曲を、という紹介をした際に桑田さんが「伊右衛門ね、イエモンといえば彼らは何をしているのでしょう」という匂わせとともに起こる歓声。そんなことあるのですかねえ…。
軌道修正をしましてこの曲へ。「花咲く旅路」も原さんソロライブでは必ず演奏されており、何度もCMソングに起用されている曲ですから知名度もある曲ではありますし、サザンファンが多いとはいえ、の選曲だったのでしょうが、この曲を原さんは何とハンドマイクで披露していたのですよね。いつもはピアノ(キーボード)を弾きながらの披露でしたからこれまた珍しい…といいますか、もしかして初めてくらいの非常に貴重なワンシーンだったように思います。
個人的にですが、2023年の原さんソロライブ「原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」」はライブはもちろんライブビューイングにもお邪魔することが出来なかったこともあり、ここで原さん名義の曲を2曲聴けたというのは、とても嬉しかったですし、ほんの少し(本当にほんの少しですよ)悔しい思いをしたのがようやく晴れた気がしますし(普段はしゃアない節、と切り替えてしまう人なのですが)、人生における後悔を1つ消すことが出来たのかしら…と。
15.風に吹かれて(日本語バージョン)
桑田さんが意訳し何度か披露したことがあるボブ・ディランの「風に吹かれて」を原さんと一緒に披露となりました。1番を桑田さん、2番を原さん、そして最後は桑田さんという順番で歌っていたと記憶しています。
最初の披露は意外と古く2014年のやさしい夜遊びの生歌だったのですよね(2014.4.26放送回)。その後は特に触れることはありませんでしたが、2021年の夜遊び生歌総集編回(2021.8.7放送回)でその2014年の音源が流れたり、2022年(6月21日)にはクローズアップ現代に出演した際にも披露するなど(ちなみに2014年と2022年では歌詞が少し違います)、近年になって披露されることはありましたが、ステージで披露するのは初めてとなりました。
日本語訳で披露しつつも、最後の最後は原曲の英語詩で歌っていましたね。この最後に原曲の詞に戻るアレンジというのはとても好きですね。桑田さん自身の色を出しつつも最後にボブ・ディランへのリスペクトであり、ボブ・ディランが乗り移った瞬間であったような気がして。
この曲(原さんパートとも言い換えられるかもですが)がある意味で最もフォークフェスをしていた瞬間だったような気がします。
ここで原さんのゲストパートが終わりとなりました。ただ前のおふたりが4曲で原さんは3曲でしたので、その流れでもう1曲なかったのはもちろん理解は出来ますが、ちょっとだけ残念でございました。
16.ヨイトマケの唄
まさか、これを歌うのね…と。
確かに聴きたかった曲ではございました。しかし聴いてしまうともう何も言えない曲なのですよね…。ベストアルバム「TOP OF THE POPS」に収録された「Act Against AIDS’00 桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング」やNHKで放送されました2024年「JAZZと歌謡曲とシャンソンの夕べ~R60」でのテイクも好きでよく聴く&観るをしていた訳ですが、そんな曲がある種不意打ち的にこう唐突に聴けてしまったというのが、何だか今でも信じられない気持ちなのです…。
私は、いつも出来事について何かしら意味合いを付けたり、もしくは意味がある、という考え方をするのですが、今回このライブにお邪魔する、その意味というのはこの曲を聴く為だったのかもしれない、そういう運命だったのかもしれない…と。
正直申し上げますと、この時のことを思い出すだけで精一杯といいますか、感想を語ることが出来なくなってしまうのです…(ちなみに私の母は至って元気ですのでそういった部分と重なった訳ではないのですが)。
ただ1つだけ…。「慕情」の時に見えました、あの影が、今度は桑田さん1人の影がまた見えたのですよね。それも相まってもう…ね。
17.太陽が燃えている
ここで再びゲストパート、演奏が始まると共に現れたのは、「花咲く旅路」での桑田さんの匂わせ通り、THE YELLOW MONKEYの吉井和哉さんでしたね。そのままこの曲に入りましたが、そのイントロで歓声を上げていた方がいたのでそこで気付かれた方もいたのでしょうね。
今までのゲストの方々とは違い吉井さんはギター無しでの登場、しかもハンドマイクでステージ上をまあ動く動く(スタイルが良いのでとてもかっこ良かったです)。途中そんな吉井さんを見て、桑田さんが笑っていたような…。
しかし曲調と吉井さんフルスロットルも相まって、早い段階からありました「フォークとは…?」といった考えは、ここで完全に壊れたと申しますか、最早そこに固執する意味も無いことを改めて形にされたといいますか、そんな感じが致しました。
この曲の後に限らずなのですが、桑田さんと話す際に吉井さんは距離が1番近かったですね。本当に大好きで、今日桑田さんと共演出来ることを楽しみにしていた感じがとても出ていたように見えてしまいました。
18.東京
吉井さんが歌いたい桑田さん曲、ということで選曲したのが何と「東京」でした。
カバーするということは吉井さんのお好きな曲である、というのはもちろん間違い無いことなのでしょうが、その中で桑田色が最も強い曲の1つといえます「東京」という曲を選曲し、しかもその披露する場の横には本人がいるというのは、そんな深刻なものは吉井さんから出していない・感じさせなかったのですけど、ある種の覚悟を持ったカバーだった気がするのですよね。
ただそんな中(と私が勝手にそう感じていただけ)でも、桑田さんの色を出しつつ吉井さんの色を出し切っているように感じまして、長く一線「歌手」をされている方は凄いわねと…。ラストの「Just wanna~」の部分は吉井さん独特(といって良いのかしら…?)の感じがありましたし、「Oh,She's gone.」の入りが早かったりと、カバーならではの歌唱が見られまして「東京」というある種カバーされにくいといえるような曲をカバーする時の感じみたいなものを興味深く聴くことが出来たのは良かったと思います。
そしてこれは完全に見た目的なところなのですが、吉井さんの「東京」は桑田さんの「東京」よりももう少しネオンが明るそう、といいますか六本木とか銀座とかもう少し華やかな場所にいそう…と思ってしまいました。多分桑田さんから発せられる「東京」のイメージはMVの印象もあって、ネオンの少なそうなちょっと歌舞伎町の1本裏に入ったみたいなイメージなのですよね。だって吉井さんのあのスタイルにあのルックスですよ。おじさんもうメロメロよ(?)。
19.みらいのうた
桑田さんからのリクエストとして上げた曲と言うことでしたが、この曲は以前病気をされた際、その直前に作られリリースされた曲で、まだライブでは披露されたことがない曲だった、ということだったのですね。最初は吉井さんワンマンの、ファンの皆様の前で披露する曲ではないのかしら…。と申し訳無い気持ちになってしまいつつも、吉井さん曰く、共にガンサバイバーだった桑田さんのリクエスト、だからこそ答えて頂いた、という面も当然あったと思いますし、そんな桑田さんが隣にいるこのステージで披露されることに何かきっと意味があるのかしら…と思い、少し改まった気持ちで迎えました。
何と申しましょうか…。これが適切な例えなのか分かりませんが、桑田さんにおける「それ行けベイビー!!」のような曲だなと…。まだ病気のことが発覚していない中で、病気のことを知りそこを乗り越えて(乗り越える)、という曲になっているのが興味深いといいますか、そういったものを何処かで予知してしまうものなのかしらと…。でもそれが結果的に予知であったとしても、それを乗り越えて復活、いや進化ですね。進化して今も活動しているというのがおふたりの共通点ですし、そうやって進化出来る人だからこそ、そういった予知する曲と病を同時に与えられたのでは…と思ってしまったのですよね。そしてこの2曲とも一人称が「僕」で共通しているのもまた不思議な縁を感じてしまうのですよね。
20.悲しくてやりきれない
吉井さんがステージから降りた後からでしょうか…。線路の踏切の音がBGMに流れていましたね。ゲストコーナー終わりの桑田さんソロパートここはもしかして「金目鯛の煮つけ」を…と思ったのですが、ここでもう一度桜井さんをステージに呼びまして、まさかおふたりで、いや違うか…という思いが私の中で(どうでもいい)。そういえば桜井さんさりげなくパーカーに着替えていましたね。どんな服装も似合うとはずるい(?)。
おふたりで披露されたのが「悲しくてやりきれない」でしたね。ラジオの生歌では何度か披露していましたが、ライブというところになりますと、2001年「古賀紅太No Reason! ライブハウスツアー」になりましたね。
最初に桜井さんが出てきたときよりも桑田さん含め良い意味で力が抜けていた様な感じがあったのは、もちろん1度ステージに登場している、というのもあると思いますが、間違いたく期待されていたであろう「奇跡の地球」を歌い終え、良い意味でそういった期待であったりある種のプレッシャーから解放されたものがあったのかもしれません。…と観ている側からはそう思えるだけで単にこちらが意識はしなくても「奇跡の地球」の影に踊らされた結果の見え方、だったのかもしれませんね。
21.あの素晴しい愛をもう一度
先程出演したばかりの吉井さんを再度ステージに呼び、桑田さん・桜井さん・吉井さんの3人でのステージとなりましたね。桜井さんと吉井さんは一緒のステージに上がるのは初めてだったそうで…。吉井さんは名前に同じ「カズ」が付くことから、桜井さんと「K's」(表記は不明。まあそこまで考えてはいないのでしょうが…w)というユニットを結成するというギャグ(?)を。いやいや顔が良すぎますよ、そのユニット。そこに「俺もK’sだよ」とのっかる桑田さん。そんな「K's」で披露されたのはこの曲でした。
おそらく桑田さん自身好きな曲であり、ライブに生歌と頻繁に選曲されているイメージということもあり今回のフォースフェスではやる曲の1つになっているはず、と数少ない予想出来た曲ではありましたが、まさかの3人披露になるとは…でしたね。
1番を吉井さん、2番を桜井さん、最後はお客様もご一緒に、といった順番で歌っていましたね(1番と2番の歌唱は逆だったかも知れません)。
センター中央で3人の歌唱、というのは今まで生ではあまり見る機会がなかったこともあり、とても新鮮な絵として見ることが出来ました。どこか1993年「Act Against AIDS’93」のコラボ的な感じもありましたね。
22.なごり雪
桜井さんと吉井さんが下がり、次にステージに呼ばれたのはあいみょんさん。
ここで披露されたのは「なごり雪」でしたね。
これが雰囲気でしたり、あいみょんさんの声に合っている感じがありましてとても良かったですね。曲が終わり「初めて歌いました」と話していたのが、意外な感じがするほどでした。おそらくこれは桑田さんの選曲だったと思うのですが、その演奏している時の桑田さんが嬉しいそうで。曲の間のあいみょんさんとのトークだったり反応の感じを見ていますと、ステージ関係なく、桑田さん好きな人だったり女性とお話しする時は素でもきっとこんな感じなのかしら…というのが、可愛いなと(どの目線で語っているシリーズ)。
これは最初のゲストパートで話していたのですが、あいみょんさんの音楽の影響はお父さんから、という話から(ちなみにあいみょんさんはお父ちゃん、と呼んでいたのですが、とてもイメージ通り、と思っておりました)、桑田さんがお父様の年齢を聴いたり(聴きながらも、自分よりも絶対に若いから聴きたくない的なことをいっていたり)していますと、実は今日呼んでいますと。そこから「あいみょんのお父さん〜」と何度も客席に向かって叫ぶ桑田さん。何処かのタイミングでは、お父様が立ち上がって答えているシーンがありましたので、あの方がお父様なのね…と(流石に顔までは分かりませんでしたが(分かったところでどうするわけでもありませんが))。
あいみょんさんはこの1曲で下がっていきました。
このままこれまでのゲストさんをくるくると入れ替えしながら、曲を披露していく方式になるのかと思っておりましたが…?。
23.元気を出して
「次のゲストを」と桑田さん。私だけかもしれませんが会場からも「えっ…まだゲストが…?」的な雰囲気があったと思うのですよね。前の3曲で原さんが出てこなかったので、一瞬サザンのメンバー総登場かしら…とも考えたのですが。
演奏が始まり、おそらくここで分かった人と導線の1番近い方々からの歓声が合わさったタイミングでしたかね、登場されたのは竹内まりやさんでした(いや、イントロ流れた後、桑田さんが名前を出して呼び込みをしていたような…忘れました)。
何と申しましょうか…。まりやさん(竹内さんと書きたいけど、それはそれで違和感があるのと多分皆様こうおっしゃると思いますので、私も…)ご自身にそういう雰囲気はありませんがここまでの流れに、大トリゲストとなりますとラスボスが現れた感が凄かったですね。
ここまで2時間以上、ステージはもちろんですが、客席側もほぼ座ることなく立ちっぱなしの中で「元気を出して」ですから、また元気が出る、というのはベタな返しかも知れませんが、まりやさん登場でまた1つ会場のボルテージが上がった感じを見ますと、まさに、といった感じがあったのですよね。
曲中、「彼だけが男じゃないことに気付いて」というフレーズのところでまりやさんが桑田さんの事を指さしながら歌っていたのが良かったですね。そうですね桜井さんも吉井さんもいましたからね(?)(そういうことではない)。
24.Two Of Us
桑田さんが今回のライブを開催するに当たって、まりやさんに出て貰えないかとスタッフの方を通じてオファーをした際に「嬉しい」と返事があってそれが励みになった、と話していたのはこの曲の前だったでしょうか。
そしてビートルズをやりますと。今までは「If I Feel」だったりを歌ったことがありますが、今回は別な曲をということを話していましたね。私(まりやさん)がポールで、けいちゃん(今回たくさんまりやさんによるけいちゃん呼びが聴けました、そういうところ物凄くナチュラルでいらっしゃるな、と)がジョンね。とこの曲が始まりましたね。
「Two Of Us」でしたが、桑田さんがあまり歌っているイメージがないビートルズ曲といった感じでしたね。2001年「Act Against AIDS’01 「クワガタムシ対カブトムシ」~桑田佳祐PLAYS“ザ・ビートルズ”~」を始めとしたAAAのカバーライブでも演奏されたことがなかったりしたので、まりやさん選曲だったと思われますね(そもそもそう言っていた気がする)。
曲調もアコースティックでフォーク感があったように思います。全体的に見ますと、「風に吹かれて」でしたり、洋楽の選曲がフォーク要素をまかなっていたように感じましたね。
25.涙のキッス
桑田さんの曲を歌う、ということでこの曲を選曲されていましたが、選曲の理由として、桑田さんが病気をされた際に、スーパーで買い物をしていたまりやさんがそこでたまたま流れたこの曲を聴き、涙されながら「この人は必ず戻って来ないといけない」と思ったそうで、その曲を…と。この話の時点でまだ曲名は出していませんでしたが、そのエピソードがまた深い交友があって長年間近に見ている方だからこその想いだなと…。それ故にその時何が流れ、何を歌うのかがまるで想像できなかったのですね。
その後「涙のキッス」を、と曲名を出した際に何故か分からないのですが、腑に落ちたといいますか、納得してしまったといいますか…。おそらくそれは無形の曲の力ということなのかしらと。敢えて今答えを捻り出すよりも、いつか不意に腑に落ちる理由が自分にやって来そうな気がしましてね…という綺麗な理由を付けて先送りしておきます(?)。
まりやさんの歌うこの曲はもちろん新鮮さがありつつも、ここに出ている皆さんそうなのですが、自分の曲にしている感、というのが本当に凄いわね…と。
26.静かな伝説(レジェンド)
ここで原さんもステージに呼ばれました。まりやさんは「この人がいないとサザンは成り立たない」「サザンの真のリーダーです」と原さんを評していましたが、大袈裟ではなくそれを自然な感じでおっしゃっていたのが、長年の関係性と女性同士だからこそ分かるものがあるのね、きっと、と思わせる素敵な時間だったと思うのですよね。
会話の中でも出ていましたが最初はまりやさんと原さんのおふたりで歌っていました「チャンスの前髪」を演奏するのかと思っていたのですよね。
しかしここで演奏されたのは、桑田さん原さん、そして山下達郎さんがコーラスで参加していたまりやさんのこの曲でしたね。この日はライブの為ここにはいない、ということでしたが、もし予定がなければ、果たして山下達郎はやって来たのだろうか…という、それを残念がるよりもそちらが気になってしまった私はなんなのでしょうかね。
何と申しましょうか…何度も言ってしまいますが、「絵」がまた凄まじかったですね。中央にまりやさん、左に原さん、右に桑田さん、という並びだったのですが、桑田さんと原さんを従えている感がまあ凄くて。例えればファーストに王貞治、サードに長嶋茂雄がいてマウンドには金田正一が立っている感じでしたね(60代前後の方にしか伝わらないような例えは止めなさい)(でも終演後にこのネタを分かる方に話したら大爆笑だったのでセーフ(?))。
こう3人が並んでいるのを見ますと「語ってくれ 彼の生きざまを」の彼は桑田さんを「歌ってくれ 彼女の栄光を」の彼女は原さんを歌っているような感じがありましたし何より、そこまでにまりやさんが語り歌っている、というのがあって尚更そう思ってしまったのかも知れません。
最後の「LaLaLa…」のところは会場の皆さんも手を振りながら歌っていたのですが、私ステージだけでなく客席全体をぐるっと見て、その一体感とこの一体感で本編を締める事への美しさにただただ呆然と、目線を客席とステージの2つ交互に移すことしか出来なかったのでございました…。
En1.California Dreamin'(夢のカリフォルニア)
アンコールはバンドメンバー、桑田さんがステージに戻った後、ゲストの5人を呼び全員でのステージとなりました。
アンコールは皆さんライブTシャツを着ていたのですが、男性陣はアイボリー、女性陣はブラウンと色を統一されていましたね。プラス桜井さんはそこにネルシャツ、という出で立ちでございました。
当時の軽音楽サークルはこの曲でシングアウトでした、と桑田さん。
2000年「Act Against AIDS’00 桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング」のおかげでこの曲は流石に分かりました。
何と申しましょうか…。6人が並ぶ今こそまさに夢の時間であり素晴らしい時間であったわけですけど、でもそういった中でこの曲がシングアウトで最後の曲は決まっているという状況だったり終わりを急激に意識させられた瞬間でもあったのですよね…。
En2.今日の日はさようなら
「明日へのマーチ」のところでも書いているのですが、入場時に冊子が配られ、この曲を最後に皆さんで歌いますと、この曲の歌詞が記載されていたのですよね。つまりライブの最後が分かる状態(厳密には最後ではありませんでしたが)であったわけでして、そのまさに曲名にもある「さようなら」に向かっていくことがより意識されているのです。そこに辿り着いてしまった、という感覚と、これで分からなさ・申し訳なさから解放される(後述する…かも…)という2つの想いが個人的にはありました。
歌詞は配られていましたが、ステージでも吉井さんが先に歌詞を読み上げる、というスタイルで披露されていました。これは1997年「Act Against AIDS’97 歌謡サスペンス劇場」でも桑田さんが歌いつつやっていましたね。桑田さんの中ではこの曲はそういった合唱曲、という印象なのか、そういった経験があった故の、ということなのでしょうか。
最後の最後に公式サイトにありました「フォーク・ソング(大衆音楽)」と「The・秋の文化祭(ミュージック・フェス)」という部分を見事に回収した感じもありましたし、何より「またあう日まで」で締める、「さようなら」だけど「またあう日」がきっとある…というのがまた締めとして良かったわね…と。
ただこの曲終わりにまさか金テープさんを飛ばすとは思わずでとてもビックリでした…w。
En3.祭りのあと
ゲストの皆様が先に下がりましたが、よく見ますとサポートメンバーの皆様は楽器を下ろさずに持っていたのですよね。これは…と思っていたところに桑田さんからもう1曲、と。
「祭りのあと」というのが、また粋ではないですか。だって「今日の日はさようなら」で「秋の文化祭(ミュージック・フェス)」を1度締めてからの「「文化」祭のあと」に披露するわけなのですから…。
今回は桑田さんはバンドメンバーの1人として、ホストとしてといったところに重きを置いていましたし、ステージを動いて歌うというのは「奇跡の地球」くらいしかありませんでしたから、ある種の開放感みたいなものを感じたりしてしまいました。しかもこういったフェス形式でのライブ、ということもあったのか、いつものように「〇〇の街」などと替え歌すること無く原曲通り歌っていたのも良かったですし、今となっては逆に珍しい「祭りのあと」を見れたわね…と。
そして曲が終わりサポートメンバーの皆様、桑田さんも退場。最後に住吉さんが再び登場し、今日の模様が11/3の「文化の日」にラジオ放送されることの告知があり、ライブは締まったのでした。
日本武道館の時計は「20:56」を指していたのを終演となった後、不意に見えてしまい、それが何故かいつまでもいつまでも頭に残ってしまったのでした…。
と、ライブについてまた訳の分からないことを書き連ねてしまいました。
ちょいとだけ振り返ってみましょう。
まず全てが予想外でございました。ゲストもまあ原さんとプラス誰か1人出て2~3曲かしら…と思っていたところが、まさにフェスといっている通りフェスでしたね(?)(語彙力よ)。5人もゲストが出て、がっつり1人1人の枠があるなんて考えもしませんでしたね…。
桑田さんも出突っ張りでしかも、実質の進行と大半のギターとコーラスに徹するバンドメンバーの1人としての役割としての出演という、今までほとんど無かったことをしていますからこちらもこちらで大変珍しいものを見た、していた、というところでしたね。
フォークソング、というのも結局はそのジャンルというよりも公式サイトにあったように「洋邦問わず、ギター1本持ち寄れば気軽に誰でも楽しめる“フォーク・ソング(大衆音楽)”」というところに重きが置かれていたわけで、答えは全て載っていたことになりますね。何と申しましょうか…。いつもより高度な読みが必要だったということなのでしょうか。
しかしこれは確かに1日だけでしか出来ない内容でしたね…。その場に何故自分がいるのか正直分からない瞬間が多々ありましたね。
ある意味で一番感情の置き所が分からない、不思議なライブでございました。
今回のライブに関わった全ての皆様、スタッフの方にサポートメンバーの皆様、ゲストの皆様、そして何より桑田さんお疲れ様でございました。
またあう日まで。そして明日からもこうして生きていきます。
余の談
はい、毎度お馴染みいらない余談のコーナーです。
さあ皆様お帰り下さい(?)(失礼)。
今回の雑文は難しかったですねえ…。何故か?私のこちらの感想を読んでいたり、「X」での投稿を見ていらっしゃる方は知っていると思うのですが、私、サザン関係以外の音楽をほとんど知らずに過ごしてきてしまってきておりまして…。
だからこそ、そこに大変な申し訳なさを感じていたのですね。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」での感想にも書いたと思うのですが、フェスは怖い、その怖いというのは=出演者の方々の曲を知らない、申し訳無いという思いがあったのですね…。
今回も「フェス」とついていたとはいえ、あっても数曲まあそれならば…と思って応募していたところがありましたので、がっつりフェスの展開にどうしよう…という申し訳なさと、もっとこういった展開になる可能性も踏まえてそもそも応募すべきだったのか…などと懺悔や反省がずっとあったのですね。
もちろん分からないからといって投げたりはしませんでしたよ。むしろ後方腕組み彼氏ヅラスタイルで臨み(?)じっと見て聴いていたつもりではありましたので。
でもねえ…とやはり何だかアーティストの方、そして来られなかった方には申し訳無いという思いはずっと残ったままだったのですね。この辺は自分の感覚とはいえうーん…。
でも逆にいいますと、もし最初に形式、もしくはゲストの告知があったら、ロッキンの時と同じくチケットチャレンジをする、ということはなかったと思うのですよね。これは多分、お前たまには違う世界も覗いてきなさい、という神のお告げだったりしたのかもしれないですね(グリーンウェル亡くなってしまいましたね…(それが言いたいだけでしょ、あんたは))。割と「運命」というのは決まっている、と思っているタイプですので、そう考えることにしているのですが…。
ですので、今回特に他アーティストの方々についてはいつも以上に薄い、お前何言っているんだ、何を見てきたんだという声が多いかと思います。そちらはその通りですので、そのまま受け止めさせて頂きますが、どうか「ああ、何にもしらないアホが見たらこんなアホな感想になるのか」くらいに受け取って頂ければと思います。
…でも「今日までそして明日から」「SEA SIDE WOMAN BLUES」、そして「ヨイトマケの唄」をいつか1度は…と思っていた曲を生で聴けた、というのはそういう「運命」だったのかそこに引き寄せられたのか…。
ね、余談でしょ?(というより愚痴ですな)。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。というよりも申し訳ございませんでした…。
6.25の長嶋茂雄とサザンオールスターズ
6月25日といえば、主にここの文を読んで下さっている方にとってはサザンオールスターズのデビュー記念日というのが多くを締めるのだろうか。最もこの雑文もその日に更新する前提で書いているので(故に何か告知があったとしても反映はされていない)、私にとってもサザンの日、というのが染み付いていると言えようか。
そしてもう1つ私に、そしてプロ野球という存在にとって重要な日でもある。
66年前の1959年6月25日に昭和天皇・皇后両陛下が後楽園球場で行われた讀賣ジャイアンツと大阪タイガース(現阪神タイガース)との試合を観戦された所謂「天覧試合」が行われた日である。
この試合でプロ2年目ながらジャイアンツの4番打者を務めた長嶋茂雄は試合を決めるサヨナラホームランを含む2本のホームランを放ち、自らを国民的ヒーローとしての座を決定的なものにするのと同時に、地位の低かった職業野球をプロ野球という国民的娯楽に押し上げ、プロ野球人気を不動にしたのである。
その19年後の1978年6月25日、サザンオールスターズは「勝手にシンドバッド」でデビューした。発売当初こそ売れなかったものの、テレビ出演をきっかけにブレークを果たし、いきなりデビュー作がヒットソングとなり、瞬く間に人気者へなっていくことになる。
偶然にも両者は「6.25」に転機が訪れたのである。とはいえ立教大学時代から名が知られ、プロ1年目から大活躍を見せ、既にプロ野球の花形スターであり、そのイメージ、そして象徴として決定的となった日になった長嶋とは違い、この日にデビュー作として発売した1枚のシングルレコードのヒットにより、世に知られ人気者になって「いく」サザン、という大きな違いはあるにしても、国民的野球選手、でありヒーローと呼ばれる長嶋とやがて国民的ロックバンドと呼ばれるようになるサザンと「国民的」というワード(個人的には少し引っかかる、使うのに違和感のある言葉ではあるが)で交わることになるというのは、興味深いし、長嶋もサザン(特に桑田佳祐、といえるだろうか)もそういった言葉や世間のイメージを守るためのある種のペルソナを被っているようなところ、そしてそれを被っていることを皆何処かで感じてしまう、本当の「神様」ではない、人間らしさのようなものを思わせてしまうところもまた共通しているように思えるのである。
天覧試合は長嶋のサヨナラホームランで決着がついているが、このサヨナラホームランを打たれたタイガースの投手である村山実は生涯このホームランを「あれはファールだった」と言い続けている。とはいえ同じタイガースのチームメイトでレフトを守っていた西山和良やキャッチャーの山本哲也は、はっきりとホームランであったと振り返っており、マウンドにいた村山の位置からはポール際の当たりはファールに見えたのでは、という説を唱えている。打倒巨人・打倒長嶋に野球人生を捧げ、長嶋最大のライバルとなった村山にしてみればその原動力として、そう言い続けていたという側面もあったのだろう。そういえば長嶋がホームに戻ってくる際に狙ったかのように、長嶋がホームインする直前、その後ろを通り村山は三塁ベンチへ戻っていくシーンが残っているが、そういった「交差点」を作る村山も、ある意味では長嶋に負けない役者っぷりを発揮している。
「勝手にシンドバッド」で早くも売れたサザンであったが、その曲調や所謂ジョギパン姿に「目立ちたがり屋の芸人」発言もあって、コミックバンド、という評価がされてしまうことになり、そのイメージ先行によるギャップに翌年1979年発売のシングル「いとしのエリー」のヒットまで悩まされることになる。ある意味で「勝手にシンドバッド」のヒット、というのはデビュー作でホームランを打っているのと同時に、そういった自分達が想像していなかったところにイメージが作られ困惑してしまうというある種のファール的側面があったのではないのだろうか。
試合はその場で判定が下り、ファールではなくホームランとして永遠に残る。そして今年野球の星へ帰った長嶋は永久に不滅の存在となった。
一方、サザンは今日デビューから47年目の記念日を迎え、現役として活動を続けている。あの1959年6月25日の天覧試合のように「結果」が残ってはいるが、まだ現役である以上、あの時の「評価」はまだ判定が下ってはいないと言えるのだろう。1978年6月25日のデビューとその後というところでは、ホームランかファールの判定は未だに下っていないのかもしれない。いや、もしかすると本人達は村山と同じく「あれはファールだった」と思っていたりするのかもしれない。
サザンの6.25にはまだゲームセットは告げられていないのである。
マンピーという言葉のサザン的な立ち位置を何となく考えてみる、の補足版のようなものを
本日は「マンピーのG★SPOT」さんのシングル発売30周年ですね。そんなマンピーさんへの大感謝を込めまして(?)。
以前、2020年12月にこんな雑文を書いておりました。
「マンピーという言葉のサザン的な立ち位置を何となく考えてみる」
https://wawakko.hatenablog.com/entry/2020/12/09/221619
私個人の考え方としましては、正直ここからさほど変わってはいないのですが、5年経ち、思った事をちょこっと書いてみようかしら…と。言葉の立ち位置というよりかはマンピー雑談といったところになりますか(前回もそうよ)。
5年経ちまして、更に大御所感、と申しますか、ますます「サザン=マンピー」というイメージであり、演出が固まってきた感があるわね…と。
サザンとして再び(もはやいちいち何回目、というのも野暮な気がします)活動再開となりました2023年の「茅ヶ崎ライブ2023」、そして翌年、最後の夏フェスとして出演しました「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」でも本編ラストを務めるなど、(その前からありましたが定着したという意味で)2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」以降の本編ラストマンピーさんの流れという系譜は受け継がれていましたね。
一方で本編ラストの帝王(?)とも言えました「勝手にシンドバッド」大師匠は、アンコールラストに回り、抑えの切り札とも、ゲームで言う真のボス的ポジションとなり、盛り上がりポジションを2つ作り、盛り上がったまま終わる、という長らく定番となっていましたバラード終わりとは違う、明確に区切らない(分かりやすい終わりを作らない)という組み方が定着したことも一因としてありそうですね。この終わりを作らない、というのはまた長くなりそうですので、またいつか何処かで書くとしまして(求められていない&多分忘れる)、おそらく活動ペースが増えれば、また違う形も披露されるとは思いますが、ある程度限られてしまいますと、どうしても求められているサザン、というのもを優先してしまうところがあるのではないのかと思うのですよね。桑田さん自身も偉大なるマンネリ、なんて言葉を使っていたことがありましたが、ドラマ「水戸黄門」における印籠のように、サザンとしての「お約束」というものを現時点では大事にしていると思うのですよね(水戸黄門における印籠が、サザンではイコールマンピーになる、というのがとてもサザンらしくないですか(?))。もちろんそういった予定調和に異を唱える声、というのもあるとは思いますし、そういった(特にライブをよく見ていらっしゃるような)方々もいるというのも分かっているとは思いますし、難しいところでもあるのでしょう。
とはいえ、そういった方でも「次はどんなヅラを被ってマンピーをやるのかしら…」という期待だったり、楽しみもあったりするとは思うのですよね。それまでマンピーのヅラ、というのは、ある意味でマンピーを歌うための、あのダンサーさんやモニター映像の演出をするためのある種の「変身」をする必要があり、それが表面化した姿、という印象があったのですが、最近ふと、あの毎度変わるヅラは実は「マンピーのG★SPOT」、という桑田さん(サザン)本人からもマンネリ、と言われた中での最も新鮮で、最も古典的であり、定番ではあるが、マンネリではないという部分を表わす「キーアイテム」のような気がしたのですよね。
もちろんこれは私の特技であります(?)「都合の良い解釈」ということになるのですが…。とはいえごくたまにありますヅラを被らないマンピー、というのも事件(ネタ)になりますし、意外と深いところがある…、いやそんなこともない(?)ものだったりするのではないかと思ってしまうのですよね。
そんなマンピーさんも30年でございますが、(「希望の轍」もそうですが)かつての「勝手にシンドバッド」や「いとしのエリー」のような封印発言をされることなく、ここまで来てしまっていますし、10年後に不惑を迎える前に、血迷って(?)封印発言されてしまう世界線も見てみたいですね(ここはメジャー挑戦としますか(野球好きおじさんの例え)すぐに帰国してはいけませんよ(?))。そうなった場合に誰がマンピーさんの代わりを務めるのか、シンドバッド先輩が再びその座に着くのか…という妄想くらいはさせてください。
…書いていましてこの流れ、中西社長が退任し、大里会長が社長も兼ねる流れに似ていますね。つまり中西くんはマンピーだった…(?)(不適切発言)。などと考え始めてしまいましたので、そろそろ締めた方が良さそうですね(そして私はアミューズに締められるのでしょう(?)私はいつでも心にAmuseです、大里会長(?))。
何と申しましょうか…。実はマンピーさん自身が現在の立ち位置に関して1番困惑しているのかも知れませんね。いや私、こんなに使われているけど結局はマンのピーだし…。G★SPOTだし…。桑田は桑田で、ヅラを被って歌うし、挙げ句の果てにはピーをコにするし…。酷いわよ、なんて思っていたりして。
でもこれは何となくサザンオールスターズという、所謂国民的バンド、と呼ばれることについてある程度は受け入れつつも、いつも何処かちょいとだけ困惑しているような存在と似ているような気がするのですよね。これがロックの子、ならぬサザンの子なのかしら…と思ったり思わなかったりするのでございました。
以下、余の談(…という名の言いたいだけシリーズ)
どうしても言いたい(書きたい)ことがございまして…。マンピーさん30年のどさくさに言いたいと思います。
今、ある芸能ニュースが世の中で話題になっているではありませんか…。私自身、その報道や内容についての興味は正直薄いのですが、それ関係のニュースを眼にする度にどうしても頭に浮かんでしまうネタを吐き出したいと思います。
「(マンピーさんのB面である)メリージェーンと琢磨仁ならぬ、メイージェーンと田中圭ですね」
…お後がよろしくないようで(それはいつものこと)。
サザンオールスターズ LIVE TOUR 2025 「THANK YOU SO MUCH!!」の感想のようなものを(石川編)(ネタバレあり)
1月12日に石川県産業展示館で行われましたサザンオールスターズ LIVE TOUR 2025 「THANK YOU SO MUCH!!」にうっかりこっそりとお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。
この時期に公開している、ということはライブの内容・セットリストに思いっきり触れておりますので、まだライブに行っていない・ネタバレは絶対NG、私が嫌いな方(?)は、しかるべき時期にお越し頂ければ…と思います。
さて今回は石川の2日目にお邪魔することとなりました。SNS等での反応を見ますと、どうやら応援団先行は原則1人1公演の当選、というような形になっていたようですね。石川公演は個人的にはまさか…でしたね。エントリーした中で一番当たらないと思っておりましたので…。
ライブにお邪魔するのは2023年の2月以来、ほぼ2年ぶり、サザンのライブは2019年6月以来、実に5年半ぶりとなりました。
さて、当日新幹線を乗り換えるという、2019年に名古屋へ向かった時以来の事態でしたね(大袈裟)。しかしここまで来てもライブはある、という実感が無く、別な意味で困惑して向かっておりましたね。
何だかんだで4時間はかからない位で金沢駅に到着、生まれて初めての石川県でございました。
いざ会場へ。よむ展に向かったのですが、ここで急に「あっ、今日ライブにお邪魔するのね…」という実感が。そして出ましたライブ前のマリッジブルー的体調不良&精神不安定(ただ人酔いした説)。さて、ここからはトイレと共に戦いのスタートです(慣れてはいるので人前では出さないのです)。
何とか持ちこたえ(その間にお逢いしました皆様ありがとうございました。様子のおかしなおじさんだったことでしょう(?))、いざ会場へ。座席の書いてある用紙の発券時に近くの方が何と1列目を当てておりまして、心の中でおめでとうございます、と思ってニコニコしておりました(16時30~40分くらいに引き当てた方、もし見ていましたら、改めておめでとうございます、でした)。私の座席…?ちゃんと身の丈に合うような座席でしたよ(?)。
会場内に入りますよ。ネタバレNGな方、本当にここで引き返して下さいませ…。
会場内へ。もう自分との戦いが辛いところで、「本日は」のナレーション。ピークです(?)。確かナレーションが流れた時点で17時になっていたような。
そしていよいよメンバーご登場。最後に桑田さんが出てきましたが、他のサザンのメンバーが登場してからちょっとだけ間があったような…。
いざ開演。さて私は無事にいられるのでしょうか…?。
1.逢いたさ見たさ病めるMy Mind
キーボードの音がちらっと流れましたが、もしかするとイントロ無しの曲かしら…?と思っていた中で「夜毎〜」の歌い出しが。何となんと大好きな「逢いたさ見たさ病めるMy Mind」先輩ではありませんか。1998年「Act Against AIDS’98 オールリクエストショー」や2011年のやさしい夜遊びでの生歌披露はありましたが、サザンのライブでは1991年「THE音楽祭 -1991-」以来34年ぶりの披露となりました。しかもこの音楽祭はムクちゃん(関口さん)が体調不良で欠席していましたから、ムクちゃんとしては1982年「青年サザンのふらちな社会学(ツアーTHE NUDE MAN)」以来、43年ぶりのライブ演奏となるのですよね。そう言う曲を演奏する時の心境というのが気になりまして、ムクちゃんの方を見たのですが、まあ見えません(?)(身長が低いのでしゃアない節です、座高は高い方ですが(?)(つまりは))。ちなみに34年ぶりというのは、1980年「サザンオールスターズがやってくるニャーニャーニャー」→2008年「真夏の大感謝祭」で28年ぶりに披露された「働けロック・バンド(Workin' for T.V.)」の最長ブランクを更新することになりました(この時は…ね)。
今回は席的にステージが殆ど見えないところではあったのですよね。それもありましたが、新作アルバム「THANK YOU SO MUCH」は読み物を意識した、という桑田さんの発言を思い出し、今回は両サイドにあるモニターで新旧の曲を問わず歌詞を読みつつライブを見る、という形で見て見ようかしら…という考えになりまして臨むことにしました。
「逢いたさ見たさ病めるMy Mind」という曲名がまた良いではありませんか…。45周年のライブであった2023年「茅ヶ崎ライブ2023」に前年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」、そして桑田さんソロの「JAZZと歌謡曲とシャンソンの夕べ~R60」と、ライブ活動や動員数がどうしても限られてしまう中で、ファン心理としては、やはりサザンに「逢いたい」という思いが、45周年以降で最も強くなっている時期だと思うのですよね。その今のファン心理を具現化したような曲名(曲の内容としては違いますが)を持ってくる、というのが、サザンなりのみなさんお待たせしました、というメッセージが込められているように感じてしまったのですよね…。
終盤の英詞部分はカットも短くすることもなく、きっちり歌っておりましたね。やはり「茅ヶ崎ライブ2023」以降は変に短くせずに1曲を丁寧に演奏する、というのがあるのでしょうか…。
原曲のラストの英語で桑田さんが叫んで、コーラスがイェーというところ(相変わらずの説明下手)で、桑田さんが「THANK YOU SO MUCH!!」と言っていましたが、これがまたピタリとハマっていまして。もしかしてこれが前提の1曲目だったのかしら…とも思ってしまうくらいでございました。
2.ジャンヌ・ダルクによろしく
「逢いたさ見たさ病めるMy Mind」ラストの「THANK YOU SO MUCH!!」から、繋がったように、アルバム「THANK YOU SO MUCH」に収録されます、この曲が始まりましたね。流れて的に、もしかしてアルバム曲が来るのかしら…とは頭にあったのですが、「世に万葉の花が咲くなり」のアルバムツアーであった1992年「歌う日本シリーズ1992~1993」以降、最初のMC明けにアルバム曲をコーナー的に演奏する、という流れが定着していましたが、果たしてそれを崩してくるのかしら…とも同時に思っていたのですよね。
そこでご登場されたのが、この曲ですから歴史が動いた、というのは大袈裟ですが、長年のパターンを崩して来た、というのが驚きといいますか、新鮮さを感じたのですよね…。同時に1999年「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」がニューサザンを目指した、というものとはまた別な意味でニューサザンをやろうとしているのでは…ということを感じてしまいまして、ここである程度頭の中に持っていたサザンの方程式(?)は今回無意味であると、捨てました(?)。
歌詞に「熱いステージが始まるよ」というフレーズがあるように、序盤の早い段階で演奏しやすい曲、というのもあるのかなとは思います。また「昔話をするようで悪いけど」というフレーズを聴きますと、桑田さん曰くこの曲はサザンという訳ではなくロートル・バンドのイメージ、ということでしたが、どうしてもサザンとして受け止めてしまうわけでして、「昔話を~」というフレーズは、逆をいえば昔話が出来るくらいの歴史と曲が積み重なっているサザンだからこそ歌えるフレーズだと思うのですよね。
この曲の始まりとともに、バックの幕が開きサザンのロゴが出てきましたね(サザン応援団の公式Instagramに投稿されているあれです)。セットっぽく見えましたが、よく見るとモニターの映像でしたね。あのセットのままライブを進めるのかしら、と思いきやそんなことはなく。
この曲で銀テープがパーン。当然キャッチが出来ない距離ではありましたので、そこはさほど気にしていませんでしたが、いつの間にか前の席の方々が持っている…?。なるほど、「ジャンヌ・ダルクによろ(46列目)しく」ということでしたか(?)(49(しく)列目の方々に行き渡っていたのかは不明)。
MC
こんばんは。と2回でしたかありましたね。
「生まれ故郷の金沢に戻って参りました」と言っていましたが、若干金沢が神奈川に聴こえまして、色々な意味で間違っていないのでは…と思っておりました(?)。長くやっていますが、THE ALFEEよりも年下です、で笑いを取っておりましたね。ネタにする方も、される方(失礼)も長い・凄い(?)。ライブは30分で終わります、といういつもの一言もありましたね。そういえば今回名乗りで違うグループを言う件はありませんでしたね。残念(残念?)(あれ好きなのよ)。
3.せつないに胸に風が吹いてた
アルバム「THANK YOU SO MUCH」の収録曲から演奏する、といういつものアルバムコーナーにはやはり入らず、でしたね。「ジャンヌ・ダルクによろしく」のところでも書きましたが、ここで今までのライブのパターンが崩れたことを完全に悟りましたね。故にここからどう組み立てていくのか…というところに興味と楽しみが向くことになるのですが。
MCを挟んでいますが、「ジャンヌ・ダルクによろしく」からの流れ、というのがまた良いですね。そちらの曲がロートルバンド、ベテラン感のある主人公であるのに対して、この曲は学生時代の「音楽(夢)」から離れて行く仲間たちを歌っている、というのが、過去と現在を表しているのと同時にサザンの歴史、というのも表しているといいますか…。「THANK YOU SO MUCH」には「悲しみはブギの彼方に」というアマチュア時代に作った曲を収録している、というサザンの50年史のような形になっているこのアルバムにも繋がっているように思うのですよね。ある種、サザンの歴史が本になった際に、最初と最新のページになっているような、そんな感じを受けたのですよね。
「ジャンヌ・ダルクによろしく」には「虹を掴むまで辞めれない」というフレーズがありますが、この曲にも「虹のように消えたストーリー」「愛だけじゃ奪えない七色の未来」と虹(七色)という共通するフレーズがあるではありませんか。何と申しましょうか…。サザン、として見るならば、こちらから見れば十分「虹」を掴んでいるように見えるではありませんか。でもまだ掴んでいない、若き時代から「虹(七色の未来)」を求め続けている、というように感じてしまうのですよね…。と、完全にこの流れに惑わされている愚かな私でございました。
今回も英詞部分を歌っていましたね。良いことです(?)。間奏のギターを桑田さんではなく誠さんが弾く、というのもそういった学生時代からの流れを汲んでいるところがあるのかしら…と。
ライブでは2018年に「キックオフライブ2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」」と「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018」で披露されていましたが、個人的にはこの2回とも画面越しでの鑑賞でございましたので、ようやく生でお逢いすることが出来ました。
4.愛する女性とのすれ違い
この曲も大好きでして…。1音目で分かりました(?)(多分みんな分かると思いますが)。
2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」以来、12年ぶりの演奏と、ちょうど干支が一周してしまいましたね。アルバム「THANK YOU SO MUCH」が前作の「葡萄」以来10年ぶりですから、それに近い(それ以上ではありますが)という意味では、時間的にサザンのオリジナルアルバム、もしくはアルバムツアーとのすれ違い、というものもあったのもしれませんね(きっと偶然)。
何と申しましょうか…。「逢いたさ見たさ病めるMy Mind」がサザン側から見たファン心理の曲名&選曲感がある、というのは既に書きましたが、この「愛する女性とのすれ違い」もそれに近いような感覚があるといいますか、そういう心理を理解しつつも、そこに答えられないもどかしさといいますか、新曲だったりライブを求められていることはもちろん分かってはいるのだけれども…というサザン側の思い、という意味でのすれ違い、という意味もあるのかしら…と。
アルバム「KAMAKURA」のDisc1と同じ4曲目、というのも良いですね(そういえば「せつない胸に風が吹いてた」もアルバム「世に万葉の花が咲くなり」と同じ3曲目でしたね)。「KAMAKURA」の流れとは勿論違いますか、同じような安心感といいますか、こういったバラッド(敢えてこう書いております)もまた所謂1つのサザンよね…というものを感じさせるのにはちょうど良い場所だったりするのかもしれません。まあ私はそんなバラードナンバーに後方彼氏面をしながらも(?)、心の中で小躍りするくらいには喜んでいたというサンキューミスマッチテンション(?)だったのでした(そういうのをもう少し表に出しなさい、あんたは)。
5.海
前年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」に続いての演奏となりましたね。ロッキンと同じく冒頭に波音のSEがあってからイントロに入りましたね。
個人的には2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」では日替わりの1曲目であった為に聴くことが出来ず(「Ya Ya(あの時代を忘れない)」の日でした。というよりは1dayの宮城公演でしたもので…)、その後の2020年「サザンオールスターズ特別ライブ2020「Keep Smilin’~皆さん、ありがとうございます!!~」」にロッキンのライブビューイングと、ライブというものに行くようになってから、それまで演奏されている3回とも現地での逢瀬という点ではご縁がなく(無観客配信ライブはそもそもどうしようもありませんが)、今回ようやく画面越しではない「海」を聴くことが出来たというのは、嬉しいのはもちろんでしたが、お待たせしました、といった感じが強かったですね(表現が逆では)。
スクリーンには江ノ島が映っていましたが、個人的にこの曲にはそういった所謂湘南の海、というよりも、異国(海外)の海、というイメージを持っていますので、ちょいとだけ違和感があるといいますか、SNS風表現(なのかしら…?)でいいますと、所謂公式との解釈違いとやらになりますね(?)(そこまで違いに対して感情を剥き出しにしている訳ではないですが)。
今回もラストのサビ「言葉じゃ言えない"好きよ"」を2回繰り返して歌っておりましたね。曲から一部カットをしない、というのはありましたが、付け足す、というのは勿論今までに無かったわけではありませんが、逆を付いて来ているような感じがあり、それもまた珍しいなと…。
6.ラチエン通りのシスター
この曲も2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」以来と、灼熱のマンピー以来、というのが、頭に付くような曲が多い感じがありますね。2013年、というのは2008年からの無期限活動休止を経てのサザン活動再開の年ですから、ある意味でそういったリセットした時間以降の、現在のサザンに続いている源流である、というところから考えますと、もしかするとそういったところを多少は意識している選曲だったのかもしれません。
灼熱のマンピーはアコースティックコーナーでの披露だったので、バンドスタイルでの披露は2004年「真夏の夜の生ライブ~海の日スペシャル〜」以来となりますね。
バックモニターではラチエン通りの映像が使われていましたね。確かちょいとレトロ(フィルム)風な映像になっていたような記憶があります。
夜遊び(2024.12.14放送回)で初期の曲の話になった時にこの曲名を出していましたが、ライブ選曲・リハーサルの時期と重なっていましたし、その流れでポロっと出た感じだったのでしょうか。
7.神の島遙か国
もうイントロ前の三線の音で分かってしまいますね。とはいえ1%位は「もしかすると「ナチカサヌ恋歌」をやるのでは…」とは思ってしまう私(だってそちらも聴きたいですからね)。
この曲がリリース前に行われたドームツアーであった1999年「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」を除き、それ以降に行われました、ドーム公演の4回中3回(2015年「おいしい葡萄の旅」でのみ演奏されず)披露されているなど、沖縄がテーマになっている曲でありつつ、実はドーム向けの曲、という何とも不思議な立ち位置にいる曲になっている気がしますね。
以前、桑田さんが「イエローマン~星の王子様~」をリリースの際に「東京ドームの5万人が腕を振る姿を想像して作っていた」ということを発言していた、ということですが、この曲も手拍子が他のサザンには無い独特さがあり(そういうリズムを何拍子とかいうのかもですが、私には分からないのよ)、サビも沖縄音楽的なノリで客席が腕を動かす、というのも客説側を含めた演出の1つとして、この「イエローマン~星の王子様~」の時の考え方と近いものがあっての、ドーム向き選曲、になっているのかもしれませんね。
スクリーンに流れておりました、珊瑚などといった沖縄の海を連想させるものたちがちょいとファンシー感があって、可愛いなとおじさんは思っておりました(あんた気持ち悪いよ、シリーズ)。
私の前列右側におられましたおじさまが、その沖縄音楽風ノリの腕の動かし方がまた良い動きでございまして、基本棒立ち後方彼字面スタイルの私としましては、ノリの悪い私の分までよろしくお願い致します、といった心境で見守っておりました(?)。ちなみに前列左側にいましたおじさまは動きも少なめで私と近いスタイルの方でしたので親近感がございました(?)。
8.愛の言霊~Spiritual Message~
冒頭、和の雰囲気がありましたがちょいとした軽さのようなものを感じておりまして(いよー、ポン、というよく聴くBGM(名称分からぬ…))、「盆ギリ恋歌」か「愛と欲望の日々」あたりかしら…と思っていたところにあのイントロですから、不意を突かれたようなところがありましたね。同じ和がテーマでもこうも変わってくるのね、と改めて思った次第でございます。
スクリーンの前にセットがありまして、それが時々ステージに現れるのですが、どこか襖のような感じがありまして、そのセットがまたこの曲に合っていたのですよね。
アレンジは「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」と同じだったでしょうか…。ロッキンと同じく、ラストのラップを原曲通りにカットもなく歌って下さったのは良かったですね。それを生で聴けたのですから更にです。
ライトや炎などの演出もありますし、ドームだとさらに映えるのだろうな…と思いながら見ておりました。そういえばドームでの演奏は最初のドームツアーでした、1999年「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)〜素敵な春の逢瀬〜」のみでの演奏だったのですね。どうしても夏の野外ライブでのイメージが強いですから、そういう曲が冬〜春のアリーナ・ドームツアーという真逆、といえますライブで今後どう進化していく・披露されていくのかがとても楽しみですね。特にこういった完成されている曲は特に。
MC
ここでアルバム「THANK YOU SO MUCH」に触れていたのですが、16枚目のオリジナルアルバムと10年ぶりのリリースが混ざったようで、「10枚目のアルバム…」や「16年ぶりの…」と間違ってしまう桑田さん可愛らしかったですね。そんな桑田さんの裏で原さんの笑い声をマイクが拾っていたようで、小さく聴こえていたのも良かったですね。原さんのマイクを切らずにいて下さって「THANK YOU SO MUCH」、でございました(?)。
9.桜、ひらり
アルバムから新曲を、と披露されました。「ジャンヌ・ダルクによろしく」が前年の配信リリース・「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」で歌われていることを考えますと、この曲も1月1日にアルバムから先行配信されているとはいえ、実質アルバム「THANK YOU SO MUCH」から最初に演奏された曲、ということになるのでしょうか。
そういった所謂新曲の第1弾としてこの曲が演奏されるというのもまた意味合いがあるように思いますね。特にこの石川公演を皮切りにツアーをスタートするということもありますし、何より曲からその温かさといいますか、優しさが感じられるのですよね。
意図的なのか偶然なのかは分かりませんが、今回はこの石川に神戸、そして宮城とこの30年の間で、特に大きな震災に見舞われた場所を回るツアーでもあるのですよね。しかもいずれの場所も1月、そして3月という時期に震災に見舞われたところでもありますし、勿論この「桜、ひらり」が収録される「THANK YOU SO MUCH」というアルバム制作時に当たっていたこともありますが、この石川という場所はもちろんのこと、未だ癒えない傷を持つ場所、いや日本全体を歌った曲であるのだと改めて感じまして、曲の受け取り方もまた変わったような感じがあったのですよね…。
とはいえ、ちょいとご登場が早かったような気がしましたね。まあサザン(3×3)が9で、9曲目にそういった想いを抱いている新曲を披露、というところを狙っていた故の選曲だった、ということにしておきましょう(?)。
10.神様からの贈り物
続けて演奏されたのはこの曲でしたね。
2番ではスクリーンに「ザ・ビッグ・ヒット・タイム(あれ…パレードだったような(記憶でパレードの方として残っていますが、歌詞優先(弱気)))」と歌詞に登場するフレーズと同じタイトルの番組風映像が流れましたね。尾崎紀世彦さんや坂本九さんといった歌手の方々や阿久悠さん、永六輔さん(だったでしょうか…)などといった作詞・作曲家の方(自分が知っている方の名前だけを書いています。他にも映っておりました)の映像や写真が使われておりました(作詞・作曲家の方々は静止画だった…はず)。
曲終わりに少しだけMCが入り、昔は良かったという曲なんですけど、こういう曲を作るともう…ね(笑)、と自虐的に話しておりました。
確かにこういった曲は割と珍しい気がしますね。ただ今回のアルバム「THANK YOU SO MUCH」全体に感じていたことなのですが、基本未来志向といいますか、先の方を向いて活動しているサザン(桑田さん)の中では、もちろんその先(未来)を見ていながらも、今までよりも、後ろ(過去)を振り返って見ている、という感じを受けていたのですよね。未来と過去への旅、とでも申しましょうか…。もちろん現段階でまだ解禁されていない曲がありますが、「悲しみはブギの彼方に」の収録だったり、まさにこの曲を最初にラジオで聴いた時にそういった思いを勝手に感じてしまったといいますか…。
とはいえ、そういった昔は良かったが書ける、というのもそれだけ活動を続けてきているということがありますし、そういったことが許される、自虐出来る、というのもある意味で今を生きて、まだ先に向かっている、という裏返しでもある気がするのですよね。…などと考えて見ているのですから、嗚呼、私は面倒くさい奴ですよ。こういう奴がよっぽどタチが悪い(?)。まあ本人たちが「昔話をするようで悪いけど」と歌っているので、許して下さることでしょう(?)。
でもね、「あなたがいなければ」や「あなたが目の前に」のところでこっそり小さくステージに向かって指を指すくらいには、ステージの方々を想っているのよ(?)。
11.史上最恐のモンスター
「神様からの贈り物」終わりの短いMCが続き、次の曲はまだ自分のラジオでも流したことのない曲です、と紹介があってからのこの曲となりました。
個人的な話になるのですが、私がライブにお邪魔する方、というのは少なく、また基本的にライブに行くならその方(グループ)の曲は全て(頭の中であの曲だ、と分かるくらいまでは)聴かないといけない、というのが何故かありまして(厄介だと自分でも思っている)、なので知らない曲は無い状態で臨むのですが、今回はその知らない曲が2019年「“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!︎」での「愛はスローにちょっとずつ」以来6年ぶりにここで来てしまいましたね。
イントロからしばらくは、おどろおどろしくなった原さんソロ「夜の訪問者」といったところで後半からロックオペラ(…でいいのだろうか…)のようになっていく、といった曲調でございまして(伝わらないわよね…語彙&知識が無く申し訳ございません)、歌詞は所謂風刺枠に当たりまして、環境問題や戦争(ウクライナというワードも歌詞に入っていました)といったところを歌っていましたね。少し前にたまたまラジオで聴きました(ありがとう、津田健次郎さん(?))、井上陽水さんの「最後のニュース」が何となくイメージに近いわね…と思いながら見ておりました。
今回の初聴きではモンスターとは、結局は人類のことなのか、はたまた環境問題に嘆き、怒る地球のことなのかしら…なんて思ったりもしていましたが果たして…。そして今後自分自身の解釈がどう変わっていくのかが楽しみでもありますね。
「ヤバい」というフレーズがありましたが、これは近年の頻出ワードにもなっていますね。桑田さんソロの「OSAKA LADY BLUES~大阪レディ・ブルース~」で初めて使われて以降はこの曲を含め10曲で使われているのですよね(今回のアルバムでも「ごめんね母さん」と「ミツコとカンジ」の2曲でも使われています)。若者言葉、という訳ではないかと思いますが、日常でも当たり前のように使われていますし、語感的にも意味的にも歌詞のフレーズに使いやすい、というのがあったりするのでしょうか。
12.風のタイムマシンにのって
曲が始まる前、幼少期からサザンデビュー後の原さんの写真が5枚ほどスクリーンに映っていたのですが、自分で恥ずかしくなったのか、2枚目くらいから原さんの笑い声が小さく聴こえ、更に客席からの「かわいいよー」という掛け声でまた笑ってしまう原さん、という流れがまた可愛らしかったですね。同時に笑って歌えなくなってしまったらどうしようかしら…と思っておりましたが、流石原さん、心配は無用でございました。
この曲、何処か原さんソロの「夢をアリガトウ」に近いものを個人的には感じてしまうのですよね。
原さんが「江ノ島」を歌うのは意外と珍しいのですよね。過去には「シャボン」の1つだけでそれ以外は桑田さんですから、無意識に分けているところがあったのかもしれません。
桑田さんのボーカルはソロのライブで聴いていたこともありますが(とはいえ生で聴くのは2年ぶりになってしまいました)、原さんのボーカル曲を生で聴くのは前回のツアーであった2019年「“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!︎」以来でして(「原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」」ですか…おっと涙が(大袈裟))、実に5年半ぶりだったのですよね。ここの原さんボーカル曲で、「嗚呼…これがサザンね…」と改めて感じておりました。もしかすると私も5年半という時間の風のタイムマシンにのっていたのかもしれません(?)(言いたいだけシリーズ)。
「史上最恐のモンスター」の次に演奏されていますが、アルバムではその前に収録されているのですよね。何と申しましょうか…。「史上最恐のモンスター」のような曲の前後に原さん曲を置きたくなることが今回とても良く分かりましたし、同時に原さんのボーカル曲があるからこそ、こういった曲がサザンで出来る、というのがあると思ってしまったのですよね…。
MC
アコースティックコーナーに入るということで、その準備もあるのかここでも短めにMCが入りましたね。
桑田さんが客席に「トイレ大丈夫ですか(以降連呼)」とやたら聴いてくるので、トイレが近い身で、ライブ中は極力トイレを意識しないようにしている私からしますと、「(思い出して尿意が来る恐れがあるので)聴くのはおやめください…」と祈っておりました(?)(何よそれは)(結論から申しますとトイレは大丈夫でした)。
13.別れ話は最後に
アコースティックなので座って下さいと。皆さん座っていましたね。そういえば座ってサザンを見る、というのもなかなか無いですから貴重といえば貴重な時間だったのかも知れません。
「別れ話は最後に」という曲を、という一言でまさか…と。2009年に「桑田佳祐の音楽寅さん」でのスタジオライブでのおまけパート、という形で披露されたことはありましたが、サザンのライブでの披露となりますと、1980年「コンサートツアー ゆく年・くる年」以来、なんと45年ぶりの演奏となるのですよね…(年を跨いだツアーですが、私はスタートした年を起点にしております)。ええ、大事件です(?)。1曲目の「逢いたさ見たさ病めるMy Mind」の34年(AAAからですと、27年)という最長ブランク記録をあっさり越えてしまうのですから…。
何と申しましょうか…。だから、ではありませんが、そんな曲が目の前で演奏されている、というのが何とも不思議といいますか、実感がないといいますか…。今までに無かった感覚を持ってしまったのですよね…。ええ、半端にライブ演奏履歴を覚えているおじさんになってしまうとこういった時厄介なのです(?)。
とはいえ、基本冷静おじさんではありますので(?)、青学時代からこの曲を聴いていて自身でカバーしている(2003年のアルバム「WALTZ IN BLUE」)誠さんがサポートメンバーとしてこの曲のギターを弾いている、というのは(2009年の音楽寅さんでも弾いてはいましたが)、勝手に感慨深いものを感じたりもしておりました。
終演後の話になるのですが、外に出ると雨が降っていたのですよね。この曲には「雨が降ってるのに 空は晴れている まして今夜は雪が降る」というフレーズがありますが、この数日前、一時はライブ開催が危ぶまれる雪が降っていたこともありまして、「雪が降ってたのに 空は晴れている まして今夜は雨が降る」ね…なんて最初に思ったりもしておりました。
おもむろにフリップを取り出し(取るというよりもスタッフさんから受け取ろうとしていましたが、流れで桑田さんギターを外そうとしていたりとしていて、最初動きがぎこちなかったのが可愛かったです(?))、今日のワンコーラスコーナー(だったかしら…)としてフリップに書かれた5曲の中から、拍手を貰って歌う曲を決めるということでした(初日は挙手にしたら見えなかった、ということを話していました)。確かそこに書かれていた曲は
1.希望の轍
2.ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)
3.LOVE AFFAIR~秘密のデート
4.能登半島
という順番だったでしょうか…。そして明らかに4に誘導しようとする桑田さん。
「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」さんはまだレーザーが暖まっていない、「LOVE AFFAIR~秘密のデート」はムクちゃん曰く「(多分不倫に対して世間が、もしくはアコースティックコーナーということもあるのか)うるさいからダメ」などといったやらない理由を付けておりました。
そして忖度もあり(?)無事4である「能登半島」を。「夏から秋への能登半島」というところは「冬から春」へと歌詞を変えて歌っておりました(表示されている歌詞も冬と春は太字になっていた)。所謂ご当地ソング枠(もしくは石川限定のコーナーなのかもしれませんが…)ということなのでしょうが、この「能登半島」発売が1977年とサザンデビュー前年に当たるのですよね。おそらく偶然なのでしょうが、この前に演奏した曲である「別れ話は最後に」もこの前後(前だとは思われますが)に作られている、というのが、関連性があって面白いな、と。
そういえば桑田さんが病気明けで出演しました、2010年の紅白歌合戦は桑田さんの次が石川さゆりさんで「次は石川さゆりです」と桑田さんがアドリブで紹介して締めていたのですよね。15年越しにその石川さゆりさんの曲を歌う、というのは少し面白いな、とも同時に思ってしまったのです。
面白いと言えば、アコースティックコーナー内なのにもかかわらず桑田さんはギターを外し、ハンドマイクで歌っていたのですね。実はしれっと、このライブで桑田さんが初めてギターを外して歌った曲でもありました。
15.夕陽に別れを告げて
桑田さんがギターを持ち直し、アコースティックで披露されましたのは、この曲でしたね。実はこの「夕陽に別れを告げて」まで新作アルバム「THANK YOU SO MUCH」以外の曲は、収録されているアルバムの被りが無かったのですよね。昨年末にサザンの過去のオリジナルアルバムのリマスター盤が配信・サブスクリリースされていたこともあり、もしかすると、そういう過去のアルバムからも1曲ずつ演奏したりするのかしら…と途中からこっそり数えていたのですがそんなことはありませんでした(ライブに集中しなさい)。
私の記憶にあるこの曲は2008年「真夏の大感謝祭」後に収録された夜遊びの生歌で歌った際のテイクなのですよね。確かライブの翌日の収録で声がボロボロだったのですけど、とても印象に残っていて。それで生で聴いてみたい曲の1つになっていたのですが、その願いは17年越しにようやく、といったところでございました。
2020年「サザンオールスターズ特別ライブ2020「Keep Smilin’~皆さん、ありがとうございます!!~」」の無観客配信ライブでも演奏されてはいましたが、有観客では大感謝祭以来の演奏となりました。個人的には「せつない胸に風が吹いてた」や「海」と同じく、ようやく生でお逢い出来た…という嬉しさだったりがありましたね。今回はそういった定番といえます曲であったけれども、ライブで生で見るのには今まで縁が無かった曲の方々と出会えた貴重な機会になったな…と。
MC
ここでメンバー紹介がありました。弘さんの腕組みMCを見ますとサザンを感じます(?)。毛ガニさんの紹介時に古希になりました、という話があった際に後ろの方にいましたお子さんがおそらくお母さんに「古希って何?」と聴いていたのが可愛らしかったですね。毛ガニさんは今回、野沢”香箱ガニ”秀行です、と自己紹介していましたが、拍手と被ってしまったのでもう1回と桑田さんに言われ、2回香箱ガニと言うことになってしまっておりました。そして桑田さんムクちゃんにウクレレの話を振り忘れ、ムクちゃん自らウクレレの話を。桑田さん「(ムクちゃん)怒ってます」。
今回は室内ということもあって、帽子原さんではなかったことが少しだけ残念でございました(?)。
16.悲しみはブギの彼方に
アルバムコーナー後半戦は50年近く前に作った曲を、という言葉と共にこの曲からスタートしました。
「別れ話は最後に」からメンバー紹介の流れから客席は座っていたのですが、イントロが始まっても座っている方が多く、立って良いのかしら…みたいな雰囲気で周りを伺いながらちょこちょこと立ち上がる人が出てくる、という感じでございました。私は前の方が立ち上がりステージが見えにくくなったタイミングで立ち上がりました(結局見えないのですけどね)。
「別れ話は最後に」とはまた違った感覚、といいますか、私にとってはきちんと(?)新曲なのですよね。当然「悲しみはブギの彼方に」という曲としての存在は知っていましたし、何でしたら云々を聴くチャンスはあった(今もあるといえばある…のでしょうか)、のですが、何故か今の今まで聴いて来なかったのですよね。だから新曲としてこの曲を受け止めることが出来た、というのは偶然とはいえ色々と考えてしまう厄介勢な(?)自分自身にとっては良かったのかしら…と。
もちろん半世紀前に作られている曲ですから、そういった昔の感覚はあるとはいえ、きちんと2025年のサザンの音として、新曲として世に出ようとしている感がしっかりあるのが流石だと思ってしまうのですよね…。
17.ミツコとカンジ
「悲しみはブギの彼方に」が夜遊びで初オンエアの際、アウトロに片山さんのシンセが入り次の曲とメドレーのような形になっている、という話が桑田さんからありましたが、そのシンセの音が入り、そのままこの曲に繋がりましたね。その繋ぎのシンセ音に関してはラジオで流れていないので、アルバムに入る音源と同じものなのかは分かりませんが、多分そうでしょう(ライブはライブで変える、という罠(?)もありそうですが)。
曲名である「ミツコとカンジ」は夫婦だったこともあった、倍賞美津子さんとアントニオ猪木さん(本名猪木完至)から取っているのだと思われます。2番の歌詞に「チョップ」や「チャンピオンベルト」などといったプロレス要素もありますし。
スクリーンの映像は子どもが描くような棒人間を2段階ほどクオリティアップさせた絵が使われていましたね(伝わらない)。タイトルには関係無さそうな、歌詞には沿っていますが、所謂男女の恋愛といったところでしたね。とはいえ主人公の格好を見ていますと、基本的に現在の様子は主に青いネクタイ、幼少期は黄色い帽子をかぶった姿だったのが、最後の最後、夕陽に向かって走るシーンで赤いマフラー(タオル)を身につけているのですよね。その後チャンピオンベルトに少し見たことがある気がする顔が映るのですが、最後に猪木要素を目立たないように入れてくる、というのがまた「粋」といいますか、「ミツコとカンジ」というのは男女のことである、というのと同時に主人公からすれば、ミツコ(好きな(だった)女性)とカンジ(憧れの存在)とも解釈出来るのかしら…とも考えておりました。そういえば歌詞に「ミツコ」は出てきますが「カンジ」は使われていないのですよね…なのでどちらとも解釈は出来ますし、明らかにその人物を歌っているのに、その人の名前は出さない、周囲にいる人の名前は出てくるという「Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)」や原さんソロの「スローハンドに抱かれて(Oh Love!!)」と同じ作り方をしているのもまた面白いな…と。
18.夢の宇宙旅行
モニターが並んだ宇宙ステーション的映像からのこの曲でしたね。この曲からリストバンドが光りましたね。つまり我々は南十字という名の宇宙船に戯れる星だったのです(?)。
イントロから会場は盛り上がってきましたね。全てが公開されていませんが、アルバムの中では所謂盛り上がる、ライブにおける煽り枠の曲、といった感じでしたね。
オリオン座やまさにそのままである「冬」という単語があるように、実はサザンとしては珍しい冬の曲でもあるのですよね。ある意味で夏のイメージが強いサザン、という存在からすると(年越しライブの先駆者的存在ではありますが)、ある意味で冬のイメージというのは夢物語、のようなものなのかもしれないわね…などと歌詞を見ながら思っておりました。
歌詞を見ますと、子どもの見る「夢」なのか、大人の思う、もしくは人生最後の「夢」なのか、などというような解釈が分かれる曲であると思うのですよね。そういう考えさせられる曲というのは何と申しましょうか、個人的にそういう曲は作った桑田さんの中に答えがあったとしても、あまり出して欲しくない(例え間違っているとは思っても)、色々と解釈させて欲しい、と思ってしまうのですよね(こういう奴は嗚呼、厄介…厄介…)。
解釈といいますと(こら、早速の厄介はお止め)歌詞の中に「御守りはIggy Pop(イギー・ポップ)のサイン」と「目の前に大谷翔平のサイン」というフレーズがあるではありませんか…。ちょいと調べますと、イギー・ポップさんは1977年に日本初来日していたのですよね。1977年といえばサザンのデビュー前年でそのデビューのきっかけとなるバンドコンクールである「EastWest’77」に出場した年でもありますね。そして大谷翔平選手、現在アメリカ、メジャーリーグでの活躍は連日のように報道されていますが、日本のプロ野球でのデビューは2013年と、サザンが無期限活動休止を経て5年ぶりに活動再開した年にも当たります。その2008年、サザンは「I AM YOUR SINGER」という曲をリリースしていますが、この曲のMVでは宇宙飛行士に扮するなど、宇宙船でのシーンがありますね。これらを合わせますと、夢の宇宙旅行、というのはこれまでのサザンの活動を歌っているのかしら…とも思ったりもしてしまったのですよね…。サザンの活動を振り返りつつも、そして「目の前に大谷翔平のサイン」でまだ「夢(サザンの活動)」は続いていく…という風にも感じてしまうのですよね…(まあ大谷翔平のところは最初ベーブ・ルースにしようとしていた、と桑田さんは言っていたので間違いなく違う「厄介」な解釈になるのでしょうけどね)。「大谷翔平」というのは現在、というアイコンの1つにもあると思いますし…。
19.ごめんね母さん
アルバム曲とはいえ、ここでこの曲を持ってくるのか…というちょいと不意打ち感といいますか、驚きがありましたね。例えるとするならば桑田さんソロの2002年「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」で煽りパートで披露された「Blue〜こんな夜には踊れない」的な感じになりますでしょうか…。ただ、今回のこの後の煽りパートの流れを見た後に振り返りますと、ここで披露されたこの曲はまた良いアクセントになっていたわね…とライブ後にじわじわと感じておりました。
「夢の宇宙旅行」からAI的映像に繋がり、そのままこの曲のイントロに繋がっていましたね。「能登半島」以外ではこの曲で初めて桑田さんはギターを外し、ハンドマイクで歌っておりました。「果てなき宇宙への旅は ママの呼ぶ声と消えた」からこの曲ですから、夢から現実へ…感がまた色々な意味で凄いですよね。お母さん、色々と大変ねぇ、です(?)(何かソロ要素(主に2002年)が多い曲になってしまった)。そういえばダンサーさん登場はこの曲からだったでしたっけ…(曖昧)(その前にも出てた記憶がある、が思い出せない)。
アルバムでの曲順もまた良いですよね。この歌詞で、もう一度死ぬまで踊り明かす曲から、タイムマシンにのる曲に挟まれているのですから(?)。もちろん褒めていますよ。こういう何処か無機質で、救いも優しさも薄い曲というのは大好きですから…。桑田さんも割と淡々と歌っているといいますか、感情の起伏を抑え気味に歌っているようにも感じてしまうのですよね。
そして思うのですが、最後のAIボイスくん・さんの声、微妙に桑田さんと原さんの声を加工したら、出てきそうな声していませんか(?)。そのAIボイスくんたちが原曲通りの台詞を述べた後に「そしてミラーボール、回転」とあの曲への伏線を。こういうのをわざわざ付けなくて良いのでは、をしっかりを付けてしまうのが最高にサザンしていると思ってしまいますね(?)。
20.恋のブギウギナイト
あれは(多分)ロッキンと同じOverture、Overture(マンピーのサビのリズムで読んで見て下さい(?))だったでしょうか。
初の生「恋のブギウギナイト」はまだ歌っている方が68歳の為、「キミとROCK(69)を味わい」が惜しくも果たせなかったことが残念でした(?)(そもそも私自身が69ではない)(一部ではベーブ・ルースと同い年説が唱えられております(?))。
「ごめんよ母さん」からの流れですと、「やっぱ秘密がバレたよ」「アレに手を出したら」というのが、実はこの曲で「もう心はSeventeen」になってしまうほどに惹かれてしまった「キミ」という手を出してはいけない存在を口説いてしまった結果…という物語になるのかしら…とも歌詞を見つつ思っていました。…終演後、もし「夢の宇宙旅行」からの流れでしたら、「もう心はSeventeen」→「Seventeen=17」→「大谷翔平のメジャー移籍後の背番号は17」というところから、絶対にまた都合の良い解釈をしたのだろうな…と思った事をここに告白致します(?)(要は何でもすぐ都合の良い解釈をするおじさんなのよ、あたしゃ)。
スクリーンには色々なフォントのサザンが出ていましたね。ちゃんと自分の好みを見つけておけば良かったですね(?)。
「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」と同じく、終盤に「タケモトピアノ」・「ピアノ売ってちょうだい」と言っておりましたね。ロッキンの時は定着するのかしら…なんて書いていましたが、定着しそうですね。
そして残念ながらロッキンで謎のインパクトを持ってステージに現れていたあの自動販売機さん、今回は登場せずでした。生であのシュールなセット見たかったです(?)。
21.LOVE AFFAIR~秘密のデート
アルバムの曲から、「ずっと可愛いがって貰っている昔の曲をやりたいと思います」的一言があってからのこの曲でございましたね。「能登半島」を歌う前のフリップに書いていた曲はもしかしてやらないのでは…と思っていたのですが、そんなことは無く(ここで書きますが結果的に全て演奏しましたね)。
スクリーンに映った観覧車の周り方がとても早かった(ような記憶)のが何故か印象に残っている気がします。
近年、すっかり煽り枠の仲間入りを果たしていますね。(多分)桑田さん的には歌いやすい曲で、間違いなく盛り上がる、という2つがあるのが大きいのかと思います。
現在、に限らずではありますが、有名人の所謂不倫が常に1つのトピックスとして世間で扱われている世の中ではないですか。近年は特にSNSの存在もあり、かなり厳しい目(もしくは過激な投稿)が向けられるようになっておりますし、そういった目が、この曲のように不倫がテーマにしている曲にも向けられ、今後歌いにくくなるのではという危惧もある、もしくはそういったコンプライアンスに抵抗、ではありませんが気にする必要がある時代は来たりするのかしら…などと暗いことを考えてしまう私は何なのか。やはり私は「私の世紀末カルテ」族でございます(?)。
ボウリング場で格好付ける桑田さん、しばらく生で見ないうちに更にキレが増したように思いました(?)(分かったような口をきく)。
2018年「キックオフライブ2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」」以降定着していましたアウトロでの「Be My Baby」が今回はありませんでしたね。「恋のブギウギナイト」でのタケモトピアノ口ずさみに枠を取られてしまったのでしょうか(?)(「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」では共演しているので多分違う)。
22.マチルダBABY
ここで「マチルダBABY」さんがご登場された時点で、「あっ、これ煽りは「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」と同じ流れになるな…」、とは感じました。でもここまでの曲数的にみんなのうたあたりはカットかも…という予想までしておりましたが、見事に当たってしまいましたね。どうやら、年に数回の貴重な冴えをここで使ってしまったようです(?)。
とはいえ、過去4回のドームツアーの内3回、しかもこの煽りパートで演奏されていますのでロッキンが無くても演奏されていたとは思いますが。そのロッキンではダンサーさん無しでのスクリーンにゲーム風画面、という演出でしたが、今回は逆にダンサーさん登場でそういったゲーム演出無し、と逆のパターンになっていますね。とはいえサザンのライブではこの曲でダンサーさん登場はマストになっていますので、こう見ますと、ロッキンはサザンのファン向け選曲をしつつも演出はサザンファンではない方に向けていたところがあったのでは、という点を感じされるのは面白いと思います。
歌詞に「逢いたい気持ちが So Much More」というフレーズがありますから、この「THANK YOU SO MUCH」というアルバム名のツアーにもぴったりといえばぴったり、なのですよね。
そしてサビの爆発音に毎回ビビってしまう弱気な僕。とはいえあれは空砲なのよね…とも思いつつも、またうっかり天井が燃えてしまっていないかを眺めてしまう謎の冷静さを持つ打たれ強い僕がいます(?)(何故TSUNAMIになったのかは分からない)。
23.ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)
おめでとうございます。5回目となりますサザンドームツアー、唯一皆勤が確定となりました…という曲なので、余程の心変わりがなければ演奏されるとは思っておりました。とはいえ過去の流れとしては、2曲目(「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」)→煽り(「みんなが好きです!」)→2曲目(「おいしい葡萄の旅」)→煽り(「“キミは見てくれが悪いんだから、アホ丸出しでマイクを握ってろ!!”だと!? ふざけるな!!︎」)と、2曲目と煽りコーナーを交互に来ていたのが、今回続けて煽りでの披露となっていますね。これはサザンのライブで2019年までの、3曲目後MCから2曲目後MCに変わった、というのが大きいのではないのでしょうか。1992年「歌う日本シリーズ1992〜1993」で3曲目というのはありましたが、基本的には繋ぎの曲(繋ぎというには随分強力な曲ですが)なのですよね。煽りでも本編ラストというのは、1984年年越しライブ「縁ギもんで行こう」の1度きりで、1〜3曲目、煽りコーナーと繋いでいく中で、より生きる曲、といった起用法なのですよね。故に曲が終わってMCへ、とは入りにくい曲になっていると思うのですよね。ですので、2曲目後MCという形が定番化していきますと、2曲目ミスブラさん、というのは見られなくなってくるのかしら…と思ったりしてしまうのです(もちろん今後どうなるかは分かりませんが)。
ドーム公演皆勤には触れましたが、アルバムツアー、という観点から見ましても自身が収録されたアルバムである「人気者で行こう」以降、今回の「THANK YOU SO MUCH」までこちらもまた皆勤なのですよね。特に所謂定番といえます曲が「セオーノ」と「おいしい葡萄の旅」で割と振り落とされていたので、これは本当に凄いことだと思いますし、同時にこの曲への絶大な信頼感を改めて感じてしまうのですよね…。
レーザー光線の演出がまた凄かったですね。分かりやすく技術の発展ということもあるのでしょうが、年々こういった照明演出は派手さを増していっている感がありますね。「現代(いま)この時代(とき)こそ「未来」と呼ぶのだろう」です(?)(だから今回演奏していない曲を出すでない)。しかしレーザーの緑はいつの間にか定着していますね。私の中では東京ヤクルトスワローズと同じような存在となっております(?)(ただおじさんですので、緑といえば南海ホークスなんですよね…おっと野球おじさんは帰りなさい)。
24.マンピーのG★SPOT
本編ラストはやはりこの曲でしたね。近年はライブイントロのベース部分カットでそのままイントロに入るアレンジになっていますが、あれはヅラの装着時間短縮による影響でしょうか(?)。多分違う&関係無いと思いますが、ヅラの進化による因果関係があったら面白いのではないですか(そこ面白がるのはあんただけよ)と思ってしまうのですよね。しかし今回の「G」は「THANK YOU SO MUCH!!」の「!」マーク下の「・」に隠されていたとは…(これ、伝わるのかしら…)。今回のあの「G」の出し方は最高に好きな演出なのですけどね。
「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」の煽りとほぼ同じになると思っていたところではあったので、やはり…と思いつつも「嗚呼、サザンをやりきるのね…」とも思ってしまったりしてしまったのです。所謂イメージのサザン、というものはいくつかあると思うのですが、そのうちの1つにこの曲とライブでの演出(主にヅラ)、というのが割と色濃くあるのだと思うのですよね。それを必ずやるというのはドラマの「水戸黄門」における印籠であったり、映画「男はつらいよ」で最後には必ず振られてしまう(例外もあるとはいえ)車寅次郎であったりの「お約束」であると思うのですよね。桑田さん本人も「マンネリ」という言葉を使うことがありますが、最後に「お約束」があるというのは、ある意味での期待通りであり、ある意味で(もしかしたら違う演出を…という思いを崩す、ということでの)期待外れ、ということでもあると思うのですよね。でもこれは「お約束」にすることによって明確な終わりを作らない、ということにも繋がると思うのですよね。ループではありませんが、ある種サザンに殉ずる、といいますか、最後までサザンで居続ける、というある種の覚悟を持っているようにも思えてしまうのですよね…。実際2008年「真夏の大感謝祭」(2006年「THE夢人島Fes.2006 WOW!! 紅白! エンタのフレンドパーク Hey Hey ステーション …に泊まろう!」からともいえますが)以降の大きな規模のライブでは必ずラストにこの曲を持ってくる、ということが尚更そう思わせてしまうのです…とライブ中、しかもこの曲の時に考えている私は何なのか(文章にすると余計にさ)(あと、もちろん違う曲も聴きたい欲は持っておりますよ)。
今回のヅラはロッキンでのヘルメット風のヅラに女性の像のようなものが新たに付けられたようなものになっていましたね(よく見えず)。そして今回もちゃんとマンピーと歌っておりましたね。それで良いのです(?)。
曲終わり、ラストはTIGERさんのまさに咆哮のようなボーカル。そしてスクリーンには実に分かりやすく叫ぶ「虎」が。本当にこの前までマンピーだったのかと思うくらいの(失礼)格好良さでした。そういえば2015年「おいしい葡萄の旅」もラストマンピーで最後は弘さんのドラムソロとまた格好良い締めをしていたので、そういったところでバランスを取っている、といいますか、あくまで主役はマンピーではなく、アルバムなことを(自分たちも)忘れずに、という思いも何処かにあるのかもしれませんね。
En1.Relay~杜の詩
アンコール待ちの間、スクリーンには「THANK YOU SO MUCH!!」のマークが映し出されていたのですが、時々たくさん登場して、積み重なっていたマークが崩れる、というのが、2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」での「ピースとハイライト」での映像感がありました。
そんなこんなで皆様がステージに。毛ガニさんが持ち場に戻った際に近くにいたあれはスタッフさんでしたか、グータッチをしていたのを私は見逃しませんでしたぞ(?)。桑田さんは大きなピースサインがあしらわれたTシャツを着ていましたね。まさかここで「ピースとハイライト」っぽさの伏線が回収されるとは(?)(偶然)。「あと1曲だけ…(桑田さん)」「えー(客席の皆様)」という流れ、まあ、お約束といえばお約束ですがアンコールなのですから1曲でも良いじゃない、と思ってしまう私(もっと欲を出しなさい)。
「逢いたさ見たさ病めるMy Mind」と同じようにキーボード(ピアノ)の音が少しあった後(この曲の方が長かった)、披露されたのはこの曲。2023年に配信リリースされた3作の中で唯一ここまでライブ演奏が無かった曲をここで持ってくるのね…と。桑田さんが夜遊びで当初はアンコールの1曲目に「Oh!クラウディア」を演奏する予定だったけど変更した、と話していましたので、近いバラードナンバーが来る予感はあったのですが。
この曲の初披露が「茅ヶ崎ライブ2023」でも、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」でも、なくこの「THANK YOU SO MUCH!!」というアルバムのツアーで、石川という地になった、というのはとても意味があることだと思うのですよね。
この曲は神宮外苑再開発に関しての、テーマが明確な曲ではありますが、震災、能登半島地震にも繋がるところがあるのではないのかとも思うのですよね。人を想う心、復興への動きや自分の無力さへのもどかしさ、そして何よりもコミュニケーションが必要である、というのは変わらないことではないのかと思うのですよね。勿論実際にどう思っての選曲なのかは分かりませんし、ただの外からのこのことやって来た私の都合の良い解釈、だとは思うのですが、この日石川を訪れまして、「嗚呼、この今回のRelayはこの場所の為の歌なのね、きっと」と「ここに集って音楽(おと)を紡いだスタジオ(場所)歌がある」というフレーズを聴いて目にした時に、すっと感じてしまったのですよね…。バトンを繋いでリレーしなければいけないことがたくさん、たくさんあるのだと。今回のツアーはこの石川からのスタートですし、リレーのスタート、ともなりますからね。
両サイドのモニターはMVと同じようなモノクロ的色合いになっていましたね。ああいう色合いが何だかんだで落ち着いて(考えさせられて)好きなのですよね…。
En2.希望の轍
「Relay~杜の詩」を歌う前にあとは希望の轍しかない、と冗談交じりに、そしてごにょごにょとネタばらし(?)をしておりましたね。まあその前にフリップで「予告」してはおりましたが。ソロですが2011年「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」や2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」のように、アンコールのラストに持ってくるのかしら…と口ぶりからは予想しておりましたが、しっかりと外しました。流石、私(?)。
ドーム公演、及びアルバムツアーでは、2015年「おいしい葡萄の旅」以外では全て出席を果たしている曲なのですよね(これは「LOVE AFFAIR〜秘密のデート」と同じですね)。こう見ますと、如何においしい葡萄の旅のセットリストが特殊だったが、分かりますね…と10年前の話をするんじゃありません。
やはりやらない訳にはいかない曲でしょうね。「Relay〜杜の詩」の流れ、というのがまた良いですよね。バトンを繋ぎ、リレーする先には「希望」の轍がある(もしくは残る)、というのは。そしてこの日最後にバトンを受け取ったアンカーは…。
En3.勝手にシンドバッド
この流れでのアンカーはこの曲しかありませんね。2023年「茅ヶ崎ライブ2023」以降、この「希望の轍」からの「勝手にシンドバッド」という2018年紅白歌合戦出場コンビは必ずアンコールで演奏されていますし、これもまた2023年以降の「お約束」となっていますね。
冒頭は「砂まじりの金沢」と歌っておりましたね。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」では「ひたちなか」と歌っておりましたし、桑田さんソロ曲の「祭りのあと」の「眠れない街に」のところを「〇〇の街に」ライブの公演場所ごとに替え歌をする、ということがありましたが、今回の「勝手にシンドバッド」もそういった形になるのでしょうか。終盤には茅ヶ崎ライブ2023でありました、「フレー、フレー茅ヶ崎」のように、「フレー、フレー北陸」そして「頑張れ、頑張れ能登半島」という応援がありましたね。ここは石川だけの応援になるのでしょうか…。
金テープがパーンしていましたね。曲中に配っていたようでいつの間にか左隣の方々は持っておりました。テープ、手元にこないのは運もあるので、構わないのですが、曲中に配るのはちょっと控えて頂きたいわね…と(見るのに集中したいですから)。
そういえばラスト曲としての「勝手にシンドバッド」は生で初めて見ることになりましたね。正直に申し上げますと、ライブのラスト曲はバラードナンバー派ではあるのですが、実際に体験しますと、当たり前ですが「勝手にシンドバッド」も締まるのですよね。それにこうツアーの最初、というものもありまして、旅は続いていくのです…という感じもあってまた違う良さがあるのね…と。
「勝手にシンドバッド」でライブが締まり、最後に皆様がステージ中央に集まりまして、「ありがとう北陸!!」の横断幕を掲げておりましたね。そしてサザンのメンバーが残り、「お互い頑張りましょう」と。元気が付くとソロになるなあ…と思っていた私(でもそういう方もそこそこいそう)(いますよね)。最後サザンの皆様が下がる時に、わちゃわちゃしていてそれがまた良かったのですよね…。
そしてライブは終わり、外に出ると雨が降っておりまして、サザンは雨バンド、までを体験することになりました。でも、それもまた良い想い出ではありませんか。何と言っても「思い出はいつの日も雨」なのですから…。
さて、ライブについて振り返ってみましょう。
アルバムツアーではありましたが、アルバム「THANK YOU SO MUCH」から演奏されない曲が「盆ギリ恋歌」「歌えニッポンの空」「暮れゆく街のふたり」の3曲ありましたね。2023年配信リリース曲の2曲が演奏されないのは意外でしたね。そしてまだラジオでも解禁されていない「暮れゆく街のふたり」一体どんな曲なのでしょうか&ライブで演奏しない理由が何かしらあるのでしょうか…という謎が残りましたね。でもそれもまた楽しきことです。公演時間はほぼ2時間30分でしたね。もしかするとアルバム発売以降この3曲がセットリストにプラスされ、3時間30曲、というパターンになる可能性もゼロではないのかしら…と。
もう1つ過去のオリジナルアルバムから最低1曲ずつ演奏するのでは、という予想をしていましたが結果的に「タイニイ・バブルス」「ステレオ太陽族」「Southern All Stars」「葡萄」からは選曲されませんでしたね。特に「葡萄」収録の「東京VICTORY」「栄光の男」が今回演奏されなかったというのも大きかったですね。まあこの2曲は長く定番にいましたから、今回意図的に外してきた感じはありますね。
そして何よりも「別れ話は最後に」ですよ。45年ぶりですよ。どうしましょうですよ(?)。恐らく「悲しみはブギの彼方に」の影響があったかもですが、演奏に至る理由はちょいと知りたいですねえ…。
今回もまた素敵なライブで、またまた素敵なものを頂いてしまいました。サザンの皆様を始め、サポートメンバー、スタッフの皆様、そして全てのライブに関わった皆様本当にまさに「THANK YOU SO MUCH」でございました。またいつかお逢い出来ます日を楽しみにしております。
「この歌たちと出会い あなたたちがいれば 何も怖くない」
…外に出た後の雷は怖かったなあ…(台無し)。
余の談
はい、綺麗に締めたのに(どこが?)余の談タイムです(カットしなさい)。読まなくて良いコーナーですのでスルーして下さい(?)(だから書かなきゃいいでしょ)。
今回うっかり、おっと無事にチケットが取れたわけですが、5年半ぶり、ということは茅ヶ崎もひたちなかもお邪魔することはございませんでした。茅ヶ崎は取れませんでしたし、ひたちなかは怖かった(詳しくは「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」の感想のようなものにて(読まなくても大丈夫です))ですし。
とはいえ、心は意外と穏やかだったのですよね。変に諦めが良いのもあるのですが、縁がないものはどう頑張っても当たらない(行けない)、という考えがありまして(後、もしかすると自分はライブに行く、というプライオリティーが実はそこまで高くないのでは…と最近思い始めております)。
だから今回石川公演に当選した、というのは驚きだったのですよね。そこにどんな縁があるのかしら…という。なので「Relay〜杜の詩」を見て聴いて、感じたことが1つの「縁」だったのかしら…と今、振り返ると思ってしまうのですよね。後々、振り返った時にまた違う思いがあるかもですが、この「縁」は大切にしたいと思います。
そして私にしては珍しく人と逢う、というもう1つも「縁」もありました。長年きちんとした人付き合いをしていないことを悔やみつつ、こういったところでコミュニケーションのリハビリ、経験を今更ながらに積んでいるな…と。
これからは人としてもう少しちゃんとしようと改めて思いました。…という余談でした。はい。
ここまで読まれた方、いましたら大変失礼致しました。
「THANK YOU SO MUCH!!」
(…締めに便利なアルバムタイトルね)