適当文集

140文字でも書けそうな事を引き延ばして雑に書くところ

サザンオールスターズ キックオフライブ2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」の感想のようなものを(ライブビューイング編)

6月26日に行なわれた、「ちょっとエッチなラララのおじさん」のライブビューイングにひっそりと行って参りました。その感想のようなものでございます。

えー…最初に。いつものことですが長いです(ライブビューイングなのでもう少し短くなると思っていたのに…)。

今回のライブに関しては月・火という平日と言うこともあり、ライブ会場のチケットを取るということは最初から考えておりませんでした。しかし当初はライブビューイングも場所が遠い・雑務終わりの時間を参加は難しい…ということで諦めていたのですが、直前23日のやさしい夜遊びで桑田さんがある曲をやることを示唆する発言をしており、それはどうしても見たいと…。そこで一般のチケットを見るとまだ一番近い劇場は残っているではありませんか。それに新幹線を使えばギリギリ間に合うかもしれないと…。とりあえずチケットは確保。

そして当日何とか雑務を終え、駅へ向かいギリギリ新幹線の時間に間に合い乗車。まさか県内のしかもたった1駅の移動というまるでファンのような(?)荒技を披露し、上映5分前に席へ。右隣のおじさんはポップコーンを食べながら待機しており、いかにも映画館という感じがしました(?)。そして1つ前の席のお兄さんはマンピーのカツラのようなものなちょっと深めな紙皿のようなものを装着しているというライブ感の溢れる方で、この方に私の内に秘めたままの持ち上がりをしっかりと表現していただけたのでしっかりとスクリーンのみに集中できました(?)。

3分前に会場の中継映像がスクリーンに映し出されました。そして19時いよいよ開演となりました。

メンバー登場前にナレーションが。正体は何と元NHK有働由美子アナウンサーでした。デビュー直後はコミックバンドと呼ばれ…というナレーションが流れる中、後ろの方から「大森くんの…」という話し声が。その後の話は聴き取れなかったので、うまく大森さんの姿を消した写真のように、存在を消されてしまった可能性がありますね(?)(大袈裟)。そしてサザンの5人が登場。歓声で聞こえなかったのですが、あそこで最初紹介違うバンドか何かでしたよね…。5人がズコーとなってからサザンオールスターズという紹介だったと思うのですが…。

なんやかんやでメンバーが定位置にいよいよライブのスタートとなりました。

 

1.茅ヶ崎に背を向けて

これはやさしい夜遊びで桑田さんがネタバレした通りでしたね。

ほんとうに今までありがとう、とスタート良いではないですか。ちょこちょこと替え歌になっていましたね(「さびしいね」が「うれしいね」になっていたなど(全部は覚えておらず))。ラストに2000年の茅ヶ崎ライブでもありました「オーオオーオ」というあれが(説明下手)追加されていましたね。「ここは天下のNHK~」とも歌っておりました。やはり裏番組はビデオで見るべきということでしょうか(?)。

 

2.女呼んでブギ

何となく2曲目に来るような気がしていました。フルバージョンは2004年の「暮れのサナカ」以来14年ぶりでしょうか。サビの適当部分はみんな来てくれてありがとう的なニュアンスのことで(具体的な物は忘れてしまった…)埋めておりこういう使い方でついに完成したか…と謎の感慨にふけっていましたね(?)

原さんのCD版とは違うかっこいい「もう一丁」が聴けたのは、思わず待っていましたと掛け声を返したくなってしまうほどでした(?)。

マチュア時代から演奏されていた曲が続けて披露されたというのも40年+αという感じがして良いなあ、と思っておりました。

あとここで私の左隣のおじさまが手拍子をせずじっとスクリーンを見ていることに気付き、「あっ、無理に手拍子しなくていいんだ」と便乗し、ここからほぼほぼ人形のようにただただスクリーンを見つめ続けておりました。

 

3.いとしのエリー

間を長めにとっており、桑田さんも水分補給を行なうなど明らかにここで1発決めに来る感じがありましたね。雰囲気がバラード曲へ…という中で「Ah~」と始まり、ああここでエリーなのね…と。

ここまで曲の発売順であり、3枚目のシングルということで3曲目に置かれたのでしょうか。

「Ah~」でエリーと分かってからの歓声は大きかったですが、1番終わりの拍手は映画館では少なかったような。

序盤ということもあるのか最後の「エリー」のところはさほど溜めずに歌っておりましたね。個人的には1985年の「KAMAKURA」での1曲目に登場テイクが好きだったりするので、3曲目という序盤エリーを見れたのは少しうれしかったですね。

 

MC

ここで最初のMCが。会場がNHKホールということもあり、デビュー当時「レッツゴーヤング」によくゲスト出演しておりよく来ていたという話をしていましたね。あとは40年ですというような事を話していたと思いますが忘れてしまいました。

 

4.さよならベイビー

何故だか分からないのですが、この曲の始まる直前、弘さんのカウントが始まった瞬間でしょうか…「次はさよならベイビーだ…」と直感的に頭に思い浮かんだのです…。そしてあのイントロが流れてきたとき何とも不思議な気持ちになりました…。こういう事って他の方も経験があるのでしょうかねえ…。それかさよならベイビーさんからのテレパシーを捉えてしまったのでしょうか(?)(BABY違い)。

1998年の「モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~」、2013年の「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」と節目のライブで演奏されることが意外と多いですね。

 

5.せつない胸に風が吹いてた

2008年の「真夏の大感謝祭」1日目以来10年ぶりの演奏となりました。個人的にはソロではありますがラジオで聴いた「石垣島ライブ」のテイクでこの曲により惚れてしまっていたので、スクリーン越しとはいえ今回聴けたというのはうれしかったですねえ…。さよならベイビーもですが、今回は英語詞部分もしっかりと歌われておりましたね。

この曲で原さんの手元が映った際、キーボードの前に小さな楽譜のカードのようなものが置いてあったのですが、そのカードに「さよなら」と「せつない」という文字が書かれていたのを発見してしまいました…。ギリギリネタバレは回避出来ましたが、その後はあまり見ないように気を付けました(?)

 

6.愛の言霊~Spiritual Message

今回演奏するのでは、と思ってはいたのですが、予想以上に早い登場でした。ここで曲を詰めたような選曲なので今回は25~26曲くらいでは…というふうに何となく予想が立ちました。

和な感じのSEが入りその後曲が始まりました。映画館でも「おおー」というような歓声がちらちらと聞こえました。

間奏前のラップがカットされラストのラップが復活していましたね。ラップの後に「禮」が。間奏では桑田さんのギターもありました。

個人的には映画館のような狭めの暗い空間(私が行きました映画館は席が400ほどでした)で愛の言霊というのは少しだけ怖い気がしました…w。

 

ここで少しだけMCを挟み次の曲へ

 

7.SEA SIDE WOMAN BLUES

演奏前に「13年ぶりに演奏(正確には2004年の「海の日ライブ」以来となるので14年ぶりですね)しますけど、好きな曲なんです…」と語ってからこの曲がスタートしました。茅ヶ崎ライブでもこの曲結構好きなんです、と言ってからこの曲に入っていたので実はかなりのお気に入りソングなのでしょう。

この曲で後ろの幕が再び上がり江ノ島などの映像が流れていました。

私もこの曲大好きでして…。「悲しくて酔えないこともある 涙を浮かべた水割りのせいだよ」のところが特にねえ…。「やるせない今宵の南風」のところも南風をサザンと置き換えて、勝手に哀愁のサザンオールスターズに思いを寄せてしまったりするのです…。

まさか生で(映像ですが)聴ける日が来るとは…。嬉しいとかそういう言葉でしか表現できない自分がもどかしくなるくらいの衝撃でした…。

 

8.汚れた台所

片山さんのキーボード前奏があってからこの曲がスタートしました。夜遊びでやりますと言っていた通りでしたね。ちょくちょく映る弘さんがこの曲では特に格好良かった印象があります。あと原さんのキーボードを弾いている手の動きですね。これもまた格好良かったですね。映像化の際には是非弘さんの姿と原さんの手元だけで構成して貰いたいくらいです(?)。

しかしNHKさんは不細工な精液の歌詞テロップにやたらと縁が(?)ありますね…w。

 

9.My Foreplay Music

この位置でのご登場は珍しい…と思いきや、1983年の「SASたいした発表会・私は騙された!!ツアー」や1988年の「真夏の夜の夢 大復活祭」ではこの辺りに配置されていましたね。近年の序盤orアンコール起用の印象に引っ張られておりました。

ライブ版を聴く度「無理をしてるばっかの All Night Long」のあのAll Night Longの歌い方好きなのよねえ…といつも私の中の女子が出てきてしまうほど(?)うっとりとしてしまいます。

 

10.私はピアノ

今回の原坊ボーカル曲は初めて単独ボーカルを取ったこの曲でした。まだ生で聞いたことの無い曲が来ると嬉しいな…と思っていたので暗闇の中でフフフのおじさんとなっておりました(気持ち悪い)。

ラストで前の4人(桑田さん・関口さん・誠さん・TIGERさん)がステップを踏んでいたのですが、心なしか関口さんのステップが小さめに見えて、つい可愛いなと思ってしまいました(謎目線シリーズ)。

ライブ会場で歌うことはない私ですが、「おいらを嫌いに~」のラストの笑い声部分をうっかり歌いそうに(そもそもあそこは歌っているという解釈で良いのだろうか)なってしまい自分でも驚きました…w(恐らく私がいつも歌う時そこまでやってしまうのが原因かと)。

 

MC

ここでメンバー紹介がありました。サザンのメンバー紹介時には桑田さんが出逢った頃の

エピソードなどを交えていましたね。

弘さんのサザンは楽しい発言や、関口さんのデビューする時に親や親戚に色々と言われたけど私の人生は幸せです。といったMCは特に印象に残っていますね。こういう話は節目の時でないとなかなか聴けないものが多いので、もう少し掘り下げたものを何かしらの形で残しておいて貰いたいものです…。

 

11.闘う戦士たちへ愛を込めて

新曲を聞いて下さい、とスタートしたのは、映画「空飛ぶタイヤ」の主題歌となりましたこの曲でした。映画館で絶賛上映中ということもありライブビューイングで見ている方はポスターを目にしてから会場入りしていると思うのですが、ライブ前に空飛ぶタイヤを見てからそのままライブビューイングへ…という方はどのくらいいたのでしょうか。

イントロは原さんの正面にセットされていた2台のキーボードのうち上のキーボードを使っていましたが、出番はこの曲の時だけでしたっけ…。

ここでダンサーが登場&初めてギターを持たず、ハンドマイクスタイルとなりました。バックには都会の映像ともに背景的な使われ方で歌詞が出ていましたね。今回は会場の両サイドにモニターが無かったことで歌詞の表示はありませんでしたが、こういった形でうまく新曲の歌詞を表示しているのね…と謎の関心をしておりました。

 

12.はっぴいえんど

頭に波の音のSEがありいつの間にか巨大都市から海街へやって参りました。

イカす仲間のところで5人をそれぞれ写すのはベタだなーとは思っても、やはり良いんですよねえ…。

デビュー日に40周年ライブ、ということで「新しいふたりの出発(たびだち)の日に」いう歌詞がより響くといいますか、新しいサザンとファンによる40周年の舵を切ったのですね、きっと。

何だか今後も定番曲になりそうな予感がしますね。

 

13.真夏の果実

再びの波の音からイカす仲間が奏でるLove Songですよ、奥さん(?)。

はっぴいえんどでは「燃える太陽がロックンロールを踊っている」と歌っていますが「マイナス100度の太陽」はバラッドを歌っているのでしょうかね…?、と思わず考えてしまう映画館は素敵な空間でしたね(?)。そんな映画館ではイントロで歓声こそ上がっていましたが聞き入っていたのか1番終わりの拍手はあまり無かったような。

灼熱のマンピーからのハンドマイクスタイルは定着した感がありますね。

 

14.太陽は罪な奴

太陽に関しての解釈の云々を思っていたところでこの曲ですよ。まさに罪な奴(?)。

個人的に盛り上げの切り込み隊長的なポジションが多い曲かと思われます。

この曲から溢れる「夏」が好きでして…。今回やるとは…と思っていたのですが、よく考えてみるとこの曲の発売日は1996年の6月25日、そういう事でしたか…。

 

15.涙の海で抱かれたい

太陽は罪な奴から流れを切らずにご登場しました。映画館でも大きな歓声が沸いておりました。

ダンサーの皆様は浴衣でのご登場でしたね。それくらいが丁度良かった気がします。

ここから煽りコーナーへ突き進んでいくと思いきや…。

 

16.栄光の男

曲の前にモニターに映像が流れました。最初に工事現場の頭を下げている看板の人が映し出され、下にはテロップで「メンバー全員還暦を超えているため呼吸を整える時間が必要です…」といった内容の物が流れておりました。映画館でも笑い声がちらほらと。2~3分くらいでしたでしょうか。正直5分位休憩タイムにしてよいのよ…と思ってしまいました。

そして再び桑田さんがギターを持ち始まりましたは栄光の男、やはり長嶋茂雄にバットやグラブが必要なようにこの曲を演奏する際には桑田さんにはギターが必要なのでしょう(?)。

余談ですが、6月25日というのは、プロ野球の試合を初めて昭和天皇が観戦し、最後に長嶋がサヨナラホームランを打った天覧試合の日でもあるのですよねえ…。当時NHK(と日本テレビ)で中継されていたので、イントロが流れた瞬間もしかして天覧試合の映像を流す…?と思ったのですが当然そんなことはありませんでしたし、そんなことを考えている阿呆は私だけだろうなとも思っておりました…。

 

17.東京VICTORY

さあここから真の(?)煽りコーナーに突入です。曲が始まる前に降臨されたミラーボールさんのギラギラ加減随分激しくありませんでしたか…。映像でそう思ったので現地はより凄かった気がしますが…。

映画館でも腕を上げている方が多くいらしていました。もちろん前の席のお兄さんも腕をしっかりと上げていらっしゃいましたね。〇歳なのに四十肩の私はそのお兄さんに腕上げを託しておきました(?)。

2年後果たしてこの曲はどのような立ち位置になっているのでしょうか…。

 

18.ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)

原さんの正面とは別に横にキーボードが置いてあったのでやるとは思っていました。

そしてまた腕上げ曲ですよ。今回のライブは光るリストバンドが無かったようなので、強制的に上げさせられない(?)代わりにここで腕を酷使させる作戦だったのでしょうか(?)。

間奏が新しいアレンジになっていましたね。ギターはイントロかアウトロの物を使っているような音に聞こえたのですが、どうでしょうか…(自信なし)。

この位置だとマチルダBABYと連続で演奏されることの多いミスブラさんですが、今回は単独でしたね。単独での煽りコーナー登場は1994年の「ホタル・カリフォルニア」以来24年ぶりとなりました(ソロでは石垣島ライブで終盤単独登場がありましたが)。

 

19.匂艶THE NIGHT CLUB

これで3曲連続で流れを切らずに演奏となりました。毛ガニさんの持っている大きな手が更に巨大化されており、スタッフの方と2人でクラップしておりました。腰に響かないか心配でした(同じ事を考えている人結構良そうな気がします…)。

終盤の弘さんの追っかけコーラスは好きです。

ミスブラ→匂艶の流れは渚園を彷彿とさせますね。終盤でのご登場もその渚園以来となりました。

 

20.HOTEL PACIFIC

曲が始まる前に斎藤誠さんのギターが披露されていましたが、桑田さんに早くと催促されるという、がらくたツアーでのスキップ・ビート前の片山さんと同じような扱いをしておりましたね。流石サザン準々メンバーと言えるお2人の扱い方ですね(?)。

ダンサーの方の格好は水着と随分ストレートで来ましたね。でもそんな中で男性がいるとこの曲に限ってはとても安心しますね(?)。

この曲もまた大好きでして…。映画館でも建ち上がって踊る方が数人確認出来ましたが、座って手の振りだけをやっている方は結構いましたね。

えっ…私ですか?。常にBlue~こんな夜には踊れない心境の私なので(?)踊ることはないのですが、心は躍っておりました(上手いことを言ったつもり)。

 

21.みんなのうた

HOTEL PACIFICから次の曲に行くまでの「間」が好きだったりするのですが、その間の後に聞こえてきたのは「あの日から~」と…。途中の歌詞は6月25日にデビューしたサザンがなんちゃら~と(忘れた)いう歌詞となっており、最後の「愛しい人よ~」のところは「みんなのうたよ~」となっており、みんなのうたがスタートしておりました。

あの日からさん(仮名)はすっかりみんなのうたの前座担当(?)となってしまいましたねえ…。夕方Hold On Meさんは何を思うのか…。

毛ガニさんが使っていた巨大な手が再びご登場しており、毛ガニさんの後ろの方でスタッフの方によりオブジェとなって(?)おりました。

映像で見たNHKホール、そして映画館と人によってどのタイミングで腕を振り始めているのかがよく分かって面白かったです(?)。ちなみに勝手に注目していた前の席のお兄さんはサビからでした(実にどうでも良い情報)。

この曲は本編のラストとなりましたが最後がみんなのうた、というのも狙っていそうですね。久々に「勝手にシンドバッド」と「マンピーのG★SPOT」以外の曲がここに置かれましたね。

曲が終わるとメンバー5人が前へ。ここぞとばかりにライブビューイング用のカメラに近寄る弘さんと毛ガニさん。うまく5人が映ったところは心のアルバムに収めました…。

そしてここで客席の皆様と共に記念撮影。ライブビューイングでもそのシーンが映っていたのですが、「おおー」という歓声が沸いておりました。

そして後ろへ下がりアンコールへ。その間スクリーンにはステージ全体が見える中央カメラのシーンが映し出されていましたが、スタッフの方がステージの紙吹雪を掃除機で片付けているところがばっちり映っており、「華やかな者の影で今動く男達」という感じがして良かったです(?)。

 

22.DIRTY OLD MAN~さらば夏よ~

アンコール1曲目、イントロが流れて来た瞬間突然込み上げてきてしまい、涙が溢れてきてしまったのですね…。確かにDIRTY OLD MANは自分の中で特別な1曲という位置付けであり、最終的にライブビューイングへ行く決断を下したのは、桑田さんが夜遊びでこの曲を演奏することを示唆していたことが最大の要因だったのですが、まさか泣くとは思っておらず、その時はどうして泣いているのだろう…せっかく演奏されているのにスクリーンが見えなくなってしまう…と頭の中は涙と裏腹に冷静ではいたのですが…。

後で何故泣いたのかを考えたのですが、これは2006年の私の涙ではないのかと…。

2006年というのは私がサザンオールスターズというバンドにしっかりと触れた年であり、その年に新曲として発売されたこの曲にリアルタイムで触れたことが大きいのだと思います。「これが今のサザン…」と毎日のようにひたすらCDをリピートし、ミュージックステーション音楽寅さんで披露した録画を見ていた夏の日。しかしその後は披露されることはなく(夢人島ライブ版はその時も現在も見たことはなく…)、12年経ちスクリーン越しとはいえようやく初めまして…というのが、あの毎日過去と現在を含めた新しいサザンに出会っていたあの夏の日の少年(といえる年齢でもなかった)が不意に蘇ってきたが故の涙だったのかもしれないなと…(去年とある声優さんのライブへ初めて行く機会がありまして、その姿を生で目にした時も泣いてしまったのですけど、その時も初めてその方を知ってから12年の時が流れていたので、その12年という時間に重さをどこかで感じていたからかもしれません…)。

それだけ自分の中でいつの間にかそういう立ち位置の曲にしてしまっていたのですね…。もし生で聴いていたらどうなったのでしょうか…。むしろライブ会場という非現実感のある空間だと泣かなかったのかもしれませんね。映画館というどこか夢と現実の狭間のような空間にいたからこそ、あの日の熱い僕の涙だったのかもしれません…。ただそのせいで泣き濡れた惨めなDIRTY OLD MANになってしまいましたね(?)まあこの曲を初めて聴いたときに「この曲は自分のことを歌っているのでは…」と誰もが1度は思ったことのあることを思っていたので、正しいと言えば正しいですね(?)。

 

23.LOVE AFFAIR~秘密のデート

正直に言いますと前の曲の影響もあり、あまり覚えていません…。

冒頭に汽笛の音があり、桑田さんが「横浜~」と言っていた。そして「ボウリング場で~」のところで桑田さんのボウリング映像が使われたことが記憶にあるくらいで…(次は東京サリーちゃんを演奏の際には「ボウリング・シャツのジャイアント・マンの」ところでボウリング映像を使って欲しいですね)。

2014年の「ひつじだよ!全員集合!」の時の「LONELY WOMAN」で感極まってからの「SAUDADE~真冬の蜃気楼~」の記憶が薄い…というのをまんま再現してしまいましたね…。

 

24.ロックンロール・スーパーマン~Rock’n Roll Superman~

後ろのモニターには「Rock’n Roll Superman Southern All Stars」と…良いじゃあないですか…。

この曲で必ずギターを持って演奏するのがまた良いのですよね…。赤いギターと“I'm a Rock’n Roll Superman”というおまじないの言葉がワンセットになっている気がします。

またまた「みんなが好きです!」からの連続登場記録を伸ばしましたね。その使われ方といい21世紀の希望の轍と言ってもいい存在となりつつありますね。

 

25.勝手にシンドバッド蛍の光

本編のラストがみんなのうただったので、もしかしたら最後に演奏かも…と思っていたところ本当にラストの演奏となりましたね。アンコールラストに演奏、というのは公式サイトのデータでは1981年の「そちらにおうかがいしてもよろしいですか?」以来37年ぶりのことになりますね。

ロックンロール・スーパーマンからの流れだったのでギターを持ちながらの演奏でしたが初期の頃を意識していたのでしょうか、間奏で映っていた昔の映像の脚を少し広げて歌う姿と同じポーズだったのが、感慨深いといいますか凄く印象に残っていますね…。

そしてそのまま終わりと思いきやそのまま「蛍の光」へ。NHKホールということで紅白歌合戦を意識したのか、39年の卒業、40年への旅立ちを意識していたのかは分かりませんが、らしい締めだったと思います。

 

そしてライブは終了、最後メンバーが後ろに下がる前毛ガニさんがシンドバッドで登場したサンバダンサーさんが落としたと思われる羽のようなものを客席に投げ、桑田さんに「物は大切にしなさい」と怒られるシーンにほっこりしておりました(?)。

 

帰りも新幹線だったのですが、寝ているスーツ姿の方を数多く目撃しまさに闘う戦士たちへ愛を込めたくなりました(?)(というどうでも良いオチ)。

 

今回のライブは押さえるところは押さえつつ、「希望の轍」や「マンピーのG★SPOT」「ボディ・スペシャルⅡ」といった定番曲は演奏しませんでしたね。やはりキックオフライブという通りこれからを念頭に置いた選曲だったのかもしれませんね。

今のところROCK IN JAPAN FESTIVALに出演以外には夏にライブがない、ということはありますが、まだ約360日は40周年という技が使えるので(?)、来年の6月24日までこっそりひっそりと楽しみにしていたいと思います。

 

 

あとがきのようなもの

ライブビューイングの感想なので短くなるだろう…と思いきや普段と変わらないくらいの文字数となってしまいました…申し訳ございません…。

 

おいしい秘密以降秘密になっていないおいしい物が歌詞に登場する曲を雑にまとめてみた

おいしい秘密好きなのです…(一説にはこの曲を見たいが為に第2回ひとり紅白を購入したという噂が…)。という事と何となく近年の曲には食べ物関係の単語がご登場することが多いイメージがありまして、それをこじつけた雑文でございます。

ピースとハイライトからがらくたの曲までから集計してみました。

 

・天国オン・ザ・ビーチ

 メロン・スイカ・ピリ辛タコス

・パリの痴話喧嘩

 スンドゥブ・チゲ・パジョン

アロエ

 杏仁豆腐・ジャージャー麺

はっぴいえんど

 コーヒー

・ヨシ子さん

 上鴨そば

大河の一滴

 オムレツ

・メンチカツ・ブルース

 メンチ・コロッケ・さんま・キャベツ・ハムカツ

・愛のささくれ~Nobody loves me

 スムージー

 

あれ、思ったよりも少ないような…。まあイメージですから(?)(する必要の無い言い訳)。

あとアルバムタイトルを入れて良いのなら「葡萄」がありますね。意味が違う&商品名シリーズ(?)ですと「百万本の赤い薔薇」での「水瓶座アクエリアス)」という裏技が使えますね(?)。

メロンとスイカは元の意味が違いますがセーフということにしましょう(?)。

ここで挙げた物で生活をするとしますと、おかず系は意外と充実していますね。しかし主食は米派な方には辛い食事になってしまいますね。ここは「君への手紙」のジャケット等に載っています、丼物を採用するという手もありますね(?)。

1日くらいでしたらこの食事で3食何とかなりそうな気がしますね。

朝:オムレツ、コーヒーorスムージー

昼:上鴨そばorジャージャー麺

夜:ピリ辛タコスorパジョン、メンチ・コロッケ・ハムカツ

 

…うーん、バランスが悪いですね…。結局は朝から晩まで樽酒を吞むのが正解なのかもしれません(?)(振り出しに戻る感)。そこは居酒屋の小部屋(栄光の男)で是非、でしょうか(?)。

個人的には立ち食いそば屋で上鴨そばを食べながら割り箸を持つ手を震わせたいですね(?)(しかし私が好きな背番号3は同時期にパリーグの東京のチームでプレーしていたあの人なのでただ食べながらテレビを見ていそう…)

 

これくらい軽い雑文だと楽で良いですねーと今更ながらに思いました(?)。これくらいのゆるい雑文で時々誤魔化していきたいと思います(?)。

 

 

あとがきのようなもの

次のライブ名、「ラララのおじさん「たち」」にして欲しかったなあと思っていたり(おじさん止まりだとソロライブっぽいなーと。あっ…でもちょっとエッチな人が1人しかいないから正しいですね(?))。

 

サザンオールスターズの過去の夏ライブと近年のライブセットリストから傾向のようなものを雑にまとめてみた

若干タイトル詐欺かもしれません…(のっけからすみません)。

今年サザンは40周年ということで恐らく夏にライブがあることでしょう。ということで過去のライブで演奏された曲から、ひょっとするとこの曲は40周年ライブで演奏されるのでは…?という可能性が高そうなものを考えてみようというまたくだらぬ雑文でございます…。

今回参考にしましたのはこちらのライブです。

・ホタル・カリフォルニア

・ザ・ガールズ 万座ビーチ

・モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~

茅ヶ崎ライブ~あなただけの茅ヶ崎

・「流石(SAS)だ真夏ツアー!あっっ!生。だが、SAS!」~カーニバル出るバニーか!?~

・真夏の大感謝祭

・灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!

・ひつじだよ!全員集合!

・おいしい葡萄の旅

 

とりあえず近年の2013~15年の3つのライブと、ホタル以降の大きな夏ライブ6つを合わせた9つから探ってみようかと思います。何故ホタルからにしたのかと言いますと「マンピーのG★SPOT」がこの年発売され、その後ライブでも大定番曲となったということで個人的に傾向を見るならある程度のラインになるのでは…と思ったからでございます。

 

まずは2013~15年の3つのライブで複数回演奏された曲を出してみました。

 

3回

ロックンロール・スーパーマン~Rock’n’roll Superman~

・ピースとハイライト

・栄光の男

2回

勝手にシンドバッド(マンピー/ひつじ)

・匂艶THE NIGHT CLUB(ひつじ/葡萄)

・ボディ・スペシャルⅡ(BODY SPECIAL)(ひつじ/葡萄)

・マチルダBABY(マンピー/葡萄)

ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)(マンピー/葡萄)

・Computer Children(ひつじ/葡萄)

・死体置場でロマンスを(ひつじ/葡萄)

みんなのうた(マンピー/葡萄)

真夏の果実(マンピー/葡萄)

希望の轍(マンピー/ひつじ)

マンピーのG★SPOT(マンピー/葡萄)

・LOVE AFFAIR~秘密のデート(マンピー/ひつじ)

・蛍(マンピー/葡萄)

・東京VICTORY(ひつじ/葡萄)

 

ロックンロール・スーパーマン~Rock’n’roll Superman~」「ピースとハイライト」「栄光の男」の3曲が3度のライブで演奏されていますね。ピースとハイライトと栄光の男は2013年の新曲、アルバム「葡萄」にも収録されているというのもあると思いますが、今振り返りますと2013~15年の3年間はある意味でピースとハイライトの3年間、もしくはテーマソングと言えるのかもしれませんね。

今年ライブがある際には演奏されるでしょうか…。ピースとハイライトはその3年間の印象で外れそうな気がしますし、しれっと序盤あたりで演奏されそうな気もしますね。

栄光の男は長嶋茂雄プロ野球デビュー60年記念として(?)如何でしょうか。…とそんな理由を付けようとするのは私だけでしょうが。

ロックンロール・スーパーマンはどこかほぼ確定の空気を感じますね。個人的には1曲目なんてどうかしら…と思っております。意外と最近の夏ライブでは1曲目にアルバム曲を持ってくることが多いように見えます(万座(お願いD.J)/茅ヶ崎希望の轍)/流石(胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ)/大感謝祭(YOU)/マンピー(YaYaと日替わり曲でしたが「海」))という理由とギター+スタンドマイクスタイルの傾向が多い、ライブ定番曲ということから有力候補では…と。仮にそうなるとすれば2曲目は「ミス・ブランニュー・デイ」となりますでしょうか。終盤ですが「みんなが好きです!」ではこの流れがありましたし「おいしい葡萄の旅」では逆の流れが2~3曲目であったので、充分考えられるのではないのでしょうか。まあ戯れ言です。

 

続いて夏のライブの7つからの集計でございます(灼熱のマンピーはこちらにもカウントにいれております…)

7回

勝手にシンドバッド

みんなのうた

真夏の果実

希望の轍

マンピーのG★SPOT

6回

いとしのエリー(ホタル/万座/渚園/茅ヶ崎/大感謝祭/マンピー)

C調言葉に御用心(ホタル/万座/渚園/茅ヶ崎/流石/大感謝祭)

・ボディ・スペシャルⅡ(ホタル/万座/渚園/茅ヶ崎/流石/大感謝祭)

ミス・ブランニュー・デイ(ホタル/万座/渚園/茅ヶ崎/大感謝祭/マンピー)

涙のキッス(ホタル/万座/渚園/茅ヶ崎/大感謝祭/マンピー)

愛の言霊~Spiritual Message(万座/渚園/茅ヶ崎/流石/大感謝祭/マンピー)

5回

いなせなロコモーション(ホタル/万座/渚園/茅ヶ崎/流石)

・YOU(ホタル/渚園/茅ヶ崎/大感謝祭/マンピー)

4回

・Ya Ya(あの時代を忘れない)(ホタル/流石/大感謝祭/マンピー)

・夏をあきらめて(万座/茅ヶ崎/大感謝祭/マンピー)

・マチルダBABY(万座/渚園/茅ヶ崎/マンピー)

・夕方Hold On Me(ホタル/渚園/茅ヶ崎/大感謝祭)

・夕陽に別れを告げて(ホタル/渚園/流石/大感謝祭)

太陽は罪な奴(万座/渚園/流石/マンピー)

・LOVE AFFAIR~秘密のデート(渚園/茅ヶ崎/大感謝祭/マンピー)

HOTEL PACIFIC(茅ヶ崎/流石/大感謝祭/マンピー)

 

…と2パターンの演奏回数を雑にまとめてみましたが、やはり所謂定番と呼ばれます曲が殆どを締めていますね。

夏のライブで必ず演奏されているのが、

勝手にシンドバッド

みんなのうた

真夏の果実

希望の轍

マンピーのG★SPOT

愛の言霊~Spiritual Message

HOTEL PACIFIC

の7曲になっていますね。ここに発売以降の夏のライブ…といいますか全てで演奏されているロックンロール・スーパーマンも入れても良さそうです。

40周年ライブ(仮)の最有力候補となりそうですが、最近の代官山通信の桑田さんの発言を見ますともしかすると留守番曲が出てくる…かもですね。

そういえば前回の夏ライブである「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」では「ホタル・カリフォルニア」以降初めて「C調言葉に御用心」と「ボディ・スペシャルⅡ」が選曲から漏れていた…という前例がありましたね(余談ですがC調言葉さんが1曲目でも良さそうですね。40周年ライブというC調言葉には御用心だよ、というメッセージを勝手に感じられそうですので(?))。

とはいえ比較的置き所が決まっている「真夏の果実」以外は序盤・煽りコーナー・アンコール辺りにうまく分散して配置されそうではありますが果たして…。

個人的には真夏の果実をソロではありますが、「ヨシ子さんへの手紙~悪戯な年の瀬~」や「がらくたツアー」で「白い恋人達」をアンコールに持ってきたのと同じような使い方をしないかな…と何となく思っております(戯れ言…もしくは妄想シリーズです。…まあ古賀紅太ライブではアンコールでやったことがありますが)。

一方で「マチルダBABY」は灼熱のマンピーが「茅ヶ崎ライブ」以来13年ぶりの夏ライブだったのですね。…となると2008年以降石垣島へ移住した疑惑のある(?)「いなせなロコモーション」さんも久々に上京してくる可能性もありますね(?)。

チルダさんが夏にご無沙汰だったのは渚園ビデオでの所謂「封印」発言の影響もありそうですね。渚園以降、ミスブラ・マチルダ・ボディスペ・マンピー・シンドバッド(+α)の全曲すべてを煽りコーナーに投入ということは無くなっています(茅ヶ崎ではシンドバッド抜きがありましたが)。特に2003~05年は、ミスブラマチルダコンビ(サナカ/みんな)とボディスペマンピーシンドバッドトリオ(流石/海の日)を(恐らく意図的にかと思いますが)分けて煽りコーナーに配置しています。ただ2008年と2013年以降はミックスされ、そこから3曲ほど選曲されるという傾向が見られるので恐らく新曲+いずれかの3曲+「みんなのうた」や「HOTEL PACIFIC」あたりを持ってきそうですが、現在の桑田さんの考えが変わらなければここも意外な曲やお久しぶり曲を持ってくる可能性もありますね。

序盤も構成も気になりますね、25、30周年のようにメドレーコーナーが設けられるのか、それとも1曲1曲で行くのでしょうか…。ただいずれにしてもお久しぶりねな曲が選曲されますね。25周年の「夜風のオン・ザ・ビーチ」や「女流詩人の哀歌」、30周年の「働けロック・バンド(Workin' for T.V.)」、「Hello My Love」、「東京シャッフル」、35周年の(これは中盤のアコースティックコーナーでしたが)「NEVER FALL IN LOVE AGAIN」など20何年ぶり…という曲がご登場されることがあったので、こちらのサプライズにも期待ですね。

ちなみに25、30周年のメドレーコーナーの両方で演奏された曲は「お願いD.J」「C調言葉に御用心」「朝方ムーンライト」「思い出のスター・ダスト」の4曲になりますね。もしメドレーコーナーがあった際にはこの曲達が含まれるのかにも注目していきたいですね(?)。

そういえばお願いD.Jは3度夏のライブにご登場されていますが、万座ビーチ以降は「激しい夜遊び」を除けばフルバージョンでは演奏されていないのですね…。果たしてサザンのライブで再びフルで演奏される日は来るのでしょうか。

個人的には万座ビーチまで割と夏ライブでよく演奏されていた「愛は花のように(Ole!)」が22年ぶりに演奏となるか…(ソロの古賀紅太では演奏していますが、それでも17年ぶりになります)というのともう1曲「ニッポンのヒール」が気になっております。「歌う日本シリーズ1992~1993」から「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」までの8回中5回ライブで演奏されていたのですが、その後は19年ご無沙汰になっておりますね(音楽寅さんで歌ったことはありますが)。この辺りを密かに注目したいと思います。

 

さて結局傾向をうまくまとめることが出来ず雑談や妄想で誤魔化した駄文となってしまいました。

…まあこんなにぐたぐたと書いていてあれですが、結局は何が演奏されても「わーい」と受け入れてしまう単純思考の私ですので何でもいいと言えば何でもいいというつまらない回答が出てしまうのですが…。

そんな私のどうでもいい思考はラケルの横道に埋めておくとしまして(?)既に新曲の情報は出ていますが、どのような形で表に出てくるのか、楽しみですね。

 

 

あとがきのようなもの

某サイダーのCMいつからだろう…と思っていたら既に始まっていることに今更気が付いたおじさんは私です…(普段テレビをあまり見ないせいで油断していた+未だ巡り会えず…)。

WOWOWで放送されたサザン・ソロのライブを雑にまとめてみた

また微妙なところからネタを引っ張って来てしまいました…。

近年WOWOWでライブの生中継が行なわれていないということで過去のライブ放送を改めて調べてみようと思いましてまたまた雑にまとめてみました。

一応ライブ名の横に、中継か録画かを載せました(抜けがあったらごめんなさい)。

流石に特番等は載せていませんのでご了承ください…。

 

・Acoustic Revolution

3月26日(最終日・日清パワーステーション)録画放送

・花咲く旅路

6月7日(ツアー最終日・武道館の映像)録画放送

・THE音楽祭 1991

9月1日(ツアー最終日・横浜スタジアム)録画放送

Act Against AIDS ’97 歌謡サスペンス劇場

12月1日(最終日・パシフィコ横浜国立大ホール)録画放送

・モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~

8月9日(最終日・渚園)生放送

・Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~

5月27日(最終日・東京ドーム)録画

茅ヶ崎ライブ~あなただけの茅ヶ崎

8月20日(最終日・茅ヶ崎公園野球場)生放送

・ゴン太君のつどい

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

Act Against AIDS ’01 「クワガタムシ対カブトムシ」~桑田佳祐PLAYS“ザ・ビートルズ”~

12月2日(最終日・パシフィコ横浜国立大ホール)生放送

桑田佳祐Xmas LIVE in札幌

12月24日(最終日・月寒グリーンドーム)生放送

・けいすけさん、色々と大変ねぇ

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

・「流石(SAS)だ真夏ツアー!あっっ!生。だが、SAS!」~カーニバル出るバニーか!?~

8月31日(最終日・横浜国際総合競技場)生放送

のちに総集編も放送

Act Against AIDS ’2003「栄光のDISCO&SOUL」

12月4日(最終日・パシフィコ横浜国立大ホール)生放送

Act Against AIDS ’2004「THE GOLDEN AGE OF BRITISH ROCK~愛と青春の英国ロック~」

12月2日(最終日・パシフィコ横浜国立大ホール)生放送

・暮れのサナカ

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

・みんなが好きです

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

THE 夢人島 Fes.2006

8月27日(2日目公演・浜名湖ガーデンパーク)生放送

のちに総集編も放送

・呼び捨てでも構いません!!「よっ、桑田佳祐」SHOW

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

・真夏の大感謝祭

8月24日(最終日・日産スタジアム)生放送

Act Against AIDS 2008「昭和八十三年度! ひとり紅白歌合戦

12月2日(最終日・パシフィコ横浜国立大ホール)生放送

Act Against AIDS 2009 映画音楽寅さん チャラン・ポランスキー 監督・脚本・主演「男はしたいよ」

12月2日(最終日・パシフィコ横浜国立大ホール)生放送

原由子スペシャル「はらばん」

7月4日(1日限りの公演・鎌倉芸術館)録画

・宮城ライブ~明日へのマーチ!!~

9月11日(最終日・セキスイハイムスーパーアリーナ)生放送

・年忘れ!!みんなで元気になろうぜ!!の会

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

・I LOVE YOU -now&forever-

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

・灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!

9月22日(最終日・宮城スタジアム)生放送

のちに総集編も放送

Act Against AIDS 2013「昭和八十八年度! 第二回ひとり紅白歌合戦

12月4日(最終日・パシフィコ横浜国立大ホール)生放送

・ひつじだよ!全員集合!

12月31日(最終日・横浜アリーナ)生放送

・おいしい葡萄の旅

5月23・24・26日東京ドーム+7月4・5日福岡ヤフオク!ドーム公演のミックス 録画

・ヨシ子さんへの手紙 ~悪戯な年の瀬~

12月31日(最終日・横浜アリーナ)録画

・がらくたツアー

11月11・12日東京ドーム+12月16・17日京セラドーム大阪公演のミックス 録画

 

さて少しピックアップしていきましょう…という名の駄文タイムでございます。

1991年ですが何とライブを3つも放送しているのですねえ。開局からまだ間もない時期ですからサザンを新コンテンツの大きな目玉の1つとしていたのでしょうか。

その記念すべき(?)第1弾は桑田さんのソロ企画「Acoustic Revolution」でした。録画放送とはいえサザン・ソロを含め初の全曲放送(内容は後に発売された製品版と同じ物らしい)となり早速有料放送の力を(?)発揮しました。その一方で第2弾とも言える原さんの「花咲く旅路」ライブの放送では9曲のカットとなっています。ちなみに余談ですがこのライブTOKYOFMでも放送されており、こちらでしか聴けない曲がある一方で両方ともでカットとなっている曲が残念ながらありますね…。そして第3弾はサザンの「THE音楽祭 1991」でした。全曲放送+ドキュメンタリーと約4時間放送されました。…といきなりの3ライブ放送でしたが、その後しばらくサザン・ソロのライブ放送は途絶えてしまいます。

しかしその間は年越しはTBS、AAAはNHK、テレビ放送されなかった夏ライブやツアーは製品化という形が何となく出来ていたことにより全曲、とはいかないまでも殆どのライブは眼にすることは出来ていたのですねえ…。

次にWOWOWで放送されたのは1998年の年明けに7年ぶりとなりました「Act Against AIDS ’97 歌謡サスペンス劇場」(録画放送)でした。この放送は3曲カットとなっていますが、これ以後の放送では「はらばん」での「いつでも夢を」以外(特番でライブの映像を一部放送というものを除けば…といいますかはらばんも一応特番枠ではありますが…)基本的には全曲放送となっていますね(日替わり曲を除く)。

そして翌1998年の「モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~」は初の生中継での放送となりました。翌年の「Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~」は録画放送でしたが、それ以後は2014年の「ひつじだよ!全員集合!」まで最終日が生放送されることになります(特番としてOAされた「はらばん」のライブテイクが録画版)。

また2000年の「ゴン太君のつどい」で年越しライブを、2001年の「Act Against AIDS ’01 「クワガタムシ対カブトムシ」~桑田佳祐PLAYS“ザ・ビートルズ”~」でAAAを実質的にTBS・NHKから引き継いだ形となりました(ゴン太君はTBSと同時中継でしたが)。この辺りでサザンのライブ=WOWOWが定着したと言えますでしょうか。

2007年には01.03.04.06.のAAAを一挙に再放送するなど全盛期に(?)ありましたね。

しかし諸々の影響からか2015年の「おいしい葡萄の旅」からは録画放送となっております。2016、17年の桑田さん年越し公演は福山雅治さんのライブの中継となったので、アミューズ的には結果的に世代交代と言いますか結婚記念のプレゼントだったのかもしれませんね(?)。

今後の生放送となりますとどうなりますでしょうか…。今年はサザン40周年ということで恐らくあると思われる夏のライブの放送がどうなるかによって決まるのではないのでしょうか…。もし節目でしかもサザンのイメージの1つである夏という条件が重なるライブを生中継しない、となると今後の生放送の可能性は著しく低くなるのではと思います。ただ2015~17年の間にAAAライブを開催していないので、AAAの放送はどうなるのか…という疑問がありますね。どうなるのかは分かりませんが、もしかするとライブツアー・年越しは録画放送、節目のライブ・AAAは生放送というような棲み分けが今後なされるのかもしれませんね。

いつかWOWOWでライブが放送されなくなる時が来るのでしょうか…。万が一そのようなことがあるとしたなら、最近の関係を見ますとNHKが第一候補となるのでは…と勝手に思っております。

まあこんなに書いていてあれですが、個人的には別会場公演が混ざってしまうと見辛いというのはありますが、放送・映像化されるだけでありがたいと思ってしまうタイプでありますので、生・録画問わず良い塩梅で放送され続けることを祈っております…。

 

 

あとがきのようなもの

今日がアルバム「葡萄」が発売となって3年になる日だったのですね…。それにかすりもしない微妙な文章となってしまいました…。

 

1994年の長嶋茂雄と桑田佳祐

1994年10月8日、野球ファン…いや日本中の注目を集めるプロ野球の試合が行なわれていた…。愛知のナゴヤ球場での中日ドラゴンズ読売ジャイアンツのシーズン最終戦である。両チームとも69勝60敗という全く同じ成績で並んでおりこの試合に勝ったチームがセリーグ優勝という1戦になっていたのである。この1戦を「国民的行事」と呼んだのは、当時ジャイアンツの監督を務めていた長嶋茂雄であった…。

時を同じくして福岡である1人の歌手のライブが始まろうとしていた…。この年サザンオールスターズの活動を休止し、ソロ活動を行なっていた桑田佳祐である。

今回はそんな両者の1994年に焦点を当てていきたい。

 

1993年、12年ぶりに長嶋茂雄読売ジャイアンツの監督に復帰し、期待されたシーズンであったが、ペナントレースは3位に終わってしまった。また64勝66敗1分と勝率も5割を切ってしまった(これは1979年以来のことでありこの時の監督もまた長嶋であった…)。

そこでシーズンオフ1つの大きな補強を行なった。この年導入された一定の資格を満たした選手が他球団と交渉を行なうことの出来るフリーエージェント制度により、所謂FA宣言をしていた中日ドラゴンズ落合博満の獲得である。首位打者・ホームラン王・打点王を各5回、三冠王を3回獲得した大打者であった。一方で「オレ流」と自らを評し、周りからもそう呼ばれていることもあるようにマイペースで気難しい一匹狼と言えるような一面も持っていた。一説によれば球団内部からは獲得に反対の声が多かったが長嶋が押し切り獲得した…とのことである。落合の著書によれば長嶋は「巨人の選手達に戦う姿勢を植え付けてくれ」という注文をしたという。落合は「オレ流」と呼ばれる一方で、親分肌な一面も持ち合わせており後輩の選手達から慕われていた。その影響力を長嶋が今のジャイアンツに最も必要であると1年の戦いを経て痛切に感じていたのだろう。と同時に1000日計画で四番打者として育て上げると長嶋の監督復帰と共に入団した松井秀喜への「最高のお手本」として獲得したという側面があったのかも知れない…。

 

桑田佳祐はサザンの活動の中(現在のようにサザンの活動休止→ソロ活動という流れでは無かった)1993年10月に5年ぶりとなる個人名義でのシングルCDを発売した「真夜中のダンディー」である。今までのサザン・ソロ曲にはほとんど無かったリアルな年齢感(当時の桑田は37歳)を生々しく切り取った(のちに自らの著書で「年齢的に枯れていく自分というのを意識し始めていた」と記している)ような楽曲であった。

それまでのサザンのイメージである「夏」や「楽しいステージ」、87~88年のソロ活動のテーマでもあった「ポップス」という部分からは遠いところにいるような、当時としては「浮いた」存在だったのかもしれない。

そんな曲ではあったが桑田佳祐名義のシングルCDでは初めてオリコンの1位を獲得している。結果的にこのヒットによって翌年の活動方向が定まったのかもしれない。

 

今ではその所謂その「個性」がファンの中で認知されているように思うが、落合博満真夜中のダンディーは当時のチームの中・楽曲の中でどこか「一匹狼」や「劇薬」と言えるような存在だったのかもしれない…。

1993年末に新たに加わったそれぞれが翌1994年の出来事の「核」となったのでは無いのだろうか…。

 

1994年の開幕戦、ジャイアンツは11対0で快勝した。この試合四番で出場した落合は早速ホームランを打った。前の三番に座った松井も2本ホームランを打ち、最高の形でシーズンのスタートを切った。この開幕戦の勢いそのままに4月の終わりには早くも首位に立っていた。その後も首位の座をキープし独走態勢に入りつつあった。

前年は野手陣の怪我や衰えによる世代交代の時期に差し掛かっていたこともあり中軸を固定できなかったが、「三番・松井秀喜」「四番・落合博満」と不動の三・四番コンビが軸になったことで安定した戦いを行なうことが出来たのも大きな要因の1つだった。

また5月には福岡で槙原寬己が史上15人目の完全試合を達成したこともチームの勢いに繋がった。

6月終了時には42勝22敗という成績で貯金20と首位を独走し、早くも優勝は確実という声があったほどである。

 

桑田は6年ぶりとなるソロ名義のアルバム制作に取りかかっていた。一方で親交のある泉谷しげる森雪之丞のライブに飛び入り出演するなど、サザンの枠に囚われない活動も行なっていた。

8月にはアルバムからの先行シングルとなる「月」を発売した。それまでの桑田作品とは違ったある種の静寂感のあるこの情緒的な曲は、桑田本人のお気に入りとなったこともあり、後にライブでは頻繁に演奏される曲となるが、特にこの1994年にはアルバム・そしてライブツアーにおいて真夜中のダンディーと同じく核となる曲となってゆく…。

そして9月アルバム「孤独の太陽」が発売された。アコースティックサウンドを前面に出したシンプルなアレンジの曲が並び、歌詞も内面の悲しみや苦悩、怒りといった感情を表したような世界観が多く、今までの桑田(サザン)のイメージが「明」であれば間違いなく逆の「暗」の世界へ振り切った作品となっている。

このアルバムと共に9月29日からライブツアーが始まることになる…。

 

首位を独走していたジャイアンツであったが、7月に入るとシーズン初の5連敗を喫するなどチームはシーズン当初の勢いを失い始めていた。6月までと比べて打線が湿りがちになっていたことが影響してしまった。この連敗が響き7月はこの年初めての負け越しとなってしまった。しかしこの時点では2位とのゲーム差は十分離れており、1度優勝マジックが点灯していたほどである。だがこの負の流れを断ち切ることが出来ない。なんと8月9月も負け越してしまう。最大「20」あった勝ち越しは9月終了時点で「7」にまで減ってしまったのである。この間に差を縮めてきたのが中日ドラゴンズであった。8月までは勝率5割ラインで2~3位が定位置となっていたのだが、ジャイアンツの失速と9月には(10月を跨いだ9連勝を含む)11勝4敗と大きく勝ち越し、9月28日には直接対決に勝利したことにより125試合目にして66勝59敗と全く同じ成績でついに並んだのである。残り4試合も両チーム共に3勝1敗の成績で、69勝60敗と同じ成績で並んだまま、勝った方が優勝という最終戦にまでもつれ込んでしまった。

そしてついに10月8日ドラゴンズの本拠地であるナゴヤ球場の試合は日本プロ野球初の同率首位のチームによる優勝決定戦となったのである。

 

アルバム発売後桑田はある騒動の当事者となってしまう。アルバムに収録され、後にシングル「祭りのあと」B面曲としてシングルカットされた「すべての歌に懺悔しな!!」という曲の歌詞の内容について矢沢永吉長渕剛の2人を指しているのではないのか、という旨の記事が週刊誌等で騒がれ始めた。桑田は会見を開き否定と謝罪を行なったものの、長渕はインタビューで反論し、桑田vs長渕という構図でファンや音楽評論家を巻き込んだマスコミによる報道が翌年長渕の逮捕で収まるという形で連日行なわれた。

この騒動の影響か既にスタートしていたライブツアーでは演奏されていた「すべての歌に懺悔しな!!」であったが、これ以後封印扱いされてしまうこととなる(現在も発売等されてはいる)。

騒動の余波が残る中桑田は全国30ヵ所35本のツアーに旅立って行く…。

 

10月8日ナゴヤ球場で行なわれた一戦、後に「10.8決戦」と名付けられた試合であったが、序盤こそ両チームとも優勝決定戦という緊張からかエラーなどのミスが相次いだが、ジャイアンツがペースを掴むと、終始そのペースを維持し6-3というスコアでジャイアンツが勝利し、セリーグ優勝を決めた。ジャイアンツとしては1990年以来4年ぶり、長嶋にとっては第1次監督時代の1976年以来実に18年ぶりの優勝の美酒であった。

長嶋はこの試合で先発三本柱である、槙原寬己・斎藤雅樹桑田真澄の3人を投入という思い切った采配を行なった。一方でドラゴンズの監督であった高木守道は先発にエース今中慎二を立てつつもリードを許した後は、エース級であった山本昌郭源治という投手を投げさせること無く、普段のシーズンと同じ投手起用を行なった。この投手起用の差が明暗を分けたと後に言われることもあったが、普段先発の投手を中継ぎに起用するのにも当然リスクもあり、普段通りの起用であれば選手も出番が分かりやすく準備がしやすいという利点もあるためどちらが正しいとは一概には言えないが、結果的には長嶋の采配が的中した形となった。

この試合に負けることがあれば引退、と胸に秘めていたという落合は3回裏に負傷退場となるまで、2回に先制点となるホームラン、同点に追いつかれた3回に勝ち越しとなるタイムリーヒットを放つなどの活躍を見せた。また5回には松井にもホームランが出た。これがシーズン20本目と区切りのアーチとなった。

ちなみにジャイアンツは並ばれたとは言え1度も首位の座を譲っていないのである。故に一部では長嶋茂雄による自作自演、などとも言われることがある。まあ盛り上げて最後の最後最終戦で優勝を決めた、というのは何とも長嶋らしく、また長嶋だからこそ、ともなってしまうのであるが…。

そしてこの日にライブを終えた桑田はテレビでこの試合の様子をチラッとだけ見た後に別室へ移動してしまった。バンドメンバーやスタッフの面々は引き続きテレビで試合を見守り、ジャイアンツが優勝した瞬間、歓声が上がっていた。

別室にいた桑田にスタッフが試合の結果を伝えると一言呟くように「つまんねーな」と返していた。

桑田は自らの著書に「アンチ巨人」と記したこともあったため、単にジャイアンツが優勝したことを指しているようにも思えるが、あまりにも前述した長嶋の自作自演のシナリオ通りに進んでしまったことに対する苦笑いにも似た感情、もしくはかつてONのものまねを披露したことがある・長嶋の引退時に思わず涙した…、というエピソードもあるほど長嶋、ONは少年時代のヒーローだったとも述べており、1980年シーズン終了後、長嶋の辞任という名の「解任」で最初の監督生活を終えているということは桑田の世代の中では特にそれが「事実」として知れ渡っているはずなので、自らを切り捨てるように解任したチームに戻り優勝した事への複雑な感情が表れているのではないのだろうか…。

まあ単にもしかするとちょうど曲の騒動の件が巻き起こり始めた頃でそれどころでは無かっただけなのかもしれないが…。

後に長嶋のことを歌った「栄光の男」という曲を桑田は作ることになるが、それには19年の時が流れることとなる…。

 

この1994年、長嶋茂雄桑田佳祐の2人にはもう1つの大きな出来事が起こっていた。母親が亡くなったのである。

長嶋の母は7月に92歳で亡くなった。7月と言えばこのシーズンで初めてジャイアンツが負け越した月である。遠征先であったが母親が亡くなったことを選手や関係者に告げることなく監督として指揮を執った。長嶋自身は「勝負の世界に入ればプライベートはない」という姿勢であったが、この出来事が長嶋の所謂「動物的カン」を鈍らせ、失速に繋がってしまったのではないのだろうか。

時は1957年に遡る。当時立教大学の4年生で六大学野球のスターとして様々な球団が長嶋の獲得を狙っていた。その中で南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)入りが確実と言われていたのだが、最後になって一転ジャイアンツ入団が決定した。この決断の裏には母の存在があったという。母の希望は「関東から離れて欲しくない」ということだった。母にとって長嶋は末っ子であり、自分の手から離したくないという思いがあったようである。長嶋自身も父が大学1年次に亡くなった後も女手一つで大学卒業まで支えてくれた母への強い思いもありその願いを断ることが出来なかったのである。

それほど母親に愛され愛した長嶋にとって無意識のうちに母親の死が監督としての采配に僅かな綻びが生まれていたのかも知れない…。

 

桑田の母は2月に60歳で亡くなっている。心筋梗塞だったという。

この時、ちょうど桑田のソロアルバム制作の時期だった。後に桑田は悲しいから悲しい曲を作るわけではないが、音楽をやっている以上はそうした巡り合わせから生まれ出た心境も、曲のどこかに現れたと思うと後に述べているように、曲の間からその影響が受けたであろう空気を感じることが出来る。

桑田が母を送る歌、と語った「JOURNEY」という曲がある。その歌詞の中にこんな一節がある。「寂しくて口ずさむ歌がある 名も知らぬ歌だけど 希望に胸が鳴る」

そして思わぬ騒動の発端になった「すべての歌に懺悔しな!!」であるが、今思うにこの曲は寂しくて口ずさむ名も知らぬ歌に対しての「懺悔」だったのではないのだろうか。歌が得意で世渡り上手な自分が上手いことスーパースターとなり世界は自分を中心に回っている、と思っていた時にふとしたきっかけで立ち止まり、不意に口ずさんだ歌で幼き時代と今の自分を振り返り、急に襲ってきた悲しみとそれまでの自分という「虚構」を自分の含めたミュージシャンの印象を含め、詞に落としたのではなかったのだろうか。そんな架空の人物を作り上げたつもりが当時の心境が影響したのか、様々な「リアル」強く浮き出てしまった結果があの騒動だったのかもしれない。

そして「すべての歌に懺悔しな!!」がシングルカットされた際のA面曲である「祭りのあと」にもこのような一節がある。「悲しみの果てに 覚えた歌もある」

この曲は桑田の十八番といっていいような所謂情けない男の歌であるが、とらえ方次第ではこの曲も母を想う歌にもなるのかもしれない。この3曲は何処かで繋がっていたりするのだろうか…。

思えば「すべての歌に懺悔しな!!」この2つの「歌」のため、そして自分自身が全てを受け入れ、前に進むために必要な曲だったのではないのだろうか…。

 

ジャイアンツは西武ライオンズとの日本シリーズも4勝2敗で勝利し日本一に輝いた。監督・長嶋茂雄として初めての日本一でもあった。

桑田は途中母校である青山学院大学でのライブ、AAAのライブにサザンとして参加という活動を経て、最終公演となった横浜アリーナでの年越しライブでツアーは無事に幕を閉じた。

翌1995年桑田はマンピーのG★SPOTで2年ぶりにサザンとして本格的な活動を再開した。一方長嶋は日本一の達成直後であったがFA宣言していたヤクルトスワローズ広澤克実広島東洋カープ川口和久を獲得、更にスワローズを自由契約となっていた外国人選手ジャック・ハウエルも補強している。

この95年以降、桑田のイメージは夏・下ネタが好きなおじさん、長嶋は天然で毎年のように補強を繰り返すことから欲しがり病と揶揄されるようなキャラクターが定着することになるが、もしかすると94年に自らの内面の1部ともいえる姿を見せたことにより、意図してそのような仮面を被っていたのかもしれない…。

そういった意味でこの1994年は国民的と呼ばれることのある2人の「素顔」を垣間見ることの出来た最後の年だった、といえるのではないであろうか…。

 

 

長めのあとがきのようなもの

さてさて自分の好きなものを都合良く解釈して無理矢理繋げようとした雑文シリーズでございました。

2000年の長嶋茂雄サザンオールスターズの続編というか序章的なものになって…いませんね…。がっかりよ(?)。

ここまでサザンを主にジャイアンツ関係の選手と繋げていますが、偶然です…w。一応次はこの年かな…と考えているのは別なチーム(の選手)なので書くかは分かりませんがアンチ巨人の方はご安心を(?)。

当初は長嶋茂雄(2月20日)と桑田佳祐(2月26日)2人の誕生日の間の2月23日までに仕上げたかったのですが、間に合いませんでした…。せめて桑田さんの誕生日までは…と気合いを入れたので(当社比)締め切りは大事だなと思いました(?)。

個人的に自分が読みたいシリーズでもあるので万が一野球とサザンの両方が好きな方がいましたら是非よろしくお願いします(?)。

 

桑田佳祐 LIVE TOUR 2017「がらくた」の感想のようなものを(横浜編)

3本目の感想のようなものでございます。これで最後のロンリープレイ(?)なのでお許し下さい…。

今回は12月31日の横浜アリーナ公演へうっかりこっそり(もはや3回目でうっかりもこっそりもあるかいな)行ってきてしてしまいました。

それまで2014年の(これはサザンですが)「ひつじだよ!全員集合!」と2016年の「ヨシ子さんへの手紙~悪戯な年の瀬~」と2度年越しライブには行っているのですが、31日、つまり大晦日からお正月へのカウントダウンのあるまさに年越しというのは今回が初めてでして…。

チケットを取る際に、年越しも取れば何とか出来ますがうーん…と悩んでいたところ同行者の方から深く考えずに気楽に応募しましょう、的アドバイス(?)を頂いて抽選に応募したところ何故か当たってしまうと言うまさかの事態に。もうこれでしばらく運は巡ってこないでしょう(?)。

それなりの年数を生きているのですが、年越しの瞬間を自宅以外で迎えるのは初めてになりました。両親に今年は年末出掛けるから…と伝えたところ2人とも間髪入れずに「えっ?桑田の?」というような反応がきっちりと返ってきたので流石分かっているなと思いました(?)。まあこの人達は毎年年明け前に「酒飲んで 寝る 寝る」所謂いとしのフィート族なので(?)私がいてもいなくても問題ないのですが(ただ書きたかっただけですすみません)。

当日、時間に余裕がありましたのでSONGSの再放送を見てから家を出まして、のろのろと移動致しました(新幹線に乗っているけど)。一度ホテルに向かいしばらく時間があったので、ゴロゴロしていたのですがウトウトしていたので危なかったですね(?)。

流石に3回目なので開演前の緊張に謎の体調不良は起こらないだろう…、と思っていたのですが、甘かったですね(?)(その影響の頭痛で横になっていた…という言い訳)。

そして何だかんだで会場へ入っておりまして、早速トイレへ…。空いているなーと思ったら、ちょうど後ろは並んでいたのでセーフでした。トイレ運(?)は最後の最後に残っていたようで助かりました(?)。

さて開演時間ですが、何とここで「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」のMV(私はどうしてもPVと呼んでしまう…)を流すとアナウンスが。早速確認、「一瞬映った客席…あれは横浜スタジアムか…」「つまりは大復活祭の映像があるということは確定ですね…」「ROCK IN JAPAN FES. 2002では歌ってなかったのに映像は使うのね」などと心の中で1人ツッコミを入れるおじさんは私。

さていよいよ…と思いきやこの日紅白歌合戦に出演するということで、NHK有働由美子アナウンサーがご登場されました。この時「「Hey!Ryudo!」ならぬ「Hey!udou!」だ…」と実にくだらないことを考えていたことをここで懺悔します(?)。少し紅白のことを話しつつ、以前友人にチケットを取って貰い1度ライブに来たことがあるそうでこの辺にいましたとセンターの客席から見て上手の辺りを指していましたね。そういえばやさしい夜遊びにも代行DJとして元NHKアナウンサーの住吉美紀さんが出演されていましたが、これは桑田さんを紅白に出演させるためのNHKによるダブルハニートラップだった可能性がありますね(?)。

そんな年末感が色濃くなる中ついにライブのスタートとなりました。

 

1.しゃアない節

新潟以来ステージ中央に向かって歩いてくるところを見ることが出来ました。今回いつものように(?)上手側(基本こっち側が多いのです…誠さんかホーン隊に吸い寄せられている可能性がありますね(?))にいましたのでこちらに向かっているように見えてまた少し緊張しました(?)。

頭の歌詞が少しだけ変わっていましたね。もうすぐ年越しですね、的な替え歌だったように記憶しているのですが、私これ忘れてしまっていますね…。まあこれはしゃアないですね(言いたいだけ)。

あと「武器を持て」や「人を撃て」のところで指を銃のようにして上に挙げている方が多くて、いつの間に流行していたのか…(?)と早速ノリについていけないいつものパターンに無事嵌まっていくのでした…。

ただその銃を構える方が多いことで、ステージにいる桑田さんに「愚かなボス」感、ファンに「兵隊さん」「若者」感が一気に出てきまして、夜汽車に揺れ向かった、彼の地とは横浜アリーナだったのか…と妄想が捗っておりましたね(?)。

 

2.男達の挽歌(エレジー)

この曲のサビで桑田さんが胸の辺りで手拍子するのが好きなのですが、今回は主に頭の上の辺りで手拍子が中心だったので残念でした(?)。

「どうせ生まれてきたなら 阿呆らしいのもアリだぜ」この一節に心が軽くなった時代がありましてねえ…。何と申しましょうか…。色々と生き方と言いますかそういう物の考え方を変えた時期でもありまして…。要は日常生活に支障が無い程度に好きな物を優先しようということですね(細かく書くと闇が溢れ出るので自重した結果がこれです)。

まあとにかく阿呆に気楽に生きようと思っていたので、ある意味では背中を押された1曲と言えますね…。

 

3.MY LITTLE HOMETOWN

MY LITTLE HOMETOWNこと茅ヶ崎に1番近い会場での演奏になりましたね。いつか1度は訪れてみたいと思いつつ早もう何年でしょうか…。

今回このがらくたツアーでこの曲を聴きまして、客席側のノリも含めましてライブ終盤の煽りコーナーでも違和感無さそうね…と思っておりました。

ラストに映像で出ます映像の花火をステージのメンバー全員が後ろを振り返っているのが何かちょっと良かったですね(?)。

 

MC

ここで最初のMCが入りましたね。今回のツアー恒例となりました「ういーす」がありましたが、別な方の名前名乗りはありませんでしたね。帽子を取りながら「ヅラが…」という恒例ネタ(?)が。そして「Mステに出ることになりまして…」と早速ジョークを。「後でタモリさんも来ますから」ともいっていたような。

今回は質問コーナーの代わりに大阪公演でもやっていたという「関西の人に指で銃の構えをして「バキューン」とやると倒れてくれる」というあれを(私の説明下手すぎる)。流石愚かなボス(?)右へ左へセンターへ撃っておりました。後で思うと質問コーナーよりもこっちの方が時間調整がしやすいというのもあったのかな…と。

 

4.愛のプレリュード

曲のイントロが始まってすぐ位にセンター辺りへまた「バキューン」を。遊んでいましたね(?)。「顔を合わせりゃ冗談とギャグばかり」とはまさにですね(?)。

最後曲が終わる前に誠さんにギターを持ってきていましたがあれは少し早く出てしまっていたのでしょうか…。

 

5.愛のささくれ~Nobody loves me

本当に良いですねえ…。適度にささくれたくなります。

あとライトが紫、モニターだと煙の映像が追加されているため、個人的にどうしてもスキップ・ビート感が拭えませんね。

年末年始は臨時電車が出るとのことで、終電で帰ることなくやれそうですよね(?)(何をかは敢えて言いませんとも…)。のちのこの臨時電車であんなことになるとはこの時の私は知るよしもないのです…。

 

6.大河の一滴

ラケルの横道に埋めました」で地面に指を指していたので、今年は各地にラケルが出現していたようですね(確か他公演でもやっていたような…)。

間奏の台詞のところは心なしか最初少しテンポが早かったような気がします。ただ「ヤったよね」の辺りからは溜めていた気がします。

今更ですけどあの会話の流れだともしかして大河の一滴…ではなくTIGERの一滴だったのですね(?)。

あとどうでも良いですが曲の中盤辺りでこちらをむいて手を振っていたのですが、私から見ると直線でちょうど目が合いそうな向きでだったので、「あっ…こっちを見て振っている…?(もちろんそんなわけはない)」と少し緊張しました(?)。

2017年は例年と比べると良い年だったので、未来が怖い身としてはここで大河の一滴になってもいいかな…と思っておりました(いや手を振られたときすでに大河の一滴になっていたのかもしれない(?))。

 

7.簪/かんざし

今回良かったですね…。やっと曲の良さが分かった…というより1つの偶然がありまして…。

ふと見た下手側の壁の方に桑田さんの影が見えまして…もうそちらに眼が行ってしまいました。何と申しましょうか…この曲と桑田さんの影が凄くマッチしていましてもう眼が離せなくなってしまったのです…。こういう単純な理由ではありますが、何とか良さを感じなければ…と余計な事を考えて聴くよりも、思わぬきっかけ1つで曲の印象がガラッと変わるこの瞬間はライブに来なければ決して感じることが出来なかったので、ライブに来るようになって良かったな…と改めて感じますね…。

 

8.百万本の赤い薔薇

「簪/かんざし」の世界に浸ってからのこの曲、どこかいつもよりキラキラ感が増していたように聴こえました。

そういえば今回のツアーでは何万人くらいの動員数になるのでしたっけね…。1人薔薇3本のノルマでしたら(?)ここで百万本になりますでしょうか…。ええこんなどうでも良いことを考えながらこの日も聴いていましたとも…。

個人的に頭で「愛の言葉をひとつ 君にあげるとしたら」と歌っているのに対して終盤に「寂しくて ひとりぼっちでも 恋の歌 口ずさみ歩けば」と歌っているのが、何故だか好きなのですよねえ…。

 

9.あなたの夢を見ています

私の右隣の席にいた方がこの曲でちょこちょことダンサーの方のあの手の振りを真似していたのが妙に印象に残っております。この曲で桑田さんが下手の方へ移動し、手を振ったりとしていたのですが、隣の方がこっちにも来てとばかりに何度か手招きしておりましたね。しかし来ず。曲終わりに「こっちきてくれよー」と言っておられましたが、「振り向きもせず 出て行くあなた」の再現だったのかもしれませんよ(?)。もう少しお互い桑田さんの夢でも見ていましょう(?)。

 

10.サイテーのワル

炎の熱をフワッと感じましたね。桑田さんがステージの前後に動く度にあまり前に行くと危ないよ、とちょっと心配してしまいます(?)。

何と申しましょうか…。「好き」以外の世の中のほとんどの事に無関心を貫く(貫こうとしている、の方が正しいのかも知れませんが)私みたいな奴が実は1番の「サイテーのワル」なのではないのかと最近思っている面倒くささを発揮していますが、この曲を聴くとそんな考えが少しだけ飛んでいくので心が軽くなりますね(?)。

 

MC

ここでメンバー紹介がございました。コーラス隊による「幸せなら手をたたこう」の替え歌は横浜の観光地紹介からのドライブにはがらくた、という宣伝オチでしたね。しかしレコード盤では車で聴けないのでは…(野暮なツッコミ)。パー子さんと絶倫チェリーボーイはツアー皆勤されたようでおめでとうございます(?)。

そして紅白+年越しがあるためタイムキーパーとしてステージで隠れている(?)木村マネージャーを紹介。今回は二重の時間制限があり大変だったと思われます。何も価値はありませんが個人的に「MVP」を木村マネージャーに捧げたいと思います(?)。

そして誠さんによる桑田さんの紹介「我々バンドメンバー全員が尊敬し大好きな桑田佳祐―!」(多分こうだったかと…)。に対し桑田さん「泣いちゃうだろ」と笑いながらツッコミを。何とも頬が緩む時間でした(?)。

 

11.古の風吹く杜

イントロが始まってから自分のパートまで座りながらも両足の太ももを交互に叩きリズムを取っていた昆虫博士…おっと山本拓夫さんの姿が何故か(失礼)印象に残っております。

2番に入ると桑田さんが誠さんの横に移動し肩を組みながら歌っておりました。ちょうど先程のMC、歌っていたのが「瞳を閉じれば 君よ恋しや」の辺りだったこともあり、何かジーンとしてしまいましたね。僕たち大学の先輩後輩でずっと仲が良い音楽仲間なのです、という変にちょっと改まったアピールのようなものを感じることのない、とても自然な雰囲気を勝手に感じてしまいまして…もしかしたら個人的31日のベストシーンだったのかもしれませんね…。

 

12.悲しみよこんにちは

右隣の席の方、お待たせしました(?)。桑田さんがこちらの方にやってきましたぞ。いやー手を振る手を振る(もちろん回りの皆さんそうなのですが)。思わず「良かったですねー」と他人事のような感想が出てくるという謎(好きな曲のため手を振らずじっくりと観察していたおじさんの寝言と思って下さい(?))。

しかし「悲しみよこんにちは」でこんにちはしてくるとは、もしかすると桑田さんは悲しみの化身なのかも知れませんね(?)。そうか…だからソロデビューシングルのタイトルは「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」だったのか…(?)。

 

13.Dear Boys

3公演目にして気が付いたのですけど、「悲しみよこんにちは」では中さんが、そしてこの「Dear Boys」では誠さんがウクレレを弾いていましたがこれって最初からでしたっけ…。いやそもそもが見間違えているのかも知れませんが…。

それは置いておきまして(?)これでアルバム「Keisuke Kuwata」は29年かけてついに全曲ライブコンプリートされましたね。果たして「ROCK AND ROLL HERO」と「がらくた」はコンプリートされる時が来ますでしょうか…。

 

14.東京

Dear Boys」からこの曲への流れで聴きますと、Dear Boysが大人になったのがこの東京の主人公ではないのかと思ってしまいました。時代が進むにつれコバルトの泡が「雨」となっていったのではと…。そして「汚れかけた街」というのがまさに東京なのでは…。などという妄想がまた進む進む(?)。

そしてこの時もまた「影」が…。「簪/かんざし」とはまた違う都会の片隅を切り取ったような一面を感じておりました。

 

15.Yin Yang

さあ「恋人も濡れる街角」の替え歌は横浜版に…と思いきや、あらあら胸を強調しました映像と共に「ボイン」が何ちゃらですと…。「11PM」という文字と共に大橋巨泉氏に扮する桑田さんが。横浜限定だったのでしょうか…。それとも途中の公演でこちらに統一したのでしょうか…?

そして「Yin Yang」へ。ちょうど「悲しみよこんにちは」で桑田さんが手を振っていた辺りで、くまさんが手を振っていたのですが、やはり桑田さんの時と比べて手を振り返す方は少なかったですね。そんなくまさんが急に愛しく思えてくる私なのでございました(?)。

曲の終わりに桑田さんがこけしを出しましたところ明らかに動揺しながら裏へ逃げて行く女性の方がいましたねえ…。やはりあの方がヨシ子さんなのでしょうか…(流石に3回もこんなことを書いているとしつこいですよね…申し訳ございません)。

 

16.君への手紙

稲川ジェーンさんの映像が流れました。初めてではないので私はやさしくして貰えないでしょう(?)。そんな映像が流れている中で桑田さんは次に備えてギターを持つなど準備をしていましたが、よく見るとヅラ直し…いやいや髪のセットなども行なっていたようですね。いよいよ紅白が…という雰囲気を感じましたね。

「君への手紙」、2番で替え歌がありましたね。「今年もありがとう」というような内容でしたでしょうか。

この2017年、少しでも「小粋な馬鹿」に近付くことが出来たのかな…?

 

17.若い広場

有働アナウンサーが再び登場し、いよいよ紅白の時間が近付いてきました。「予定通り20秒押しです」と一言。会場からは笑いが。紅白でのひよっこ特別編の話もあったのですが、桑田さんが浜口庫之助氏を演じ「涙くんさよなら」を歌ったことも話されていましたが、横浜アリーナにいる方は当然それを見れていないわけでさりげないネタバレをされてしまいましたね…wやはり裏番組はビデオで見るべきでしたね(?)。

とよどみなく伝える有働アナの横でちょこちょことちょっかいを出すように「本当に(中継が)来るんですか?」と不安を漏らす(?)桑田さん。これがよどみ萎え、枯れて舞えですか(?)。

そんなこんなでどこかで聴いたことのある声が流れてきたと思いきやモニターには紅白歌合戦の映像が流れました。ちょうど沢村一樹さんと木村佳乃さんのお2人が登場した辺りでしたね。有働アナが「これは有村さんにはサプライズだったんですよ」と解説。オーディオコメンタリー感がありました(?)。ただ紅白の映像と会場の2人の声が混ざっていたので聴きとりにくいところが結構ありました。

そしてついに中継が入りました。あとはだいたいあの通りです(?)。

有村さんの曲紹介で「この曲のお陰です」と言われたときには照れたような仕草をしていました。最後手を振って中継終了後となっていましたが、現地では中継が終わるタイミングが分からなかったのかしばらく中央でワーと続けていましたね。桑田さんがもういいでしょう、と言うまで続いておりました。

 

18.ほととぎす[杜鵑草]

紅白中継による熱が残る中、クールダウンのように放たれた「ほととぎす[杜鵑草]」さん。

この良い意味での温度差がライブ1本のテンションにうまく戻ることが出来たような気がします。

前回の東京ドーム公演でようやく「良いな…」という何かを感じていたので、今回最初からそういう感情を持って聴けることを特に楽しみにしていた1曲だったので、じっくりしっかりと聴いていたつもりでございます。

「影」さんもまたご登場されていましたねえ…。

 

19.過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)

裏に1度下がりまして登場した桑田さん。あれ…ヅラが追加されている…?。あの長い白髪のカツラ…もう完全にあのロックンロールな方ではないですか。今までは匂わせるようなスタイル(杖)&発言(シェゲナベイベー)はありましたが、思ったより伝わっていないという判断だったのでしょうか…。それともただ完全体になりたかっただけでしょうか(?)。終盤の「私は樹木希林が好きだ」という一言がツボに入ってしまい大変でした。

冒頭でステージに紙テープが出ていたのですが(ばらまいていたんだっけ…)、スタッフの皆様が一瞬で片付けておりました。流石です(?)

次の曲に入る直前に落とすようにヅラを外していたのが見えてしまいました。このヅラ、次サザンで「マンピーのG★SPOT」を歌うときはまた使って欲しいですねえ…。

しかし煽りの曲になるとは予想していませんでした。もしかするとアルバムの中で1番「化けた曲」だったのではないのでしょうか…。

 

20.オアシスと果樹園

「私は樹木希林が好きだ」がしばらく頭に残ってしまったため、振り払うのに時間がかかってしまいました…(自分のツボを恨むしかない)。そのせいか印象が若干薄く…。まさに「辿り着けないオアシスは陽炎みたい」を体現していましたね(?)。そりゃ手拍子も失敗しますわ(?)。

この曲もライブ終盤曲の定番となっていくのでしょうか…。

そして最後まで「かーたやまくん、あーつおちゃん」が言えなかったやっぱりダメな私でございました。

 

21.悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)

ここでテープパーンがありましたが、最初から届かない位置だなと思っていたので上を見ることなく健全に(?)ステージを見ることが出来ました。

終盤中さんも客席に向かって指さしをしておりました。

そして東京ドーム篇でも書いたのですが、「Anyone would~」のところまた失敗しまして…。思わず「またか…」と呟いてしまいましたが誰にも聞こえていないことを祈ります(?)。しかしようやく指さしにも慣れてきました。でもまた間が空きますと忘れてしまって1人へこんでしまう未来が見えますね(?)。まさに悲しい気持ちですね(?)。

 

22.波乗りジョニー

この曲が始まりますと本当毎回客席が揺れますねえ…。そうか我々が波だったのか(?)。

2番で水着の男性ダンサーが捌けていくのですが、裏でも手拍子をしている方がいるのが見えまして何故だか凄く嬉しくなりましたね…。当たり前ですが本当に良いチームでツアーを回っていたことが垣間見れた気がして…。

そのせいか(?)盛り上がるよりもどこかしんみりとしてしまい回りのノリと明らかに違う心境になってしまったのがねえ…最後なのにちょっと余計に考えを巡らせすぎてしまったな…と2017年最後の反省をしておりました。

 

23.ヨシ子さん

この曲が年越し曲となりましたねー。予想通りと言えば予想通りだったのですが、あの独特のノリがあるこの曲を最後に2017年が終わって行くのもまた粋じゃあありませんか(?)。

確か「ヨシ子さんへの手紙 ~悪戯な年の瀬~」ではヨシ子さんが年明け曲となったので、まさに2017年はヨシ子さんに始まりヨシ子さんに終わる1年だったのですね…。

曲が終了しますと、今までの公演では本編の終了を告げていたヨシ子さんでしたが、ここではもうすぐ年が明けます、カウントダウンよよいのよいと、あのステージの1番上の特等席で荒ぶるヨシ子さん、動きが割と激しかったので正直落ちないか心配していました(?)。

そして2018年。年が明けました。同時にテープがパーンと風船が落ちてきましたね。まあ前が見えない見えない…w。ここで何かを桑田さん歌っていたのですが、あれは何でしたかね…。お正月関係の歌だったと思うのですがすっかりと忘れてしまいました。

そういえば東京篇で「ヨシ子さんの衣装が白い着物に赤い帯でそれが日本国旗のように見えた…」というような事を書いていたのですが、もしかしてこれは新年の初日の出だったのかもしれません(ただ今回は日が日なのでそう見えただけなのかも)。そこでもう1つ何故か頭に浮かんだのはアルバム「MUSIC MAN」のジャケットだったのですね。あのジャケットもイメージの1つに太陽にも見えるというのを思い出しまして、あの赤い方(こう書きますと赤い炎の女みたいですね)はヨシ子さんではと謎の繋がりが生まれてしまいまして、新年に1人MUSIC MAN=ヨシ子さん説を唱えそうになっておりました(?)。

年明け+本編終了と言うことで皆様が後ろへ下がっていきました。

しばらくして何か音が聴こえる…?と思っていたらスタッフの方がステージの紙吹雪を掃除機で吸っている音でした。急に現実に戻った気がしました…w。

 

アンコール

24.スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)

イントロに入る前の片山さんの前奏に対してまたも桑田さん、「長いなあ」。お正月くらいは大目に見てくれても良いではありませんか(?)。

そして始まりましたこの曲。アンコール1曲目であると同時に2018年最初の曲となるのですね。

新年のテンションに上手く乗れたのか(?)「Woman,Say!!Yeah.」の「Yeah」はちゃんと出来た気がします(当社比)。

 

25.銀河の星屑

暗転している間ステージを見ていますとギターを持っておらず「あれ…もしかして…」と思っていましたら「明日へのマーチ」ではなく何とこの曲でした。

公演日によってセットリストが変わっていたということを噂では耳にしていたのですがまさかここだとは…。炎さんも2018年早々に仕事始めをしたかったのでしょうか(?)。

もしかして炎さん再登場に備え、念のためステージの紙吹雪の掃除をしていたのでしょうか…。

頭になかったせいか「あ、あ…」というままあっという間に終わってしまいましたね…。

スキップ・ビートからの流れですと、Lennonが流れるRock Cafeで泥酔したあとに、銀河の星屑となってジョン・レノンの元へ向かった…というストーリーが作れそうですね(?)。

 

26.白い恋人達

今回のツアーで10月11月と冬に向かっていくタイミングで聴いていて、さあ冬の代名詞である(?)12月にも聴けるぞ、と思っていたのですが、よく考えてみると年越し後なのでもう1月になっていたのですね…。迂闊でした(?)。

ただ横浜へ向かうため自宅を出る際にちょうど私の住んでいるところでは雪が降っていたので、単純な私は「今日聴けるのが余計に楽しみね…」と分かりやすい考えを巡らせていたので、何となくいつもよりは噛み締めるように聴けた…気がします。

…と書いている1月2日の夜、外に雪が積もっており「明日面倒だな…」と思っているので、なんと自分は移ろいやすい人間なのだろうと実感しております(?)。

 

27.祭りのあと

ホーン隊のお2人も自分の出番以外では手拍子や腕振りをしていたのですが、左3人と比べて何処か遠慮がちに行なっていたのが何か愛しかったですね(?)。いやあれは金原さんが激しすぎるのかもしれません…w。楽しそうに大きく動くのに、いざバイオリンを弾き時にはかっこいいとは振れ幅が素晴らしいですね…。

粋で優しい馬鹿の元へ集まった小粋な馬鹿と考えますとまたちょっと来る物がありますね…。その輪に入りたかった(?)。

 

28.明日晴れるかな

本日のラストにして、がらくたツアーのラスト曲にもなりましたね。

ただただ手も振らず脇も見ず(当たり前)、ただただステージを見ておりました。ああ終わってしまう…けど良かった…2018年もまた少しくらい良いことがあるかしら…と、早くも年末感のあることを考えてしまいましたね(?)。

ラストは「横浜の空の下」。しかし最後の「下~」のことは声が出ず。「あーやっちゃったー」というような苦笑したような表情をしておりましたが、この表情もまた凄く残っておりまして…。「中継無くて良かった…これは自分だけのものにしてしまおう…」という最後の最後に気持ち悪いことを思ってしまったのでした…。やっぱり私の今年も駄目な年になることでしょう。

 

 

そしてライブは終了。最後桑田さんがステージから下がっていく中、皆様手を振っていたのですが、私は何故か初詣のように手を合わせてしまっていたのですねえ…。別に神様と思っていたわけではなく(むしろあの人は神とか神曲、みたいに何にでも神と付ける安直感が好きではないということもありますが)、「お疲れ様でした。どうかお体に気を付けてゆっくりとお休み下さい…。ありがとうございました。」という思いがあったのだと思うのですが、あまりにも無意識に拝んでいたので、これは後付けの理由となのですが…。

今回は退場曲(?)の過ぎ去りし日々が響きました…。本当に過ぎ去りし日々となってしまったのですね。

そんな中で年明けに落ちてきた風船を持って帰ろうと四苦八苦…。欲張ってはいけませんね。帰り大変でした…。そして3本目となる三ツ矢サイダーを貰いました。印刷されている「see you in 2018」、もう2018年ですね…。これが今年のサザンへの切符になるのでしょうか…。あとどうでも良いですが10公演に参加した方は、是非この缶をピンとしてサザンボウリング杯を行なって頂きたいですね(?)…というまた阿呆な事を考えていたのでした。

そして帰り道臨時電車に乗る際、後ろから押され転ぶという失態を犯したことは敢えて書き残したいと思います(?)(99%自分の鈍臭さに非があるのですが)。マンインデンシャハコワイデスネ(田舎暮らしおじさんの言い訳)。

さて最後に少しだけ…。今回はツアーの初日とドーム公演、そして最終日を見ることが出来たのも良かったですね…。また少しライブの見方が分かってきたような錯覚を覚える程度にはなったと思います(?)。

そういえば「ダーリン」は聴けませんでしたねえ…。まあ今回は縁が無かったのでしょう。とりあえず「MVP」でPV見返します(?)

毎回ライブの度に特に「がらくた」収録曲の良さと言いますか、印象が鮮明になっていくのが非常に面白かったなと…。また「がらくた」というアルバムも特別な1枚になることでしょう…。

 

ありがとう横浜。忘れません。

そして桑田さん、サポートメンバー・スタッフ・参加された全ての関係者の皆様

「お元気で」

 

 

あとがきのようなもの

今回3公演とも1万文字を超えてしまっていまして…。毎度の事ながら読み方のことを一切考えずにただ思ったことをだらだら書き連ねるだけの駄文で申し訳ございません…。

 

桑田佳祐 LIVE TOUR 2017「がらくた」の感想のようなものを(東京編)

特に望まれていないがらくたツアーの感想のようなもの東京編でございます。

えー…最初に申し上げますが、新潟編で(自分なりに)ちゃんと書いている(つもり)ので、今回は多少遊んでおります…と言いますか、別な趣味が顔を出しておりますので、ふざけている感が全く隠せていないのでご了承下さいませ…。

さて、また懲りもせず(?)今回は東京ドームの初日である11月11日の公演にこっそりひっそりと参加してきてしまいました。

のっけからどうでもいい話なのですが、私東京ドーム公演のチケットというものの縁が恐ろしく無い奴でして…。2015年のサザンのドームツアーである「おいしい葡萄の旅」は3度落選、今回も同じく3度外してしまいました。ただ中止になってしまった2010年の時は当選してはいたのですが…。恐らく私が野球好きでもあるので、「野球で先に来ない限りはドームのチケット運は低いままにしてあるぞ」という野球の神様あたりの悪戯されているのかも知れません(?)。

何だかんだで同行の方が当ててくださいました…。Mさん本当にありがとうございます。

さて当日ですが、東京ドームに到着し、いざ潜入…の前に、躊躇無く向かったのは、「野球殿堂博物館」。それまで東京ドームの中には1度も入ったことがないくせにここにはもう10回以上来ているでしょうか…。ここはもう実家のような安心感がありますね…(?)。いつもライブ前はずっと謎の緊張に襲われ、1人もがいているのですが、今回ここに来たことでかなり落ち着けました。

ちなみにですが、ちょうどこのライブの頃、栄光の男こと長嶋茂雄があの天覧試合でサヨナラホームランを打ったバットが26年ぶりに展示されていたのですよ、奥さん(この天覧試合の日付は偶然にも6月25日なのですよ…。繋がりましたね(?))。

まあそんな事を書いている私は、その長嶋と同時期に活躍し、同じく東京に本拠地を置いていたあるチームで背番号「3」を背負った選手のレリーフをべたべた触るという儀式という名のとても気持ち悪い行為を行なっていたことをここで懺悔します(?)(カープの選手が津田プレートを触ってグラウンドに出るのと同じと思って下さい…とこれはカープファンの方に怒られてしまう例えですね…大変失礼いたしました…)。

そんなこんなで時間が近付いてきたので、いざ東京ドームの中へ。人酔いしかけていましたが、何とか潜入に成功しました。ただ1つ大きな誤算が…。席に着いたのが、開演20分前でトイレに向かったのですが長蛇の列。「これは間に合わない…」と判断。引き返してしまいました…。一応野球殿堂博物館で用を済ましては来ていましたが、結果大きな不安とハンデ(?)を背負いその時を迎えることに。

しかしそのトイレへ向かう途中、若い頃の長嶋茂雄そっくりな男性とすれ違えたので、悪いことばかりでは無かったですね(?)。これで東京ドームに来たな、と実感しておりました(?)。

入った時間が遅めだったこともあるのか会場で流れている曲は今回洋楽だけでしたかね…?基本サザン関係以外の音楽は分からない老人なのですが、開演前最後に流れていた曲だけは「あれ…これは…」と…。

このライブの数日前にPV集「MVP」に「SHE’S A BIG TEASER」が収録されるという告知がされていましたね。その「SHE’S A BIG TEASER」でコラボしたダリル・ホール&ジョン・オーツの「Private Eyes」が流れていたのです。

実は桑田さんの初東京ドームというのは、1988年10月14日のホール&オーツのライブにゲスト出演した時なのですね。その時最初に歌ったのがこの「Private Eyes」だったのです(他にも2曲共演しております)。

「もしかしたらおいしい葡萄の旅の時のHELPのように演奏したりするのかしら…」と少し思いましたが、そんなことはありませんでした。そりゃそうですよね。

そんなことを考えているうちに開演となりました。いざ2度目のがらくたライブの世界へ…。

 

 

1.しゃアない節

新潟で見ていたので、そういう登場ということは分かっていましたが、流石に見えにくかったですね。まあこれが本当のしゃアない節ですか(?)。ドームという広い空間でたった1人にしかスポットライトが当たらない演出、というのもまた凄いですねえ…。必然的に1対55000になってしまう訳で…。しかしそれで55000人が負けてしまうのですよねえ…。桶狭間の戦いで勝利した織田信長をも唸らせてしまう戦術ですね(?)。

この曲が始まったときに(と言いますか歓声が上がったとき)無意識に立ち上がったのですが、席が割と上の方だったので、角度が結構ありましてとても怖かったですね…(高所恐怖症おじさん)。流れで(?)3曲目までは立っていたのですが、その後は要所で立つに(?)留めました(怖いなら止めなさい)。

上記しましたように、ドームの中へに入る前に野球殿堂博物館に行きましたが、もう1ヵ所と言って良いのか分かりませんが、鎮魂の碑という石碑を見ておりまして…。それは戦争で亡くなったプロ野球選手の名や追悼文が刻まれているのですね(ちなみにこれは外にありまして、博物館の中にはプロ経験者を除いた野球関係者の名が刻まれたものがあります)。それを見てこの曲を聴きますと、沢村栄治や景浦將、そして個人的に好きな田部武雄、中河美芳…という戦地に赴き、戻ってくることの無かった当時の野球選手に思いを馳せずにはいられませんね…。

 

2.男達の挽歌(エレジー)

この曲でステージ全体が明るくなり見やすくなったこともあるのか、1曲目以上の歓声があったように思いますね。

帽子を被っていましたが、そういえば新潟では被っていましたっけ…。忘れてしまいました…(被っていなかったように記憶していますが…)。

東京ドームで「ここで一発キメたら~」というところを聴きますと、ホームランのことに聴こえてしまいますね(?)桑田さんですし(?)(その昔ホームラン王のタイトルを取ったことのある桑田武という選手が大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)にいまして…ちなみに晩年読売ジャイアンツでも1年プレーしたことがあります…がこれはまだ東京ドームの完成する20年近く前の後楽園球場時代のお話でした…)。

そしてこの曲といえば「ダンディハウス」のCMソングでしたね。東京ドームのベンチにありますブルペンに繋がる電話にはダンディハウスの広告が入っているので、それを踏まえた選曲だったりするのかな…と野球好き老人は勝手に解釈してしまうのです。

 

3.MY LITTLE HOMETOWN

少年時代のことを歌っている曲を大人になりプロの歌手として暮らしている街東京で歌っている、というのも勝手にですが桑田佳祐という1人の人物の何と申しましょうか…「歴史」というものを感じてしまったりもするのです…。

花火の演出は新潟初日から続いているようですが、やはり広い場所になりますとまた印象が変わって見えますね。これでホームランも2本目が出ましたね(?)。

 

MC

早速「松山千春です」と先制攻撃が(?)。夜遊びでもやっていました「果てしない~」というところを何度も歌う桑田さん。残りの公演でどなたが登場されるのか楽しみですね(?)。

ここでも何か質問がある方は挙手を、とおっしゃっていましたが、今回は前の席の方は拾われていましたねえ。最初の方はただ質問もなく挙手していた方でしたが(桑田さんに勢いで挙げちゃったでしょ?とツッコミが)、2人目の方は名前付きで「愛してる」と言って欲しいというまさかのリクエストが(ヒロコさんでした)、予想外だったこともあったのか「えっ」という反応でしたがしっかりと答えておりました。会場にいた他のヒロコさんはラッキーでしたね。ヨシ子さんだったらより面白かったのですが(?)、仕込み感が出そうなのでヒロコさんで良かったですね(?)。

 

4.愛のプレリュード

ジャケットはこの曲の前に脱いでおられましたね。今回のツアーの各公演での、どのタイミングでジャケットを脱ぐのかを知りたくなります(?)(謎目線)。

「愛してる」と言った後にこの曲ですから、ヒロコさんとは恋人未満で終わってしまったようです(?)(大失礼)。ええ…ライブ中はそんなことばかり考えていますとも…。

ステージがブルーになるので、グラウンドにいる方々が波のように見えていましたね。こういう広いところですとお客様も演出に含まれるのが良く分かりますね(?)。

 

5.愛のささくれ~Nobody loves me

新潟公演では、緊張からか(?)モニターに曲名と歌詞が表示されていませんが、今回はしっかりとモニターさんは仕事をしておりました(?)。ささくれていなくて良かったです(?)。

都会の真ん中で聴くこの曲もまた背伸びをしているなと思いました(?)(単純)。

やはり現段階でがらくたの中では1番好きな曲と再認識できたこともありますが、東京でこの曲を聴けたのはまた良かったですね…。

 

6.大河の一滴

あの縦になるライトが好きなのですが、流石ドームと言うこともあり大幅に増量されていましたね。これが光の世界ですか(?)。

間奏の台詞のところは新潟と比べてゆったりとしていたような。何と申しましょうか…こういう台詞のある曲は序盤に置いておくと今回のような替え歌と言いますか、遊びやすくなるのかな…と思ったり。

果たして駅のホームで待ち合わせをしてドームまでやって来た方はどの位いたのでしょうか(?)(まあきっと混雑でそれどころではないですね…)。

 

7.簪/かんざし

前奏が追加されていましたね(どの公演からこのアレンジが入ったのでしょうか…?)。映像に薔薇が映っていたので一瞬曲順(と演出)が変わった…?と思いましたが、その前奏の曲調を考えるとそんなことは無い…とすぐに思ったので忙しい一瞬でした(?)。

まだ…この曲の良さを分かるには私は幼いのでしょう…(もしくはただの馬鹿なだけですね)。

まあ孤独を気取ってはいるので(?)そろそろ何かがピンとくることを期待しましょう(?)。

 

8.百万本の赤い薔薇

前回新潟で聴いた際には喜びの感情が漏れ出てしまったので、今回は座っていたこともあってか落ち着いてステージを見る+聴くことが出来ましたね。

この曲を聴く度にステージの中央にいるあの人に百万本の赤い薔薇を捧げたくなります(?)がそんなことを思う方もまた100万人ほどはいるのでしょう(?)。

この曲を東京ドームで聴いて、1993年のシーズンオフにFA宣言した当時のジャイアンツの投手槙原寬己を引き留める際監督だった長嶋が薔薇の花束を持って槙原の自宅を訪れた話を思い出していたのは、あの空間の中できっと私だけでしょう…。

 

9.あなたの夢を見ています

なんですのあの娘達は。パンツを見せながら踊っていたわよ。ハレンチね。

ああいうのはセクシーとは言わないのよ。1番が終わった時位のタイミングでモニターに映っていた眼鏡を直していた片山さんの姿、あれこそがセクシーというのよ。

まあ若い娘に大人の色気はまだまだ出せる物では無いから仕方ないわね。

 

10.サイテーのワル

本当サイテーですわよ。貴方。貴方と出会ってしまって私の人生は大きく変わってしまったのよ。でも魔法が解けない限りはそんなサイテーな貴方について行ってしまうのよ…。本当に罪な男ね…。

…大変失礼致しました。私の中の女子という名のオネエがうっかり出てしまいました(?)。これではあなたの夢…では無く、悪夢を見せつけてきたサイテーのワルという汚名が着せられてしまいますね(自業自得)。

大河の一滴の時もそうでしたが、広い会場ですとライト、と言いますかレーザーの演出が非常に映えますね…。

今回は最後までモニターが映っていたので、新潟公演で途中モニターが消えてしまったのはやはりトラブルだったのでしょうか…?。

 

MC

サイテーのワルで出ていました炎が「思ったより勢いがあって熱かった…」とおっしゃっていましたね。以前「I LOVE YOUツアー」で銀河の星屑を演奏した際に出ていた炎が客席にいても結構な熱を感じましたので、ステージは相当熱いのだろう…と考えていたことがあったので、色々と大変ねえと思っておりました。

そしてメンバー紹介へ。金原さんのパー子さん物真似の完成度が更に高まっていましたね。ただ金原さんコーラスも担当しているので、あの声は喉に負担にならないか心配になります(?)。角田さんは暴言が話題となりました某議員の方を物真似するつもりが、忘れてしまったのか後ろを振り返りカンペらしきもの(桑田さん曰く「なんだその汚い紙は」)を見返してしまうという痛恨のミスが。まあまあ皆さんミュージシャンなのですから、何処かのコミックバンドの「目立ちたがり屋の芸人」さんのようにはうまくいかないようですね(?)。

 

11.古の風吹く杜

はい。野球の話です(自重できずすみません)。

かつて東京ドームが完成する前、隣には後楽園球場という球場がありまして…。更に過去へ眼を向けますと、野球の変化球の1つであるカーブを初めて投げた日本人と言われます、平岡凞という人物が日本初の民間鉄道車両メーカー、平岡工場を設立した場所というのが、現在東京ドームになっているのです。

まさに日本野球史の古の風が吹く場所と言えるのです…。なので野球好きとしましては野球の歴史に思いを馳せてしまうのです…(ちゃんとステージを見なさい)。

ドーム内で吹いているのは、一部で色々と言われている空調の風だけではないのです…(?)。

 

12.悲しみよこんにちは

やはりこの曲は好きですねえ…ただただじっとステージを見つめることしか出来ないわけで…。こういう悲しみならいつでもこんにちはしたいものですがねえ…。現実は何ともです(?)。

ただ「たとえ宇宙(そら)が堕ちて来ようとも」のところでドームの屋根が堕ちることを一瞬でも心配してしまう私は何なのか(だって東京ドームの屋根は空気圧のなんちゃらで膨らましていますし…(謎の言い訳))。

 

13.Dear Boys

良かった…。セットリストから外れていない…とほっとしました(?)。

結果的にアルバム「Keisuke Kuwata」からはこの曲と悲しい気持ちだけの選曲だったので、より貴重感が出てきますね(?)。

そういえばこの曲は斎藤誠さんが初めて桑田さんソロ曲のレコーディングに参加した曲になるのでしたね。そんな曲を誠さんが還暦となる直前のタイミングとなるこのツアーで演奏している…というのも何と申しましょうか…ソロ30年、というものをまた改めて感じてしまうわけで…。

ちゃんとこの曲は映像化お願いしますね(?)(しつこい)。

 

14.東京

東京で東京を聴くというのは憧れでしたね(?)(厳密には1回ありましたが)。

東京ドームという東京の中でも非日常感があり、綺麗な東京を移しているような場所で、「東京」という場所のダークさを醸し出しているような、ある種の重さのあるこの曲を聴くというのもなかなか不思議な感覚がありましたね…。

桑田さんも東京で東京を歌う、ということに何かを感じていたりするのでしょうかねえ…?(多分こちらが思っているほどのものはない気がしますが)。

 

15.Yin Yang

恋人も濡れる街角」の替え歌は東京バージョン(?)でしたね。「東京の町並みの変わって~東京都…?京都」という京都オチでしたね(?)。

からのYin Yangでしたね。こういうダンサーの皆様ご登場曲はやはりアリーナよりもドームのような広い会場に合う気がしますね…。

しかしあの方はやはりヨシ子さん…?確かに言われてみるとそう見える気がしますが、いややはりそんな訳が…。

 

16.君への手紙

稲川ジェーン・フジオカさんの映像、やはり怖いですねえ…(主な原因は稲川さんではなくあの方なのですが)。恋人も濡れる街角の替え歌のオチはここに繋がるわけですか(?)。映像終了後に「こんな男のために~温かい応援を(だったかな…)」という字幕が出てからの君への手紙へ…という流れになっていましたね。どの公演から始まったのでしょうか…。

やはり55000人の中でもせっかくリストバンドがピカーと光っているのに腕を振らずにただただステージを見つめるだけの小粋な馬鹿になれない私でございました。

 

17.若い広場

少しMCがあり「まだまだひよっこ」と言い曲が始まる流れは変わりませんでしたが、ドラマの台詞(ですよね…)とはいえ、桑田さん自身が本当にそう思って言っていそうなのが伝わってくるなあ…と謎目線で思ってしまうのです…。

そういえばこの歌声喫茶という名の東京ドームさん、このライブの時点で29歳という年齢なのですね。桑田さんの約半分で、ソロ活動スタートの後に生まれていますから、こちらこそまだまだひよっこ、ですね(?)。

ちなみに後楽園球場は50年で閉場となったので、実は桑田さんの方が後楽園球場より年を重ねているのですね…。

 

18.ほととぎす[杜鵑草]

凄く良かった…。とただただそれだけですね…。新潟の時はまだぼんやりとしていたのですが、この東京ドーム公演で聴いた時にその思いだけが巡っていました…。

実は新潟公演の後からこの日まで「がらくた」を敢えてあまり聴かないようにしてみたのですね…。どうしても何かを掴もうとしたり、色々と考えてしまう…という自分の面倒くさい部分が出てしまうので、新潟前まで時間があれば聴けるだけ聴いていたこともあったので思い切って逆のことをしてみようかと…。

今回、特にこの曲においては少し効果があったのかな…と思います。見事に印象が変わりました…。

 

19.過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)

煽りコーナーの先頭打者がご登場されると同時に会場のボルテージが上がりましたねえ。流石ドームのような会場ですと歓声や熱気が一気に上がるのがよく分かりますね(謎目線シリーズ)。

あのギラギラの衣装、遠くの方から見ますととても怪しい人に見えますね(失礼)。2005年、サザンでの「みんなが好きです!」東京ドーム公演が収録されているFILM KILLER STREETでの「歌っていなければ変質者です」というMCを思い出してしまいました(?)。

今回は歌っていても変質者ですね(大失礼)。

そういえば今回「シェケナベイべー」と叫んでいなかったように思いますが、もしかして新潟の時に思った某ロックンロールの方をモデルにした服装では無かったのでしょうか…?。

 

20.オアシスと果樹園

更にボルテージが上がった…と言いますか、過ぎ去りし日々で暖まったところでラストまで一気に…という流れが整った感じがしました。

そういえば間奏での「かーたやまくん、あーつおちゃん」他のメンバーの方にも応用できますよね(さーいとうくん、まーこちゃっんとか)。実は片山さん以外のメンバーでこっそりとやっている人がいるのかも知れないと勝手に思っておりました(?)(でも実際の所私の回りで言っている方やはりあまりいなかったような…(単に私に聴こえていないだけかも知れませんが)。

 

21.悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)

今回いくつか個人的な決め事のようなものを持って臨んでいたのですが、その1つに「サビの指さしを失敗したり小さくやっても気にしないようにする」という何じゃそりゃな決め事がありました。いつも周りの人の迷惑にならないだろうか…(建前)、指さしに意識を向け過ぎてステージを見ることが二の次になってしまうのではないか…(本音)。ということをついつい考えてしまうということがありまして…。途中までは気にしていなかったのですが、「Anyone would~」のところでも指さしがあるのをうっかり忘れていたのです…。そこから先はお察しの通りです(?)。

ミス・ブランニュー・デイの時の拳突き上げなど家で曲を聴いたり見たりする時にはほぼ完璧に出来る(出来ているはず…)のに何故会場では必ずミスを犯してしまうのでしょうか…(以上愚痴タイムでした…申し訳ございません…)。

 

22.波乗りジョニー

会場のテンションはもう最高潮に達していましたね。上の方の席も揺れており、とても怖かったですね…。流石に煽りコーナーということもあり過ぎ去りし日々から立ち上がっていたので余計にでしたね…。

しかしこの曲の盛り上がりは本当に凄いですね…。微妙にそのテンションについて行けないのがねえ…なーんか変に冷静な部分が残ってしまうのですよ。勿論「わー」とテンションは上がっている訳なのですが…(当社比)。

「弱気な性と裏腹なままに 身体疼いてる」が妙に染みてしまうこの頃ですね(?)。

 

23.ヨシ子さん

ついにサタデー・ナイトに東京ドームという名のディスコでフィーバーを目撃することが出来ました(?)。はるばる京都から東京にヨシ子さんがやって来ましたね(MCのフラグ回収)(?)。

最後ヨシ子さんが上へ上へと雲を掻き分けて頂上に達した時に思ったことがありまして…。今回ヨシ子さんの衣装が白い着物に赤い帯では無いですか、それが日本国旗のように見えてしまったのですね…。一瞬武道館かと思いましたが(?)、桑田さんがヨシ子さんのシングル発売の時に無国籍の匂いが…といったコメントをしていましたが、何やかんや言ってもヨシ子さんは純粋な日本国籍の日本人だったのね…と謎の納得をしてしまいました。

そしてヨシ子さんが喋り出し本編は終了となりました。

 

アンコール

24.スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)

イントロに入る前のライブ用の前奏を片山さんが弾いているところで、桑田さん「長いよ」と一言(勿論冗談でしょうが)。苦笑いという名の笑みを浮かべつつイントロへ入っていきました。

都会の真ん中で「スケベ」がこだましましたね(?)。しかし55000人が「Woman,Say」に「Yeah」と返すというのはなかなかレベルの高い集団ですね(?)。

そしてふと気が付いてしまったのですが、今回ソロでは2度目のドーム公演となりましたが、ドーム公演で演奏されたKUWATA BAND曲はこのスキップ・ビートだけなのですね。ソロで3度目のドームツアーがある際にはこの細かい部分も注目していきたいですね(?)。

 

25.明日へのマーチ

ギターを持ちつつ、曲事にギターを代えるんですけどギターの音ってどうして同じじゃ無いんですかねえ…ということをチラッとおっしゃっていましたね。そういえば新潟でも同じようなことを言っていたことを書いていて思い出しました。

次はゆずの曲やりますと、冗談で言ったところまさかの大歓声が。桑田さん「練習してくれば良かった…w」。そしてTHE ALFEEやりますと誤魔化して(?)おりました(一瞬歌ったような感じでしたが聴き取れず…)。そこは「果てしない~」をもう1度やりましょう(?)。

もしかすると今後の公演のために練習してくる可能性はありそうですね(この雑文が世の片隅に出ている頃には答えが出ているのでしょうね…)。

今回ギターを持って歌う曲は切り札的存在なものが多い気がしますね。

東京という特に色々な場所から人がやってくる街で故郷を思うこの曲を聴けたというのも何かこう来るものがありますね…。I LOVE YOUツアーの仙台で聴きましたテイクと対極にあるような2つのこの明日へのマーチを時を得て聴くことが出来たのは自分の中で何かが繋がった気がします…。

 

26.白い恋人達

鈴の音が鳴り始めた瞬間に「キャー」と叫ぶ方がいましたね。フライング感があって少し笑ってしまいました。「ダーリン」だったらどうしたのでしょう(?)(もしかしたらダーリンだと思っていたのかも知れないのでそれはそれでごめんなさい)。

そういう悲鳴が起こってしまうように(?)改めてこの曲の偉大さ…と言いますかそういったものを感じましたね…。

 

27.祭りのあと

悪戯な年の瀬の感想のようなものでも書いたのですが、白い恋人達ラストの「涙~」からの「涙も枯れ果てた」の流れは何度見ても美しいなと思います。

「今日も汚れた人ごみに 背中丸めて隠れてる」のところで55000人の中にいる自分を投影してしまった粋で優しい馬鹿になれない気持ち悪いだけの私でございました…。

 

28.明日晴れるかな

そしてラスト曲へ…。もう思い残すことが無い…というラストですね、個人的には…。

「今日は良い1日だった…。また今日のような日を迎えられるようにもう少し生きよう…」とほんの少しだけ前向きになれる締めですね、ええ…。

 

 

そして終演。いやー終わった瞬間からの我先に帰るぞ、というような人の流れを見ますと一気に現実に引き戻されますね…。ただそんな人の流れをボーっと眺めている夢と現実の狭間のような時間が好きだったりするのですが。

そして頂きました、サザンのメンバーのシルエットが入った三ツ矢サイダー、10公演行けばこのサザン缶でボウリング出来るなーと思ったところでああちゃんと現実に戻ったのだなと感じましたね(?)。

さてさて何だかんだで結局は遊びきれていない中途半端な感想のようなものになってしまいましたね。まあこれは性格の問題なので仕方が無いですね(?)(言い訳)。

初ドームでしたが、密閉された空間で5万人以上が1人(とサポートメンバーの皆様)に注目する3時間という経験が出来たのはまた違ったライブの見方が出来たような気がしました。

何度か立ち上がりましたが、個人的に1度やってみたかった座ってライブを見るという目標が達成できたのも良い経験となりました。また敢えてアルバムを聴き込まず(新潟公演前には出来るだけ聴き込んでいましたよ)にライブへ…というもう1つの普段と逆な事もでき、ようやくライブという物を少しずつ分かるようになったのかなと、うっかり自分に自惚れてしまいそうになりました(?)。こういうところがダメですね…。

 

そして何とまさかの最後に横浜篇へと続きます。いい加減に長いだけの雑文の垂れ流しは止めなさいというお怒りの声が聞こえてきますが、2017年最後の我が儘と思ってお許し下さい…(いや年明けに書くつもりなので2018年最初の我が儘になってしまう…なら許されませんね…)。

 

東京、ありがとうございました。次は野球で逢いましょう。

 

 

あとがきのようなもの

ジャイアンツの歴代永久欠番プレートが見えなかったのがある意味で1番残念だったことかも知れませんね(?)