適当文集

140文字でも書けそうな事を引き延ばして雑に書くところ

「ドキュメント・オブ・稲村ジェーン」のVHS版(1990年)と2021 Ed.版の違いを雑にまとめてみた

36年前の1990年9月28日は映画「稲村ジェーン」のドキュメント作品である、VHS「ドキュメント・オブ・稲村ジェーン」が発売された日でもありますね。

その「ドキュメント・オブ・稲村ジェーン」は、2021年に映画「稲村ジェーン」がBlu-ray&DVDとして発売された際に、完全生産限定版の特典ディスクとして収録されました、。

しかし「ドキュメント・オブ・稲村ジェーン(2021 Ed.)」というタイトルが付いているようにある程度編集がされているようで…。そして収録時間的にも3分ほど、この2021年版は短くなっているのですよね…。そこで発売から5年も経ち、いつでも確認できただろうに…という今更感がありありと感じられますが、ここでようやく、見て、まとめてみようかしら…とふと思ってしまいまして(余程暇だったのね、この人)、雑に書いております。

いつもの雑なまとめ、ということもあり、説明も分かりづらいところがあるかと思いますが、どうかお許しを…。

ちなみに両者の収録時間はこのようになっています

VHS版 57:56

2021 Ed.版 54:25

 

「VHS」「2021 Ed.」2:18辺り

1.「89年7月-8月 ビクター青山スタジオ」というテロップが出ます、オーディションのシーンです。「LOVE POTION No9」がBGMで流れているのですが、「2021 Ed.」では途中でカットされる感じになるので分かりやすいでしょうか…?。

ビデオで見ている方はオーディションの途中に「主役四人を選ぶオーディションには、全国から30000人の応募があった」というテロップが出るところから、清水美砂さんが最初に登場する手前までの30秒ほどのシーンがカットされています。

 

「VHS」5:50「2021 Ed.」5:15辺り

2.「89年9月6,7日 東宝撮影所内体育館リハーサル」

「この日、初めて主役四人がそろった 桑田監督から演技についての基本コンセプトが伝えられた」とテロップが出る、桑田監督から4人に向けた話がカットされています。

BGMに「美しい砂のテーマ」が使われてるシーンの終わりから40秒ほどの時間となります。

 

「VHS」23:40「2021 Ed.」22:35辺り

3.原坊撮影シーン

「スナップ・ショット」と題が付いたチャプターの中で原さんが看護師さん役で出演されているシーンのメイキングとなるのですが、カットがかかってから桑田監督が映る数秒から繋ぎの関係か、別の海での撮影シーン(毛ガニさんと当時の相馬マネージャー出演部分の撮影)となる冒頭数秒の計10秒あるか無いかくらいの時間でしょうか、カットされています。

 

「VHS」43:37「2021 Ed.」42:20辺り

4.「89年8月19日」

脚本を担当している康珍化さんに続き、桑田監督が映画についてコメントしているところがあるのですが、「9回で逆転」の「9回」の部分でしたりと、変な(?)話をしていて、それをカットしている訳ではなく、細かいニュアンスといいますか、まるまる1トークをカット、というよりもより伝わりやすくしようとしている編集、といったところでしょうか…。時間としては10秒あるかないかくらいのカットになりますでしょうか。

 

「VHS」45:00「2021 Ed.」43:35辺り

5.「89年8月29日 ビクター青山スタジオ クライマックス打合せ」

打合せの中でクライマックスシーンに使う曲として昨夜に作ったデモテープ(後の「稲村ジェーン」(曲の方)(出来ていたのはリズムと頭の部分))のテープを流すシーン。テープを再生し始めてから少しして40秒ほどそのデモテープの「稲村ジェーン」を流しながら桑田監督が話をしているのですが、そのシーンがカット。その後「稲村ジェーン」(曲の方)のレコーディング映像に映り、小倉博和さんのギターレコーディングから桑田さんの仮歌レコーディングという流れになるのですが、この間に入っている5秒ほどの桑田さんの顔アップシーンがカットされています。

 

「VHS」46:53「2021 Ed.」44:45辺り

6.「89年8月29日 ビクター青山スタジオ クライマックス打合せ」

クライマックスの打合せのシーンに戻ります。ここで桑田監督が構想しているダンスや歌のシーンの説明をしているのですが、ここの説明シーンが20秒ほどカットされています。

VHSですとこの後「89年10月7日 弓ヶ浜コミュニティセンター ダンス・レッスン」の清水美砂さん・加勢大周さんのシーンが挟まり、再び桑田監督による打合せでの説明シーンが入るのですが、「2021 Ed.」ではカットされています。ここで30秒ほどでしょうか…。



カットされているシーンは以上になります。大まかな計算ですとだいたい3分程となっていますので、両者の収録時間を比べれば合ってはいますでしょうかね…?(見逃しがなければ)(ありそう)(両方を同時再生し、見比べるというアナログ手法でチェックしたので抜けていたら申し訳ございません)。

こう見てますと、基本的には桑田さんの出演部分が何かしらカット、となっていますね。DVDにしてもBlu-rayにしても収録時間には問題はありませんので、おそらくは桑田さんがチェックした際に不要、と判断したシーンというところになりますね。とはいえ桑田さんのアップシーンなどは自身で削りたくなってしまう、というのは分かりますが、打合せのシーンのカットというのはどういう意図があったのでしょうか...?。おそらく制作時の意図を知った上で見るよりも、そういう意味があるのかを考えて(楽しんで)見て欲しいというところがあったのでしょうか…。

 

さてなんて分かりにくい話(もしくは私の伝え方が下手過ぎるだけ)なのでしょう。おそらく大多数の方は特典ディスクの「2021 Ed.」版の方が見やすい環境にあるとは思います。実際に今見比べる、となりますと「VHS版」(レーザーディスク版もありますが、こちらもこちらで…)はなかなか難しいところがありますので、いざチャレンジ、というのも大変かと思いますので、何となく、とりあえずそんな感じな雰囲気が伝わってもらえれば幸いでございます…。

 

結局は要領を得ない雑文になってしまいましたね(いつものこと)。まあこういう違いがあるのね…くらいでいてくだされば…。

 

 

余の談

前回のライブ感想が25000字近く書いていましたので、今回が恐ろしく短く感じました(?)。

本当はこれくらいの文量で、もう少しペースが早く書ければ理想なのですがね…(そして文字数が少ないものを投稿しているnoteちゃんとの棲み分けがどんどん曖昧となって行く)。

 

 

桑田佳祐「桑田佳祐 夏祭りツアー 2026 supported by カンロ」の感想のようなものを(宮城編)(ネタバレあり)

9月12日に宮城セキスイハイムスーパーアリーナで行われました「桑田佳祐 夏祭りツアー 2026 supported by カンロ」にうっかりこっそりとお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。

 

まだ追加公演等が残っていますこの時期での公開となっておりますので、セットリストを始めとした所謂1つのネタバレといえます内容が記載されております。まだライブに行っていない・ネタバレは絶対NG、私が大嫌いな方(?)は、回れ右をしていただきしかるべき時期にお越し頂ければ…と思います。

 

今回は宮城3日目、追加公演が発表されるまでは所謂千秋楽となる公演でもありましたね。数公演の申し込みを致しましたが、何となくこの宮城公演に当たりそうな予感がありまして…。結果的にその通りとなりましたね。

 

ライブは去年10月の「TOKYO FM 開局55周年×桑田佳祐のやさしい夜遊び放送30周年「九段下フォーク・フェスティバル'25」」以来、ほぼ1年ぶりにお邪魔することになりました。そういえばこの時のラスト曲は「祭りのあと」でしたので、祭りの終わりの次に夏祭りツアー、という祭りに終わり、祭りに始まる、ということで、何となく祭りを待つ人みたいになっていますね、私(?)。祭はラッパッパ(言いたいだけシリーズ)。

 

当日は新幹線で向かいました。この移動時間で本が読めるのが良いですよね。駅から会場までこそ車移動でしたが、いつもはこの宮城公演ですと、家から会場まで車で移動していたので、少し新鮮だったような気がします。

開演が早かったこともあり(16:30)、ホテルにチェックインしてからの会場到着は割とギリギリな時間になってしまいましたね(そういえば宮城公演で泊まり、というのも2015年サザンの「おいしい葡萄の旅」以来だったような記憶が)。まああまり間がなかったので、いつものライブマリッジブルーな感じにはあまりならなかったのは良かったですが。

 

さて、序文(?)は終わりでここから会場内へ入ります。ネタバレNGに関わらずここまで読んでしまったうっかりさんはここで回れ右なのです(?)。

 

会場に入ったのは10分前くらいだったでしょうか。開演前には必ずトイレに行きたい勢なので、これが間に合うかどうかが心配でしたね。私くらいになりますと(?)人の流れでだいたいの時間が分かりますので(みんな予測できるでしょ)、間に合いそうね…とは思いつつ。

席に着きますと、ここで来ますかライブマリッジブルー(?)。もう完治することはないのでしょうね…。とりあえず開演前ナレーション中も含めて瞑想です。迷走していますねえ、相変わらず(?)。

そんな中でナレーションの「楽しい、でもちょっと切ない夏祭り」と言っていたことがずっと頭に残っておりました。切ない…か、と。

会場が暗転し、いよいよ開演。何度経験してもこの瞬間が1番緊張する…。これが本当の日本の夏、緊張(キンチョー)の夏(?)(いい加減おやめなさい)。



1.明日晴れるかな

サポートメンバーの皆様が下手側から登場されましたね。皆様定位置に着き準備が進んでいく中で、桑田さんが登場前に演奏する雰囲気を感じておりまして、「これはイントロとともに桑田さんご登場パターンかしら…?」と思っていたところでこの曲のイントロが流れ、桑田さんがご登場。予想通りではありましたが、それがこの曲だったのね…と。

ただライブの1曲目というところで見ますと、サザン含め歴史的には所謂バラードでスタートする、ということが多いのですよね。なので、自分の中ではすっと入れたといいますか…。この曲も2007年の夜遊び生歌ライブや2008年「アコースティックライブ in 石垣島」やイベントにはなりますが、2011年アルバム「MUSICMAN」の 試聴会でありました「プレミアムリスニングパーティ」でのサプライズ登場からの1曲目として歌われたことがあるのですよね(イントロが流れて舞台袖からの登場はまさにこのリスニングパーティでの登場と同じでしたね)。

何と申しましょうか…。とはいえそれまではミニマムな少し珍しい形のライブでの1曲目ではあったと思うのです。こういったツアーでの1曲目というのもまた別の意味があるといいますか、確かに知名度もある曲だとは思いますし、反応もしやすい曲だと思うのです。それ以上に「熱い涙や恋の叫びも 輝ける日々はどこへ消えたの?」という始まりのフレーズがライブのスタートと真逆な感じがあるといいますか、ある意味でライブタイトルの「夏祭り」の祭り、しかも幼少期を回想しているかのような雰囲気を感じてしまったのですよね…。このノスタルジックな雰囲気というのはもちろん曲調も相まって、だと思うのですが、ライブの締めとして定番化している曲が1曲目といういつもと逆のそのひっくり返した感じが、ある意味で過去と今を表していたり、繋げているような…という結局よく分からない(ダメじゃない、それ)ものを感じておりました。

最後の「遥か空の下」は「みなさんありがとう」(だっけ…?)。変わっていましたね。あの裏声的な感じでそのまま歌うのでちょっとだけ面白みを感じてしまいましたね(?)。

 

2.炎の聖歌隊 [Choir]

「明日晴れるかな」の合唱から聖歌隊ですよ。つまり先程そこを歌った皆様が聖歌隊なのです(?)(つまり無言おじさんの私は聖歌隊になれない…?ああクワイヤ、クワイヤ…おっとイヤだ、イヤだ(?)(蛇足)(言いたいだけシリーズ)。

この曲で金テープがパーンでしたね。そして早くもライトがピカピカでしたね。

この曲から桑田さんはギターを持ちましたね。この曲でギター持ちは初となりましたね。後のレア姿になる可能性がございます(?)。

「明日晴れるかな」からの「旅の空 雨が上がったら」というフレーズで始まるこの曲に繋げる、というのもとても意図的なものを感じてしまうのですよね…。晴れを願う、もしくは希望的観測ともいえますところから、その願いが叶う、というところにとても物語性を感じてしまうのです。

前回のライブツアー、2022年「LIVE TOUR 2022「お互い元気に頑張りましょう!!」」でも間に「若い広場」が挟まってはいましたが、「こんな僕で良かったら」の「雨が止み 雲が流れゆく」でライブがスタートしての3曲目にこの曲が来る、という流れ、また、2021年「LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH,NO GUTS!!」」での「君への手紙」で「キミはいつも 冷たい雨に打たれ 傘もささずに 旅をする」からのこの曲と、何処か天気の「雨」に関する曲が演奏されてからのこの曲、しかもその天気が何処か世相といいますか、今を表しているような感じがあるのですよね…。

「見えないジョッキで乾杯だ」のところでは、見えているジョッキを持って(中身は入っていない)(当たり前)いましたね。途中「ごくごく」と言っていたのを私は聞き漏らしませんでしたよ(?)。こういうところが可愛いですね(?)。最後ジョッキを後ろに放り投げていましたが、スタッフさんナイスキャッチでした。ちゃんと練習しましたね(?)。

 

MC

こんにちは×2で始まりました。MCパート。そうか「こんにちは」なのですよね…。いつもは「こんばんは」ですから最初ちょっとだけ違和感を覚えてしまいましたね。

「炎の聖歌隊 [Choir]」で出た金テープに対して、「みんな金テープを見ちゃうから…」と早速チクリ。いえいえ私はステージ凝視おじさんでしたよ(それはそれで怖い)。

「申し遅れましたが、桑田です。」と。そこはいつものボケで違う人の名前を言う流れではなかったのですね。さらっと名字だけの名乗り、というのも含めて謎の新鮮さがありました。

「どこも盛り上がりませんでした…。」とこれまたお馴染みの一言。

さて、その盛り上がらないという、全貌を見せて頂きたいと思いますよ(そこにのっかるんじゃないよ)。

 

3.HOLD ON(It's Alright)

イントロが聴こえた瞬間「おお…」となりました。

2002年「けいすけさん、色々と大変ねぇ。」以来24年ぶりの演奏となりました。2012年に出版されました「桑田佳祐 言の葉大全集 やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」には「自分で言うのもナンだが、この曲は歌も演奏も素晴らしいと思う。」と書いているように桑田さん自身は好きな曲の1つなのでしょうけど、ある意味で1曲目に歌われることを前提として作られた感がある曲なので、それ以外のポジションに置くのは意外と難しいのかしら…、故にライブではなかなか…と個人的には思っていたのですね。

ついに、なのかようやく、なのかは分かりませんが、ここでこうして出逢えるとは…でした。

日本語詞はほぼ替え歌がされており、今の世相が反映された歌詞になっていましたね。一方で英語詞は原曲のままでしたね。単純に替えるのが大変なのでそのままにしていただけなのかもしれませんが、これがある意味でこの曲が発売された2002年当時の世相と今の対比であるのと同時に、結局歌われている世界や人間というものは変わらないのである、ということを示しているように感じてしまったのですよね…。もしくはこの曲の英語補作詞が岩本えり子さんと、桑田さんのお姉さんの名前がクレジットされていますし、補作詞なので、どこまで関わっているのかは分かりませんが、そこをいじらないことが桑田さんなりのお姉さんへのリスペクト、だったりしたのでしょうか…。

2番の「大きなバストを目で追う僕がいる」はそのままに、続けて「セクハラ親父」、と。今のハラスメント問題に持って行ったところも2002年と2026年の融合を感じてしまいましたね。

歌詞が両サイドのモニターとは別に中央のモニターに演出としてドドンと出る(また伝わらなそうなこの書き方を)のが、またそういった「今」を見せて来ているな…と。

そういえば原曲よりもテンポが微妙に遅い気がしたけど、どうだったかしら…?。

個人的には周りにこの曲でしたり、「ROCK AND ROLL HERO」というアルバムに思い入れを持っている方が多いので、皆さんやったね、と思っておりました(?)。

 

4.黄昏のサマー・ホリデイ

冒頭に虫の鳴き声が聴こえてきまして、これは…と思っていたところにその曲がやってまいりましたね。

2010年「桑田佳祐の音楽寅さんDVD発売記念 ~DVD未収録映像炎上!これぞ蔵出し"巨大上映会"@武道館~」のイベント以来16年ぶりの演奏となりました。その前は2002年「ROCK IN JAPAN FES.2002」での披露と、今までは1dayライブでしか演奏されない曲(「DEAR MY FRIEND」もそうですね)となっておりました。とはいえソロですと、夏にツアーライブ、というのは今までありませんでしたし、単純に今までの定番の流れでした秋から冬にかけてのツアーでは選曲しにくいところがあったのかもしれません。そういった1dayライブでの披露のみ、という印象もありますし、実際に生で初めて聴く、という人は多い曲ではないのでしょうか。

この曲調といい、雰囲気といい、何処か日本の湿気のある夏を感じさせる曲だと思うのですが、この4曲目というタイミングもちょうど会場にいらっしゃる方々からの熱が出て、気温や湿度が上がり始めるタイミングでもあったと感じましたし、そういったところで重なった気がしましたね。

そういえばこの曲も英語補作詞はお姉さんが担当されていますね。桑田さんのソロ名義の作品でお姉さんの名前が英語補作詞にクレジットされているのは、この2曲だけなのですよね…。その2曲が並んでいるというのは偶然なのでしょうが、気付いた時になんだかとても不思議な感じがしたのですよね…。

この曲から夏祭りの夏要素といいますか、夏のスタート的なものを感じておりました。

間奏がほんの少しだけ短くなっていたような記憶がありますが果たして…(こういう時の自分は信用できない)。

 

5.南谷ミュージック・シティー

ここでもう新曲の中から披露するとは…。でも曲の流れからするとここが出番よね…などとイントロを聴きながら考えておりました。あとギターを持って歌うというのが少し意外でした。MVのようにハンドマイクか、ギターなしのスタンドマイクスタイルで演奏すると思っていたので。

中央のモニターには演出のセットが出てきていることがあったのですが、ちょうどこの曲のスタートとラストが稲妻のマークが出来ているように見えたのですね。これは何か意味があったりしたのでしょうか…。

「この街で 歌うのさ(遊ぼうよ)Ready Go!!」というフレーズのこの街、というのも、この今桑田さんの立っているステージを指していると思うのですが、そのステージが作られている会場を含めたその街全体を表していると思うのですよね。これはある意味で先代の舞台監督であった「Mr.Suizu」の名前が歌詞に使われている「旅姿六人衆」の「毎日違う顔に出逢う 街から街へと かみしめてる間もないほどに」というフレーズのステージで歌う自分たちを含め、噛み締める余裕が出来た感があるといいますか、それだけキャリアを重ねて来たところがあるのではないのかと思うのです。

この曲はTIGERさんのコーラス入れたかった(一緒にやりたかった)的なという話をしていたと思うのですが、演出的にソロパートを加えるなどのフューチャーやカメラでがっつりと映す、ということはなく、モニターを見た限りではそこは通常の映し方といった感じでしたね。だからこそ敢えてこの曲では桑田さんよりもTIGERさんを中心に見ていたりもしていたのですが(桑田発言の影響受け過ぎおじさん)。

 

MC

少しだけMCが入り、「南谷ミュージック・シティー」から舞台監督の南谷さんの話へ。今は亡くなられて…という冗談を挟みつつも、南谷さんについての説明を。モニターに映し出された写真は何故かサザンの1998年「スーパーライブin 渚園『モロ出し祭り~過剰サービスに鰻(ウナギ)はネットリ父(チチ)ウットリ~』」のリハーサルで後ろ姿で分かりませんでしたが、おそらく桑田さんに「マンピーのG★SPOT」でのヅラを被らされているカットでした。「他に写真はなかったんですかねえ。」と桑田さんが言うと舞台袖で待機している南谷さんの映像が映されて歓声&拍手、といった流れでしたね。

ここでフォークギターを…。今はアコースティックギターですねと。ひとり突っ込みを入れながらもギターを持ち替えた桑田さん。次の曲は…。

 

6.古の風吹く杜

アコースティックギターに持ち替えた、といいましてもアコースティックな感じでもなく普通な感じで始まりましたね。前の3曲との対比、というのもあったのでしょうか。

「杜」というのは、宮城で聴きますとどうしても鎌倉というよりも杜の都のこの地を思ってしまうのですよね。そういえばライブでの初披露も2011年6月の夜遊び生歌スペシャルライブを除けば、2011年「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」でしたし、「杜」という言葉が何処かで鎌倉と宮城、そして桑田さんを繋げている感があるような気がしましたね。

また「あてなく彷徨う想いが 私をこの地へ誘う」という歌詞もある種様々な場所を巡るツアーというものにはとても合っている感じがしましたし、もう単に鎌倉の曲ではない立ち位置が変わり始めた曲、といえるのかもしれません。

この曲は今回選曲されると思っておりました。歌詞に「祭りのあとの切なさに光と影とが寄り添う」というフレーズが使われていますので、夏祭りツアーといいながらも何処かで祭りの「あと」、とあの曲名と同じように夏を終わらせに来る予感がしまして。ただ思っていたよりも早いご登場でしたね。春の「原由子45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語 2026」」で最後のBGMに使われていたのがこの曲だったではないですか。この時はライブ名に「京都・鎌倉」とついていたこともありますが、原さんの曲ではなく桑田さんの曲だったというのが、ソロ活動(ライブ)のリレー感がありましたよね。だって「Relay~杜の詩」、ですから(?)(言いたいだけシリーズ)。

この曲は両サイドのモニターに映る歌詞を割と見ていたのですが、「そこに行き交う "今生きる"も"今は亡き"人も」というフレーズを見て、聴いた時にとてもここに来た意味、というものを感じたのですよね…。2017年「LIVE TOUR 2017 「がらくた」」でも演奏されていて、当時も聴いていましたが、宮城公演にはお邪魔していないので、この日の宮城公演というタイミングで「今生きる」者として行き交った…ということに、とても思うところがありましたね…。

 

7.若い広場

「古の風吹く杜」からのこの曲と少し昔の曲にタイムスリップ、いつの間にか風のタイムマシンにのっていたようです(?)。ここのコーナーは過去、そして現在ということなのでしょうか。

この曲が主題歌として使われていましたドラマ「ひよっこ」が茨城で「古の風吹く杜」が鎌倉ですから、ある意味で街の歌メドレー的な部分もあったのかしら…とも。

この曲は初披露となりました2017年「この夏、大人の夜遊び in 日本で一番垢抜けた場所!! supported by ニッポンハム / Billboard Live 10th Anniversary」からライブ皆勤となっていますね。それも序盤で登場することが多い曲となっていますから、このポジションに置きやすい曲、といえるのかもしれません。

数日前聴いていた時に、何故か次のこのライブで聴けたりするのかしら…とふと思っていたこともありましたので、タイムリーな1曲でした。

 

8.時代遅れのRock’n’Roll Band

過去でしたり、少し昔の時代がモチーフの曲が続いていた流れの中で時代遅れ、ですよ。過去への旅から僕は戻されました(?)(なぎさホテル大好きおじさん)。

今回で一番まさか、の曲だったと思います。結果的に欠席、後に公演自体が中止となってしまいましたが、2022年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2022」で歌おうと思ってリハはしたけど、5人でないとしっくり来なかった為セットリストから外した的なことを話していた記憶があり、桑田さん1人で演奏するとは思わなかったこともあります。

ただ、この時代で今、歌う意味というものを一番感じた曲でもありましたね。この曲が作られた4年前よりも世界は良い方向に進んでいるとは思えない、むしろ…と思わせるような時代ともいえますから、今もう一度この曲を、という想いがあったのではないのでしょうか。

2番頭の「我々が居なくなったって この世の日常は何ひとつ 変わりはしないだろう」の野口五郎さんソロパートだけODYさんが歌唱していましたね。このフレーズについて少し前に「X」で(まさか歌うとは思っていなかったので、見る人が見たらネタバレ案件になっていたのかもしれない…)、今の桑田さんらしいフレーズだと思うのですけど、歌のパート分けをした偶然の結果なのかは分かりませんが、1番長い芸能のキャリアを持っている野口五郎さんが歌う部分となっているのは何処か意味を感じる、というようなことを呟いたのですが、1人での歌唱となった時も桑田さんはここを歌わなかったというのは、少なくともこの会場に来ている方々は、もし桑田さんが居なくなれば日常が変わってしまう方々ではないですか…。そこを配慮した…という訳ではないと思いますが、このフレーズを桑田さん自身が歌わないことで、そう思わせることを避け、1つのメッセージとして歌詞を見て欲しい、聴いて欲しい、という想いがもしかするとあったのかしら…と。何と申しましょうか…。当たり前ですが桑田さんは歌手なので、歌うことに意味があるのでしょうが、同時に作詞家(表現者)としては、歌わないことに意味がある、ということなのかしら…と。

また、1人で全てを歌うことである種ソロバージョンとして完結してしまいそうなところをODYさんに歌ってもらうことで敢えて良い意味で壊しにかかった、あくまでこれは5人だからこその曲、という前提があってそこは守りたい部分であったのではないのかと…などと思っていたりしたのです。

まあ深い意味はなくて、単にODYさんに歌ってもらいたかった、野口五郎さんの歌い方がいつもと変えた独特なものだったのでここは自分よりもODYさんの出番、と単純に判断しただけ、ということなのでしょうけどね、きっと。だからこの曲で書いたことの大半は無駄なのです。でもそう思ってしまったのでお許しを(?)。

桑田さん以外の4人のソロパートではモニターにそれぞれのソロカットが入るのが良かったですね。終盤で4人全員が映るのも。でもちょっとサザンで「希望の轍」だったりを歌う時に5人が揃う映像の方を思い出してしまう私なのでございました。

 

MC

「時代遅れのRock’n’Roll Band」に触れ、全員古希ですが…。という流れから会場にいる方の年齢調査が。

聴こえた限りでは最年少は9歳だったようですね。「未就学児もいます。あっ、9歳は未就学児ではないか」(桑田さん)。

それから10代から90代まで聴いていく桑田さん。10代には「ミセスじゃなくていいの?」40代か50代には「まだまだこれからです」などと一言ずつ付けていましたね。最後に90代は付き添いの方でも、ということではありましたが、声は上がらず。しかし多分イヤモニから2人いらっしゃるという情報を受けたようで、それを伝えておりましたね。

「歌う総合病院の待合室」と評していましたが、まさに言い得て妙でしたね。

あれ、「茅ヶ崎ライブ2023」でもやっていました、「ようこそここへ〜」の件はここでしたっけ…?

 

9.AKANE On My Mind~饅頭こわい

皆さん怖いものはありますか?と客席に問う桑田さん。客席から「饅頭」という声が飛ぶと、低めのトーンで「それ、俺が最後に言うんだよ」。もちろん分かっていて冗談で言っているのでしょうが、その低めのトーンでの一言が妙に怖さがあってちゃんと芝居しているなあとなりました(?)。

誠さんに怖いものを聴いて、と言い、一番怖いのは原由子、と答える桑田さん。流石喜ばせるツボを心得ている(?)。もう一度聴いてという件からの「饅頭」でこの曲が始まりました。

バックのモニターに映っていたのは、アニメエンディングのフルバージョンでしたね。この為に完全版を作ったという感じでしょうか。「MVP2」に収録されると良いですね(?)。1番のところだったと思うのですが、両サイドのモニターに山内さんが映った時にカメラの位置がちょうどいい場所だったのか、中央のモニターの映像にとても綺麗に登場人物のようにハマっていたのですよね。あなたがあかねでしたか(?)。

「神様 Help Me!! Love Me!!(Save Me!!) 祈るだけ」というフレーズが好きなのですよね…。何と申しましょうか…。桑田さんの書く「神様」という存在の距離感が好きといいますか、そこに頼り過ぎない感じが良いのですよね…。祈りつつも最後には自分で進むしかないというところに落ち着く感じといいますか…。「MERRY X'MAS IN SUMMER」の「振り返れば雲の上で 神様が微笑むこの街」の後ろにいる(かも)くらいの感じが「らしい」と思ってしまうのですよね。でもこの曲で神様に祈っているのは、そのあかねさんを応援している、第三者的な人物なのかしら…?ともこの時に聴いて考えてしまったのですよね。

そういえば落語絡みの何か映像でしたり、演出が何処かでありそうでしたけどなかったですね。

 

10.NUMBER WONDA GIRL~恋するワンダ~

思わずなるほど…と唸ってしまいました。「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」からの流れ、どことなく女性メドレー的な感じがしまして、次の曲を含めてそういったコーナー的になっていたのですね。今回は特にブロック事にそういった流れを作っているように見えまして、選曲にそういった「意図」をとても今回は感じたのですよね。

前回の2022年「LIVE TOUR 2022「お互い元気に頑張りましょう!!」」に続いて演奏されていますし(しかも偶然にも同じ10曲目に披露されています)、近年は頻繁に演奏される曲、というところになりつつありますね。ここまで所謂「エロ」枠に入る曲が選曲されていなかったのと、流れとしてもこういった「魅せる」曲をそろそろ…というところだったのでしょうか。

この曲にも「太陽のRomance」というフレーズが入ってはいますが、曲調や世界観、「満月」という単語もあるように、夜の雰囲気を持っている曲だと思うのですよね。一方「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」は「太陽のShower」という歌詞や曲調、映像で流れていたアニメーションのように、ポップな昼間のイメージと、女性メドレー的な流れでありながらも、世界観は真逆のある意味で表と裏的なところに位置している曲を持ってくるのがまた選曲の妙といいますか。とはいえ「欲望に赤く染められた」という歌詞と「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」のあかねからの茜色という色を見ますと近しい位置にいる曲とも言えてしまう、というのもまた興味深いといえば興味深いのかもしれません。表裏一体とはよく言ったものね…と1人謎の納得をしていたおじさんなのでございました(?)。

この曲でこのライブで初めてダンサーさんが登場されていたでしょうか(あれ、次の曲が最初だったっけ…?)。

 

11.ヨシ子さん

所謂女性(モチーフ)曲が続いていまして、ここまで頭の2曲を除けば3曲区切りでMCを挟み演奏…という流れもあり、もしかして次は女性の名前が曲名に使われているこの曲かしら…と思っていましたが、その予想は当たりましたね(「可愛いミーナ」などもありますが、ここに持ってこない予感が働いた)。

桑田さんがギター持ちで、後半の盛り上がる所謂煽りパート以外で演奏、というのは2021年の無観客配信ライブ「静かな春の戯れ〜Live in Blue Note Tokyo〜」がありましたが有観客ライブとしては初めてとなりましたね。

中央のモニターに映っていました映像こそは「ヨシ子さん」らしい世界観でわちゃわちゃしてはいましたが、それでもいつもよりは落ち着いていて、ダンサーさんも2人のみのご登場でしたし、全体的に今までのライブでの演出と比べてもシンプルな作りになっており、どんどん身軽になっていますね。その、時を重ねて自由を手に入れている感じが今回とても良かったのですよね。これからも自由に羽ばたいてください、ヨシ子さん(?)。そういえば発売から10年になったのですね。この10年で演奏されなかったのは、2021年「LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH,NO GUTS!!」」だけですので、最初からそうでしたが、何をやっても許される感があるのがずるいですよね。ズルい女よ(?)(違う方の曲よ、それ)。

次は序盤でのご登場お待ちしております(?)(私のおふざけ予想では1曲目「祭りのあと」からの「ヨシ子さん」2曲目という流れだった)。

 

MC

ここでメンバー紹介がありましたね。すっかり定番となりましたソロ回しをしながらのメンバー紹介。最後桑田さんに回ってきたときはいつも以上に長くギターを弾いていて、とても見どころでしたが、モニターの紹介で「古希の変態おじさん」と表示され、「古希」と「変態」の2つが大きくなったり移動したりというのが、ちょっとくどいな…とも思ったりしてしまいました。もちろん照れ隠しだったり遊び心があって、ということは分かるのですがね。

 

12.明日へのマーチ

この曲は今回必ず歌うと思っていました。あとは何曲目に登場するか…といったところを考えていたのですが、中盤のこの位置でしたね。

2011年チーム・アミューズ!!「Let's try again」を除けば、この曲(シングル)から曽我さんがレコーディングに参加するようになり、曽我さんがライブで演奏するのは去年の「九段下フォーク・フェスティバル'25」が初となっていましたが、今回ツアーでも演奏されることになりましたね。

「願うは遠くで 生きる人の幸せ」の「遠く」は今までライブですと歌詞テロップでは「東北」となっていましたが、今回は「遠く」のままでしたね。これを見た瞬間、何となくそれで良いのだ、と思ってしまったのですよね。もちろんまさにこの時期はこの地から「遠く」にいる方々を想い、願うことが多い様々な出来事がありました。もちろんこの宮城、東北を想って作られた曲ですから、そういった想いというのは根底にあり続ける上で、もっと広い、不特定多数な「遠く」の方々の幸せを願う、幸せ歌といいますか、そういう役割を持つ曲にこの15年で変わっていったと思うのです…。

「九段下フォーク・フェスティバル'25」の時に「洋邦問わず、ギター1本持ち寄れば気軽に誰でも楽しめる“フォーク・ソング(大衆音楽)”」と公式サイトではフォーク・ソングを大衆音楽とも評していましたが、このフォーク調の「明日へのマーチ」という曲が、ある意味で最も大衆音楽的であり、最も大衆音楽とは程遠いたった1人の個人に向けた曲ではないのかと…。そんなことを思ってしまったのですよね。それだけ寄り添っている曲、ということなのでしょうけど…。考えれば考えるほど分からなくなる…(いつものことね)。

でもね、やはり宮城で聴くこの「明日へのマーチ」というのはどうしても特別なものがあるのですよね…。特にあの日を東北で経験した身としましては…。2012年「I LOVE YOU -now & forever-」の宮城公演で1度、この地でこの曲を聴いたことがありました。でもこの時はまだそういう意味や想い、はたまた自分自身の感情など、本当に理解していなかったと思うのです。だから、今回きっとこの曲を歌うだろう、と思っていたと最初に書きましたが、それでもああ…この曲をここで、今日この日に聴く為に、この宮城公演に呼ばれたのね…と思ってしまったのです。

まあそうなれば泣きますよね、私は。

 

13.なぎさホテル

冬に発売予定の歌詞集の話をしていましたね。こんな夏はなかったんですよと、やり玉に上がったのは(?)「チャコの海岸物語」。1番のサビ前まで半分歌う感じで歌詞を紹介していましたね。暗い夏が多くて…という話からこの曲へ。

この曲だけ桑田さんは椅子に座って歌っておりましたね。

個人的にとても好きな曲ですので、また聴けてとても嬉しかったです。

好きな曲といっても色々なタイプがあると思うのですが、この曲は一聴き惚れだったのですよね。私は基本的に何度も聴いて、歌ってをする事で徐々に曲を好きになっていくタイプなのですよね。故になのか分かりませんが、最初に聴いて「これは…」となかなかならないものでして…。そんな中でこの曲はその1曲になったのですよね。

この曲の歌詞や曲調から感じられる寂しさ、というものが深く刺さってしまったのですよね、不覚にも(深くだけに(寒い))。

近年様々な人と出会い、とてもありがたいことに仲良くさせて頂く機会が増えました(そんな皆様いつもいつも本当にありがとう)。そんな日々を送っていく中でもともと1人だった私は今、「逢えなくなっちゃうと これほど寂しいって 生まれて初めて」知ってしまったのですよね…(恋ではないですよ、念の為)。それはこの曲との出会い以降、の話となってくるのですが、そういった寂しさを知ったからこそ、よりこの曲を好きになったといいますか…(でも1人でいることもとても好きなのよ私。ね、とても面倒くさそうな人でしょ(実際私はとても面倒な人間だと思っている))。

ちなみに2006年から夜遊びでの新曲初解禁というものに立ち会うことが出来ておりますが、この曲以外で一聴き惚れした新曲は「DIRTY OLD MAN〜さらば夏よ〜」と「君にサヨナラを」の2曲なのですよね。…何だか傾向がバレるような気がします(バレてもいい話でしょ)。それに「過去への旅から 僕は戻れない」感じがしますでしょ(?)(このフレーズ大好きおじさん)。

特別感のあった「明日へのマーチ」は別として個人的には1番聴けて良かった曲だったと思います。

また逢える時を楽しみにしておりますよ、「なぎさホテル」さん。

 

14.それ行けベイビー!!

「熊本を始めとした自然災害の被害に合われた地域の1日も早い復興に向けて、不謹慎かもしれませんが、ここで皆様で1本締めを…」といったニュアンスの話があってからの1本締めがありましたね。桑田さんの「ありがとうございます」からのこの曲でした。

1本締めからのありがとうございますで起こった拍手が、そのまま手拍子に変わっていきましたね。原曲と違い曲の後半に行くにしたがって、バンドスタイルになっていく、音が厚くなっていく曲ではあるのですが、同時に手拍子も音も大きくなっていくのが、はっきりと分かりましてあれは凄かったですね。もしかするとそう聴こえただけの感覚だけのものだったのかもしれませんが、これはまた忘れられないワンシーンね…と。

ラストの「それ行け!!ボク!!」は「熊本ベイビー!!」と替えていましたね。その後の「ファイト」に繋がっている、というのもあると思いますが、全体ではなく最後の「それ行け!!ボク!!」のところだけを替えるのが良いと思いましたし、その替えた部分が「それ行け!!ボク!!」というのも、敢えて替えたことで「それ行け!!ボク!!(熊本へ)」と今、見送りとなっている熊本公演がどうなるのかは分かりませんが、そういった強い想いというものも同時に見えてくる気がしたのですよね。替える意味と替わった意味といいますか…。

この曲は最初の2010年「紅白歌合戦」を始めとして、要所要所で演奏されることが多い曲、といった感じになっていますね。ある意味で本当に「適当に手を抜いて行こうな」というフレーズが必要なのは、この曲自身で自らに問いかけているフレーズでもあるのかしら…などとも思ったりしてしまったのですよね…。

そうそう。このツアーで1曲だけ所謂ネタバレを見てしまったのですが、それがこの曲でして、しかもそのネタバレ先は高垣健さんの「X」でございました(調べ物があり、嫌や予感はしたけど見に行ったアホな私なので私が悪い)。

 

15.東京

冒頭の雷の演出、いつもよりも長かったような気がします。

涙の雨はもう止んだはずなのですが、東京は雨降り、という繋ぎをしているというのが興味深いですし、同じ雨でも物理的な雨と表現として使われる雨の2つかここで交わっているというのも面白いと思ってしまうのです。

最後の「Ah, ah, ah… 雨よこのまま Ah, ah, ah… どうか泣かせて」の部分はカットされていましたね。この箇所、ライブによっては歌わないことがあるのですが、今回は多分歌わないだろうな、と思って聴いていまして、カットされエンディングに行った瞬間、思わず「やっぱり…」と呟いてしまいました。

「それ行けベイビー!!」で「涙の雨はもう止んだ」というフレーズがあって、今回は最後に「熊本ベイビー」と替えている演出がありましたね。この「東京」の最後の「雨」というのはもちろん物理的な雨であると思うのですが、同時に心情的な、そういった表現で使われる雨でもあると思うのです。だからこれ以上悲しみという涙の雨を降らせるのは避けたのではないのかと思うのです。正直そこまで考えるだろうか…とも我ながら思ってしまうのですが、次の曲を見た時にそこを含め、流れ的なところで意図的にカットしたのかな…という思いをどうしても強くしてしまいまして…。

最初は中央のモニターに4枚のカーテンのような布が掛かっており、それが途中で落ち、映像が全面に映る、という演出がまたこの曲に合っていて良かったですね。

そういえば私はスタンド席だったのですが、そのスタンド席の通路を移動しながらカメラでずっとステージを撮っていましたね。モニターにそのカメラからのシーンは映っていなかったと思うので、撮影用だったとは思うのですが、それがどういった形で使われるのか(世に出るのか)少しばかり楽しみにしていたいと思います。

 

16.SMILE~晴れ渡る空のように~

空の映像だったでしょうか。鳥が鳴き、やがて空が晴れていき…といった映像だったと思います。

そしてこの曲です。先ほども書きましたが「東京」の「Ah, ah, ah… 雨よこのまま Ah, ah, ah… どうか泣かせて」がカットされた意図がここで完全に私の中で繋がった瞬間でもありました。

「炎の聖歌隊 [Choir]」から「東京」まで桑田さんはずっとギターを持っていましたが、この曲からハンドマイクでの歌唱となりましたね。ハンドマイクは1曲目の「明日晴れるかな」以来、というのは「晴れ」というワードで繋がっていると思いますし、「明日晴れるかな」の明日、というのは、色々な曲といいますか、世界観、街、天気…などを経たこの「ここから未来を始めよう」という、「SMILE~晴れ渡る空のように~」のことだったのではないのでしょうか。そしてある意味でずっと持っていたギターというのは傘の役割も果たしていたのかもしれません(?)。

「炎の聖歌隊 [Choir]」以来の手に付けていたライト点灯でしたね。

中央のモニターには国立競技場を始め、明るい都会の映像が映っていましたね。「東京」での暗い、夜の雨の東京を映していたところもあって、まさに今回はこの曲と「東京」の対比、というのが徹底的に書かれていたと思うのですよね。これもまた表裏一体のところでしょうし、「意図」がはっきりとしていた部分でもあったと思うのですよね。

…なんかねえ、今回こう聴いていてもちろん「希望」だったり「未来」を歌っているのでしょうけど、その「未来」を作るのは他の誰でもなく自分自身である、ということをなんだか痛切に感じてしまったりしたのよね…。

 

17.平和の街

TIGERさんとODYさんの歌唱が頭に入りましたね。内容は忘れてしまいましたが(衰え)、「皆さんお手拍子を」からの最後に「平和の街へ」…と。

晴れ渡った空からの「人生の旅はまるで雨のHighway」ですから、天気がコロコロ変わって困ります(?)確かに夏の天気は変わりやすいですから、そういったところでも夏要素を担っていたのかもしれませんね(?)。とはいえ個人的に「雨のHighway」は「雨と晴れ」に聴こえるところがありまして、人生の旅というものは山あり谷ありのまさに雨と晴れの繰り返しである、というフレーズとして解釈している部分がありますので、また雨が降った、という感じではないのですが。

この曲もまた聴けて嬉しかったですね。私自身曲というのは自分の中に落とし込むまでとても時間かかるタイプですので、本当は新曲のツアーというのは3年後くらいにお願いしたい、というところがあるのですよね(どういうことよ)。今回はシングル「人誑し/ひとたらし」1枚でのツアーだったので、もしかするとプラスで、ある程度2022年のベストアルバム「いつも何処かで」を土台にした部分もあったのかもしれません。だから「なぎさホテル」もそうでしたが、ある程度自分の中で分かり始めたタイミングでまたこの2曲に出逢えたのはまた特別なものがございました。

バレーダンサーも登場されていましたが、絡みはハイタッチだけでまさに平和の街でしたね(?)。それくらいが良いのです(?)。

ここであの曲ではないということは、本編最後はきっと…と思った瞬間でもありました。

 

18.Soulコブラツイスト~魂の悶絶

ゴングが鳴った…ということはもうこの曲しかありませんね。

ダンサーさんは白スーツの方がおふたりの登場でしたね。いつものマスクマンさんは2番の時に一瞬登場したものの、桑田さんとの絡みもそれほどなく、さっと去って行きましたね。何故か妙に哀愁を感じてしまいました(?)。

間奏のハーモニカは桑田さんが吹いていて、吹き終わると後ろにポイ、スタッフさんナイスキャッチ、という何処かで見たような景色が繰り返されていましたね。これがデジャブというやつですか(?)。

ここまでの所謂煽りパート、曲の発売年が2021年(SMILE~晴れ渡る空のように~)→2022年(平和の街)→この曲が2021年と最近の曲で構成されていましたね。ここが現在進行形であるところの桑田さんらしさを感じましたし、逆に煽りパートを大きく変えなかった2023~2025年のサザンとの違いでしたり、対比(もしくは反省?)などを感じてしまったのですよね。

この曲定番のミラーボールさんがいつの間にか出ていましたね。曲が終わってもすぐに引っ込まなかったので次は…と考えていたところで…。

 

19.飴とミラーボール/ディスコ・ヴァージョン~スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)

確かに曲名にミラーボールが使われてはいましたが、この曲が来るとは思わないではないですか。いや、実はライブでこのカンロ飴のCM曲からロングバージョンが作られ、それが披露されていたら面白いなどとは考えてはいたのですが、そのまま歌うとは…でした。桑田さんはカンロ飴をしっかり持ち、中央のモニターにも企業ロゴを表示とここまで徹底するのは流石でございました。天気の「雨」も1つライブのキーワードになっていたような気もしましたが、それ以上にこちらの「飴」も大切でしたね。スポンサー様への感謝を忘れてはいけません(?)。

からの「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)」でございますよ。実はこちらに来る前に今回のライブの演奏曲数を聴いていておりまして、私はどうでもいいことを気にしながらライブを見ていますので(?)、いつもこれが今何曲目なのかを計算しながら見ているのですよね(ライブに集中しなさい)。「Soulコブラツイスト〜魂の悶絶」のところでも書いたのですが、ここまでの新しい曲の流れの中で、次の20曲目が本編ラストいうこと、そしてそれはきっとあの曲なのだろう…と予想していたのです。その中でこの19曲目にハマるピースとなる曲を考えていたのですね。それがまさか桑田さんソロ以前の時代であるKUWATA BANDの、ある種ソロとして一番古い時代といえるところ(1986年)から持ってきた、というのが正直意外だったのですよね。プラス今回ここまでの流れを見ていて、今回はKUWATA BAND曲はないと思っていたところでもあったので、よりそう思ったのかもしれません。そういえばKUWATA BANDも今年デビュー40年の年に当たりますね。そういったところも選曲に反映されたところがあったのでしょうか…?。

「Woman,Say!!Yeah.」のコール&レスポンスは最初客席に背を向けて、「メンバーさんYeah」と4回やっていましたね。その後に振り返って「お客様Yeah」(メンバーさんに引っ張られたのか、最初だけお客さんと言っていた)と同じく4回やっておりました。

ダンサーさんとの絡みもこの曲ではありましたね。4人登場されましたが今回はダンサーさんの数もかなり絞ってきているわね…とここで改めて気が付いた感じでございました。

歌詞テロップも毎回同じものを使っているだけ、なのかもしれませんが、「東京」といいこの「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)」といい、この曲専用のフォントになっているのが面白いと思いました。

 

20.人誑し/ひとたらし

レーザー光線がモニターに向けられ何やら書かれており浮かび上がったのはツアーTシャツの1つにもなっていた、先行配信版でジャケットに使われていた「人誑し」マークでした。

中央のモニター前にも丸い大きなリングのセットが置かれ、如何にもラスト曲、という雰囲気があってのこの曲でした。

そうです。「平和の街」の時点で予想していたのはこの曲でした。新曲は煽りコーナーの1番最初かラストに置かれることが多い、ということと「平和の街」の曲調から繋ぐことを考えると、おそらく「人誑し/ひとたらし」が最後になるのかしら…と。

中央のモニター、モノクロでステージメンバーが映るのがかっこよくて良かったのですけど、特に山内さんは衣装も相まって特に合っていたように思います。「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」の件もあって、もう私の中ではあなたがあかねです(?)。

ライト(レーザー)の演出もまた良かったですが、「茜色に染めるのは今でしょう!!」でちゃんと(ちゃんと?)ライトが茜色になるというのは、当たり前の演出といえば当たり前なのかもしれませんが、こう分かりやすくやってくれるところが良いですよね。

新曲で締まる本編って良いですよね。ソロでは「ヨシ子さん」や「100万年の幸せ!!」、「Let's try again ~kuwata keisuke ver.~」などありますが、逆にサザンでは2005年「みんなが好きです!」の「BOHBO No.5」以来無いのですよね。ここがある意味でサザンとソロの違い、ということなのかもしれません。

曲が終わると「ありがとう」と皆様そのままステージを降りていきました。ここで何か演出したりせず、そのまま終わったというのがまたかっこよく締まったといいますか、そういった演出を加える必要はなかったといいますか、これが「人誑し」たる所以なのかしら…とも思ったり思わなかったり…。

 

ステージを降りてからのアンコールがまあ早い、早い。「愛はスローにちょっとずつ」ですよ(?)。

スタンドではウェーブが起こっていましたね。ウェーブ担当のおそらく有志の方が頑張って走っておりました。おそらくステージにいた誰よりも運動量が多かったことでしょう(?)。

祭囃子のBGMとともにモニターには「まだ行きますか?」的な文章が(思い出せない)。

ここで桑田さん含めメンバー皆様が戻ってきましたね。

 

En1.真夜中のダンディー

ここでもギターを持ち、始まりましたのは70歳が奏でる「真夜中のダンディー」でした。1番と2番の頭の部分は替え歌がされており、全て覚えている訳ではありませんが(むしろ忘れている(衰え2))、1番では「もう何度もやっている歌ですが」などという半分自虐を込めたような歌詞になっていましたね。

確かに何度も歌っている曲ではありますが、桑田さんも、そしてこの「真夜中のダンディー」という曲も年齢を重ねて、毎回違ったかっこよさだったり渋さを感じさせる、感じやすい曲だと思うのですよね。今回は渋さというよりもかっこよさの比率が高く感じられた瞬間だったと思います。気が付けばダンディーさんも今年33歳と、桑田さんが作った年齢37歳に近付いていますね。そこを超えた5年後、というのがまたどんな「真夜中のダンディー」という曲になっていくのか、とても楽しみにしているのですよね。

Brotherのコーラス部分でカメラが誠さん→TIGERさんと映す流れはもう固定されていますね。

この曲だったでしょうか…。裏の桑田さんや誠さんのギターを置いている前で、おそらくギター担当のスタッフの方が弾くそぶり、いや弾いていた?映像が流れていまして、チーム一丸でライブを作っていることを改めて感じましたし、舞台監督である南谷さんを始め、そういった方にスポットを当てるシーンというのも、桑田さんのライブだなと思ってしまうのですよね…。

 

En2.悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)

「もっと行きますかー」と桑田さん。この一言で「悲しい気持ちかな…」と。そうでした(もっとテンション上げなさい、私)。

この曲で銀テープがパーンでしたね。何と今回はスタンドの方にテープが回ってきたのですね。通路側の人が頑張ったのか、たまたま数があったのか私のお邪魔した列の席の方にはテープが回っていたので皆さん良かったですねえ。

アンコールでの披露はかなり珍しいですね。2021年無観客配信ライブ「静かな春の戯れ〜Live in Blue Note Tokyo〜」ではアンコールでの披露でしたが、有観客ライブとしては初のアンコール披露というライブ定番曲でありながら、実はとても珍しいテイクともなっていたのですよね。

また桑田さんのライブにおける連続登場記録が更新されましたね。毎回ながら絶対欠かせない曲であることを感じてしまうのです(早く理解しなさい)。

基本的に腕組後方彼氏(もしくは彼女)面なおじさんでございますが、この曲は流石に体が動いてしまいますね。とはいえ指がトントントーンと動くくらいなのですが(これでもテンション上がっている方なのよ、私)。

 

En3.月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)

「真夜中のダンディー」が枯れていく自分を、「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」が1人で活動することの悲しみを歌っている側面がある曲ならば、この曲は病気発覚からの手術後に歌詞を書きレコーディングを行ったという、ある種その時の桑田佳祐自身が反映されている曲が続いて演奏されたわけです。そんな曲が並ぶ意味、というのは古希だからこそかもしれませんし、何処かで「夏」の終わりの切なさというものが、アンコールという終わりに向かっていく場所だからこその繫がりがある故だったのでは、と思ってしまったのです。

「知らずに済めば良かった 聴かずにおけば良かった」というフレーズが好きといいますか、いつも考えてしまうのですよね。この曲で桑田さんが指しているのはビートルズのことなのでしょうけど、こちらの身からしますとやはりサザンを思ってしまうわけで…。ここでしたり、Xでの呟きを見ていますと、私相当面倒、良いように言えば偏愛が変(?)ではないですか(自分で言うのか)。そんな私でも「知らずに済めば」…と考えることはあるのですよ。でもきっと違う何かに同じような面倒な愛を持つ奴になっていたのでしょうけど。それがたまたまサザンだった、ということでね…。でももし知らなかったら今の人生や出逢いというものも無かったわけで…。幸い素敵な方ばかりと出逢えているので、今のところは知って良かった、なのでしょうけど…。でももしそうなった場合にどんな人生を送り、どんな出逢いがあったのか、という「もしも」についてもふと考えてしまうのですよね…。

「月はいざよう 秋の空」のフレーズに「夏(祭り)」を終わらせる準備といいますか、もう秋が訪れる、ある意味で祭りの終わりとしてのエンディング曲といった感じがありましたね。

チビちゃんこと西村浩二さんが仁王立ちのような形で立っていたのですが、何処か弁慶に見えてしまいましたね。私だったらそのまま弁慶と同じく立ったまま最後を迎えていたことでしょう(?)。

 

En4.祭りのあと

曲の前に映像で花火が上がりましたね、そこからのこの曲でしたね。

夏祭りツアーをこの曲で締める、というのはベタといえばベタですし、私みたいな偏屈おじさん(老害ともいう)になると逆にならないのでは…?1曲目にしてしまうのでは…?などと考えてしまうわけで…。本当にイヤね、こういう奴は。だから嫌われるのです(?)。

でも、最後にちゃんとこの夏祭りを「祭りのあと」で締める、というところを今回のライブで感じておりました、セットリストの曲の並び方の「意図」が見て伝わってきたライブだからこその意味があると思ったのですよね。

「◯◯の街に」、その場所場所と変えることなく原曲のままで歌うことにも逆にこだわりを感じたといいますか…。

やはりこの曲が最後に来ると締まるのですよね。もちろん同じくライブのラストを務めることも多い「明日晴れるかな」もそうといえばそうなのですが、「明日晴れるかな」は曲名にもある「明日」へ向かう、ある種未来へ続く曲であると思うのですよね。「祭りのあと」はこの楽しかった時間が終わり、と1度「今日」で切ってしまう、でもその切なさだったりがライブの締めに合う曲になっているのかしら…と。

この曲も「秋風のShadow」と秋を知らせてくれますね。その一方で「終わらない夏に 誰かとめぐり逢う」ですから、冬に追加公演のあるこの夏祭りツアーはまだ終わらない、という冬に繋げる形になっているのも良かったのかしらと…。

最後は10回ジャンプで締めでした。

 

曲の終わりとともに最後のメンバー紹介。今回はダンサーさんは6人、ということもあってか珍しく1人1人全員を紹介していましたね。最後にセンターに集まってポーズを決めましょうと桑田さん。ここで「11PM」の音楽が流れ…という流れでございましたね。

「まだ熊本公演がありますが…」と前置きをした上で「夏編は千秋楽となります」と。

エンディングBGMは「AKANE On My Mind〜饅頭こわい」。アニメのエンディングでもありますからそうなりますよね。

ここでサポートメンバーの皆様はステージを降り、桑田さんも最後に…と思いきや。非常口の人のポーズ(その説明よ)で止まった桑田さんがステージ中央に戻り、何ともう1曲と…。

 

En5.青葉城恋唄

最後に1人残りカラオケでの披露でしたね。一瞬イントロが「春まだ遠く」っぽく聴こえてしまいまして、最後にこれを…?あれでも何か違う…?と。謎の困惑をしておりましたが、モニターに曲名が出てああ…と。

2011年「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」は後に映像ででしたが、2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」の宮城スタジアム公演でサザンとして演奏していたものを聴いて以来の生「青葉城恋唄」でしたね。

この曲も「明日へのマーチ」とはまた違う特別感であったり、こう来るものがありますよね…。

2番は桑田さんが先行して歌詞を伝え、一緒に歌おう、といった雰囲気を作っていましたね。ライブ後に前日の公演に参加された方から話を聴いたのですが、前日はモニターに歌詞が表示されていなかったらしいですね。

「季節(とき)はめぐり また夏が来て」…そうですね。15年目の夏なのですよね…と改めて。また色々な感情が襲ってきましてまた泣きそうになってしまいました。ただ最後に泣いてライブを終わりたくない…という謎の思いに不意に襲われ耐えてしまいましたが。

 

「あの人はもういない」、と歌う彼、桑田佳祐は今、ここにいる、そしてまた必ずここに、そしてあの街やこの街へとやって来る。だからこそ桑田佳祐の歌う「青葉城恋唄」には悲しみはもちろんあるにしても、その中に「希望」や「喜び」が混じっていると思うし、感じる、いや、私はそう信じている。

 

改めて最後の曲が終わり今度こそ…と思いきや、またも非常口ポーズ。今度は「許可なく勝手に引き継いでいる、いつものやつをやっていいですか?」と。そしていつもの「1.2.3、ダー」で締め、猪木さん…いや桑田さんは今度こそステージを去って行ったのでした。



さて、ライブの内容を振り返ってみましょう。

今回は「夏祭りツアー」ということで実際に「夏」が歌詞に入る曲というところでは多く選曲されていたと思います。しかし今回はポップな「夏」というのは控え目だったように思います。歌詞集話の中で暗い夏が多い、と桑田さんは話していましたが、暗い、というよりも桑田さんの持つ、といいますか原体験でしたり、お盆だったりの静かな夏というものを感じてしまう曲が多かったように思います。これが桑田佳祐の根底にある「夏」なのかしら…とも思ったりしてしまいました。

そこに「波乗りジョニー」を外してきた理由が詰まっている感じがありますね。そういえば2011年「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」でも外していましたし、そこを踏襲していたのかもしれませんが。

また曲と曲の繫がりをかなり意図をもってセットリストを組んでいたようにも思いました。特に「晴れ」と「雨」でしたり、「街(故郷)」というものを強く意識していたのかしら…と。特に「街」というものについては歌詞にある曲が多いように感じられましたし、何か明確なものを持っている感じがあったのですよね…。

あとこれは何となくでも(勝手に)強く感じてしまったのは、「今、桑田佳祐という人はとても歌いたいと思っている」ということでした。歌手なので当たり前なことなのかもしれないですけど、今回はそれを特に感じてしまったのですよね…。これが「NEW 70'S」ということでしたか(?)。

 

また素敵で素晴らしいライブにお邪魔することが出来て感謝でございます。また忘れることのない大切な何かを受け取ってしまいました。

 

最後に桑田さんを始め、サポートメンバーの皆様にスタッフの皆様、このライブに関わった全ての皆様ありがとうございました。あなたたちみんな人誑しです(?)。僕はメロメロです(?)(最後にサザンの曲を出すんじゃない(壮年JUMP))。

また何処かの街にお邪魔し、お逢い出来る時を楽しみに日々を過ごしたいと思います。






余の談

書かなくてもいいのに書いているいつもの愚かな余談のコーナーです(三角コーナーとも読んで下さいな(?))(生ゴミよりも役に立たない)。

今回もチケットはなかなか厳しいものがあったようですね。

私は有休という言葉の意味を良く知りませんので(?)、土曜日の公演となっておりました、東京・三重・宮城の3つに応募しておりました。個人的にライブなど行く会場や日程に付きまして、私は何かしらの「意味」を思ってしまうところがありまして、正直この3会場全て、いずれかに当選していた場合の「意味」というものを考えていたのですね。でも私は最初の方で書きましたが、この3つの中でもし当選するならばきっと宮城公演なのだろうな、と思っておりました(そして結果を見た時にその通り過ぎてもうね)。

その理由は2つございまして、1つは去年のサザンのツアー「サザンオールスターズ LIVE TOUR 2025 「THANK YOU SO MUCH!!」」での石川公演で「Relay~杜の詩」を聴いた時に(あの石川2日目アンコールでのビッグピースマークTシャツについてご存じの方はご一報を(?))、色々とリレーしなければ行けない「想い」があることを深く、深く感じてしまったのです。となると、私の浅はかな考え方ですと、次にお邪魔するライブの場所がそのリレーし、バトンを届ける場所なのではないのかと…。

そしてもう1つ、今年は東日本大震災発生から15年で、ちょうど「宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~」の開催から15年となる日程になっていたのですよね。私、当時東北…はっきり言ってしまえば福島に住んでおりまして…(実は最近県外に引っ越したの、これぞ本当の余の談)。ただ当時この宮城ライブには応募しませんでした。自分よりも行くべき人がいる…と思ったのと同時に、自分にとっての初ライブ、初桑田(サザン)をこのライブにしてしまう、というのはあまりにも重い「意味」を持ってしまう気がする…、と感じてしまったのですよね。まああと単純にライブに行く勇気がなかったのですが(これは今も)。

なので日程を見た時に、ああこれはもしかして…と。

もちろんこれは15年越しのリベンジ、とかではないのですよね。ただそういった「意味」でしたり、ある種の「運命」だったのかしら…と。

何か想いをリレー出来たのか、15年後の宮城でのライブにお邪魔した「意味」というものは正直今はわかりません。でも「明日へのマーチ」や「青葉城恋唄」を聴けたことに対しての感情こそがここに来た意味であることだけは間違いないと思います。

しかしいつもいつも後で何かしらに気が付くように、その「意味」が不意に降ってくる日を私は待っています。



今回はいつもよりまともな(まともか?)余の談でございましたね(自分で言うな)。

 

「平和の琉歌」について雑にふと思ったことなどを

先日、「平和の琉歌」を聴いている際にふと思ってしまったことがあったのですよね…。ということを自分の脳内整理も含めまして、雑文としてまた書いてしまった次第でございます。気分しだいで責めないで(?)(言いたいだけシリーズ)。

 

「平和の琉歌」は1996年、17年ぶりとなる沖縄公演を含めたツアー「Southern All Stars Stadium Tour 1996「ザ・ガールズ 万座ビーチ」」に向けて、アルバム「Young Love」とは別に制作された曲となっていました。ライブのMCで桑田さんは「Young Loveの15曲目です」といった紹介をしていましたね。
後に桑田さん自身はこの曲について振り返った際に、「浅はかだった」などといった反省を述べていたり、完成後に沖縄出身の方にこの曲を聴いてもらい、沖縄の曲っぽいか、と確認したところ微妙な反応をされた、といったこともラジオで語っていたこともあり、単純な曲の出来としては納得していない、反省の多い曲である、といったような反応をしていたことがありました。


何と申しましょうか…。もちろん沖縄公演に向けて作った曲を沖縄で演奏する、ということは当たり前ですがサザンファンが占めるライブ会場ですから、嬉しい・ありがとうというような反応がステージからは感じると思うのですよね。ただその中で桑田さんは沖縄風の、ないちゃー(内地の人)が作った曲である、という反応を何処かで感じたのかもしれないのですよね…。過去に原さんボーカル曲で「ナチカサヌ恋歌」という曲を作ってはいましたが、沖縄に向けた、というよりもこちらは沖縄民謡をやりたい、という自身に向けていた側面が大きかったのではないのでしょうか(プラス原さんに歌ってもらう前提があったこともあるかと思いますが)。


2003年「SUMMER LIVE 2003「流石(SASが)だ真夏ツアー!あっっ!生。だが、SAS!」~カーニバル出るバニーか!?~」の沖縄公演でMCで桑田さんは「平和と音楽を愛する沖縄が大好きです」といった内容のことを話していましたが、それを踏まえますと、「平和の琉歌」という曲名はまさにその「平和と音楽」というものを指している感があるように思ってしまうのですよね。上記しましたが、1996年は「Young Love」というアルバムを発売し、そのツアーで沖縄にやって来ています。「Young Love」はそのアルバム名通りポップな曲が多く、いわゆるサザンのイメージとしてあります、夏や海、といったものに沿っているようなアルバムとなっています。そのアルバムからのポップな沖縄ソング、というものも頭にあったのかは分かりませんが、持って来てもおかしくはない流れではあったと思うのです。


それまでサザン・ソロと桑田さんは風刺曲というものを定期的に作っていましたが、こういった所謂「反戦歌」に近い形の曲、というのはこの曲が初めてになるのではないのでしょうか。とはいえ「沖縄」という場所の歴史と沖縄基地問題、といった面を見た歌詞で、またこの曲が作られる前年の1995年には阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件などといった当時の社会情勢がありましたし、そういった部分が「平和」というこの曲のテーマに作用していたのかもしれません。「この国が平和だと誰が決めたの?」というフレーズから始まるところにも、沖縄だけでなく日本、もしくは世界にも向けた部分がある、ということになるのでしょうか。


サビの「愛を植えましょう この島へ」や「いつか花咲くその日まで」というフレーズは桑田さんも好きな曲と公言している「花〜すべての人の心に花を〜」に対しての桑田さんなりのアンサーでしたり、リスペクトを含んでいたりするような感じも受けますね。
後の2005年にリリースされました「神の島遥か国」も沖縄をテーマにした曲ではありますが、この曲は良い意味で、内地の人だからこその曲、と言った感じがありますね。サウンドもポップですし、歌詞も沖縄を満喫している主人公で如何にもイメージの楽しいサザン、といった曲だと思うのですよね。さらに演奏では、沖縄出身のバンドであるBEGINの島袋優さんが三線と指笛で参加しているといったところに徹底した「平和の琉歌」という曲の反省があったと思うのです。何よりおそらく桑田さんとしてはお気に入りの曲となりライブの定番となっている、というところにこだわりだったり意地のようなものを感じてしまうのですよね…。
ライブでは、その1996年「Southern All Stars Stadium Tour 1996「ザ・ガールズ 万座ビーチ」」での1度きりの披露となっています。その後の沖縄公演が組まれたライブでも披露されることはありませんでした。一方で2014年のやさしい夜遊びでの生歌スペシャルで歌ったことがありますし、ライブや沖縄公演、といった自身の大きなライブ活動とリンクしたところで披露する、というよりも、桑田さん自身のライフワークとなっており、身近なメディアであるラジオで歌う(流す)ことが、常に意識として決して遠い問題ではなく近いものとして、また平和を胸に置いている、ということを意識している、していないに関わらず、何処かで桑田さんなりに表現しているところがあるのかもしれませんね。

 

この「平和の琉歌」の制作の流れ、というのは後の2013年に5年の無期限活動休止を経てのサザン活動再開時に「ピースとハイライト」を出した感覚と似ているような気がするのですよね…。
何と申しましょうか…。確か桑田さんも「サザンとして世に出る意味」というような言葉を
使っていたと思うのですが、この1996年も似たような考え方があったのではないのかと…。


1995年は1994年にソロ活動を挟んでのサザン活動再開という流れでしたが、最大のトピックスとしては、1991年「THE音楽祭 -1991-」開催前に病気療養の為、音楽活動を休止していたムクちゃんこと関口さんの復帰で、6人サザンとしての活動再開でもある(前年1994年12月に行われた「Act Against AIDS’94」にはサザンで参加し、この時にムクちゃんも復帰し演奏に参加している、ということはありましたが)というのが、1988年とも2013年とも違う、サザンの復活であり、かつ1995~96年というのは、徹底的にサザンをしているのですよね。1995年は「マンピーのG★SPOT」・「あなただけを〜Summer Heartbreak〜」というシングル、ベストアルバム「HAPPY!」のリリース。8月には横浜で「ホタル・カリフォルニア」の開催、1996年も夏の動きとしては、1995年に近いところがあり、「愛の言霊~Spiritual Message~」・「太陽は罪な奴」のシングル、そしてこの年から制定された7月20日の海の日にアルバム「Young Love」のリリース、そして8月からはアルバムツアー「Southern All Stars Stadium Tour 1996「ザ・ガールズ 万座ビーチ」」の開催と、シングルもアルバムもライブも夏に合わせた、ある意味で「夏」というイメージ通りのサザンとして徹底して動いていた時期だったと思うのですよね。
そういった徹底した活動の中で沖縄公演、というものが重なり、そこに向けてもう1曲を作る、となった時、その沖縄でライブを行う、ということと今サザンとして活動していることの「意味」を考えた結果、だと思うのですよね。


後の2013年の「ピースとハイライト」はサザンの影響力でしたり、そういった活動再開時に持ってくる「意図」というものを明確にしていたところがあったと思うのです。この1996年はもちろんそういった面がありつつも、「Young Love」というアルバムを出した中で年齢としては不惑を迎えた桑田さんなりの憂いでしたり、良い意味での40年を過ごしてきた中での想いだったりもそういった「平和の琉歌」という曲に反映されたものがあったのではないのかしら…と。こういったところが次回作のアルバムである「さくら」の世界観に繋がっていくのではないのかしら…と。


1998年に桑田さんは雑誌東京ウォーカーで「好きにしていいのよ」、後に単行本「素敵な夢を叶えましょう」にまとめられました連載をされていましたが、その中でのキャラクターといいますか、書き方としては年齢相応の所謂中年といいますか、おじさんの愚痴だったり世の中の見方をしているところがあると思うのですよね。40歳は不惑の年といいますが、大いに惑っているように見える(書いている?)のですよね。ある意味でサザンというバンドの扱いや次をどうするか…というところにも繋がっているような気がするのです。

 

何と申しましょうか…。「平和の琉歌」という曲はその時のノリではないですけど、沖縄公演という「今」の為に作った曲ではありますが、その後のサザンでの活動(もしくは桑田さんの動き)、そして「平和」を願うような曲が増えていく…という「未来」にも繋がっていく曲だったのかしら…と思ってしまったのでした。

 

 

 

 

余の談
はいはい。余談、余談、いらん、いらん(雑)。
この話題にも付けるとは末期ですね。上に一緒に書きなさいシリーズですな。
当初は「PARADISE」も関連付けた雑文を書こうかしら…と思っていたのですが、ちょいとごちゃっとしそうでしたので、今回は「平和の琉歌」単独で書いてみました。
「PARADISE」は次回以降に書ければ…ですかね…。noteちゃんで公開するかもしれませんが…(正直分け方は曖昧なのです…)。
まあでも次にここが更新されるとすればおそらくテーマは…(濁さなくても想像は付くぞ)。
なんだかんだここ数年更新頻度は落ちてしまっていますが、思い付けば、そして筆が乗れば(上手く書けずに放置した書きかけやテーマだけ決めたものがいくつかあるとかないとか…)またこう不意に(?)更新していきたいとは思っていますので、雑文はスローにちょっとずつ、といった感じで(?)よろしくお願い致します(需要という言葉は知らない)。

 

原由子 45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語 2026」の感想のようなものを(ライブビューイング編)

4月7日に行われました「原由子 45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語 2026」」のライブビューイングにうっかりこっそりお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。

 

ライブビューイング、といいますか映画館自体も2024年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」以来でございましたね。毎回意外と会場が涼しくてトイレの危機に陥ってしまうことを忘れてしまいます(?)(のっけからトイレネタは止めなさい)。

 

当日私のお邪魔した映画館では別で何かの試写会が行われていたようで、後ろに並んでいた学生さんらしき2組が「今日何かあるの?」と話しているのが聴こえました。随分若い方が原さん見に来られるのね…と思っていたのですが。

 

生きるのには必要な野暮用がありまして、席に着いたのはほぼ開演時間となっており、席に着いた瞬間には会場が暗くなりスタートするというギリギリの時間でしたね。バタバタでしたが、逆にいつもの帰りたくなる病、ライブマリッジブルーになる暇がなかったのは良かったですね。

そして開演。今回も私は、どうなることやら…。



1.あじさいのうた

ライブはこの「あじさいのうた」で始まりましたね。1991年「花咲く旅路」ライブから原さんソロライブでは皆勤であり、2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」でも1曲目でしたし、原さんにとってライブに入りやすい曲であり、今回は京都での公演がありましたが、鎌倉芸術館という原さんのホームといえるようになった会場、というのもあったのかもしれません。

何より今回参加している弘さんはこの曲のレコーディングにも参加していますし、弘さんにとって「花咲く旅路」ライブ以来35年ぶりの原さんライブ参加の1曲目、としての繋がりといいますか、意味がある感じがとてもしたのですよね…。

「Oh 悲しみに good-bye〜いつの日か また会える日を 待ってる」のところはカットされていたような。

「あじさいのうた」は歌い出しが「雨に咲いてた つぶらな花びら」ではありませんか…。この今回の原さんライブは京都の初日、そしてこの鎌倉公演最終日には雨が降っていたのですよね。もちろん偶然なのでしょうが、ライブが雨に始まり、雨に終わる、という日程の中で「雨」という言葉でスタートする、というのが興味深いといいますか、とても良く出来た演出になっているな…と。あのバックに出ていた番傘の画というのも相まって「雨」のスタートというのがより強調された形になった気がしました。

 

2.春待ちロマン

春のライブ、ということもあり、もしかして…というささやかな期待はしていたのですが、実際にここで来るとは…でしたね。

何と申しましょうか…。「あじさいのうた」からこの「春待ちロマン」の流れですが、両方とも作詞作曲原由子、という曲なのですよね。「あじさいのうた」では編曲に桑田さんの名前がありますが、ちょうどKUWATA BANDや桑田さんのソロがスタートした時期だったこともあり、がっつりと絡んで作る、という時期ではなかったのですよね。セルフプロデュースというわけではないと思いますが、原さんが主導に近い形ではありましたし、そういった頃の曲を頭の2つに持ってくる、というのが、最後にまた触れますが、桑田さんの登場しない純粋な「原由子としてのライブ」のスタートとしてはおそらく意図的ではなかったとは思うのですが、シンガーソングライターとしての矜持みたいなものが何処かであったりしたのかしら…と。

この曲は「花咲く旅路」ライブ以来35年ぶりに演奏されましたが、今回のサポートメンバーの中で演奏したことがあるのは弘さんだけなのですよね。サザン名義ではなく原さん名義でそういった曲になっている、というのはまた珍しいですよね。

 

3.恋の歌を唄いましょう

曲前にMCが入りましたね。「春待ちロマン」が終わって、すぐにこんばんは、とあって早い、と思ってしまいました。「それでは最後の曲です」という何処かの人がいうお馴染みの台詞も。そんな天の声が聴こえたらしいですね。

ここのタイミングでしたか、ライブビューイング用のカメラに手を振っていましたが、カメラが切り替わってそちらに映っていなかったところがありました。

恋の歌をたくさん歌いたいと思います、というMCがあって、最初に演奏されたのが、まさにその「恋の歌」が曲名に入っているこの曲でしたね。

このライブでは初めてサザン名義の曲が演奏されましたが、この曲もアルバム「Young Love」発売後のツアー、1996年「Southern All Stars Stadium Tour 1996「ザ・ガールズ 万座ビーチ」」以来と実に30年ぶりの披露となっていたのですよね。それを知っているのと好きな曲、ということもあり「おお…」となっておりました(しかし腕組み後方なんちゃら面スタイルで見ている私は何なのか)。

「黄昏に頬を染めながら 悲しい運命を知るの 私だけが夢の中で生きるのね」の部分がカットされていましたね。余談ですが、この曲は2つの意味に解釈することが出来ると思うのです。

「チャペルの鐘に愛を誓った 指輪も捨てられず」というフレーズがありますが、普通に考えれば「結婚」、もしくはそういった誓いを立てていた、ということなのでしょうが、「捨てられず」というのは表現としましてはどこか既に相手がいながらも別な彼がいる、つまり「不倫」とも捉えられることが出来るわけです。それにこの曲は「愛」ではなく「恋」の歌ですから、どなたかの作った曲から引用すれば「恋という字は下心」ですから、そうすると後者の方が強い曲なのかしらと…。しかし原さんが「恋の歌」、というのであれば今回の「恋の歌を唄いましょう」という曲は「悲しい運命(不倫故に待っている結末)」ではない、もっと純粋で綺麗な恋の歌である、ということにしたかったが故のカットだったのかしら…と。

それに原さんは目の前に(スクリーン越しであっても)いらっしゃるわけですから、「夢の中」だけで終わらせてはいけないものですからね(?)。

(きっとそんなに深い意味はないのでしょうね(大いなる都合の良い解釈&蛇足)。)

 

4.シャボン

2010年の「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以来の演奏でしたね。前回の2023年「原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」」では出番がありませんでしたが、それ以外の原さんソロライブでは披露されていますね。サザンでは1993年年越しライブ「しじみのお味噌汁コンサート」以降演奏されていませんから、サザン名義でありながら、サザンよりもソロで選曲されやすいというちょいと変わった立ち位置にいる曲、といえるのでしょうか。

去年2025年の「風のタイムマシンにのって」に登場するまでは、原さんボーカル曲の中では唯一歌詞に「江ノ島」が使われていますから、鎌倉でのライブというところですと選曲しやすい部分があったのではないのでしょうか。

間奏のサックス?あのラッパ(雑な書き方)好きなのですよね…。

バックの映像は去年2025年のサザンのライブである「LIVE TOUR 2025「THANK YOU SO MUCH!!」」での「海」や「ラチエン通りのシスター」で使われていたものと近い感じがありましたが、同じものだったのでしょうか…。

えー、そして、「鳥がひとりで泣いている」の部分でいつも「ダジャレだ…」と思ってしまうことを懺悔したいと思います(?)(ダジャレ好きおじさん)。

 

5.Anneの街

曲前にまた少しMCがありましたね。原さんも60代最後になり、そういえば70歳になって「コキまくろう」と言っていて私はそこはよくわかりませんが…と笑いをとっていましたね(その後「でもここには共感した」といっていたところがありましたが忘れてしまいました)。

次に歌う曲として原さんから「Anneの街」と言われた時、構えました。まさか、と。

同じアルバム「MOTHER」収録曲であり、「花咲く旅路」ライブ以来35年ぶりに演奏という「春待ちロマン」と同じ流れを汲んでいますが、「春」のライブで「春待ちロマン」は予想できてもこの曲は想像出来ないではないですか…。

この曲は原さんも言っていましたが、NHKで放送された「赤毛のアン」の番組の為に作った曲なのですが、この番組は「赤毛のアン 夢紀行」という番組なのですよね、多分(多分、と書いた理由は後述します)。

「赤毛のアン」の舞台である、カナダのプリンス・エドワード島を訪ねる、というドキュメンタリー寄りの番組となっています。そうなると曲名の「Anneの街」、というのと歌詞に「アン」は出てこない、主人公は「アン」なのかもしれないし、また別な1人の「少女」と解釈出来る、というのはそういうコンセプトに合わせた感じなのかもしれませんね。

ちなみにこの番組は1990年に放送され、後にレーザーディスクで発売されるのですが、私、何故かそのLD盤を持ってはいるのですが、見られる環境がないことと、ジャケットには「テーマ音楽 原由子」と書いてあるだけで曲名が書いてないのですよね。ほぼ間違いないとは思いますが見ていない以上は確定ではないので…。

話が逸れてしまいましたが(いつものこと)、そういった「赤毛のアン」の世界観にいる原さん、というのがとてもマッチしている感があって、とってもとっても好きな曲の1つでもあるのですよね…。サビの「ねえ」がまた良いではないですか、ねえ(台無し)。原さんの歌い方もフレーズとしても好きなのですが、「Anneの街」の「Anne」を少し入れ替えると「ne(ね)A(え)」になりますし(nが1つ消えたのは許して(これぞ都合の良い解釈))、それが「アン」は歌詞にいないけど、何処かにいるみたいな感じを持ってしまうのですよね。

原曲がフェードアウトで終わる曲なので、ライブではこう終わらせるのね…と。

今日のライブビューイングに来ることが出来て本当に良かったな…と。

 

6.少女時代

「Anneの街」の前に「少女時代」と続けて。といった紹介を原さんがしていましたので、次にこの曲が来るのは分かっていましたが、いざ聴きますと…ね。

この2曲とも作詞作曲は原さんなのですよね。この2曲はちょうどアルバム「MOTHER」に収録されていますが、少女の恋を歌う、でも何処か少女時代の原さんであり、それを見つめている母としての原さん、というのが絶妙にマッチしている感があるのですよね。少女の純粋さと何処か客観的に、でも優しく見つめている感じが。

この曲は斉藤由貴さんに提供した曲をセルフカバーしている形になっているのですが、原さんはその斉藤由貴バージョンにはない「希望の明日へ」と最後に付けて歌っているのですよね。これがなんとなく過去の原さんへの、今の原さんからの一言、と思ってしまっているのですよね。

「いつでも微笑みを 泣き虫にさよなら」というフレーズに思わず涙してしまいましたね…。何故でしょう…。多分まだ泣き虫だからですかね…。つまりはかつてのようにこの曲を唄いながら涙していた由子ちゃんの代わりに泣いた、ということになりませんかね(?)(なりません)。でも「人は涙見せずに大人になれない」とも歌う人がいますし良いですよね。つまり泣き虫の私はだいぶ老人ということになりますね(?)。

 

7.鎌倉On The Beach

「京都・鎌倉物語 2026」というタイトルですから、「物語」ではなくても「鎌倉」が曲名に入るこの曲は当然入りますよね。そういえばアルバム「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」収録曲からは初めてこのライブで選曲されましたね。

この曲の時に気が付いたのですが、会場での曲名表示モニターは縦書きのめくりのような形になっていたのですね。そういった細かいところの作りがまた良いではありませんか…。

実はまだあまり良さをちゃんと分かっていない曲ではあったのですが、今回のライブで聴くことが出来まして、きっとそれは悪い意味でそういう自分として「鎌倉物語」の続編的物語以上の何か意味を付け過ぎようとしていたのかしら…と。もっと軽く、しなやかに(?)向き合わないとね、と思った次第でございます。

そしていつかは鎌倉へお邪魔しなくてはいけないわね…と。

 

8.うさぎの唄

歌う前に原さんからこの曲について語られましたね。宇崎竜童さんに作曲してもらった曲のテープに原さんが「うざきさんの唄」と書いたら、スタッフの方に「うさぎさんの唄」と勘違いされてしまった、と。あれ…この話はライブ前のやさしい夜遊びで桑田さんが話していましたね。桑田さんにしてはやけに細かく話していると思ったら(失礼)、さては桑田さん、原さんのMC用の台本かメモを盗み見しましたね(?)。

このエピソードや作曲が宇崎竜童さんで、作詞がムクちゃんということもあり、それなりに話題になることはあったと思いますが、ライブでの演奏はサザンでの「そちらにおうかがいしてもよろしいですか」(1981年)、正式なセットリストは不明ですが、ラジオでオンエアされていた原さんソロの「飲めばライブコンサート」(1982年)の44年ぶりの演奏となっているのですよね。しかもこの曲は原さんソロデビュー年の1981年発売曲になりますから、そういった「歴史」を感じさせる選曲だったといえるのではないのでしょうか。

こう、改めて画面に表示されていた歌詞を見ながら聴いていましたが、改めてムクちゃんワールド全開な歌詞だなと。様々な動物が出てきますが歌詞に「うさぎ」は出てこないのですよね。「うざき」を「うさぎ」を勘違いして生まれた曲名でありながら、敢えてかしには使っていない、というのがムクちゃんらしいといいますか、あくまで世界観のヒントの1つとしている感じが深いような深くないような…と見事に(?)ムクちゃんワールドに惑わされている私なのでございました。

間奏の台詞パートはありませんでしたね。

原さんは「「まんが日本昔ばなし」の世界観のつもりで聴いてください」的なことを言っていた通り、そういった絵でしたりうさぎさんが出てくるステージとなりましたね。

曲の終わりにうさぎさん手を引かれ、誘導されながらの退場でしたね。単純に足元が見えない配慮だったのでしょうが、そこをカメラにしっかり納めるあたり狙っていますし、実際笑いが生まれていましたね。

 

9.夕方Friend

曲が流れた瞬間、思わずびくっとしました(きっと私がもっとテンションの高いおじさんでしたらうっかり立ち上がったのかもしれません(?)(迷惑))。原さん自身も演奏後に「レア曲だったと思います」と話していましたが、いやいや、1度も演奏していない曲ですからレアどころではないですよ…ええ。この曲が収録されている1983年のアルバム「Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd.」は発売時にサザンで「SASたいした発表会・私は騙された!!ツアー '83」のツアーを行っていたこともあってか、ライブをやらずに終わってしまっているのですよね。故にアルバム収録曲はほとんど演奏されたことがないという…。

そんな曲が来たのですよ、しかも「うさぎの唄」のように歌う前に予告がなかった、というのもまたその驚きに繋がったと言いますか…。

この曲はここ数年でとても好きになりました。歌う楽しさに気が付きましてね…(?)(それで更に好きになることが多いので私にとっては割と重要)。

後ろの文字のフォントは可愛かったですね…。あれはまた見たいですね。

「ライバルだらけの御目麗しヨコハマ」は横浜ではなく鎌倉と変わっていましたね。やはり京都では京都だったのでしょうか。あとこの部分が先に歌詞テロップで出てしまっていたのは勿体無いなかったですね。「鎌倉」のところはわざわざフォントを変えていたというのに。

間奏ではメンバー紹介を兼ねたソロ回しがありましたね。原さん曰く「ソロ回しがやりたかった」ということでの選曲だったようでしたが、まさにFriendたちの(?)素敵なソロ回しでございました(言いたいだけシリーズ)。

 

10.いちょう並木のセレナーデ

準備があるということで誠さんへトークで繋いでほしいと無茶ぶりが。アマチュア時代のサザンが出演するライブハウスに通っていた誠さんに原さんが「お財布大丈夫?」と言ってくれた話をしていましたね。ここのエピソードトークは毎回変えていそうな気がしますが果たして。

準備が終わりました原さんはギターを持ちセンター中心に立ちましたね。そして「いちょう並木のセレナーデ」を。

去年の「九段下フォーク・フェスティバル'25」とスタイルとしては同じでしたね。ただ隣にいるのが、青学の先輩(桑田さん)か青学の後輩(誠さん)か、というのが敢えて言えば大きな違いといっていいでしょうか。

何と申しましょうか…。この曲の隣にいるのは桑田さんよりも誠さんの方が合っている感じがあるのですよね。後輩の誠さんがいて、敢えて言えば従えている感、というのが、学生時代を歌う曲にはとてもマッチしているように思えるのですよね。桑田さんの書いた原さん曲ではありますが、視聴者的、第三者的目線の当時近いところにいた誠さんが横にいることでより、その第三者の代理的ポジション、ではありませんが当時の原さん、というのが思い描きやすくなっている気がするのですよね。

故に「九段下フォーク・フェスティバル'25」での隣に桑田さん、というのはある種の特別感と、その時の感想にも書いているのですが、桑田さん目線で原さんの大学時代を書いた歌詞で、フィクションとノンフィクションもある、でもフィクションの原さんを書いている人がいるというのは、そういった間にある、リアル感が隣にいるからこそより伝わってくるといいますか…。だからこそそういった想像の余地が無いといいますか、良い意味で余白が思い描きにくい感じがあるわね…と思いながら聴いておりました。

 

11.唐人物語(ラシャメンのうた)

「いちょう並木のセレナーデ」から続けてギターを持ったまま、始まりましたはこの曲でしたね。2010年の「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」でもギターを弾き披露していましたが、この時の原さんは椅子に座りながらの披露でしたので、立ったまま、というのはまた良い絵でしたよね。

「京都・鎌倉物語 2026」と物語3部作でありながらもライブタイトルに使われなかったこの曲がその2曲を差し置いて最初に登場された、というのが3部作としての自我を感じます(?)。

桜の木がバックに出ていたのですが(「いちょう並木のセレナーデ」の時はまさに銀杏の木でしたししばらくこの木は曲に合わせて変化していきました)、その最初の色合いが、この曲が収録されているアルバム「さくら」のジャケットの色合いっぽかったのですよね…。偶然そう見えたのか、意図的な演出だったのか…。

あまり言及されない気がしますが、原さんは身長が高い方だと思うのです。アーティスト写真などでサザンのメンバーが並んだりしていても、あまり差がないではないですが、だからこそなのかギターを持った原さんの立ち姿というのも、キーボードの前にいる原さんとはまた違ったカッコ良さがあるのですよね。

この曲もまた大好きでしてね…。サザン名義での原さんボーカル曲の中ではおそらく1番好きだと思いますね。「恋の涙と雨降る中を 己(おの)が愛した男性(ひと)は去く」というフレーズが好きでしてね…。桜は雨が降ると散ってしまうではないですか。その様子と情緒がこのフレーズに表れている感じがあるといいますか、絵が鮮明に浮かぶところが(私、その絵が浮かぶところを重要視しているようである)、凄いわね…と。

そして少女時代に続いてまた泣いてしまう私でございました…。

 

12.旅情

鎌倉・京都という場所の旅へ誘う曲、といったところでしょうか。今回の立ち位置としましては。この「旅情」という曲が間に入ったからこそ、物語3部作の続きでありながらも、その少しテイストが違う部分でしたり、「旅」というキーワードで繋がる部分がある感じがしましたね。

「旅」といいますと、「花咲く旅路」がありますが、この曲はもう少しフラットなところがある、といいますか、「花咲く旅路」が人生という旅なら、この曲は旅行としての「旅」といったところでしょうか。

この曲には「うさぎ何故 月の中 踊り出す」というフレーズがありますが、「うさぎの唄」では歌詞にない「うさぎ」がこの曲に出てくる、というのが偶然とはいえ面白いといいますか、月にはうさぎがいる、という伝承がその「うさぎの唄」に合いますし、それが「旅情」という曲で回収されるというのが、謎のマッチ感がありますね。

また「さりげなく 私を誘うように 旅の空 気まぐれな秋の風」というフレーズが「唐人物語(ラシャメンのうた)」からの流れですと、その春の歌である「唐人物語(ラシャメンのうた)」が収録されたアルバム「さくら」が秋に発売されていたことと何処か繋がっている気がしまして、最初に書いたような「物語」と「旅」が綺麗に重なるように思った要因だったのかもしれません。

 

13.鎌倉物語

「旅情」で旅に出たとなりましたら、いよいよライブタイトルに使われた1つであるこの曲のご登場でごさいます。

江ノ電の音があってからのスタートでしたが、鎌倉という現地の会場はもちろんですが、これはある意味ライブビューイングという各地で見れる環境で見たからこその鎌倉の「旅」を見ているようなそんな感じがありましたね。

個人的には横浜アリーナでの「鎌倉物語」というのは生で聴くことが出来たのですが(2014年年越しライブ「ひつじだよ!全員集合!」)、鎌倉での「鎌倉物語」というのは、鎌倉芸術館が原さんソロとしてのホームになりつつある中で、既に40年以上歌い続けている曲ではありますが、いやそれもあってだと思いますが、いつも以上にリラックスして歌っているに見えたのですよね。

最初のボーカル曲としての「私はピアノ」とともにやはり「鎌倉物語」というのはもちろん曲のエピソードを含めてですが、特別な曲なのだと、ふと。

 

14.京都物語

続けて演奏されたのはこの曲。今回演奏するなら「鎌倉物語」と繋げて来るかしら…?と予想していたのでやはり、といったところでしたが、「鎌倉物語」から「京都物語」という、ライブの開催順としては逆(京都→鎌倉)というところがまた興味深いと言いますか、そことはきっと意識していない…いや、意図的なのでは…?と考えさせられるところが楽しいですよね(?)(そんなところを楽しんでいるのはあんただけよ、きっと)。

「唐人物語(ラシャメンのうた)」もそうですが、物語3部作共にそれぞれサウンドも当たり前なのかもしれないですが、違いがあるのではありませんか。とはいえ「鎌倉物語」もこの曲も所謂歌謡曲テイストな曲ではあると思うのですが、そんな中で「鎌倉物語」はポップスで、「京都物語」はザ・歌謡曲、といった違いがあると思うのですよね。その違い故にコンビとしても別コーナー枠としても両方とも選曲しやすく使いやすい、というところなのでしょうか。

この曲は春夏秋冬の季節が歌詞に出てきますが、「いちょう並木のセレナーデ」からの流れで見ますと、「秋」(いちょう並木のセレナーデ)、「春」(唐人物語)、「秋」(旅情)、「夏」(鎌倉物語)と「冬」以外の季節が巡っていているのですよね。「物語」というのは「旅」や「四季」というものを含んだものである、ということなのでしょうか。

バックの映像には歌詞に沿った京都の名所が映されていましたね。そういった映像はもちろん、今回初めての原さんソロでの京都公演でしたし、京都でこの曲を見られた・聴けた方というのはやはり特別なものがあったのだと思うのですよね。

この曲も初披露となりました、2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以降は毎回ライブ演奏されていますし、もちろん歌いやすさでしたり、セットリストの流れの中で入れやすい、などの要素があるのでしょうが、原さんの代表曲の1つになった感がありますね。

 

15.私はピアノ

曲が始まる前の原さんMC中(ここにおいしいお茶が、と伊右衛門に触れたのはここでしたっけ…?)に誠さんと中さん、ギターの2人がジャケットを脱いでいたのが見えましたので、この辺りからもう一段階上がっていく場面かしら…と思っていたところで、初めてリードボーカルを取った曲を…と。

原さんは次の曲で「盛り上がる曲」という話をしていましたが、その盛り上がりの所謂煽りコーナーとライブタイトル回収の旅・物語コーナーの間に置かれている、というのが、この曲の立ち位置を表しているといいますか、その原さんにとっての最初のリードボーカル曲、という特別さでしたり、曲の認知度でしたりそういったところが違う曲だからこそのどこに置いても大丈夫、という安心感があると思うのですよね。そもそもこの曲も煽り枠としてもいいような。

「おいらを嫌いに~」の部分は当然(しかしカバーされる時は大概カットされるので大いに不満(余談))ありましたが、そういった台詞的部分をあまりやるイメージがないような、中さんや山内さんがしている、というのが、面白いといいますか、とても画の新鮮さがありましたね。でもこれは弘さんが後ろにいてしっかりやっているところが大きいと思います。しかしカメラさん、確かに珍しいイメージのある中さんと山内さんを映すのはいいですが、もっとこの部分では弘さんを映しなさい(?)(最後の方にちょっとだけだった)。今後製品化されたり後日映像として見れる機会がある時はその辺の編集お願いします(?)(弘過激派)(謎目線シリーズ)。

 

16.恋は、ご多忙申し上げます

「そろそろ盛り上がっていきましょう」と。この前奏は「太陽は罪な奴」…?「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」…?。いやいや「恋は、ご多忙申し上げます」でございますよ、おじさん(小ボケを挟むでない)。

このライブ用overtureの間に会場の様子が映っていたのですが、会場にいる方がワッと一気に立ち上がる感じではなく、少し遠慮がちに徐々に立ち上がっていく様子が、原さんのライブ、という感じが致しました(?)。

資生堂のCMソングだったこともあるのか、歌詞もサウンドもキャッチーではないですか。特にサビの「"Only you" ときめき Busy 二人だけは 恋・視点・ルール Love Me Do 互いにプレッピー 公私共に Life is Busy」なんてフレーズは桑田さんが書くけど、桑田さんは歌わなそう、原さんの為に作った感がありますよね。「ときめき Busy」=「ときめき美人」、「公私共に」=「恋しい共に」だったりの桑田ワールド全開なフレーズも多々あったりと気合の入り方が違うように見えますね。

所謂煽りコーナーでの披露でしたのでラストの「恋人を想えば秋風が吹くの 彼のことが今も忘れられない」はもしかするとカットかしら…と思っていましたが、しっかり歌ってくれたのが嬉しかったですね。春に秋風が吹くのもまた良いではありませんか…。

個人的にこの曲は原さんソロ曲の中では特に生で聴いてみたい曲の1つでして、今回ライブビューイング、という形ではありましたが、その1つが叶ったことは嬉しかったですね…。

更にもうひとつ個人的な話をさせて頂きますと(いらぬ)、この曲を歌うととてもテンションが上がるので、普段テンション低めで所謂陰のものである私のテンションを上げさせたい時には頑張って歌わせて下さい(?)(自分でテンション上げなさい&そういうコミュニケーションを取る努力をしなさい)。

 

17.ハートせつなく

原さんの盛り上がる曲といえばこの曲になりますでしょう。1991年の「花咲く旅路」ライブから今回のライブまで皆勤であり、所謂煽りコーナーの前半部分を担当とポジション的にも固定されている故にやりやすさがありそうですし、何よりポップポップしていますからねえ。

この曲は桑田さん作詞作曲ということもあるのか、時期的なものもあるのか原さん版「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」といった感じがありますね。ポップなサウンドに歌詞は失恋のものが載っている、というのが近いといいますか、そのままのテーマで原さん版を作ろう、という形になっていったのでしょうか。そういった曲がライブにおいても同じような立ち位置にいる、というのもまた興味深いものがあるような気がしますね。

何より原さんの「ハートがせつなくて〜」のあの歌い方といいますか、あの部分の本当にせつなくなってしまう歌声がまたねえ…。それに「恋は、ご多忙申し上げます」からの流れというのもせつなくなりつつ、もうニコニコでございましたよ(?)。そういえば2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」ではこの2曲の並びが逆だったのですよね。

 

18.スローハンドに抱かれて(Oh Love!!)

客席から由子ちゃんに気兼ねなく「Love」と呼びかけが出来る曲でお馴染みとなりました(?)(都合の良い解釈)、この曲でございます。

原さんの曲にはあまりないサウンドの曲、というイメージではありますが、その原さんが大好きなエリック・クラプトンをテーマにした歌詞を桑田さんは付けることで、如何にも原さんの曲となった、というイメージがあるのですよね。

エリック・クラプトンといいますと桑田さんも好きで敬愛している音楽人の1人ではないですか、そして当然原さんも大好きであることを知っているのにも関わらず「アタシ好みじゃないけど 誰も放っとかないよね」と原さんに歌わせるのは、桑田さんの遊び心なのか、ある種の嫉妬なのかは分かりませんが、とてもらしさを感じてしまうのですよね。「二人で見てあのEric Claptonに涙した」(いちょう並木のセレナーデ)なんてフレーズを歌わせているくせにね(?)。

この曲は原さんの作曲となっているのですが、それがこの曲で1番凄いといいますか、基本的に原さんソロの煽りコーナー曲は桑田さんによる作詞作曲のものがほとんどの中で、そういった中に並んでいるというのが、おかしいわけではありませんが、シンガーソングライターとしての原さんの力のようなものを感じてしまったのですよね…。

アウトロは前回と同じく「レイラ」のギターでしたね。そしてそこが終わりますと原さんのキーボードパートへ。後でここは「レイラ」のピアノパートのところであるという話を聴きまして、…これはもしかして学生時代に原さんが桑田さんにピアノが弾けると「レイラ」の一節を弾いて聴かせた…というエピソードのその部分だったのでしょうか…?。

 

19.じんじん

原さんが立ち上がり、銀テープがパーン。もうこの曲しかないですよね。

2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以外のライブ全てで本編ラスト曲となっている曲ですが、最後にする意味があるといいますか、最後原さんが解放されてハンドマイクで前に出ることが出来る曲というのがまさに「じんじん」ということなのかしら…と。

過去の煽りコーナーの流れですと「ハートせつなく」→「○○」→「じんじん」というのが、パターンとして定着していますが、ある程度パターン化していた方がどうしてもライブの間隔が空いてしまう原さんとしてもやりやすい、安心感を持てる、というのがあるのかもしれないですね。この曲で最後にハンドマイクで前に出るというのも、流れの中にある方がより解放的に歌える、ということなのでしょうか…。

「あじさいのうた」でも書いたのですが、この曲も「雨が降っている」というフレーズから始まるではないですか。ライブ本編が雨で始まり、雨で終わるというのが、京都の初日とこの鎌倉最終日の天気と同じであるというのが、もちろん偶然ですが凄いことではないでしょうか。しかもその「あじさいのうた」と同じくステージのバックには再び番傘の画が。

この曲で本編は終了。アンコールへと入っていきます。

 

En1.恋のフーガ~そんなヒロシに騙されて

原さんとTIGERさん以外のメンバーが登場し、誠さんが「ガンガンいくぞー」と言って始まったのは、「Walk Don't Run」でした。ムクちゃんのアルバム「UKULELE CALENDAR」収録のカバーをちゃんと聴いていたので、知っている曲の反応が出来て良かったです(?)。誠さんがガンガン~と言った時に金原さんが「おー」という感じで拳を上げていたのが金原さんらしくて良かったですね。「東京VICTORY」かと思いました(?)。

続いて上手からTIGERさん、下手から原さんが登場し始まったのは「恋のフーガ」でございましたね。「Act Against AIDS’97 歌謡サスペンス劇場」をよく見ているので(以下略)。近年のサザンや桑田さんライブに見られます何かしらのカバーを持ってきて、次に繋げる、という流れがありますので、そういった流れに持っていく1つかしら、と。それと原さんライブには初参加のTIGERさんにもスポットを当てる、という意味もあったのではないのでしょうか。

そして予想通り繋げてきましたは、ついに登場「そんなヒロシに騙されて」でございます。「恋のフーガ」で騙そうとするとは、原さんも罪な奴ですね(?)。

弘さんがいますからまあやるでしょうと。とはいえ天邪鬼な私は、弘さんがいるからこそやらない、そういう意味で騙されて、ということも期待(期待とは?)していたのですが(?)。

「そんなヒロシが」のところは3回繰り返していましたね。その度にちゃんと弘さんを写すカメラ。それです、求めていたものは(?)。ベタ過ぎてこういった演出はサザンではやらないではないですか(普通にやりそうなところもありますが)。原さんのライブということもありますし、だからこその演出、といったところでしょうか。

最後には「そんなチエコが」を3回繰り返し、前に出て金原さんが踊り出すといったところがありましたが、最後原さんが笑ってしまい歌えていませんでしたね。

とても盛り上がっていましたし、この曲を本編最後に持ってきても充分なくらいでしたね。でもこの曲が最後だったらコント的な子芝居を付けるだろうな、とも思いつつ。

 

En2.花咲く旅路

「旅」のコーナーで演奏されなかったので、その時点でおそらくは最後の曲になるかな…と思っておりました。

「世の中は ああ世の中は なぜこんなに急いてと流れてく」というフレーズは年々、というよりも日々感じるようになりつつありますが、こう聴きますと改めて深く感じてしまうといいますか…。

最後の曲になっていてもおかしくない曲なのですが、最後となったのはこのライブが初めてとなりました。現在CMで使われているというのはもちろん、原さんソロ45周年というのもありますから、そういった意味でも最後に歌われる、というのは今回の京都・鎌倉というライブという名の旅路はもちろんのこと、サザンとしても、1人の音楽人としても、そして1人の女性としての原由子の旅路は続いてゆく、まだまだ旅路の途中である、ということを改めて示した選曲だったと思うのですよね…。

つまり原咲く旅路ということです(?)(台無し)。



ライブは終了し、センターに皆様集合となりました。今回はダンサーの方の人数が少なめだったこともあり(6人でしたっけ)、ダンサーの方1人1人を紹介していましたね。

原さんの紹介はもちろん弘さんが担当でした。

ここで「去年は体調を崩すことも多くて、これが最後のライブになるのかも…」といったような不安があったようでしたが、その後「でも大丈夫みたい」と笑顔で原さんらしく話していましたね。そして「平和でないと音楽は出来ません(楽しめません、だったかも)からね」とも。

最後にまた天の声が聴こえてきたのか、「気持ちのいいやつやってもいいですか」と。「1.2.3.ダー」で締め、何故か(鎌倉だからでしょうね)「古の風吹く杜」が流れる中ライブは終了したのでございました。



さて、ライブの方を改めて振り返ってみましょう。

「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」以降のライブはどうしても間が空く、特別感のあるライブ、といったところもあるのか、ベスト的な、原さんソロでも知名度が高めな曲で構成されている、といった感じがしていたのですよね。それが今回は3年ぶり、という比較的間隔が短いタイミングでのライブ開催、ということからか、「春待ちロマン」や「Anneの街」、「夕方Friend」といった珍しい曲がセットリスト入りしていましたね。しかもこの曲は全て作詞作曲原由子、という曲ですから、ボーカルはもちろんキーボードやギターだけではない、そういった部分にスポットを当てる、今回登場しなかったことを含めて全て桑田佳祐任せではない、という自我、というほどではきっとないと思いますが、45周年、という区切りだからこそ表に見える形で出してきた感じがしたのですよね。

あとライブがあるということで新曲も期待していたのですが、無かったですね。新曲の無いライブ、というのもサザンやソロを含めてかなり珍しいところではありましたが、そういったものがなくても、ライブを開催してくれた原さんには本当に感謝でございます。

 

とても素敵な時間を過ごすことが出来ました。

 

最後に原さんを初め、サポートメンバー・ダンサーの皆さん、そしてスタッフの皆様、本当にありがとうございました。またひとつ大切なものを頂いてしまいました。

お互い元気におだやかに ああおだやかに過ごして参りましょう。





余の談

はい、いらない余談のコーナーでございます(でも結局書くのね、あんたは)。

念願の原さんライブでございましたが、今回も迷いました。

やはり平日開催というのは悩むものでございまして…。とはいえ今回は前回出来なかった応募する、ということだけはしたのですよね。もちろん落選でございましたが、正直そこにダメージは全くなく応募しなかった(できなかった)、という2023年「原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」」の無念を繰り返すことはなかった、という1つの後悔を消した、という安堵感があったのですよね。そういえば私が最初にチケットで「落選」という言葉を受け取ったのは、2010年「原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ」でしたね。原さんはいつも人生の厳しさを教えてくださいます(?)。

とはいえ、ライブビューイングも当初は時間的に厳しいか…と思いましたが、最終的にこちらのチケットを入手することが出来そうになったことと、途中からでも入る(とても人に迷惑をかけそうでそれが嫌だった)覚悟を持ち、ようやく決断した、という形になりましたね。

これも婦人の肖像ライブのライブビューイングを諸々で諦めた、という無念があってのことだったと思います。そう、私は原さんソロも大好きなのよ(皆さんそうよ)。

最近は後悔ばかりの人生の中で、どう後悔を1つでも消していくか、というのが人生の(大袈裟)テーマになっている感があるので、それを消したい、という思いで行動していると思うのですよね、私自身が意識しているいないに関わらず。

でもその後悔を消す「作業」にしていいのか、ということを今回ライブを見ながら思ってしまったのですよね…。

まあこれからもそういった考えは変わらないかもですが、いつも通り諦めるものは諦めて、もう少し気楽に趣味として謳歌出来れば1番ですよね、きっと。

いや、しかし本当余談だな、これ。もしくは愚痴である。

しかしどうやらここまで読んで下さるという心の広い方が一定数いるという噂ですので、このあたりで筆を止めたいと思います。

 

ここまで読んでくださった方ありがとうございました。そしてごめんなさい。

そんなあなたのチケット当選率が少しでも上がりますように…。そしてうっかり私に逢ってしまいましたら、私のチケット運(言うほどない)を気付かない程度に上手く吸い取っていってくださいね(?)(何、この締め方はさ)。

 

原由子歴代ソロライブについての雑な振り返りのようなものを

1月29日に原さんのソロデビュー45周年記念ライブ「伊右衛門 presents 原由子 45th Anniversary Live「京都・鎌倉物語 2026」」の開催が発表されましたね。

そこで原さんの過去のワンマンライブについて雑に勝手に振り返ってみたいと思います。

 

一応初期のライブで学園祭を周ったり、「飲めばライブコンサート」といったライブはありましたが、明確にセットリストが残っている&ワンマンである

・花咲く旅路(1991年)

・原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ(2010年)

・原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」(2023年)

3つのライブについて書いていきたいと思います。

 

 

・花咲く旅路(1991年)

1991年の2枚組アルバム「MOTHER」のアルバムツアーであり、時期としてもソロデビュー10周年のタイミングでもあり、そういった周年も兼ねたライブだったと言えるのではないのでしょうか。

また東京・大阪・名古屋という所謂東名阪ライブであり、しかも東京は日本武道館公演と、今見てもまた当時としても、ソロ歌手原由子としては大きな挑戦だったことが感じられますね。ちなみに今年の京都・鎌倉でのライブはこの時以来の複数会場公演となります。

セットリストとしましては、アルバム「MOTHER」の収録曲20曲中18曲が演奏され(演奏されなかったのは「夜空を見上げれば」と「キューピーはきっと来る」)、アルバムツアーとしての基本線は保ちつつも、サザン名義曲からはカバーの「愛して愛して愛しちゃったのよ」を含め4曲、1stアルバム「はらゆうこが語るひととき」、2ndアルバム「Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd」からそれぞれ2曲ずつの選曲とバランスがとれたセットリストになっていますね。特に「はらゆうこが語るひととき」からはデビューシングル曲でありました「I Love Youはひとりごと」とアルバムの1曲目であった「My Baby Shines On Me」という原さんソロのスタートといえます2曲を選曲しているところに、周年ライブであり、また実質初のワンマンライブであった、というところがより見えてくる気がしますね。ちなみにこの「My Baby Shines On Me」を含めたアンコール曲について、表記の揺れといいますか、ちょいと厄介なことになっているところがありまして、詳しくは以前に書きました、私の性格の悪さが出た(?)雑文のリンクを載せておきますので、心が広い方は(?)チェック頂ければと思います。

 

公式による原由子ライブツアー「花咲く旅路」のアンコール曲表記が違う件についての雑なまとめのようなものを

 

ドラムは弘さんが参加されていますが、それにも関わらず(?)「そんなヒロシに騙されて」は演奏していないのですよね。35年ぶりに弘さんが参加される今年のライブはどうなることやら…。

演出を見ますと、何度か衣装チェンジがあったり、「UFO(僕らの銀河系)」では振付での歌唱があるなど、バンド女子、というよりもアイドル的な見せ方をしていたり、「かいじゅうのうた」では途中ウルトラマンが登場しヒーローショーが始まるなど、「MOTHER(お母さん)」を意識したような演出があるなど、サザンとしても、後の原さんライブを見てもこの時だけの、1991年の原由子にしかできない演出が多数あったのも大きな特徴の1つではなかったのではないのでしょうか。

何より原さんのMCや煽りが、普段のほんわかしている雰囲気とは違い、語尾が強めといいますかある種の強さを感じてしまうのですよね…。それは母としての強さでもあり、よく緊張することを話している原さんの1つ緊張に負けない強さを持った仮面を付けていたのかしら…と今更ながらに思ってしまうのです。その仮面がふと取れた瞬間泣きながら歌っていた「少女時代」やサザンのメンバーが登場したアンコールの時だったのかしらと。

余談ですが、こういう時に真っ先に駆け寄る毛ガニさん最高ですよね…。「HOTEL PACIFIC」のポスターで原さんの腕をつかみサポートしているような感じや「茅ヶ崎ライブ2023」での本編ラストの「マンピーのG★SPOT」後の小芝居(?)で泣いている(ふり)の原さんの横にいて慰めるところとかね。原さんと毛ガニさんの「原×カニ」はいいぞ、とおじさんは語り継いでいきたいと思います(?)。

 

・原由子スペシャル「はらばん」鎌倉ライブ(2010年)

「花咲く旅路」から実に19年ぶりのライブとなりました。これ以降原さんのライブは鎌倉芸術館で行われることになります。

今回は1980年、サザンのアルバム「タイニイ・バブルス」収録曲である「私はピアノ」で初めて原さんが単独ボーカルをとって30年、というもうひとつの周年と、ベストアルバム「ハラッド」発売に伴うライブとして開催されました。

バンドメンバーも斉藤誠さんや片山敦夫さんといった一見お馴染みの方々が参加されていますが、原さんライブに片山さんは初参加、誠さんはHARABOSEなど初期の原さんライブやテレビでのスタジオライブや音楽番組を除けばワンマンライブへの参加は初と言ってもいい、といったサザンや桑田さんソロでは欠かせない2人の「初めて」が見られたという別な意味でも珍しいライブでもありましたね。ちなみにバンドメンバーでギターが1人、というのも原さんワンマンライブではこれが唯一となっております。

セットリストは全て「ハラッド」からの選曲となっております(ベストが出てのライブですしそりゃそうか)。

前回の「花咲く旅路」と同じく「いちょう並木のセレナーデ」、そして「唐人物語(ラシャメンのうた)」は原さんがギターを弾いて披露していましたね。このギターを持つ原さんというのも、サザンのライブでも時々披露していたとはいえ、原さん自身がボーカルを務めつつの披露、というのは原さんワンマンライブでのお約束の1つとなりましたね。

「ハラッド」に新曲として収録された「京都物語」がサザン名義での「鎌倉物語」・「唐人物語(ラシャメンのうた)」と並んで「物語3部作」というような扱いになっていたこともあってか、この物語3部作は全て披露されましたね。今年のライブはライブ開催場所と曲名にかけて「京都・鎌倉物語 2026」となっていますが、唐人物語先生の運命は如何に…。

その新曲「京都物語」の前に「私はピアノ」が演奏されている、というのがまた良いですよね…。一番最初のボーカルを取ったと一番最新の曲が並ぶ、というのは個人的にとても好きで、そういった「歴史」が10分あるかないかの時間に詰まっている、というのが何とも色々と考えさせられるところがありますし、考える人(わしはロダンか?)である私としてはそそられるものがありますね(?)(などと意味不明の供述をしており)。

アンコールでの「いつでも夢を」では桑田さんが登場しています。しかし後日WOWOWで放送された際にはこの曲のみ放送されませんでした。何と申しましょうか…。もちろんお互いに相手を立てている、というのはありますが、どうしても桑田さんが出てくると、それが原さんのワンマンライブであっても全てを持って行ってしまうではないですか…。この曲を来た人だけのお楽しみにして、純粋な原さんライブ、という形に放送でした、というのは、ソロシンガー原由子への敬意、とも見えますし、桑田佳祐がステージに表れない(実際には出ていますけど)原さんが1人でやりきったパッケージというのがまさに「はらばん」というタイトルを表しているように感じてしまうのですよね…。

そういえばこのライブは「あじさいのうた」でスタートしていますね。前回が「私はピアノ」、次回が「鎌倉物語」と、サザン名義で桑田さんが作った曲でスタートした、というのと違って、原さん自身が作詞作曲した曲でスタートした、というのもまたそういった見え方に影響を与えたのかしら…と。

 

・原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」(2023年)

「はらばん」から13年と前回よりは少し間隔が短くなっての原さんソロライブでしたね。

今回はライブタイトルにもありますようにアルバム「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」を伴ったライブとなっておりました。アルバムからが全曲が演奏されていますが、これは桑田さんソロだと2011年「MUSICMAN」、サザンでは何と1982年「NUDE MAN」(インスト曲を除けば1984年「人気者で行こう」)以来ありませんでした新作アルバム全曲ライブ演奏となっていたのですよね。

セットリストも「私はピアノ」と「鎌倉物語」の2曲以外は原さんソロ名義の曲が演奏されており、サザンの、ではなく1人の歌手としての原由子としてフィーチャーされている感がありますね。そして逆に言えばそういったソロ名義曲中心の中にあっても、「私はピアノ」と「鎌倉物語」は絶対に外せない曲ということなのでしょうね、きっと。

そして今回も前回に続きまして「いつでも夢を」で桑田さんが登場しましたね。2度続いた、ということはこれもまた定番化していくのでしょうか…。今回はここにも注目ですね。ちなみに余談ですが、近年の桑田さんはステージでの動きやすさや足への負担が考慮されているのか、スニーカーでステージに上がることがほとんどとなっていますが、今回は最後の1曲だけということもあったのか、おしゃれ革靴(もっといい説明が出来る気がしますが、私はそういうところに疎い)を履いてのステージでしたね…。ほら、桑田さん出ちゃうとそっちに文章も持ってかれちゃうでしょ(?)。

原さんに戻りましょう。原さんソロ曲で「少女時代」や「花咲く旅路」、「いちょう並木のセレナーデ」はライブの定番となっておりますが、「少女時代」と「花咲く旅路」は序盤、「いちょう並木のセレナーデ」はアンコールとポジションが明確になりつつありますね。特に「少女時代」は感極まる「花咲く旅路」でのライブとは対照的に、今回や前回の「はらばん」では3曲目にさらっと歌ってしまうところに良い意味での時の流れを感じてしまうといいますか、自然体で歌える曲になったのかしら、と思ってしまうのですよね。

このライブのキーボードにはアルバムの共同制作者であり実質桑田さんと共にプロデューサーを務めていたといっていい曽我淳一さんが参加されていましたね。歴代のサポートキーボードを見てみますと、「花咲く旅路」では小林武史さん、「はらばん」では片山さんと毎回変わっているのが興味深いですね。「花咲く旅路」や今回のライブのようにオリジナルアルバムのライブでは、プロデューサー(共同制作者)と、ベスト的ライブではオールラウンドな片山さんと分かれているのが面白いですし、何と申しましょうか…。原さんや桑田さんの鍵盤楽器への考え方でしたし必要性の高さがこういったところに見えてくるように思えてしまいます。

サポートメンバーもサザン関係では久しぶりの小倉博和さんや、前回に続いてコーラス参加のYUKA(村石有香)さんなど原さんが自ら選んだようなメンバーが揃っている、というのももう1つ興味深いところではありますね。アルバム自体も過去のアルバムと比べて編曲クレジットに原さんの名前が多く書かれているところがありますし、原さんに多くの主導権があったライブだった、といえるのではないのでしょうか。



などなどと、またも雑に振り返ってしまいました。

今回のライブは45周年ということ、片山さんもいますし(?)「はらばん」のようなベスト的ライブになるのでしょうか。「京都・鎌倉物語」とライブタイトルにありますからこの2曲は確定と言えるでしょう(京都と鎌倉で敢えて分ける可能性もありますが)。

そして何より新曲なしでライブ、というのは考えにくいので、ライブまでには何かしらの新曲情報があるのではないのかと思いますね。

またセットリストとしましても、上記しました「少女時代」・「花咲く旅路」・「いちょう並木のセレナーデ」のポジションに変化はあるのか、終盤の流れの中であります「ハートせつなく」→「○○」→「じんじん」というパターンは崩れるのか維持されるのか…といった点も気になるところではありますね。

個人的には「はらゆうこが語るひととき」や「Miss YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd」といった初期アルバム曲や配信だけのリリースとなりライブで演奏されたことのない「ウルワシマホロバ~美しき場所~」・「ヘヴン」といった曲にスポットが当たれば嬉しいわね…と。桑田さんもラジオでやたら「ヘヴン(先生)」と連呼していますし(?)(それは「ばけばけ」の感想です)。

 

等々思うことはたくさんありますが、まずは無事にライブが開催されることを願って雑文を締めたいと思います。



えっ…いつもの余談…?。今回はありませんよ、ええ…(これこそ余談)。

 

豊崎愛生「LAWSON presents 豊崎愛生 カバーコンサート2025 AT livingⅡ ~sing of youth~」の感想のようなものを

6月29日にヒューリックホール東京で行われました豊崎愛生さんの「カバーコンサート2025 AT livingⅡ ~sing of youth〜」の昼夜公演にうっかりこっそりとお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。

 

…開催日にこの更新日を見ていただければ分かるように、半年も空いてしまいました。しかもその後にお邪魔したライブ(「九段下フォーク・フェスティバル'25」)の感想の方を先に書いてしまっているという暴挙(?)に出てしまった故に記憶の忘却等々あるかと思いますが、ご了承くださいませ…(多少は書いていたのですが(言い訳))。

あ、余談がとても多いので、上手く飛ばして頂ければありがたいです(分かっているなら書くなシリーズ)(そうなると何も読むものがなくなりますよ、あんた)。



豊崎愛生さんのライブは初めてでございました。実は1stライブの時から1度はお邪魔してみたい…と思ってはいたのですが、勇気がなく…(未だライブにちょっとだけ苦手意識があるのです)。

2018年くらいからでしょうか。(勇気をもって)逢いたい人に逢いに行く、というテーマを密かに掲げておりまして、そういったライブやイベントに行く、ということをスローペースで始めていたのですよね。とはいえ豊崎さんにはその前、「A&Gオールスター2012」というかなり早い段階でお逢いすることは出来ていたのですね。しかしおかえりらじおの、ラジオパーソナリティの豊崎さんにはお逢いしていましたが、歌手として歌う豊崎さんには逢えていなかったのです。そうしている内にいわゆる1つのコロナ禍とやらがありまして、その逢いたい人に逢いに行く企画は頓挫。次の豊崎さんライブは…と思っていたのですがそれも頓挫してしまいました。2021年の「Camel Back hall」はその余波もあり断念。必ず次こそは…と思い4年、今年ようやくそのチャンスがやってまいりました。

しかし今回は「カバー」ライブ。…悩みました。個人的にライブというものは、曲をすべて聴いて分かっている方のライブに行くことを許す(許す?)、という、自分ルールを作ってしまっているのですよね。私、音楽を全く知らないやつですので、カバーライブというのは、=知らない曲をやる、という認識でして、それで某サザンの某桑田さんが行っていた某AAA(主に某ひとり紅白を指す)(某の意味何もない)も応募すら知らなかった、という身でしたので…。

しかし今回も逃してしまえば、また次がいつになるかは分かりませんし、申し込みだけでもしなければ、きっと絶対に後悔する…というのが頭から離れませんでした。豊崎さんの方からオリジナルの曲もやります、というお話があったこともあり、思い切って応募。まさかの昼夜共にご縁があるとは…でした。

 

何だかんだで当日。有楽町で豊崎さんと逢いましょう…と思いつつも、やってまいりました、いつものライブマリッジブルーと勝手に名付けている、緊張で帰りたくなる病。カバー、ということもあったと思いますが、初めての歌う豊崎さん、という部分でよりやられていたのかもしれません。

何とか会場内へ侵入し、席へ。昼が上手側、夜が下手側と視点が変わるのが良かったですね。個人的には上手側に当たる割合が高いこともありまして、片方に寄りそうな予感がありましたもので。

 

いよいよ開演。昼夜公演ブレンドで書いていきたいと思います。

いつもは1曲1曲について、長々と訳の分からないことを書いていましたが、カバー曲のところはひとまとめにさせていただきます。

 

1.トワイライト(GOING UNDER GROUND)

2.Funny Bunny(the pillows)

3.若者のすべて(フジファブリック)

4.銀河鉄道の夜(GOING STEADY)

5.スパイダー(スピッツ)

6.コーヒーと恋愛(サニーデイ・サービス)

7.カルアミルク(岡村靖幸)

8.愛し愛されて生きるのさ(小沢健二)

 

開演となり、会場が暗くなりましたが、夕方の、夕陽に別れを告げた時間帯の雰囲気と虫の声が聞こえてきまして、まずバンドメンバーの皆様が登場。そして最後に豊崎さんが登場しました。ここで私の緊張はピークです(?)。とはいえ、豊崎さんがステージ中央に立ち、曲がスタートする前のあの沈黙といいますか、あの一瞬でそういった緊張が引いた感じがあったのですね。普段は1曲目に入ってから、スッと落ち着いていくのですが。あれはあれでまた不思議な感じでしたね…。

今回のライブで披露されたカバー曲は事前に全て告知されていました。しかし最初に書いた文と矛盾するようですが、1曲も知らなかったくせに全く予習せずに望んだのですよね…。もちろんこれも悩みました。しかし1曲もオリジナルを知らないで、豊崎さんのボーカルで(ある意味豊崎さんの新曲という意識を持って)聴いたらどんなことを思うのだろうか…?という思いが芽生えてきまして…。

結果的には無意識にとはいえ、やはり「カバー>オリジナル」という感覚で聴いてしまったな、と。ただそれ故、なのか分かりませんが、曲の間のMCで話す豊崎さんの曲への想い出とその曲の間を、ある意味で新鮮に、深く思い考えることが出来た気がします。なんと申しましょうか、その学生時代から上京し声優になっていく、豊崎愛生という人物の人生と記憶、そして音楽の旅をしていたかのような。そういった意味では、変に予習せずに行ったことがいい方向に向いていたような気がします。ただ、常に頭の片隅に「分からない曲ね…」と浮かんでしまうことだけが余計でしたが(嫌ね、無知というのは)。

それは曲を聴きながら、モニターに映る曲名を見ながら感じていたことだったのかもしれませんが、曲の並びが学生時代(青春時代)から所謂大人になっていく、時系列の形で並んでいるわね…と。

このカバーコーナーでは「若者のすべて」・「コーヒーと恋愛」・「カルアミルク」の3曲が特に良かったと感じましたね。特に「コーヒーと恋愛」と「カルアミルク」は豊崎さんの雰囲気や声に合っているように感じましたね。最後にこのライブの模様が一部音源化される、とのことでしたので(まあカバーコーナー曲は全部入るでしょう、と勝手に思っていますのでそれを前提としまして)、その日がやってきた際には、また何度も聴いて振り返って、色々と考えたい感じたいな、と。

個人的には最後の「愛し愛されて生きるのさ」で「10年前の僕らは胸をいためて「いとしのエリー」なんて聴いてた」のフレーズを聴いた時には、思わず飛び上がりそうになってしまいました。私、サザンオールスターズが人より少し好きでして、小沢健二の曲にこのフレーズが使われているらしい、ということは眼にしていたのですが、それがこの曲なんて…しかもそのフレーズを豊崎さんのボーカルで聴けるなんて…という感動なのか、驚きなのか分かりませんが、あの昼公演でのあの瞬間の感情の飛び方(表には出しませんが)は、予習しなかったからこそ得られたものなのかもしれませんし(夜はそのフレーズに入る前に構えていましたから、予習していたら、そういう昼公演もそういう態勢になっていたのでしょうね、きっと)、好き(豊崎さん)と好き(サザン)が不意打ち的タイミングで重なった時のあのパワーは凄い、といいますか、良い意味で恐ろしいものがあったわね…などと思っておりました。

そんな曲名が「愛し愛されて生きるのさ」なのがまた良いではないですか…。だって歌うのが豊崎愛生さんなのですから…。完璧です(?)。

 

ここで第1部が終了。休憩を挟み、第2部(オリジナル曲コーナー)という流れとなりました。

 

昼公演

9.ぼくを探して

皆様ご登場前から雨音が流れていまして(これは結果的に昼夜共にでしたが)、「もしかして…?」と思っていたところにまさに、でございました。

初めて豊崎さんのライブにお邪魔した身としましては、前半のカバーパートを除けば豊崎愛生としてのオリジナルソングで最初に生で聴いた曲、となるわけですが、「ああ…この曲が最初になるのね…」と。

好きな曲、というのはもちろんあるのですが、1stシングルの「love your life」で豊崎さんとしての歌声を認識して、それが馴染んだ頃(そういったところにちょいと時間がかかるタイプ(どんなタイプ?)でして)に出たこの2ndシングルでその良さ、のようなものを本当に分かり始めたきっかけのような曲だったので、そういったきっかけを持つ曲がもちろん偶然ながら最初に生で聴く曲になった、というのが、不思議であり、そういうものを引き寄せてしまうのかしら…と感じてしまったのですよね。

豊崎さんの歌声は「ぼく」という一人称がとても似合う声だと個人的に思っておりまして、その原点といいますか、その「ぼく」としての始まりの曲でもあるこの曲をオリジナルの最初に聴けた、聴いてしまった、というのはまたずっと私に残り続けるものだと思ってしまったのですね。

そしてちょっとだけ泣いてしまいました…。

 

10.March

正直に申し上げますと、まだ「ぼくを探して」に想いが持って行かれたところがございまして、最初に「あれ…曲名なんだっけ…?」と曲名をど忘れしていてしまったのですね(「かっこつけてる」のところあたりで思い出しました)。あまりこういう忘れをしない方だと思うのですが、ここに懺悔いたします。Marchさん申し訳ございませんでした。

MCで豊崎さんが選曲について「季節の違う曲を意識した」といったことを話していましたが、言われてみれば確かに…と。

「March」にはいろいろな意味が含まれていると思うのですけど、その1つに3月というのがあると思うのですよね。3月というのは別れの季節でもありますし、その別れと「ぼくを探して」の「探して」という部分が私の中でどこかリンクしまして、この2曲の流れとても良いわね…と。

 

11.シロツメクサ

もう、どうしましょう、ですよ(?)。

いつかライブにお邪魔することがあるならば、特に生で聴いてみたい豊崎さんの曲、というのが当然私の中にあるのですが、「ぼくを探して」に続き、そう願っていた曲の1つがまた目の前で演奏されているという、その状況にそんな思いを抱いてしまったのですよね…。

「ぼくを探して」で豊崎さんの歌声について書きましたが、それが完全に馴染んだ、というとまた違うのかもですが、この曲を初めて聴いた時に「あ…ちゃんと好きになれるのかも…」というようなことを思ってしまったのですよね。私、初めてラジオで豊崎さんの声を聴いた時に所謂一目惚れならぬ、一聴き惚れをしてしまいまして、それ故なのか、そのラジオで聴く声と歌声の違い、といいますか、多分と言いますかそういった感覚がアホですので、そこの「ずれ」のようなものをどこかで持っていたと思うのですよね。それがちょうどこの曲のタイミングなのか、この曲へ単に一聴き惚れに近いものを抱いたからなのか分かりませんが、その「ずれ」がなくなった曲という印象をずっと持っていたのですよね。ラジオパーソナリティの豊崎愛生さんと歌手の豊崎愛生さん両方が自分の中で重なった、ということなのかもしれませんが…。

故に歌手・豊崎愛生のイメージとして最初に浮かぶ曲、というような感覚がありまして。

しかし昼公演は「愛し愛されて生きるのさ」からここまでの感情の揺れ、といいますか、そういった考えで頭の中が凄かったですね。しかも泣いちゃうし(?)。本当に勇気を持って、このライブに来て良かった…ととても実感していた瞬間だったと思います。

 

12.トマト

良い意味で大人だからからこその可愛い曲、という印象を持っている曲でございまして、比較的暗め、といいますか、少しビターな雰囲気の曲が多かった持ち歌曲コーナーの中では、ポップで可愛いらしいこの曲がこのタイミングで演奏された、というのはよりそういった可愛いさを引き立てていたようにも思ったのですよね。

「あなたを見せて」とも歌っているところもありますが、「かっこ悪い私を見てて」というフレーズがとても好きなのですよね…。何と申しましょうか…。そのフレーズを歌う豊崎さんがまた好きといいますか、長くラジオを聴いていた分、(もちろん話すことのラインはあるにしても)ありのままを話していた豊崎さんだからこその、ある種ラジオパーソナリティとしての豊崎さんをずっと聴いていたからこそ、ふっと良いわね…という思ったことを今まで持っていたのかしら、と。

ちなみに私はトマトさん(食べ物の方)に関しましては、好きではありませんが、食べなさいと言われれば食べれるくらいの適度な関係性を保っております(?)。

 

13.ディライト

あっという間に昼公演最後の曲となってしまいましたね。

印象的だったのは、最後の曲ということもあったのか、曲中頻繁に客席に手を振っていたのですが、「バイバイバイ」や「バイバイ」というフレーズのところでは豊崎さんは確か一度も手を振っていなかったのですよね。表現として正しいのかは分かりませんが、あれは凄い、と思ってしまいました。

あの手の振りは最後の曲故の「サヨナラ」という意味ではなく、「ありがとう」、そして「また逢いましょう」という意味だったのかしら、と(有楽町だけに(?)(蛇足))。豊崎さんにはあまりネガティブのイメージがないではないですか…。昼か夜公演どちらのMCで話していたのかは忘れてしまいましたが、1年に1度は皆さんにお逢いするような機会を作りたいと考えている、というような内容の話をしていたと思うのです。これが昼公演のラストで夜も控えているから、というのもあるのかと思うのですが、こういった別れがテーマの曲でも、続きがある、という意味合いをとても感じてしまったのですね。

夜もお邪魔するくせに、「また歌う豊崎さんに逢えるといいな…」とまるで夜公演の終了直後のようなことを思っていたアホなおじさんでございました。

 

夜公演

9.CHEEKY

夜公演も昼公演と同じく雨音が流れていましたね。夜のオリジナル1曲目は果たして…?と思っていましたが、この曲でしたね。

昼の「ぼくを探して」もそうですが、良い意味で1曲目らしくない、といいますか、少し暗さを感じる曲で入っていくというのは意外な感じはしつつも、カバー曲が豊崎さんの青春時代から所謂大人の世界に足を踏み入れる頃の時代に聴いていた曲、ということを考えますと、その後色々な経験をし、大人になった、といいますか少し客観的目線を持って自分自身を見ているような、そういったある種の冷たさ、ではありませんが冷静に今を見てるような、ある種対比させているような選曲、という印象を受けたのですよね。

雨の音で始まる、というのがまた良いじゃありませんか…。

 

10.タワーライト

この曲はなんとなく演奏するかな、と思っておりました。東京ですから…という単純思考での考えではあったのですが。

とはいえ、後で考えますと、豊崎さんは東京タワーが好きでそれがこの曲に表れている、というようなことを話していたと思うのですが、この曲も大人になってからの豊崎さんを表している曲、とも解釈出来ますし、そういった意味でも繋がっているとも言えますから、当たり前ですかとても考えられているセットリストだな…と。

夜公演での演奏、というのもまた…ね。セットの木か何かが(忘れている)ちゃんと歌詞にもある東京タワーのオレンジ色になっているのも良かったですね(あれ、そうなってましたよね…(このあたりの記憶の自信がない))。

「CHEEKY」の最後に「さみしいよ 口にしたら笑えないじゃない」というフレーズがありますが、この曲では「そんな風に僕らは無邪気に笑った」というフレーズがあるという「笑い」や雨のイメージの「CHEEKY」に対して、オレンジ色の「タワータイト」という「色」の対比というのもより両方の曲の良さを引き立てるような感じがあって素敵だったわね…と。

元々好きな曲ではあったのですが、さらに好きになった瞬間になりましたね。

 

11.フリップ フロップ

昼夜公演両方を見まして、個人的には1番意外な選曲、だったように感じました。いや単にやりそう、という私自身の予想に入っていなかっただけなのですが。

「タワーライト」のアコースティックっぽさから、デジタルな打ち込みサウンドを感じるこの曲への流れ、というのもギャップといいますか、曲数が限られているからこその選曲、という感じがありましたね。

この後の曲の流れから見まして、「今日も手紙が届いてる時間だ」・「君がみんなが」などといったフレーズが今にして思いますと、なんともラジオよね…と。まあどうしてもラジオパーソナリティの豊崎さん、として見てしまうところがあるというのと、おかえりらじおが終了して、所謂1クール、3ヶ月「しか」経っていなかった時期というのも、そういった見方に影響していたのかもしれません。そんなことを浜松町ではなく有楽町で感じているのにもちょっとだけある種の面白さを感じてしまった私なのでございました。

 

12.ただいま、おかえり

曲名の印象もあるのかと思うのですが、私にとってのおかえりらじおのエンディング曲、といえばこの曲になるのですよね。

何と申しましょうか…。やはり私にとって、ラジオの曲というのは特別なものがあるのですよね…。それはオープニングやエンディング曲、というだけでなく初解禁となった新曲だったり、不意にこの曲良いわね…と思ったあの曲だったり。そういった中で、番組名と同じだったり、番組名やコンセプトに近いような曲、というのはより特別感があるわけなのですよね。そんな特別感を持った曲を、歌手の豊崎さんがラジオパーソナリティの豊崎さんのテーマ曲を歌っている、という何とも言えない嬉しさでしたり不思議な思いのようなものをとても感じたのですよね。

昼公演の「ぼくを探して」や「シロツメクサ」でしたり、もし1度生で聴くことが出来たら…と思っていた曲がまた披露されている、という嬉しさもありながらも、こんなことが続いてどうしよう…でしたり、もう何か言葉に出来ないような思いも同時に感じてたりして、もう…ね。

個人的にはライブやイベントというのは「縁」が大切だと思っていまして。「縁」がないそういった催し物、というのは、どうやってもチケットが手に入ることはない、逆に「縁」がある催し物は最初にあっさり取れてしまうものである、と思っているのですよね。そしてそんな「縁」のあった催し物では、そこに自分の行く「意味」がある何かに出会える…とも思っているのですよね。だから今回はその「縁」がとんでもなくあったと。そしてそれは同時にどうして今まで行けなかった(行かなかった)ことへの答えであると、またとても感じてしまったのですね。

だからきっとラジオパーソナリティの豊崎さんと歌手の豊崎さんに同時にお逢いすることが出来た(と思えるような感覚を味わえた)のかしら…と。

こういいますとちょっと違うのかもしれないのですが、この瞬間が本当におかえりらじおの最後の瞬間であり、そこに立ち会えた瞬間でもあるのかもしれない、と思ったのですよね。

この時には既にラジオの終わり、というものを受け入れていましたし(それが色々な考えがあったとはいえ、最終的には豊崎さんが判断を下したことである、ということを本人が話していたということが大きいのかもしれませんが)、自分の「想い」というものも整理されている状態ではありましたが、そう思ったということは、それはある意味で初回から欠かさずに聴き続けていたけど、1度もメールを送ることなく終えてしまったサイレントリスナーとしての「何か」にも決着が付いた瞬間でもあったのかしら…とも考えたりしてしまったのですよね…。

 

13.love your life

豊崎さんとの出会いはラジオでした。歌手豊崎さんとの出会いもまたラジオでした。思えばラジオパーソナリティの豊崎さんを知って好きになったのも、この曲が初解禁となった番組である「A&G 超RADIO SHOW~アニスパ!~」だったのですよね(当時「ぷちどっとあい・豊崎愛生の冬のあきまつり」という箱番組を1ヶ月担当しており、ここで声を聴いて一聴き惚れしてしまったのです)。

その出会いの曲がこの日の最後の曲になるというのが、また何か不思議な感じがあったのですよね。ソロデビュー曲、ということもありましてライブでは1番歌われる曲でもありますし、この位置も決して珍しい位置、というわけではないと思うのですよね。ただやはり私の個人的な想いのようなものといいましょうか、ここまで割と感情が溢れていたと思うのですが、最後にその総決算といいますか、全てを持って行った、いや全て受け入れられたようなそんな感じがあったといいましょうか…。

好きな曲でしたり、聴きたかった曲とお逢いすることが出来ましたが、本当の意味で1番お逢いしたかったのはこの曲だったのかもしれません。この日1つの、歌う豊崎さんにお逢いする、という目標はようやく達成したわけです。私は、逢いたい人に1度は逢いたい、何故なら1度逢えた、というその1つで1つの後悔(逢いに行けばよかった…)を消せると思っていまして、2度目以降への欲が良くも悪くも薄れてしまうところがあるのですよね。ただ「この物語の続き」と歌い始めるこの曲で、この日を締められて「しまった」のですから、豊崎さんという物語の続きに、また逢いに行きたいな、行かなくちゃいけない…かも(←この「かも」が余計なのよ、私(でも少しだけ躊躇しちゃうのよ))とも思ってしまったのですよね。新しい何かを見つけるために。

 

ライブが終わり豊崎さん、バンドメンバーの皆様が下がりまして、エンディングのBGMは昼が「カルアミルク」、夜が「若者のすべて」(逆だったような気もする)でしたね。これが両方ともどこかとてもエンディング感があって、それを聴きながらライブを振り返りつつ、現実に戻っていくあの瞬間が良かったのですよね…。



さて、改めてライブについて少し振り返りたいと思います。

結論からいえば、わしにカバーライブはやはり早かったのじゃ…といったところでしょうか(?)。「AT living」のようにアルバム発売→ライブ、という流れでしたらまた違ったものがあったのかもしれませんが。しかしそれはそれで自分が絶対にしなかった経験が出来たということは良かったのかしら…と。それが良い意味で慣れた(いや、未だに慣れていないな、うん)方(1人(1組)しかいないな、うん))のカバーライブでしたら、また違った感覚になったのかもしれないのですが、未知の歌う豊崎さんとカバーソングたち、という初めましてが被ったからからこその感覚だったのかもしれません。

いずれにしましても「love your life」のところで書いてしまいましたように、「この物語の続き」をまた確認すべく、次があるならば歌う豊崎さん(何度も使ってますけど、ちょっとこの表現気に入ってしまいまして)にまた逢いに行きたい、ただいまを言いたいな…と。

 

最後に豊崎さんを始め、バンドメンバー・スタッフの皆様、そして関わっておられた皆様、「”ただいま”を言いたくて 少し遠回りしてます」…いやここに来るまで私、随分と遠回りし過ぎてしまいましたが、「おかえり」をありがとうございました。




余の談

はい、毎度お馴染みいらない余談のコーナーです。

ただ書きたいところです。読まなくていいところです。今まで以上につまらないところです。

おかえりで締めましたが、帰りましょう(?)(ここまで読まれる方に失礼)(申し訳ございません)。

今回は難しかったですね。実際ここまで時間が空いてしまいましたから。

正直に申し上げますと、最初は投げてしまったのですよね。一応自分が勝手に設定したルールでは1曲1曲に可能な限り感想を書く、というところがあるのですが、見ての通り、書いての通り(?)、カバー曲への知識がなさ過ぎて書けなかったのですよね。何と申しましょうか…。それは曲に対して物凄く失礼なことをしているな…と。単に私が無知なだけなので差をつける、というわけではありませんが、そういうことをしているような感じがどうしても拭えないところがありまして、だったら書かない方がいいのでは…?と。

でもやはり残したかったのですよね…。それは今までこのブログを始めて以降、自分で行くと決めた、行きたい・逢いたいと思ってお邪魔したライブは全て何かしらの形で書いている、という変な使命感なのか何なのかわかりませんが、記録を残したいと思ったのですよね、きっと。そもそも私がブログの感想を書き始めたのも、自分が他の方のライブ感想を読むのが好きで、色々な方に書いていただきたい、けどそれをいうと自分から始めろと言われるかも…だったら先に始めてしまおう。そしてこんな何を書いているかわからないような、文体も幼稚な奴でもやっている、というハードルを下げる意味も含めてのスタートだったのですよね。

今回の豊崎さんライブの感想はいくつか目にしていますし、私の書く意味だったり理由に合っていないのですけど、変なところで自我が出ちゃったのですかね。愚かですね(?)。

…という誰に向けているのかわからない言い訳タイムでございました(まあ自分に向けているのでしょうけど)。そんな自分自身で消化すればいいものを人に見せるような、そういったところに書いてしまい申し訳ございませんでした。どうか忘れてください(?)。



…私の中には決して表に出すことはない想いが、いや、適切な言葉を持たない故にそんな簡単に口に出すことが出来ない何かがあります。そんな「想い」が届くのか、そもそもそれに何か意味があるのかなんて分かりません。でも私はいつでもずっと「それでも願ってしまうんだ」なのです。それはこれからも、きっと。

 

TOKYO FM 開局55周年×桑田佳祐のやさしい夜遊び放送30周年「九段下フォーク・フェスティバル'25」の感想のようなものを

10月12日に日本武道館で行われました「TOKYO FM 開局55周年×桑田佳祐のやさしい夜遊び放送30周年「九段下フォーク・フェスティバル'25」」にうっかりこっそりとお邪魔してしまいました。その感想のようなものです。



しかしタイトルにありますようにコンセプトはフォークですよ、奥さん(?)。食器でも、野球の変化球でもない、音楽ジャンルのフォークですよ(?)(のっけからお前は何を)。

例によってこちらの雑文ブログに書いています音楽以外はまるで知らない無知おじさんでございまして、(明言はされていなかったとはいえ)カバーが多いと予想されるライブはどうしようかしら…と毎度のごとくなっておりましたが、西岡恭蔵は聴いているし何とかなるじゃろ…(ならない)という軽薄な考えでいる時に限って、ご縁があるものなのですねえ。

(…などとチケット当選から開演までは考えていたのですが…ねえ…。)

 

日本武道館にお邪魔するのは、2015年「おいしい葡萄の旅」以来10年ぶりでございました(科学技術館サイエンスホールにはちょいちょい来てはいましたが(だからどうした))。

ちょいとだけ時間に余裕を持って到着。そして武道館正面のフォークフェスティバル垂れ幕が出ている中でフォークボールの握りをする写真を撮るというアホ行為を(そのためだけにボールを持っていったバカ)。ちなみにこの時正面近くで流れていたBGMが西岡恭蔵の「プカプカ」だったというタイミングの良さにささやかに喜びつつも、「ここで流れているということはライブでは演奏しない…?」とも同時に思ってしまいまして…(そしてその予感は当たった)。

 

そして待っている間にやって来ました。ライブマリッジブルーと私が勝手に名付けている厄介モードです。辛かった(?)。

そんなこんなで会場に潜入。ふと時計を見たタイミングはちょうど18時、そろそろかしら…と思った瞬間会場が暗転し…。



TOKYO FM「Blue Ocean」のパーソナリティを担当し、やさしい夜遊びの代行DJもしばし務めて下さる住吉美紀さんが司会として登場されました。いつも場内アナウンスで行われる会場内注意事項の生読み上げを聴いて流石アナウンサー…と思ってしまいました(?)。

そしてオープンアクトを務める田内洵也さんの紹介と共に桑田さんがプロデュースを担当した「深川のアッコちゃん」がタワーレコード限定で11月19日に発売されるという告知がされましたね。やはり「THANK YOU SO MUCH」のライブDVD/BDの発売日に合わせたのかしら…と考えていた私は何だかんだライブモードに入ったのだと同時に思いました(?)。

そして住吉さんはステージから退場。帰り道をちょいとだけとちっていた感じがありまして、そこもまたキュートでございました(?)。

 

オープンアクト

0.深川のアッコちゃん

所謂1つの前座、というものでございますね。実はそういった最初に別な方が出て来まして歌う、というものを見ますのは初めてでございました。

おひとりでの登場でしたね。歌う前に「1曲歌ったらまた元の流しに戻ります」、というのがまた良かったですね。夜遊びでオンエアされていました。桑田さんプロデュースの音源ですと、桑田さん色が強かったように感じましたが、その桑田さんアレンジなしのアコースティック1本の方は本来の色といいますか、輪郭がもう少し分かったような気がしたのが良かったですね。

そして田内さん見た目は桑田さんに似てません…?七三分けに白ジャケットに蝶ネクタイというスタイルがどこか「悪戯されて」の時や、もしくは内山田洋とクールファイブのパロディをする時の桑田さんに見えて仕方が無かったですね(?)。

 

そして住吉さんの影ナレが入り本編へ…。

 

1.今日までそして明日から

桑田さん、ステージに登場する際、既にギターを抱えていたのですよね。普段はステージに上がってからスタッフの方から受け取って…という流れだったので、その「絵」からもう珍しいものを見た感じがありました。

ステージ中央に桑田さんが立ち、1音目を鳴らした瞬間にこの曲だと分かりました。その時も1曲目の演奏でありました、2000年「Act Against AIDS’00 桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング」と同じ入り方であり、そのライブを何度も見ていたおじさんなので珍しくピンと来ました(?)。

やはり桑田さんにとってのフォーク、というのは=吉田拓郎さんなのね…と伝わってくる選曲ね、と。もちろん1曲目というライブへの入り、というのもあると思いますし色々な要素があって(もしくは好きだから、の一言なのかもですが)のことだと思うのですが、そういったリスペクトのようなものを感じてしまうのですよね…。

TIGERさんのイヤモニか何かの調子が悪かったのか、スタッフさんが機材の調整か付け直しをしているのが見えました。1曲目ならでは、ですね(?)。

 

2.明日へのマーチ

吉田拓郎に対して、ではありませんが、桑田さん的フォークソングを続けて持ってきましたね。しかも「今日までそして明日から」という曲名からのこの「明日へのマーチ」という流れですから、バトンを繋いだ、というものではないのかもしれませんが、とても流れとしての美しさがあったのですよね…。

それに入場時に配られた冊子に、ラストに会場の皆さんと一緒に歌いますと「今日の日はさようなら」の歌詞が載っていたのですよね。これは「今日までそして明日から」が1曲目、という時点で感じたのですが、「今日までそして明日から」で始まって、「今日の日はさようなら」で終わる…という流れが見えた時点でその意味を考え始めてしまったのですよね…。加えてこの「明日へのマーチ」が来たものですから、また考えてしまうのですよね。

ある意味でフォークフェスティバルというのは、この3曲でまとめてしまえているのですよね。フォークソングというのはメッセージ制を載せた曲でもあるということですし、ある意味で今日(今)と明日(未来)という、昨日(過去)がないというのが、何と申しましょうか…。常に未来志向である桑田佳祐なりの先を見る、未来を信じる、夢見る、いうことであり「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」のフレーズであります「現在(いま)がどんなにやるせなくても 明日(あす)は今日より素晴らしい」ことを想い、願い続けている、ということなのかしら…とまた勝手に都合の良い解釈をしてしまったのでございました。

 

MC

ここでMCが入りましたね。武道館もまた多くの応募を頂いて、来られなかった皆様には申し訳無く…といった内容を話していたと思います。後々それはそうよねと思うのですが、MCはいつもよりも短めだったような気がします。

そしてサポートメンバーの方々にちょっと1曲演奏してもらいましょうと、演奏があった後にバックバンドが「北の丸タイガー&ドラゴン」と出ておりましたね。その演奏に「どこがフォークなんでしょう」と突っ込みつつ、「最初」のゲスト紹介へ。

客席に桑田さん「君たちはロックなんて聴かないんでしょ」、歓声が上がる会場、そして演奏が始まり桑田さんが呼び込んだのは…(あれ、呼び込みからの演奏でしたっけ…?)。

 

3.君はロックを聴かない

登場したのは、あいみょんさんでございましたね。桑田さんの登場と同じくギターを肩にかけながらでした。そしてそのまま「君はロックを聴かない」へ。

(※以下ここからの文章でございますが、ご存知の通り(?)私、サザン関係以外の音楽はさっぱりな無知おじさんですので、元々薄い文章が更に薄くなります…。ご了承下さい。)

フォークフェス、と銘打ってのゲスト1人目の1曲目にこの「君はロックを聴かない」というタイトルの曲を持ってくる、というのは、もちろん桑田さん自身も好きと明言していたとはいえ本当にあいみょんさんが出るのね、という部分と同時にゲストもそして曲も「フォーク」というジャンルに囚われない、誰が出てきて何を歌うのかを、ある意味では掴ませず、ある意味ではより期待させてしまう人選であり、選曲であったと思うのですよね。

もちろんそれはあいみょんさんと「君はロックを聴かない」という曲名の認知度故に出来ることなのでしょうけれども(流石に無知な私も曲名だけは知っておりました)。

個人的にはあいみょんさんが出てきた時に着ていたジャケットが映画「男はつらいよ」の車寅次郎が着ているジャケットに見えてしまったことを懺悔したいと思います(?)。…いや、でもあれは音楽寅さん(桑田さん)へのあいみょんさん的リスペクトなのかしら…、つまりはダブル音楽寅さんということなのかしら…とも思っていたおじさんなのでございました(ステージに集中しなさい)。

 

4.悲しみは雪のように

ライブの選曲にあたり桑田さんがあいみょんさんに好きな曲を、と聴いた際にこの曲のリクエストがあり披露となったとのことですね。

オリジナルは浜田省吾さんの曲でありますが、桑田さんが浜田省吾さんの曲をカバーしたり、そもそも言及することがほとんど、少なくともここ20年前後ではなかったように思いますので、ハマショーさんと言ったり、その曲のギターを弾きコーラスをするというのは、かなりレアな瞬間だと思うのですよね。ありがとう、2代目音楽寅さん(?)(そろそろ怒られる)。

 

5.偽者

3曲目は桑田さんからあいみょんさんのリクエスト曲でしたが、この曲を桑田さんが選曲してきたことにあいみょんさんは驚いたようで、「ライブでもあまり(1回くらいと言っていたような)やったことがない」「ファンの人でもあまり知らない曲」ということを話しており、桑田さんが「俺ちゃんと聴いているから」といった返しをしていたのが完全にファンの反応で良かったです(?)。

確かに桑田さんが好きそうな曲という感じがありましたね。何処か桑田さんが好きを公言している浅川マキさんのような雰囲気だったり暗さ、アングラ感のようなものをこの曲から感じましたし、そういった曲を作り歌うあいみょんさんの根底のようなものを桑田さんは感じて好きになったのかしら…と。

確かこの曲のサビか何処かだったと思うのですが、桑田さんがコーラスで「あいみょん~」と歌っていたのが、隣に「偽物」ではなく「本物」がいる状況なのと相まって不思議な面白さがありました(そもそも原曲がそういうコーラスだったらごめんなさい)。

 

6.白い色は恋人の色

最後は桑田さんのリクエストというよりも、「おじちゃんのお願いで、デュエットしてもいい?」という欲望を丸出しにした(?)選曲でしたね。この曲だけあいみょんさんはギターを外し、ハンドマイクで歌っておりましたね。私の無知な中ではあいみょんさんはギター持ちのイメージでしたので、その絵が新鮮に見えましたね。

この曲の時でしたか、どのタイミングかは曖昧ですが、桑田さんが白い少し小ぶりのギターを持っていて、あいみょんさんが「そのギター可愛いですね」→「欲しい?」→「下さい」→「冗談で言ったのに本当に欲しいと言うなんて…w」という流れがありましたが、果たしてあのギターはどうなったのでしょうか…?。

あと、あいみょんさんの「めっちゃ〇〇」という「めっちゃ」にやたら桑田さんが反応していたりしていましたね。

個人的にはカバーとは言え桑田さんの歌唱で何度か聴いている曲でしたので、知っている曲という安心感が少しありました。

ここであいみょんさんのパートは「いったん」終了。

ステージから下がるあいみょんさんに桑田さん「あいみょん、いかないで〜」。

 

7.SEA SIDE WOMAN BLUES

「お口汚しに1曲…汚してどうすんだ」という言い間違いの後に演奏していい曲ではありませんよ、桑田さん(?)。

この1週間前に行われた、茅ヶ崎FMでのやさしい夜遊び公開録音での生歌パートでも披露された1曲でしたが、まさかこちらでもやるとは…という思いと、でもあの生歌選曲の中でフォークフェスの持ち歌枠でやるならこの曲かしら、という思いが同時にあったので、少し変な感情になりましたね。

桑田さんではありませんが、この曲好きなのですよね…。「悲しくて酔えないこともある 涙を浮かべた水割りのせいだよ」というフレーズでしたり、曲全体に漂う、哀愁であったり、きっと当時40代に入った桑田さんだからこそ出来た曲という感じがまた良いではないですか…。

もちろん生で聴くのは初めてでしたが、スクリーン越しという形では2018年「キックオフライブ2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」」(ちなみに公録等を除きライブでの演奏もこの時以来のことでした)でのライブビューイングで見ることは叶っており、それはそれで満足を得ることが出来たのですが、今回はねえ…。特にフェス形式でゲストパートの後、という良い意味で(良い意味で?)何も分からないままに時を過ごしてしまった身にはより染みるといいますか、おそらく通常のワンマンライブで演奏された時とはまた違う感覚でこの曲に向き合えたと思うのですよね…。

 

8.ケンとメリー~愛と風のように~

そんな「SEA SIDE WOMAN BLUES」の余韻に浸る間もなく、次のゲストコーナーへ。

登場したのは、Mr.Childrenの桜井和寿さんでした。桜井さんと分かった瞬間の歓声が物凄かったですね。私の後ろの方にいらっしゃった方はずっと「やばい」「やばい」としか言っておらず完全に語彙を失っていましたね。ヤバいね愛てえ奴は(?)(言いたいだけシリーズ)。

桑田さんと親交があるとはいえ、フォークフェスとしていますライブにまさか来るとは…といった感じだったのでしょうか…。同時に「あの曲」への期待が高まった瞬間、だったのかもしれません。

桜井さんもギターを肩にかけての登場でしたね。そしてこちらのカバー曲を。桜井さんがフォークフェスということでこの選曲をしたようですが、そうなのですね。正直にいいますと曲もそのアーティストの方も知らなかったものでして、桜井さんの別名義での曲なのか何かなのか…と思ってしまった事をここに懺悔致します。

この曲が終わった後でしたでしょうか。桑田さんが桜井さんに冗談で、声が出なくなってきていますね。自分の差が(手を縦に広げて)広がっていますね、と話していて、おふたりの関係性だったり、距離の近さを改めて感じました。

 

9.HANABI

Mr.Children名義の曲がここで披露されましたね。サビの「もう1回」の部分はかろうじて知っていました。その「もう1回」の部分を客席の皆様ちゃんとやっており、そういったスタンダードナンバーなのね、この曲は。と感じておりました。

この曲はどちらが選曲したのかを確か話してはいなかったと思うのですが、桑田さんと桜井さん(Mr.Children)ですと、いつも歌唱は桑田さんではありますが「innocent world」のイメージがありましたので…。

 

10.慕情

次は、桑田さんの曲を…と。桜井さん。Mr.Childrenがデビューした1992年に出たサザンのアルバム「世に万葉の花が咲くなり」の曲の中から…という話をした時にあの曲ね…となっておりました。この時のサザン、Mr.Childrenのプロデューサーであった小林武史さんが、Mr.Childrenのレコーディングそっちのけで、出来上がったばかりの「世に万葉の花が咲くなり」を聴きながら、「こういう曲を書いてみろよ」と言われた曲です、といい「慕情」と紹介がありました。

この曲は桜井さんのボーカルで「ap bank fes」で披露され「Bank Band」名義でレコーディングも行っており予想出来る曲ではあったのですよね。ただ今回は桑田さんが横にいるという状況で、実際1番の途中からは一度桑田さんが歌っておりましたね(2番から最後までは桜井さんでした)。この曲で桜井さんはギターを外しスタンドマイク(ハンドだったかもしれない(忘却))で桑田さんはギターを持ったまま、でしたが桑田さんは「慕情」を歌う際基本ギターを外しているので(アコースティックコーナーでの披露だった2013年「SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」」はギター持ちでしたが)、絵としては珍しいものがあったように思います。

たまたまなのですけど、私の席からですと下手側の演者の方々が入退場していた上の辺りに、ライトの関係で影が映っていたのですね…。それがちょうどこの曲でその影が出ていまして、桑田さんと桜井さん、おふたりの胸から上辺りが綺麗に見えたのですね。それが「慕情」という曲と重なって、もちろん意図された演出ではないものですが、それが非常に良かったのですよね…。これは忘れられないな…と。

 

11.奇跡の地球

最近モノマネ番組でこの曲をやっているのを見ました(桜井さん)、そしたらモノマネ風にやってみるか(桑田さん)という会話があってからのこの曲でしたね。

桜井さんが登場した時点でこの曲を知っている方であれば当然期待する曲であったとは思います。最早フォーク、というサウンド的側面からはあまりにも(?)逸脱していましたので、気にする方がどうか、ですが、アコースティック編成ということはもちろんなく原曲に近いサウンドでの披露でしたね。確か桑田さんの歌い出しが低かったように感じまして、あれは所謂キーを下げた歌唱だった、ということでしょうか(違うようでしたらごめんなさい)。

この曲が披露されたのは2006年「Ap bank fes‘06」・「THE夢人島Fes.2006 WOW!! 紅白! エンタのフレンドパーク Hey Hey ステーション …に泊まろう!」の2つのフェス以来19年ぶりとなりました。このおふたりが揃う関係上どうしてもそういったフェスと名の付くイベントに限られますし、今回はその為にフェスと付けたのでは、くらいの感覚でございましたね。

ライブ開演前、ステージにミラーボールがいくつもあるのが見えまして、「フォークフェスでミラーボールを使う曲とは…?」と思っていたのですが、この曲でもうピカピカギラギラグルグルしておりました。

長くサザン・桑田さんのサポートメンバーをしています片山さんや誠さんですが、今回「奇跡の地球」を演奏したのはもしかして初だったのではないのでしょうか。ある意味そちらの方がとんでもなくレアなシーンだったのかも知れません。

この曲が終わり、桜井さんゲストパートは終わりでしたが、この曲の余韻と言いますか、響めきがしばらく残っていまして、その興奮でしたり衝撃を改めて感じておりました(あんたはちょいと冷静すぎよ)。

 

12.夜空の星

桑田さんソロパートに戻り、次は茅ヶ崎の大先輩の曲を、と。「幸せだなあ」や指で鼻をこする素振りをしながら、これじゃ青大将、田中邦衛だよ、とひとりボケつつ(?)(失礼)「夜空の星」を、と披露していましたね。

この曲も前週の公録生歌パートで披露されていましたね。何となくフォークフェスというコンセプトですと加山さんの曲枠は1997年「Act Against AIDS’97 歌謡サスペンス劇場」でも披露していた「旅人よ」を予想していたのですが、茅ヶ崎から引き継ぎましたね。

とはいえ私は生で聴くのは初めてでしたのでこの曲はこの曲で聴けて嬉しかったですし、加山さんが歌手活動から一線を引いていなければきっと今回のフェスのゲストにオファーしていたと思いますし、そういったところへのリスペクトもあった選曲だったのかしら…とも感じておりました。

あと「奇跡の地球(ほし)」からの流れですから星メドレーという意図もあったりして…。

 

13.いちょう並木のセレナーデ

「夜空の星」の後、茅ヶ崎にはまだ有名なものがありまして…と自らサザンですねと(次への振りとはいえ桑田さんが自分でこう言っているのは珍しい気がします)。では次のゲストを、と登場したのは原さんでしたね。原さんが出てきた瞬間、桑田さんが安心したと言いますか、一息ついたような表情をしていたのが良かったですね。

原さんもギターを肩にかけ登場してきました。そうなると演奏する曲はもう1つしかないでしょう。

原さんのソロライブでは必ず演奏している曲ではありますが、原さんソロということもあり桑田さんが隣にいての「いちょう並木のセレナーデ」というのは、「絵」としてもかなり珍しいものではなかったのでしょうか。思えば今回は曲だけは無くそういった目で見る部分でも珍しいものが相当あったように思います。

この曲は桑田さん目線で原さんの大学時代を書いた歌詞となっていますが、いつも「他の誰かが好きなのは わかってたけど ノートのコピーを見せるのは いつも私」というフレーズを聴く度にその「切なさ」と大学生原由子、というイメージにピタリと合う歌詞を付ける、そしてそれを歌わせる桑田佳祐は凄い、と思ってしまうのですよね。その後にさりげなく「渋谷から横浜までずっと音楽ばかり 二人で見てあのEric Claptonに涙した」とあるところにもうねえ…(ちなみに私にそういった想い出は全くないので自分に照らし合わせてということは全くないのよ)。フィクションだけどノンフィクションでもあるフィクションの原由子を書く桑田さんについて考えてしまうのですよね…。

この曲の終わりでしたが、桑田さんがやっとフォークフェスの感じになってきた、というようなことを話しておりましたね。

 

14.花咲く旅路

次はお茶のCMで使われている曲を、という紹介をした際に桑田さんが「伊右衛門ね、イエモンといえば彼らは何をしているのでしょう」という匂わせとともに起こる歓声。そんなことあるのですかねえ…。

軌道修正をしましてこの曲へ。「花咲く旅路」も原さんソロライブでは必ず演奏されており、何度もCMソングに起用されている曲ですから知名度もある曲ではありますし、サザンファンが多いとはいえ、の選曲だったのでしょうが、この曲を原さんは何とハンドマイクで披露していたのですよね。いつもはピアノ(キーボード)を弾きながらの披露でしたからこれまた珍しい…といいますか、もしかして初めてくらいの非常に貴重なワンシーンだったように思います。

個人的にですが、2023年の原さんソロライブ「原由子スペシャルライブ2023「婦人の肖像(Portrait of a Lady)」」はライブはもちろんライブビューイングにもお邪魔することが出来なかったこともあり、ここで原さん名義の曲を2曲聴けたというのは、とても嬉しかったですし、ほんの少し(本当にほんの少しですよ)悔しい思いをしたのがようやく晴れた気がしますし(普段はしゃアない節、と切り替えてしまう人なのですが)、人生における後悔を1つ消すことが出来たのかしら…と。

 

15.風に吹かれて(日本語バージョン)

桑田さんが意訳し何度か披露したことがあるボブ・ディランの「風に吹かれて」を原さんと一緒に披露となりました。1番を桑田さん、2番を原さん、そして最後は桑田さんという順番で歌っていたと記憶しています。

最初の披露は意外と古く2014年のやさしい夜遊びの生歌だったのですよね(2014.4.26放送回)。その後は特に触れることはありませんでしたが、2021年の夜遊び生歌総集編回(2021.8.7放送回)でその2014年の音源が流れたり、2022年(6月21日)にはクローズアップ現代に出演した際にも披露するなど(ちなみに2014年と2022年では歌詞が少し違います)、近年になって披露されることはありましたが、ステージで披露するのは初めてとなりました。

日本語訳で披露しつつも、最後の最後は原曲の英語詩で歌っていましたね。この最後に原曲の詞に戻るアレンジというのはとても好きですね。桑田さん自身の色を出しつつも最後にボブ・ディランへのリスペクトであり、ボブ・ディランが乗り移った瞬間であったような気がして。

この曲(原さんパートとも言い換えられるかもですが)がある意味で最もフォークフェスをしていた瞬間だったような気がします。

ここで原さんのゲストパートが終わりとなりました。ただ前のおふたりが4曲で原さんは3曲でしたので、その流れでもう1曲なかったのはもちろん理解は出来ますが、ちょっとだけ残念でございました。

 

16.ヨイトマケの唄

まさか、これを歌うのね…と。

確かに聴きたかった曲ではございました。しかし聴いてしまうともう何も言えない曲なのですよね…。ベストアルバム「TOP OF THE POPS」に収録された「Act Against AIDS’00 桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング」やNHKで放送されました2024年「JAZZと歌謡曲とシャンソンの夕べ~R60」でのテイクも好きでよく聴く&観るをしていた訳ですが、そんな曲がある種不意打ち的にこう唐突に聴けてしまったというのが、何だか今でも信じられない気持ちなのです…。

私は、いつも出来事について何かしら意味合いを付けたり、もしくは意味がある、という考え方をするのですが、今回このライブにお邪魔する、その意味というのはこの曲を聴く為だったのかもしれない、そういう運命だったのかもしれない…と。

正直申し上げますと、この時のことを思い出すだけで精一杯といいますか、感想を語ることが出来なくなってしまうのです…(ちなみに私の母は至って元気ですのでそういった部分と重なった訳ではないのですが)。

ただ1つだけ…。「慕情」の時に見えました、あの影が、今度は桑田さん1人の影がまた見えたのですよね。それも相まってもう…ね。

 

17.太陽が燃えている

ここで再びゲストパート、演奏が始まると共に現れたのは、「花咲く旅路」での桑田さんの匂わせ通り、THE YELLOW MONKEYの吉井和哉さんでしたね。そのままこの曲に入りましたが、そのイントロで歓声を上げていた方がいたのでそこで気付かれた方もいたのでしょうね。

今までのゲストの方々とは違い吉井さんはギター無しでの登場、しかもハンドマイクでステージ上をまあ動く動く(スタイルが良いのでとてもかっこ良かったです)。途中そんな吉井さんを見て、桑田さんが笑っていたような…。

しかし曲調と吉井さんフルスロットルも相まって、早い段階からありました「フォークとは…?」といった考えは、ここで完全に壊れたと申しますか、最早そこに固執する意味も無いことを改めて形にされたといいますか、そんな感じが致しました。

この曲の後に限らずなのですが、桑田さんと話す際に吉井さんは距離が1番近かったですね。本当に大好きで、今日桑田さんと共演出来ることを楽しみにしていた感じがとても出ていたように見えてしまいました。

 

18.東京

吉井さんが歌いたい桑田さん曲、ということで選曲したのが何と「東京」でした。

カバーするということは吉井さんのお好きな曲である、というのはもちろん間違い無いことなのでしょうが、その中で桑田色が最も強い曲の1つといえます「東京」という曲を選曲し、しかもその披露する場の横には本人がいるというのは、そんな深刻なものは吉井さんから出していない・感じさせなかったのですけど、ある種の覚悟を持ったカバーだった気がするのですよね。

ただそんな中(と私が勝手にそう感じていただけ)でも、桑田さんの色を出しつつ吉井さんの色を出し切っているように感じまして、長く一線「歌手」をされている方は凄いわねと…。ラストの「Just wanna~」の部分は吉井さん独特(といって良いのかしら…?)の感じがありましたし、「Oh,She's gone.」の入りが早かったりと、カバーならではの歌唱が見られまして「東京」というある種カバーされにくいといえるような曲をカバーする時の感じみたいなものを興味深く聴くことが出来たのは良かったと思います。

そしてこれは完全に見た目的なところなのですが、吉井さんの「東京」は桑田さんの「東京」よりももう少しネオンが明るそう、といいますか六本木とか銀座とかもう少し華やかな場所にいそう…と思ってしまいました。多分桑田さんから発せられる「東京」のイメージはMVの印象もあって、ネオンの少なそうなちょっと歌舞伎町の1本裏に入ったみたいなイメージなのですよね。だって吉井さんのあのスタイルにあのルックスですよ。おじさんもうメロメロよ(?)。

 

19.みらいのうた

桑田さんからのリクエストとして上げた曲と言うことでしたが、この曲は以前病気をされた際、その直前に作られリリースされた曲で、まだライブでは披露されたことがない曲だった、ということだったのですね。最初は吉井さんワンマンの、ファンの皆様の前で披露する曲ではないのかしら…。と申し訳無い気持ちになってしまいつつも、吉井さん曰く、共にガンサバイバーだった桑田さんのリクエスト、だからこそ答えて頂いた、という面も当然あったと思いますし、そんな桑田さんが隣にいるこのステージで披露されることに何かきっと意味があるのかしら…と思い、少し改まった気持ちで迎えました。

何と申しましょうか…。これが適切な例えなのか分かりませんが、桑田さんにおける「それ行けベイビー!!」のような曲だなと…。まだ病気のことが発覚していない中で、病気のことを知りそこを乗り越えて(乗り越える)、という曲になっているのが興味深いといいますか、そういったものを何処かで予知してしまうものなのかしらと…。でもそれが結果的に予知であったとしても、それを乗り越えて復活、いや進化ですね。進化して今も活動しているというのがおふたりの共通点ですし、そうやって進化出来る人だからこそ、そういった予知する曲と病を同時に与えられたのでは…と思ってしまったのですよね。そしてこの2曲とも一人称が「僕」で共通しているのもまた不思議な縁を感じてしまうのですよね。

 

20.悲しくてやりきれない

吉井さんがステージから降りた後からでしょうか…。線路の踏切の音がBGMに流れていましたね。ゲストコーナー終わりの桑田さんソロパートここはもしかして「金目鯛の煮つけ」を…と思ったのですが、ここでもう一度桜井さんをステージに呼びまして、まさかおふたりで、いや違うか…という思いが私の中で(どうでもいい)。そういえば桜井さんさりげなくパーカーに着替えていましたね。どんな服装も似合うとはずるい(?)。

おふたりで披露されたのが「悲しくてやりきれない」でしたね。ラジオの生歌では何度か披露していましたが、ライブというところになりますと、2001年「古賀紅太No Reason! ライブハウスツアー」になりましたね。

最初に桜井さんが出てきたときよりも桑田さん含め良い意味で力が抜けていた様な感じがあったのは、もちろん1度ステージに登場している、というのもあると思いますが、間違いたく期待されていたであろう「奇跡の地球」を歌い終え、良い意味でそういった期待であったりある種のプレッシャーから解放されたものがあったのかもしれません。…と観ている側からはそう思えるだけで単にこちらが意識はしなくても「奇跡の地球」の影に踊らされた結果の見え方、だったのかもしれませんね。

 

21.あの素晴しい愛をもう一度

先程出演したばかりの吉井さんを再度ステージに呼び、桑田さん・桜井さん・吉井さんの3人でのステージとなりましたね。桜井さんと吉井さんは一緒のステージに上がるのは初めてだったそうで…。吉井さんは名前に同じ「カズ」が付くことから、桜井さんと「K's」(表記は不明。まあそこまで考えてはいないのでしょうが…w)というユニットを結成するというギャグ(?)を。いやいや顔が良すぎますよ、そのユニット。そこに「俺もK’sだよ」とのっかる桑田さん。そんな「K's」で披露されたのはこの曲でした。

おそらく桑田さん自身好きな曲であり、ライブに生歌と頻繁に選曲されているイメージということもあり今回のフォースフェスではやる曲の1つになっているはず、と数少ない予想出来た曲ではありましたが、まさかの3人披露になるとは…でしたね。

1番を吉井さん、2番を桜井さん、最後はお客様もご一緒に、といった順番で歌っていましたね(1番と2番の歌唱は逆だったかも知れません)。

センター中央で3人の歌唱、というのは今まで生ではあまり見る機会がなかったこともあり、とても新鮮な絵として見ることが出来ました。どこか1993年「Act Against AIDS’93」のコラボ的な感じもありましたね。

 

22.なごり雪

桜井さんと吉井さんが下がり、次にステージに呼ばれたのはあいみょんさん。

ここで披露されたのは「なごり雪」でしたね。

これが雰囲気でしたり、あいみょんさんの声に合っている感じがありましてとても良かったですね。曲が終わり「初めて歌いました」と話していたのが、意外な感じがするほどでした。おそらくこれは桑田さんの選曲だったと思うのですが、その演奏している時の桑田さんが嬉しいそうで。曲の間のあいみょんさんとのトークだったり反応の感じを見ていますと、ステージ関係なく、桑田さん好きな人だったり女性とお話しする時は素でもきっとこんな感じなのかしら…というのが、可愛いなと(どの目線で語っているシリーズ)。

これは最初のゲストパートで話していたのですが、あいみょんさんの音楽の影響はお父さんから、という話から(ちなみにあいみょんさんはお父ちゃん、と呼んでいたのですが、とてもイメージ通り、と思っておりました)、桑田さんがお父様の年齢を聴いたり(聴きながらも、自分よりも絶対に若いから聴きたくない的なことをいっていたり)していますと、実は今日呼んでいますと。そこから「あいみょんのお父さん〜」と何度も客席に向かって叫ぶ桑田さん。何処かのタイミングでは、お父様が立ち上がって答えているシーンがありましたので、あの方がお父様なのね…と(流石に顔までは分かりませんでしたが(分かったところでどうするわけでもありませんが))。

あいみょんさんはこの1曲で下がっていきました。

このままこれまでのゲストさんをくるくると入れ替えしながら、曲を披露していく方式になるのかと思っておりましたが…?。

 

23.元気を出して

「次のゲストを」と桑田さん。私だけかもしれませんが会場からも「えっ…まだゲストが…?」的な雰囲気があったと思うのですよね。前の3曲で原さんが出てこなかったので、一瞬サザンのメンバー総登場かしら…とも考えたのですが。

演奏が始まり、おそらくここで分かった人と導線の1番近い方々からの歓声が合わさったタイミングでしたかね、登場されたのは竹内まりやさんでした(いや、イントロ流れた後、桑田さんが名前を出して呼び込みをしていたような…忘れました)。

何と申しましょうか…。まりやさん(竹内さんと書きたいけど、それはそれで違和感があるのと多分皆様こうおっしゃると思いますので、私も…)ご自身にそういう雰囲気はありませんがここまでの流れに、大トリゲストとなりますとラスボスが現れた感が凄かったですね。

ここまで2時間以上、ステージはもちろんですが、客席側もほぼ座ることなく立ちっぱなしの中で「元気を出して」ですから、また元気が出る、というのはベタな返しかも知れませんが、まりやさん登場でまた1つ会場のボルテージが上がった感じを見ますと、まさに、といった感じがあったのですよね。

曲中、「彼だけが男じゃないことに気付いて」というフレーズのところでまりやさんが桑田さんの事を指さしながら歌っていたのが良かったですね。そうですね桜井さんも吉井さんもいましたからね(?)(そういうことではない)。

 

24.Two Of Us

桑田さんが今回のライブを開催するに当たって、まりやさんに出て貰えないかとスタッフの方を通じてオファーをした際に「嬉しい」と返事があってそれが励みになった、と話していたのはこの曲の前だったでしょうか。

そしてビートルズをやりますと。今までは「If I Feel」だったりを歌ったことがありますが、今回は別な曲をということを話していましたね。私(まりやさん)がポールで、けいちゃん(今回たくさんまりやさんによるけいちゃん呼びが聴けました、そういうところ物凄くナチュラルでいらっしゃるな、と)がジョンね。とこの曲が始まりましたね。

「Two Of Us」でしたが、桑田さんがあまり歌っているイメージがないビートルズ曲といった感じでしたね。2001年「Act Against AIDS’01 「クワガタムシ対カブトムシ」~桑田佳祐PLAYS“ザ・ビートルズ”~」を始めとしたAAAのカバーライブでも演奏されたことがなかったりしたので、まりやさん選曲だったと思われますね(そもそもそう言っていた気がする)。

曲調もアコースティックでフォーク感があったように思います。全体的に見ますと、「風に吹かれて」でしたり、洋楽の選曲がフォーク要素をまかなっていたように感じましたね。

 

25.涙のキッス

桑田さんの曲を歌う、ということでこの曲を選曲されていましたが、選曲の理由として、桑田さんが病気をされた際に、スーパーで買い物をしていたまりやさんがそこでたまたま流れたこの曲を聴き、涙されながら「この人は必ず戻って来ないといけない」と思ったそうで、その曲を…と。この話の時点でまだ曲名は出していませんでしたが、そのエピソードがまた深い交友があって長年間近に見ている方だからこその想いだなと…。それ故にその時何が流れ、何を歌うのかがまるで想像できなかったのですね。

その後「涙のキッス」を、と曲名を出した際に何故か分からないのですが、腑に落ちたといいますか、納得してしまったといいますか…。おそらくそれは無形の曲の力ということなのかしらと。敢えて今答えを捻り出すよりも、いつか不意に腑に落ちる理由が自分にやって来そうな気がしましてね…という綺麗な理由を付けて先送りしておきます(?)。

まりやさんの歌うこの曲はもちろん新鮮さがありつつも、ここに出ている皆さんそうなのですが、自分の曲にしている感、というのが本当に凄いわね…と。

 

26.静かな伝説(レジェンド)

ここで原さんもステージに呼ばれました。まりやさんは「この人がいないとサザンは成り立たない」「サザンの真のリーダーです」と原さんを評していましたが、大袈裟ではなくそれを自然な感じでおっしゃっていたのが、長年の関係性と女性同士だからこそ分かるものがあるのね、きっと、と思わせる素敵な時間だったと思うのですよね。

会話の中でも出ていましたが最初はまりやさんと原さんのおふたりで歌っていました「チャンスの前髪」を演奏するのかと思っていたのですよね。

しかしここで演奏されたのは、桑田さん原さん、そして山下達郎さんがコーラスで参加していたまりやさんのこの曲でしたね。この日はライブの為ここにはいない、ということでしたが、もし予定がなければ、果たして山下達郎はやって来たのだろうか…という、それを残念がるよりもそちらが気になってしまった私はなんなのでしょうかね。

何と申しましょうか…何度も言ってしまいますが、「絵」がまた凄まじかったですね。中央にまりやさん、左に原さん、右に桑田さん、という並びだったのですが、桑田さんと原さんを従えている感がまあ凄くて。例えればファーストに王貞治、サードに長嶋茂雄がいてマウンドには金田正一が立っている感じでしたね(60代前後の方にしか伝わらないような例えは止めなさい)(でも終演後にこのネタを分かる方に話したら大爆笑だったのでセーフ(?))。

こう3人が並んでいるのを見ますと「語ってくれ 彼の生きざまを」の彼は桑田さんを「歌ってくれ 彼女の栄光を」の彼女は原さんを歌っているような感じがありましたし何より、そこまでにまりやさんが語り歌っている、というのがあって尚更そう思ってしまったのかも知れません。

最後の「LaLaLa…」のところは会場の皆さんも手を振りながら歌っていたのですが、私ステージだけでなく客席全体をぐるっと見て、その一体感とこの一体感で本編を締める事への美しさにただただ呆然と、目線を客席とステージの2つ交互に移すことしか出来なかったのでございました…。

 

En1.California Dreamin'(夢のカリフォルニア)

アンコールはバンドメンバー、桑田さんがステージに戻った後、ゲストの5人を呼び全員でのステージとなりました。

アンコールは皆さんライブTシャツを着ていたのですが、男性陣はアイボリー、女性陣はブラウンと色を統一されていましたね。プラス桜井さんはそこにネルシャツ、という出で立ちでございました。

当時の軽音楽サークルはこの曲でシングアウトでした、と桑田さん。

2000年「Act Against AIDS’00 桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング」のおかげでこの曲は流石に分かりました。

何と申しましょうか…。6人が並ぶ今こそまさに夢の時間であり素晴らしい時間であったわけですけど、でもそういった中でこの曲がシングアウトで最後の曲は決まっているという状況だったり終わりを急激に意識させられた瞬間でもあったのですよね…。

 

En2.今日の日はさようなら

「明日へのマーチ」のところでも書いているのですが、入場時に冊子が配られ、この曲を最後に皆さんで歌いますと、この曲の歌詞が記載されていたのですよね。つまりライブの最後が分かる状態(厳密には最後ではありませんでしたが)であったわけでして、そのまさに曲名にもある「さようなら」に向かっていくことがより意識されているのです。そこに辿り着いてしまった、という感覚と、これで分からなさ・申し訳なさから解放される(後述する…かも…)という2つの想いが個人的にはありました。

歌詞は配られていましたが、ステージでも吉井さんが先に歌詞を読み上げる、というスタイルで披露されていました。これは1997年「Act Against AIDS’97 歌謡サスペンス劇場」でも桑田さんが歌いつつやっていましたね。桑田さんの中ではこの曲はそういった合唱曲、という印象なのか、そういった経験があった故の、ということなのでしょうか。

最後の最後に公式サイトにありました「フォーク・ソング(大衆音楽)」と「The・秋の文化祭(ミュージック・フェス)」という部分を見事に回収した感じもありましたし、何より「またあう日まで」で締める、「さようなら」だけど「またあう日」がきっとある…というのがまた締めとして良かったわね…と。

ただこの曲終わりにまさか金テープさんを飛ばすとは思わずでとてもビックリでした…w。

 

En3.祭りのあと

ゲストの皆様が先に下がりましたが、よく見ますとサポートメンバーの皆様は楽器を下ろさずに持っていたのですよね。これは…と思っていたところに桑田さんからもう1曲、と。

「祭りのあと」というのが、また粋ではないですか。だって「今日の日はさようなら」で「秋の文化祭(ミュージック・フェス)」を1度締めてからの「「文化」祭のあと」に披露するわけなのですから…。

今回は桑田さんはバンドメンバーの1人として、ホストとしてといったところに重きを置いていましたし、ステージを動いて歌うというのは「奇跡の地球」くらいしかありませんでしたから、ある種の開放感みたいなものを感じたりしてしまいました。しかもこういったフェス形式でのライブ、ということもあったのか、いつものように「〇〇の街」などと替え歌すること無く原曲通り歌っていたのも良かったですし、今となっては逆に珍しい「祭りのあと」を見れたわね…と。

そして曲が終わりサポートメンバーの皆様、桑田さんも退場。最後に住吉さんが再び登場し、今日の模様が11/3の「文化の日」にラジオ放送されることの告知があり、ライブは締まったのでした。

日本武道館の時計は「20:56」を指していたのを終演となった後、不意に見えてしまい、それが何故かいつまでもいつまでも頭に残ってしまったのでした…。



と、ライブについてまた訳の分からないことを書き連ねてしまいました。

ちょいとだけ振り返ってみましょう。

まず全てが予想外でございました。ゲストもまあ原さんとプラス誰か1人出て2~3曲かしら…と思っていたところが、まさにフェスといっている通りフェスでしたね(?)(語彙力よ)。5人もゲストが出て、がっつり1人1人の枠があるなんて考えもしませんでしたね…。

桑田さんも出突っ張りでしかも、実質の進行と大半のギターとコーラスに徹するバンドメンバーの1人としての役割としての出演という、今までほとんど無かったことをしていますからこちらもこちらで大変珍しいものを見た、していた、というところでしたね。

フォークソング、というのも結局はそのジャンルというよりも公式サイトにあったように「洋邦問わず、ギター1本持ち寄れば気軽に誰でも楽しめる“フォーク・ソング(大衆音楽)”」というところに重きが置かれていたわけで、答えは全て載っていたことになりますね。何と申しましょうか…。いつもより高度な読みが必要だったということなのでしょうか。

しかしこれは確かに1日だけでしか出来ない内容でしたね…。その場に何故自分がいるのか正直分からない瞬間が多々ありましたね。

ある意味で一番感情の置き所が分からない、不思議なライブでございました。



今回のライブに関わった全ての皆様、スタッフの方にサポートメンバーの皆様、ゲストの皆様、そして何より桑田さんお疲れ様でございました。

またあう日まで。そして明日からもこうして生きていきます。




余の談

はい、毎度お馴染みいらない余談のコーナーです。

さあ皆様お帰り下さい(?)(失礼)。

今回の雑文は難しかったですねえ…。何故か?私のこちらの感想を読んでいたり、「X」での投稿を見ていらっしゃる方は知っていると思うのですが、私、サザン関係以外の音楽をほとんど知らずに過ごしてきてしまってきておりまして…。

だからこそ、そこに大変な申し訳なさを感じていたのですね。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」での感想にも書いたと思うのですが、フェスは怖い、その怖いというのは=出演者の方々の曲を知らない、申し訳無いという思いがあったのですね…。

今回も「フェス」とついていたとはいえ、あっても数曲まあそれならば…と思って応募していたところがありましたので、がっつりフェスの展開にどうしよう…という申し訳なさと、もっとこういった展開になる可能性も踏まえてそもそも応募すべきだったのか…などと懺悔や反省がずっとあったのですね。

もちろん分からないからといって投げたりはしませんでしたよ。むしろ後方腕組み彼氏ヅラスタイルで臨み(?)じっと見て聴いていたつもりではありましたので。

でもねえ…とやはり何だかアーティストの方、そして来られなかった方には申し訳無いという思いはずっと残ったままだったのですね。この辺は自分の感覚とはいえうーん…。

でも逆にいいますと、もし最初に形式、もしくはゲストの告知があったら、ロッキンの時と同じくチケットチャレンジをする、ということはなかったと思うのですよね。これは多分、お前たまには違う世界も覗いてきなさい、という神のお告げだったりしたのかもしれないですね(グリーンウェル亡くなってしまいましたね…(それが言いたいだけでしょ、あんたは))。割と「運命」というのは決まっている、と思っているタイプですので、そう考えることにしているのですが…。

ですので、今回特に他アーティストの方々についてはいつも以上に薄い、お前何言っているんだ、何を見てきたんだという声が多いかと思います。そちらはその通りですので、そのまま受け止めさせて頂きますが、どうか「ああ、何にもしらないアホが見たらこんなアホな感想になるのか」くらいに受け取って頂ければと思います。

 

…でも「今日までそして明日から」「SEA SIDE WOMAN BLUES」、そして「ヨイトマケの唄」をいつか1度は…と思っていた曲を生で聴けた、というのはそういう「運命」だったのかそこに引き寄せられたのか…。

 

ね、余談でしょ?(というより愚痴ですな)。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。というよりも申し訳ございませんでした…。