適当文集

140文字だと書き切れない事を雑に書くところ

サザンオールスターズのドーム公演で演奏された曲で妄想セットリストを雑に組んでみた

この間ツアーグッズの情報も公開され桑田さんのソロツアーが近付いている時期ですね。

ソロでは15年ぶり2度目のドームツアーも絡むライブとなります。サザンでは過去3度(1999年・2005年・2015年)ドームツアーが行なわれていますね。

と言うわけで、今回はそんなサザンで3度行なわれたドームツアーで演奏された曲だけでセットリストを組んだらどのようなライブになるのか…。というまた桑田さんにお叱りを受けてしまいそうな(?)安易な妄想セットリストネタでございます。

まずはそんなドームを経験した精鋭達を(?)上げていきましょう。一応ライブの演奏順で並べていますが、先の公演で演奏された曲は抜いておりますので、重複しては載っていないはずです…。ちなみに「ドーム」縛りですので、アリーナ等で演奏されていても途中のセットリスト変更でドームでは演奏されていない曲(2015年「おいしい葡萄の旅」の序盤で選曲されたもののドーム公演前に変更された「C調言葉に御用心」とか)は外しておりますのでご了承ください。

 

Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~

・JAPANEGGAE

ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)(みんな/葡萄)

エロティカ・セブン(葡萄)

・SAUDADE~真冬の蜃気楼~

・YARLEN SHUFFLE~子羊達へのレクイエム~

・爆笑アイランド

・NO-NO-YEAH/GO-GO-YEAH

・01MESSENGER~電子狂の詩~(葡萄)

・CRY哀CRY

・唐人物語(ラシャメンのうた)

・マイ フェラ レディ

・胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ

・Soul Bomber(21世紀の精神爆破魔)

・汚れた台所(キッチン)

・愛無き愛児~Before The Storm~

・私の世紀末カルテ

愛の言霊~Spiritual Massage

・PARADISE

・ブリブリボーダーライン(葡萄)

・GIMME SOME LOVIN’~生命果てるまで~

・開きっ放しのマシュルーム

マンピーのG★SPOT(葡萄)

みんなのうた(葡萄)

イエローマン~星の王子様~(みんな)

・ニッポンのヒール

・My Foreplay Music(みんな)

・LOVE AFFAIR~秘密のデート(みんな)

希望の轍(みんな)

素敵な夢を叶えましょう

 

みんなが好きです

・Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)

・神の島遙か国

セイシェル~海の聖者~

・愛と死の輪舞(ロンド)

・JUMP

愛と欲望の日々

・別離

・ごめんよ僕が馬鹿だった

リボンの騎士

・YOU

・海

栞のテーマ(葡萄)

・Bye Bye My Love(U are the one)

・からっぽのブルース

・恋するレスポール

・夢と魔法の国

キラーストリート

・限りなき永遠の愛

ロックンロール・スーパーマン~Rock’n’roll Superman~(葡萄)

・マチルダBABY(葡萄)

BOHBO No.5

勝手にシンドバッド

TSUNAMI

・心を込めて花束を

 

おいしい葡萄の旅

Tarako

・青春番外地

・イヤな事だらけの世の中で

・バラ色の人生

・Missing Persons

・平和の鐘が鳴る

・彼氏になりたくて

はっぴいえんど

・天井棧敷の怪人

・ワイングラスに消えた恋

・よどみ萎え、枯れて舞え

・顔

・Happy Birthday

・死体置場でロマンスを

・Computer Children

・あなただけを~Summer Heartbreak~

真夏の果実

・おいしいね~傑作物語

・道

・栄光の男

・東京VICTORY

アロエ

・ボディ・スペシャルⅡ

・匂艶THE NIGHT CLUB

・ピースとハイライト

・蛍

全79曲でございます。

ちなみにセオーノのアンコール1曲目であるニッポンのヒール→My Foreplay Musicは福岡ドーム公演の2日目以降からの変更なので両方加えております。

セットリストですがこの3つのライブを足して割った31で組んでみたいと思います。

以下どうでもいいコメント付きの妄想です。流石にいつものように1曲1曲にだらだらと書かないようにしております…。

 

1.からっぽのブルース

2.ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)

3.栄光の男

ライブスタートから最初のMCまでの3曲はこちらにしてみました。

1曲目は悩みましたが30曲以上選曲したのでキラーストリートの30曲のスタートである、からっぽのブルースとしました。

唯一のドーム皆勤賞であるミスブラ先生はベテランとして(?)ドームライブの3度のうち2度経験のある2曲目としました。

栄光の男は単純に「3」曲目に置きたかっただけです…。

 

4.YARLEN SHUFFLE~子羊達へのレクイエム~

5.青春番外地

6.セイチェル~海の聖者~

7.My Foreplay Music

8.よどみ萎え、枯れて舞え

9.Bye Bye My Love(U are the one)

気付いた方もいると思いますが、6曲ともアルバムの2曲目に収録されている曲でこちら組んでおります。セットリストを食い入るように見る私のような人が気が付いた時にニヤリとしたいだけの実に安直なコーナー(?)です(実はもう1曲ありますけど後ろの方に置いてしまったためこちらに入れませんでした…)。

 

10.神の島遙か国

11.SAUDADE~真冬の蜃気楼~

12.彼氏になりたくて

13.道

14.唐人物語(ラシャメンのうた)

こちらは何と言いますか、この辺りで演奏しそうな曲をアルバムからチョイスしていったという感じでしょうか。後半が少し暗めになるのでソフトなサザン(?)を選んだつもりでしたが結果チョコミント的な選曲(?)になってしまいましたね…。

 

15.私の世紀末カルテ

16.胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ

17.ニッポンのヒール

18.汚れた台所

MC明けという設定です。えー…こちらも一応コンセプトのようなものがありまして…。「一時期ライブでちょこちょこ演奏していたけど最近演奏していませんね」コーナーです(長い)。

私の世紀末カルテは新世紀になって以降封印…と思いきや夜遊びやソロライブで歌っているのでサザンでも解禁しても許されるだろうという安直な選曲です(?)。

他3曲もYoung Love~さくらあたりではよく演奏されていましたが、その後は忘れた頃にご登場感があったので、ここに置いてみました。

特にニッポンのヒールは92年から99年までの間はよく演奏されていたのですが、2000年以降は演奏されていないので、またそろそろ繰り出して欲しいですね(?)(あとドームで歌われてはいませんが愛は花のように(Ole ! )もそんな感じですね…)。あと微妙にYoung Loveコーナーっぽくもなってしまいましたね…(次の曲もまた…ね…)。

 

19.愛無き愛児~Before The Storm~

20.限りなき永遠の愛

21.平和の鐘が鳴る

はい、大感謝祭の3連バラッドコーナーのパクリですね(ストレート)。3枚のアルバムのダークなバラードをあえて並べてみたくなったのですよ…。

ただこれが実現したら色々な意味で重いコーナーになりそうですね…。

 

22.希望の轍

23.GIMME SOME LOVIN’~生命果てるまで~

24.イエローマン~星の王子様~

25.アロエ

26.BOHBO No.5

27.マンピーのG★SPOT

所謂煽りコーナーでございます。なんと申しましょうか…私の世紀末カルテから平和の鐘が鳴るまで流れから一気に転換するにはやはり希望の轍を頭に持ってくるしかないと思いまして…。こういうのを自分で考えますと希望の轍の演奏率の高さが分かる気がしますね(?)。

あとの5曲は腕振り&ダンサーさん頑張ってコーナーとでも言いましょうか(?)。アルバムから1曲ずつにしたかったので愛と欲望の日々は断腸の思いでカットしました(勝手な縛りを守る阿呆)。ラストはROCK IN JAPAN FES 2005でのみ実現したBOHBOさんとマンピーさんの共演を見たかっただけというどうでもいい理由です。

 

28.ロックンロール・スーパーマン~Rock’n’roll Superman~

29.はっぴいえんど

30.LOVE AFFAIR~秘密のデート

31.素敵な夢を叶えましょう

アンコールはあまり考えずに組んでしまいました…。個人的にアンコールっぽい曲(?)を投入したというだけですね…。ただラストはセオーノの1度しか演奏していない素敵な夢を叶えましょうに決めていました(ただ私が好きなだけです…)。

 

はい。また適当な選曲でお送りしました(?)。あと書き終わって気が付いたのですが、実は渚園ライブの真夏の果実から勝手にシンドバッドまでの流れも再現できてしまうのですね…。私は暗めの選曲になってしまいましたが、組み方次第では渚園茅ヶ崎ライブのようなセットリストも組めますね…。

さて今年のライブはどんな曲が選曲されるのでしょうか。色々妄想したくなりますが、何が演奏されても「キャー」となりますので(?)その日まで楽しみにしております(今までの妄想は何だったのかという話)。

 

 

あとがきのようなもの

たかが妄想セットリストなのにどう組むかを考えて連休が過ぎていってしまった私は何なのか。

 

要は桑田佳祐が飛び入り出演した1988年のホール&オーツのライブ音源が存在していたというお話

この前、Twitterを見ていましたら、桑田さんが1988年に日本で行なわれたダリル・ホール&ジョン・オーツのライブに飛び入り参加していた時の動画が流れてきまして…(詳しくはWiki等にも記載されていますが、87年に約1ヶ月半松田弘さんと共に渡米し、ホール&オーツと共同のレコーディングを(桑田さん名義の曲で言いますと、SHE’S A BIG TEASERですね)行なっていたことが背景にあります)。サザンのライブデータをまとめた個人サイト様では当時放送はされていない、という情報が記載されていまして、他のサイトでも放送されたという情報を見たことが無かったため(単に私の検索が下手なだけかも知れませんが…)、改めて調べて見たところ、ホール&オーツのファンサイトにアメリカで放送されたバージョンでは、桑田さんが出演しリードボーカルを務めたホール&オーツの曲「Private Eyes」が使われた…とありました(音源が無いと見て以降調べなかった自分の安直さを晒す結果となりましたね…)。

謎が解けてホッとしている時にもう1つ気になる情報を発見しまして…。なんとこの1988年のホール&オーツ日本ライブのCDがあちらには存在する…?と。しかもそのCD化している公演が10月14日の東京ドーム、何と桑田さんが飛び入り参加した公演日の音源らしいのです。

しかし更にもう少し調べて見ますと、そのライブCDは流出したライブ音源のもので公式の物ではないと…?。公式サイトのディスコグラフィを見てはみましたがそれらしきCDは見つからず、(私が英語を全く出来ないため)日本でそのCDを取り扱っているサイト等で情報を集めてみたところ、ダリル・ホールと仕事上の親交も深い人物から流出したと言われている音源だそうで…。どうやら所謂海賊盤ブートレグとも言うのですね…)と言われる物のようです。

しかも何度か再発されているようで、オークション等でジャケットの違う3タイプを確認しました(1つはシリアルナンバーまで付いているようで、公式よりも公式の売り方をしていますね…(?))。

さて問題はこのライブ音源に桑田さん出演部分は収録されているのか…という事ですね。桑田さんが参加した部分の曲名は記載されていますが、ジャケットの表裏の画像や通販サイトの説明文のメンバーの名前の中には桑田さんのくの字も無く(向こうの物ならKの字も無くが正しいのだろうか…)、差し替えられている可能性もありますので…。ちなみにアンコール2曲目からラストの4曲目までの3曲に参加したとのことです。

真相を確かめるため、調査班は米国へ僕のHeroの音源を求め飛んだ。空があるカリフォルニアを越え、夢に見たニューヨークの街へ向かった。そしてある曇った日のニューヨークでついにそのCDと出逢ったのである(はい、これは書きたかっただけです申し訳ございません…)。

まず盤ですが、ジャケット・中身を見ましても収録曲名と参加ミュージシャンくらいしか文字情報がありませんでしたね…。もちろん桑田さんの名前もありませんでした…。

さて肝心の内容でございます…。最初に書きましたが、まず動画も存在しており、歌ったという記載も(公式にはありませんが…)あった、「Private Eyes」の前に「○○(エイゴワカラナイ…ゲストというのはかろうじて聞き取れましたが…)Kuwata~!」と桑田さんを呼び込み動画通りしっかりと歌っております。歓声はテレビ放送版と比べて抑えられており(CD音源の方はそういう撮り方だったのか編集がされているのかは謎ですが…)、テレビ放送の音源では無いようですね。

そしてホール&オーツ当時の最新アルバムで桑田さんもコーラスで参加した「Realove」が次に演奏されますが、こちらはCDと同様コーラスとして参加しています。この曲が終わると「どうもありがとう!」と桑田さんが一言発していますが、これが桑田さんがこのライブで(多分)唯一発した日本語で心なしか外国人の発音寄りでの「ドウモアリガトウ!」に聴こえますね(ここはマイクが割れていますね…不意打ちでしたか(?))。あとラストのシャウトが若い(?)ですね…。

そしてアンコールラスト曲はビートルズのカバー「I Saw Her Standing There」でしたが、この曲はツインボーカル(であっているのだろうか…)で歌っております。こうして誰かと一緒に歌っているものを聴きますと、桑田さんの声は目立つ…と言いますか、凄い声だなと改めて思ってしまいますね…。サザンのライブややさしい夜遊びの生歌で何度か演奏されているナンバーでもありますね。この後も1989年の年越しライブ「いっちゃえ’89サザンde’90」や92年の「北京ライブ」でも演奏されていますが(過去には1982年の「愛で金魚が救えるか サザンオールスターズ PAAPOOツアー’82」でも演奏していますね)、この時の影響があったのでしょうか…。

…と桑田さんが共演した3曲全てがしっかりと収録されておりました。ちなみに余談ですが、このライブ後、とある雑誌に「桑田が登場し観客が盛り上がったことが原因で機嫌を悪くしたダリルがコンサート直後のパーティーをキャンセルした…」という内容の記事が載ったらしいです(真意は不明)。

しかし桑田さんが飛び入り参加したことを知らない向こうの国の方々がこのパートを聴いたら「こいつは誰なんだ…?」となっているのでしょうね…(何回かkuwata、と呼ばれてはいますし、この頃レコーディングにも参加しているというのを分かっていれば問題ないのですがどこまでファンに知名度があるのでしょうか…?)。

えー結論です…。と言いましてもタイトルの通りなのですが。非公式な…と言いますか限りなく黒に近いグレー(いやほぼほぼ黒なんですけど)なCDという思わぬ形でそのライブ音源が存在していたということでございました。

今までその情報は見たことがありませんでしたが、皆さん隠していたのでしょうか…。今回これでサザン関係の権利に厳しいア○ューズさんに見つかってしまったかも知れませんね…(いや、こんな所を見る訳が無い)。私もしかして消されてしまうのかも知れません(?)(大袈裟)。

もし今後こちらやTwitterの更新が途絶えましたら察してくださいね(?)。

流石に物が物ですので、勧めにくいCDですね…。とりあえず調べて見てください…としか言えませぬ…。

…まあ、実は某動…おっと誰か来たようです。続きはまたいつか何処かで…(死亡フラグ)。

 

 

あとがきのようなもの

もし追われる事態になってもがらくたライブまでは何とか生き残りたいと思います(?)

 

ピンク・レディー・明石家さんま・桑田佳祐…が後の「野球タレント」の活動に影響を与えたのでは…という妄想を雑に再現してみた

テレビやラジオ、ネット等のメディアで活躍されますタレントの方の中には、「野球」を主としています方がいらっしゃいますね。一言で「野球」と言いましても細分化されており、野球選手のそっくりさんであったり(なんとそんな方々が集まって試合までしているとのこと…いやはや凄いですねえ…)、某CMの「神スイング」が話題となり、野球番組、始球式で活躍している稲村亜美、スポーツバラエティの司会でお馴染みの中居正広、全国の予選から見に行くほどの高校野球好きとしても知られるアンジャッシュ渡部、数多くの野球選手のものまねネタのある松村邦洋、某細かすぎる物真似番組に出演し、独立リーグとはいえ何とプロ野球選手となった360°モンキーズ杉浦、そして板東英二パンチ佐藤というプロ野球選手からタレントに転向した別な意味での野球タレントと言えます人たちもいますね。…といった方々がパッと思い浮かびますね。もちろん野球が絡む前からも活躍している方もいますが、野球タレントといっても許され…ますよね…。それはさておきまして、プレーするという以外でも「野球」が芸として一定の地位を得たジャンルと言えるのでは無いのでしょうか。

…とここで思うわけであります。所謂「野球を芸としたタレント」の元祖というのは誰なのかということです。戦前には花菱アチャコ横山エンタツのコンビが大学野球早慶戦をネタに漫才を行なっていたり、国鉄プロ野球チームを所有していた(厳密には諸々がありまして直接親会社にはなれなかったのですが)1960年頃に、とある落語家の方が六大学出身の有望選手の獲得と国鉄の賃金値上げに引っかけて、「その選手の契約金のため国鉄が運賃を値上げした」とネタにしていたということがあり、戦前からすでに野球ネタが使われていたようですね。

えー…そうしますとタイトル詐欺になりますので(?)無理矢理時代を1970年代に持って行きましょう。

テレビの世界で本格的(と言うと語弊がありますが)に野球を芸としたのは、明石家さんまということになるのでしょうか。1978年末から79年の2月まで世間を大きく騒がせた江川卓を巡る所謂空白の一日事件により、江川の巨人入りによる「犠牲」という形で阪神タイガースへ移籍することとなった小林繁の投球フォームの物真似により(元々持ちネタだったようで他には掛布雅之などもレパートリーにあったとか)、タイガースの本拠地であり、さんまの活動の中心地であった関西を中心に人気が上昇、その後の大ブレイク、そして今現在の活躍へ繋がった、といえば言い過ぎかと思いますが、後の野球ネタを主とした方々への影響は大きいものがあったのでは無いのでしょうか。しかし今の喋りでのさんまを見ますと、ブレイクのきっかけの1つが形態模写というのも面白いなと思います。

そして同時期の1978年の3月に発売されたある曲の影響もあるのでは…と。それはピンク・レディーの「サウスポー」です。曲の内容は野球の試合の一部を切り取ったものであり、これは野球好きでも知られた作詞家の阿久悠が前年のオールスターでの「背番号1のすごい奴」王貞治と「ピンクのサウスポー」永射保との対戦からこの曲を作詞したとのことですが、そのためか「サウスポー」の振り付けの中には投球フォームが含まれており、そのフォームこそが永射の下手投げに近いサイドスローと言えます、あの投球フォームを模した振り付けとなっているのですね。この曲が大ヒットしたということでこの振り付けの知名度も上がり物真似ではありませんが、またアイドル芸能の中に「野球」が含まれて成功したという点と当時のさんまよりも全国区の存在であったこともあり、振り付けの真似という名の投球フォームの物真似を広めたという意味ではまた違う影響があったと思われます。

そしてこの2組の狭間と言えます時期にもう1人プロ野球選手の物真似をしていた人物がいました。1978年にデビューしたバンド、サザンオールスターズのボーカル桑田佳祐です。中学時代には野球部に所属しており、ポジションはピッチャーという野球小僧だった桑田、このデビューの時期、まだ持ち曲が少なかったこともあり、どうしてもライブコンサートでは時間が余ってしまうということで様々な「芸」を行なっていました。その中の1つに長嶋と王の物真似がありました。そして何とこれをテレビでも披露しているのです。ザ・ベストテンに出演した際(何とこの時にはご丁寧にもジャイアンツのユニフォームまで着ています。当時テレビに出る際様々な衣装が用意されておりその1つだったようです)に桑田1人で長嶋の打撃フォームを真似、さらに王が756号を打ったシーンを再現しています。さんまの芸人としての持ちネタである物真似、ピンク・レディーの振り付けの一部と比べますと、なんと申しましょうか…所謂「宴会芸」の延長のような物となるのでしょうが、ある意味では子どもの遊び、宴会芸としての野球ものまねがテレビという世界で「芸」として披露することが出来ると言うことを示し、いい意味でハードル下げたと言いますか…そういうきっかけとなったのではないのでしょうか。

 

逆にプロ野球界から芸能界へ、という流れもこの頃に始まったと言えます。これ以前にも元国鉄スワローズ読売ジャイアンツの400勝投手の金田正一が野球解説の仕事をこなしつつ、タレントとしても活動していたり、悪役俳優として名を馳せた元東映フライヤーズの投手だった悪役商会の“ボス”八名信夫(試合中の怪我により引退後、親会社が映画会社(東映)だったこともあり、俳優に転向した)という元プロ野球選手が芸能界で活躍している例はありましたが、冒頭の方で書きましたが、金田と同じく、解説者とタレント活動を行なっていた元中日ドラゴンズ板東英二が1980年に関西を拠点にタレント活動を本格的に始め、その後司会業や俳優として元プロ野球選手と言うことを知らない人が多くなるほどの活躍することになります。また阪神タイガースなど4チームでプレーし、ヘッドコーチにもなった「ヒゲ辻」こと辻佳紀は解説者も務めながらバラエティ番組に出演し、その中でパンツマンというキャラクターを務め、さらにはパンツマンとしてレコードを発売するなどの活躍を見せ、初めてバラエティーでも活躍した元プロ野球選手と言ってもいい存在となりました。

また音楽界にも進出した元プロ野球選手がいました。最近ではあまり見かけなくなりましたが、それ以前や90年代末くらいまでは現役時代にレコードを出した選手が多くいましたが(そちらの文化もなかなか深いので気になった方は検索してください(?))、引退後に本格的に歌手に転向する人物も現れました。読売ジャイアンツなど3チームでプレーした柳田真宏です。巨人時代には「史上最強の5番打者」と呼ばれる活躍を見せた選手でしたが、引退後は1983年に演歌歌手としてデビューします。元々歌が上手かったようで、現役時代にも1枚レコードを出していました(現在スナックを経営しており、タイガースファンが来店しタイガースが勝利すると六甲おろしを歌うファンに2番を歌ってと言われるとか…)。また同じジャイアンツ等でプレーした藤城和明も1986年に引退後、「敏いとうとハッピー&ブルー」というムード歌謡グループに参加し(柳田も1年間という約束で参加していたことがあります)歌手活動を行なうなど、野球選手がタレントに転向する、という新しい道が開かれることとなりました。

(サザンネタの多い駄文集のおまけとしまして、ジャイアンツの選手達が歌っているレコードが80年代には何枚か発売されていますが、角盈男チャコの海岸物語を、槙原寛己恋人も濡れる街角を歌ったレコード(のちにベスト盤CDにも収録されている)が発売されています…。あと余談ですけど1982年の原辰徳のアルバムレコードに参加した人たちの顔ぶれなかなかですぞ…。)

そして長嶋茂雄に似ている、というところから会社員から芸人に転身したプリティ長嶋を忘れてはいけません。近年では選挙で当選を果たし市議会議員、県議会議員としての活動を見せており、野球が芸の1つとなりそういった中で生まれた野球タレントの中ではある意味では一番人生が変わった人物では無いのでしょうか。

…とそういう時代だったのかも知れませんが、偶然にも3組の出現以降に野球タレントが一気に増えた感がありますね。

 

と言うわけです(?)はい。さてまたまた余談ですが私、半購読状態(購読にすればいいのに毎回いちいちちゃんと(?)買っている)となっている野球誌がいくつかあるのですが、その中に「野球雲」という野球誌がありまして…。その最新刊である9号では「日本の野球を変えた100人」というテーマでして、サブカル面から見た人々を語る座談会が組まれており、その中で野球ものまねの元祖は誰か、という話題が出ており、そこで明石家さんまという名前が登場、その後大ヒットした「サウスポー」という野球ソング(?)からピンク・レディーという名前が出ていまして…(詳しくは是非購入して読んでくださいませ(私は回し者ではありませんよ、念のため))。そこで私の脳裏にはもう1人の名前が浮かんできました。(もう分かると思いますが)そうそれが桑田佳祐でございます…。

まあなんと申しましょうか…つまりはそこで読んだエピソードに桑田佳祐を無理矢理突っ込みたいという実に身勝手な駄文ですよ…ええ…。

うーん…もっと掘り下げれば面白くなりそうですよねえ…。生きていれば10年後くらいにリベンジします(?)。もしくは誰かちゃんとした方がもし見ていましたらよろしくお願い致します…。

今回はたくさんの人物の名前が登場するので敬称略で書いています。ご了承くださいませ…。

 

 

あとがきのようなもの

物真似でwikiのページがあり少しチェックしていたのですが、現在、よく真似される有名人というところに桑田さんの名前があるのですが、桑田圭祐となっているので誰か直してください(他力本願)。

 

「熱い胸さわぎ」収録曲のライブ演奏回数を雑にまとめてみた

桑田さんのソロアルバム「がらくた」の発売が来週に迫っている中で敢えて(?)のサザンネタでございます(いつものこと)。

最初は熱い胸さわぎの発売日だった25日に挙げようと思っておりましたが、「がらくた」を聴いていて忘れる可能性が高いこともあり(?)何も関係ないタイミングでこっそりとがらくたにもならないような駄文ですが、書き残します。

サザンオールスターズの1stアルバムである「熱い胸さわぎ」、最初のアルバムと言うことで、当然デビューライブから現在まで演奏される可能性がある唯一の10曲である訳で…。

ということでサザンのライブでこの熱い胸さわぎの曲たちはどの位演奏されているのかを雑に調べてみました。

今回は公式サイトのライブデータに載っている39のライブから調べております(セットリストの近い北京公演と歌う日本シリーズ、特別公演となっている流石だツアーの沖縄は通常公演はそれぞれ1とカウントしております)。

ライブ名は略しております。一応最後に全ライブ名を載せておりますので、確認の際はお使い下さい。

 

勝手にシンドバッド(30/39)

(胸さわぎ/春五十番/Further/ゆく年/おうかがい/金魚※/社会学/縁ギもん/KAMAKURA/ 大復活祭/いっちゃえ/SHOW/歌うサザン/音楽祭/ブラディ/日本シリーズ/しじみ/ホタル/万座/渚園/歌舞伎町/晴れ着/茅ヶ崎/ゴン太君/流石/海の日/みんな/大感謝祭/マンピー/ひつじ)

※公式のセットリストに記載はされていませんが、このライブを収録した「武道館コンサート」には収録されているので、こちらには記載しております。

圧倒的演奏率は予想していたとは言え、39公演中30公演で演奏されていましたね…。と以前「勝手にシンドバッドいとしのエリーの両方を演奏しなかったサザンのライブを雑にまとめてみた」という駄文で演奏しなかった回数をカウントしておりまして、そちらを読んだことがある方はネタ被りしているので申し訳ございません。

そういえば1983年「SASたいした発表会・私は騙された!!ツアー’83」で盛り上がったので、急遽追加で演奏した公演があったらしい…と昔の個人サイトの掲示板か何かを覗いた時に記載されていた記憶があるのですが本当なのでしょうか…。

 

別れ話は最後に(4/39)

(胸さわぎ/春五十番/Further/ゆく年)

シンドバッドとデビューシングルを争った曲ではありますが、通算演奏回数は4回という数字となっております。ライブでは1980年「ゆく年・くる年」を最後に何と37年演奏されておりません。それまでは5打数4安打と驚異の演奏率8割を誇っておりましたがその後は34打数無安打という思わず野球で例えてみたくなってしまいますね(?)。

しかし2009年の音楽寅さんではファンクラブ会員観覧スタジオライブのおまけとして2度桑田さんの弾き語りで演奏され(放送はされずDVDに収録)、2011年のやさしい夜遊びでも斎藤誠さんと生歌で演奏されるなど、もしかしたらライブでも…という期待は少し出来ます…かねえ…。

 

当って砕けろ(6/39)

(胸さわぎ/ゆく年/音楽祭/歌舞伎町/晴れ着/流石)

シンドバッドのB面曲でもありますが、演奏回数は6回とあまり伸びない結果となりましたね。「茅ヶ崎に背を向けて」(7回)よりも演奏されていないのは意外でしたね。第1期活動期と言えます78~85年の間でも2回のみと初期においてもあまり演奏されていないのが響きましたね。

その後は1991年の「THE音楽祭 1991」で1度11年ぶりの復活し、サザン第1期の曲が多く選曲された1999年「’99 SAS 事件簿in歌舞伎町」で8年ぶりの演奏+初映像化を果たし、更に歌舞伎町で演奏した曲を中心としたセットリストだった1999年「晴れ着DEポン」で初めて2公演連続演奏となり、2000年に入る寸前に輝きを取り戻した曲と言えますね(?)。

2003年「「流石(SAS)だ真夏ツアー!あっっ!生。だが、SAS!」~カーニバル出るバニーか!?~」ではメドレーコーナーの先頭打者となりましたが、現時点でライブでの演奏はこれが最後となっております。

 

恋はお熱く(5/39)

(胸さわぎ/春五十番/Further/ゆく年/音楽祭※)

※最初のナゴヤ球場での公演でのみ演奏したとのこと。

全5回のうち第1期で4回演奏されており、「当って砕けろ」と同じく11年ぶりに演奏された音楽祭でも、最初の公演となったナゴヤ球場でのみの演奏となるなど、平成になってサザンのライブでは1度しか歌われていないというナンバーとなってしまっていますね…。

しかしライブ以外では95年に「大パフォーマンス計画」というテレビ番組で、アコースティックバージョンで披露されたり、ニュースステーションで(多分稲村ジェーンの宣伝かと…)桑田さんの弾き語りで少しだけ演奏されるなどたまに目にする機会はあったようですね(この2つ某所ではまだ見ることが出来たような…)。

また公式サイトでは載っていませんが、「熱い胸さわぎ」から初めて1曲も選曲されていない1980年「サザンオールスターズがやってくるニャーニャーニャー」での恐らく桑田生ギター・コーナー内でこの曲を少しだけ弾き語りしたらしい…というのを昔ファンサイトかどこかで見たことがありまして…。

近年ではソロとなりますが、2002年にHOUND DOGのライブにシークレットゲストとして出演した際に大友康平さんのリクエストにより大友さんとともに歌っています(好きな曲だったらしい。ちなみに「C調言葉に御用心」と「また逢う日までも」も歌ったとのことです)。

、2008年「アコースティックライブin石垣島」でゲストにBEGINが登場し一緒に歌っていますね(これはラジオで生放送されていましたが、ここは生放送に収まっていない部分だったので、のちに放送された完全版で聴くことが出来ました)。またほぼ選曲が同じだった「CDTV×サカス」でもしっかりと演奏されているので、テレビ版としてこちらも見ることが出来ました。…と誰かと一緒に歌うというスタイルでご登場はしておりますね。

 

茅ヶ崎に背を向けて(7/39)

(胸さわぎ/春五十番/Further/ゆく年/歌舞伎町/晴れ着/茅ヶ崎

この曲が3番目に演奏されている曲というのは意外でしたね。以前の駄文「サザンオールスターズのライブでの「煽りコーナー」について雑にまとめてみた」でも少し触れていますが、初期は終盤の所謂煽りコーナーやアンコールラストで演奏されており、ライブで重要な曲というポジションとなっていたようでしたが、その後は封印状態となり1999年「’99 SAS 事件簿in歌舞伎町」で19年ぶりに演奏されると、次のライブである晴れ着DEポンでも、年明け曲として演奏され、2000年の「茅ヶ崎ライブ」でも茅ヶ崎代表曲として(?)演奏されるなど、世紀末となりまさかの3連続でのご登場となりました。

その後はサザンのライブで演奏はされていませんが、2009年の音楽寅さんではライブ形式で歌われており、また意外な(?)ところでは2002年に行なわれた誠さんのライブのアンコールに原さんと登場しこの曲(とYa Ya(あの時代を忘れない))を披露したとのことです。青学トリオですね(あれ…でも1人は確か除籍に…以下自重)。

 

瞳の中にレインボウ(4/39)

(胸さわぎ/Further/ゆく年/牛)

「別れ話は最後に」と同じく、4回のご登場となっております。80年ゆく年で演奏後は96年「牛」まで16年間が空いてしまいましたが、その後はまた演奏されず、気付けば21年という時が流れてしまいましたね…。牛がテレビ中継されていたのは大きな救いでしたね(?)。

しかし2011年に行なわれたやさしい夜遊びの生歌スペシャルにて1曲目に選曲され一応ソロライブという形ではありますが演奏されております。このライブで15年ぶりということは、次は14年後の2025年に演奏されると言うことでしょうか(?)。

 

女呼んでブギ(15/39)

(胸さわぎ/春五十番/Further/ゆく年/(おうかがい※)/いっちゃえ/音楽祭/ブラディ/ホタル/牛/歌舞伎町/晴れ着/海の日/暮れ/大感謝祭)

※公式サイトには記載されていませんが、1曲目の「憧れのハワイ航路」とこの曲が公演によって日替わりで1曲目となっていたそうで…。当時このライブの一部が放送されたラジオではこの曲がオンエアされています(カウントにも一応加えております)。

シンドバッドはシングルでもありますので、アルバムでのみ収録曲で演奏回数が最も多かったのはこの曲でしたね。現在では「真夏の大感謝祭」を最後に2013年のサザン復活以降演奏されておらず、9年の間が空いてしまっていますが、これはちょうど1980年「ゆく年・くる年」から1989年「いっちゃえ’89サザンde’90」と同じ長さになりますね(前に書きました「そちらにおうかがいしてもよろしいですか?」は除いております)。まあその間のライブ開催数に大きな差がありますので、同列には出来ませんが、基本的には数年に1回は女呼んで揉んで抱いていい気持ちになっているようで安心ですね(?)。

 

レゲエに首ったけ(1/39)

(胸さわぎ)

はい、このアルバムの中で唯一ライブではたった1度だけしか演奏されていない、超が付いても良いくらいのレアソングと言えば(?)この曲でございます。

正直これ以上書けることがありませんね…ええ…。もう演奏されることは無いのでしょうか…。もし今演奏されたらどんな客席はどのような反応となるのか楽しみといえば楽しみですがねえ…。

 

いとしのフィート(5/39)

(胸さわぎ/縁ギもん/ブラディ/牛/大感謝祭)

年明け曲の定番と思いきや年越しライブで演奏されたのは3回だけなのですね。しかし84年「縁ギもんで行こう」だけはライブの1曲目であり、年明け前に演奏されたある意味で貴重なテイクとなっていますね。それだけにゆく年・くる年という名の付いたライブで選曲されていないのは悔やまれますね(?)。

2008年「真夏の大感謝祭」ではメドレーコーナー内で演奏されましたが、「デビューコンサート「胸さわぎ」」も12月から始まったライブですので、夏のライブで歌われたのはこの時が唯一になりますね(デビュー前のライブやデビュー後の学園祭では歌っているとは思いますが…)。

 

今宵あなたに(3/39)

(胸さわぎ/春五十番/大衆音楽)

最後に演奏されたのは1984年「大衆音楽取締法違反”やっぱりアイツはクロだった!”実刑判決2月まで」から33年封印状態にあり、1度しか演奏されていない「レゲエに首ったけ」を除くと、「別れ話は最後に」に次いでライブでは演奏されていない曲となっていますね…。

前にいくつか書きましたように、桑田さんの弾き語りや夜遊びなどのソロ寄りのライブという形で、近年何曲か演奏されることがありますので、この曲もそろそろ救済されませんでしょうか…。そろそろ天吉○○年記念と言うようなきっかけを無理矢理作っていただいて(?)夜遊びライブあたりでしれっと歌っていただけませんかねえ…。

 

という訳で雑にまとめてみましたちなみに「熱い胸さわぎ」から1曲も選曲されなかったのは6つありましてこちらになります。

選曲無し:ニャー/騙された/熱帯/おっぱい/セオーノ/葡萄

割と初期に1度(サザンオールスターズがやってくるニャーニャーニャー)そういう選曲のライブがあったのは改めて見ましてほう…となりましたね。しかも「10ナンバーズ・からっと」からもいとしのエリー1曲のみの選曲だったので、なかなか興味深いライブだったのですねえ…誰かこのライブについて深く切り込んでくれませんかねえ…(他力本願)。

アルバムの10曲中6曲が1980年の「ゆく年・くる年」を最後に第1期(78~85年)には演奏されていないというのも面白いですね(1981年「そちらにおうかがいしてもよろしいですか?」では女呼んでブギを演奏した公演があったとのことなので正確には違うのですが…)。この1980年の2つのライブというのは学生時代の曲との決別というのは大袈裟ですが、学生バンドからプロのバンドへ進んで行く過程に見えるような気がしますね(その一方で勝手にシンドバッドの演奏率がより際立っていますね…)。

 

あとがきのようなもの

「がらくた」、オリジナルアルバムですと8月に発売されるのは、この「熱い胸さわぎ」以来みたいですねえ…。特に意図されたわけでは無いと思いますが、そういうことも考えて(?)アルバムを聴いていきたいと思います。

 

おまけのライブリストです

・デビューコンサート「胸さわぎ」

・春五十番コンサート

・Further on up the Road

サザンオールスターズがやってくるニャーニャーニャー

・ゆく年・くる年

・そちらにおうかがいしてもよろしいですか?

・愛で金魚が救えるか サザンオールスターズ PAAPOOツアー’82

・青年サザンのふらちな社会学

SASたいした発表会・私は騙された!!ツアー’83

・熱帯絶命ツアー夏”出席とります”

・大衆音楽取締法違反”やっぱりアイツはクロだった!”実刑判決2月まで

・縁ギもんで行こう

KAMAKURA TO SENEGAL サザンオールスターズAVECトゥレ・クンダ

真夏の夜の夢 1988大復活祭

・いっちゃえ’89サザンde’90

・夢で逢いまSHOW

・歌うサザンに福来たる

・THE音楽祭 1991

・闘魂!ブラティ・ファイト

・歌う日本シリーズ1992~1993(南天群星 北京で逢いましょう)

・しじみのお味噌汁コンサート

・ホタル・カリフォルニア

・ザ・ガールズ万座ビーチ

・牛

・おっぱいなんてプー

・モロ出し祭り~過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ~

・Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~

・’99 SAS 事件簿in歌舞伎町

・晴れ着DEポン

茅ヶ崎ライブ~あなただけの茅ヶ崎

・ゴン太君のつどい

・「流石(SAS)だ真夏ツアー!あっっ!生。だが、SAS!」~カーニバル出るバニーか!?~

・真夏の夜の生ライブ~海の日スペシャル~

・暮れのサナカ

・みんなが好きです

・真夏の大感謝祭

・灼熱のマンピー!!G★スポット解禁!!

・ひつじだよ!全員集合!

・おいしい葡萄の旅

 

最もライブ映像が製品化されているサザンの曲はどれか雑に調べてみた

愛で向日葵が揺れている8月となりましたが(のっけから某曲より引用、Twitterでも毎年呟くくせにここでも書く八月の詩好き老人)、いかがお過ごしでしょうか。先日ようやく「武道館コンサート」のビデオを入手し見ることが出来まして…。「タバコ・ロードにセクシーばあちゃん」のところに差し掛かった時にふと、「この曲、演奏されたライブが割と製品化されてるような…」とうっかり思ってしまい、なら他の曲はどうなのか、ということで調べてみました。

以下の10本を対象としました。

 

・武道館コンサート

・歌う日本シリーズ1992~1993

・ホタル・カリフォルニア

・1998 スーパーライブin渚園

・シークレットライブ'99 SAS 事件簿in歌舞伎町

・SUMMER LIVE 2003「流石だスペシャルボックス」胸いっぱいの“LIVE in沖縄”&愛と情熱の”真夏ツアー完全版”

・FILM KILLER STREET (Director's Cut) & LIVE at TOKYO DOME

・真夏の大感謝祭LIVE

・SUPER SUMMER LIVE 2013「灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!」胸熱完全版

・おいしい葡萄の旅ライブ -at DOME & 日本武道館-

 

「THE BAST」は武道館コンサートのコンパクト版(6曲)といえ被るのでカウントの対象外にしました。桑田さんソロライブDVDやビデオ版女神達への情歌とベストヒットUSASにもライブ映像が収録されていますが、今回カウントには入れませんでした。平和の琉歌DVDもほぼダイジェストでフルは2曲なので似たような理由で外しています。音楽寅さんDVDの特典DVDに収録されている「建長寺ライブ」もテレビ用ライブ感があるので外してしまいました(ちょこちょこ※で追記はします…。いつかライブだけでなく音楽寅さんやAAAなどのカバーを含めた製品化楽曲一覧を作るときに取っておきます(?)もう誰か作ってそうですが…)。

ちなみに、流石・大感謝祭・マンピー・葡萄の2公演分収録されている物に関しても1とカウントしております。

 

といったところで3回以上演奏曲でまとめました(2回だと30曲近くあるので…)。

曲名横に演奏されたライブを(武道館/日本/ホタル/渚園/歌舞伎町/流石/みんな/大感謝祭/マンピー/葡萄)として載せてみました(これで見にくくなったらごめんなさい)。

 

3回 12曲

・女呼んでブギ(ホタル/歌舞伎町/大感謝祭)

タバコ・ロードにセクシーばあちゃん(武道館/流石/マンピー)

・Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)(武道館/歌舞伎町/みんな)

・朝方ムーンライト(歌舞伎町/流石/大感謝祭)

・夏をあきらめて(歌舞伎町/大感謝祭/マンピー)

フリフリ’65(日本/ホタル/歌舞伎町)

・シュラバ★ラ★バンバ(日本/ホタル/大感謝祭)

・せつない胸に風が吹いてた(日本/渚園/大感謝祭)

・ブリブリボーダーライン(日本/渚園/葡萄)

太陽は罪な奴渚園/流石/マンピー)※建長寺ライブ

TSUNAMI(流石/みんな/大感謝祭)※建長寺ライブ

HOTEL PACIFIC(流石/大感謝祭/マンピー)※建長寺ライブ・古賀紅太

 

冒頭で話題にしました「タバコ・ロードにセクシーばあちゃん」はここで早速登場してしまいました。ここで私の疑問は解決してしまったのであとは余韻で書きます(?)。

「夏をあきらめて」は歌舞伎町ビデオでは隠し撮り的編集をされており、大感謝祭ではメドレー内での演奏だったので、サザンのメンバーの顔を見ながらフルバージョンの聴ける灼熱のマンピーは貴重なのかも知れません。製品版においては知名度と比例出来ない扱いですね(?)。おっと、そんなことを言いますと「朝方ムーンライト」さんはフルバージョンを聴けるのは途中に会場の外の映像が入ってきますビデオ(歌舞伎町)だけになってしまうので怒られてしまいそうです(?)。

HOTEL PACIFIC」は※の2つを含めますと5つあり、2000年以降曲の中では「ロックンロール・スーパーマン」と並ぶ数になりますね。ライブ会場で踊る方が多いのも予習・復習出来る教材(?)がこれだけありますから納得ですね(?)。

TSUNAMI」は東日本大震災以降封印状態となっているので、建長寺ライブを含めれば4つ見ることが出来るのは有難いと言えば有難いのかも知れませんが…。

 

4回 8曲

チャコの海岸物語(武道館/ホタル/歌舞伎町/大感謝祭)※ベストヒットUSASに武道館コンサートと同じ物が収録

・マチルダBABY(渚園/みんな/マンピー/葡萄)

・夕方Hold On Me(日本/ホタル/渚園/大感謝祭)

・夕陽に別れを告げて(ホタル/渚園/流石/大感謝祭)※建長寺ライブ

・YOU(ホタル/みんな/大感謝祭/マンピー)※建長寺ライブ

愛の言霊~Spiritual Massage~(渚園/流石/大感謝祭/マンピー)※建長寺ライブ(ベストヒットUSAS)・古賀紅太

・LOVE AFFAIR~秘密のデート(渚園/みんな/大感謝祭/マンピー)※宮城ライブ

ロックンロール・スーパーマン~Rock’n’roll Superman~(みんな/大感謝祭/マンピー/葡萄)※SWEET LOVE SHOWER 2009

 

この辺りになりますと、ライブ定番曲といえるナンバーが殆ど締めていますね。

「YOU」は歌う日本シリーズ渚園でも演奏されていましたが、製品版で2回もカットされており仮に収録されていたら建長寺ライブを含め何と7回映像化されることになりアルバム曲では希望の轍に次ぐ回数になってしまうところでした(?)。

逆にライブ大定番曲と言えます「マチルダBABY」と「夕方Hold On Me」が4回というのは意外でしたね。恐らくライブで頻繁に演奏された=テレビで見れるタイミングが多い、ということからテレビ放送版と混合してしまっていますね…(仮にテレビ放送版を含めればここ凄そうですね…)。

あとどうでも良いですが、「夕方Hold On Me」「夕陽に別れを告げて」「YOU」と「ゆ」から始まるアルバム曲はライブが製品化されやすい説を唱えたくなりますね(?)。

 

5回 7曲

いとしのエリー(武道館/ホタル/渚園/大感謝祭/マンピー)※平和の琉歌

C調言葉に御用心(ホタル/渚園/歌舞伎町/流石/大感謝祭)

いなせなロコモーション(武道館/ホタル/渚園/歌舞伎町/流石)※建長寺ライブ

栞のテーマ(ホタル/渚園/歌舞伎町/みんな/葡萄)※SWEET LOVE SHOWER 2009・宮城ライブ

・Ya Ya(あの時代を忘れない)(ホタル/歌舞伎町/流石/大感謝祭/マンピー)

・Bye Bye My Love(U are the one)(渚園/歌舞伎町/みんな/大感謝祭/マンピー)

涙のキッス(日本/ホタル/渚園/大感謝祭/マンピー)

 

そりゃそうですよね…と思わず言いたくなってしまうようなラインナップですね。

夏のライブでは欠かせないナンバーが勢揃いしていますが、「C調言葉に御用心」はフルバージョンが聴けるのが、ホタル・渚園の2つとなっており、もう20年近くフルバージョンが製品化されていないのですね…。おいしい葡萄の旅のツアー前半のアンコールではほぼフル(一部分だけカット)で演奏されていたので、これが惜しまれますね…。

仮に「Ya Ya(あの時代を忘れない)」が渚園、「Bye Bye My Love(U are the one)」がホタルで選曲されていればここに上げた曲がすべて演奏されるライブになるところだったのですね。惜しい(?)。

ライブ終盤の煽りコーナー定番とも言える曲が「いなせなロコモーション」1曲だけでバラード系が多いのも偶然とは言え面白いですね。

 

6回 2曲

・My Foreplay Music(武道館/ホタル/歌舞伎町/流石/みんな/マンピー)※宮城ライブ

マンピーのG★SPOT(ホタル/渚園/流石/大感謝祭/マンピー/葡萄)※ベストヒットUSAS(茅ヶ崎ライブ版)

 

これが前戯からのG★SPOT解禁ですか…(組み合わせはいけないところを合体させる駄文)。

「My Foreplay Music」は最初のビデオである武道館コンサートから要所要所で製品化されており、メンバーの20代・30代・40代・50代を(40代以外はフルで)聴くことが出来るB面曲(シングルカットだけど)という珍しい位置にいますね(A面曲はシンドバッド・エリー・チャコとビッグネームが並んでいるので珍しいと言うよりももっと位の高い位置に置くべきでしたね(?))。

マンピーのG★SPOT」は曲発売後の映像作品は8つなので(6/8)割合としては高くなりますね。しかもベストヒットUSASではあの茅ヶ崎ライブから唯一の映像製品版が収録されていますから、製品版に最も愛された曲の1つ(?)と言えそうですね。

 

7回 5曲

・ボディ・スペシャルⅡ(日本/ホタル/渚園/歌舞伎町/流石/大感謝祭/葡萄)※さのさのさ

ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)(日本/ホタル/渚園/みんな/大感謝祭/マンピー/葡萄)※さのさのさ

みんなのうた(日本/ホタル/渚園/流石/大感謝祭/マンピー/葡萄)※建長寺ライブ・古賀紅太

真夏の果実(日本/ホタル/渚園/流石/大感謝祭/マンピー/葡萄)

希望の轍(日本/ホタル/渚園/流石/みんな/大感謝祭/マンピー)※建長寺ライブ・ap bank fes '06・桑田さんのお仕事(呼び捨てライブ)・SWEET LOVE SHOWER 2009・宮城ライブ

 

うん、ほぼ予想通りだ、という声が聞こえそうですね。私もそう思いました。歌う日本シリーズ、ホタル・カリフォルニア、渚園、大感謝祭と7回のうち4回はこの5曲すべてが勢揃いしていますから、如何に(特に夏の野外ライブでは)外すことの出来ない曲であるのかが伝わってきますね。

その中で「みんなのうた」と「真夏の果実」の7回がすべて同じライブのテイクが製品化されているのは何気なく凄くないですか…。以前希望の轍雑まとめ文で「真夏の果実」と「希望の轍」コンビ説(?)的なものを唱えましたが、訂正しなくてはいけないかも知れません(?)。

そして「希望の轍」、※の5つを含めれば何と12の製品版が楽しめます。これは1位のあの曲(隠す必要があるのか)を超える回数となっています。流石稲村オーケストラという名義を利用して(?)サザンでもソロでも違和感なく使えるようにしているだけありますね(?)。汚いなさすが希望の轍きたない(風評被害)。

 

9回 1曲

勝手にシンドバッド(武道館/日本/ホタル/渚園/歌舞伎町/流石/みんな/大感謝祭/マンピー)※建長寺ライブ・古賀紅太

 

1位はやはり「勝手にシンドバッド」でした。武道館コンサートから灼熱のマンピーまで9作すべて製品版に収められていましたが、おいしい葡萄の旅では選曲されず、そのため当然ながら製品版に入ることは無かったため、記録は「9」で途切れてしまいました。読売ジャイアンツのV9みたいですね(?)。

そういえば武道館コンサートのシンドバッドはアンコールのテイクなのですねえ…。ビデオ版ですと記載されていない(VHD版とやらではちゃんとアンコールと横に載っています(昔ヤ○オクで見た))、「愛で金魚が救えるか サザンオールスターズ PAAPOOツアー’82」のセットリストにも記載されていないという2つの罠があるので困りますね(?)。

日本シリーズから流石だDVDまで5つ連続で本編ラスト、灼熱のマンピー以外の3つはアンコールとどっちのパターンが好きなのかで派閥が出来てしまいそうですね(?)(しかし建長寺ライブと灼熱のマンピーで序盤シンドバッド派がそろそろ出現してきてもおかしくないですね(?))。

 

 

というわけでまとめてみました。大方予想通りの結果では無いのでしょうか。上位を80年代までの楽曲が締める中で、6回のマンピー、7回の真夏の果実希望の轍と90年代の曲がご登場していますね。90年後半からライブビデオが定期的と呼べるくらいに発売されるようになったということもありますが、ライブ定番曲となっていく過程が見れる気がしますね。2000年以降の曲ですとHOTEL PACIFICやロックンロール・スーパーマンが今後も記録(?)を伸ばしていく曲になりますでしょうか。

 

おまけ

カウント対象のライブビデオ以外(ソロや音楽寅さんDVDBOX収録ライブ)もカウントに加えて3回以上になる曲をここに載せておきますね(なら最初から全部まとめるべきでは)。

 

3回

イエローマン~星の王子様~(流石/みんな)(SPACE MOSA)

ピースとハイライト(マンピー/葡萄)(ひつじ)

栄光の男(マンピー/葡萄)(ひつじ)

4回

海(みんな/マンピー)(建長寺/SWEET)

5回

Oh!クラウディア(歌舞伎町/大感謝祭)(女神達/古賀紅太/SWEET)

 

イエローマン~星の王子様~」はSPACE MOSAにマルチアングル版として1~2分くらいの物が収録されていますね。

「ピースとハイライト」「栄光の男」はアルバム「葡萄」の特典DVDに「ひつじだよ!全員集合!」のライブ映像が付いていましたので早くも3回を達成していましたね。今後も定番になりますでしょうか。

「海」は「YOU」と同じく渚園で演奏も製品版ではカットがなければ正式に(?)3回のところに入れることが出来たのですが。

そして「Oh!クラウディア」圧倒的VHS率…寅さんDVD収録のSWEET LOVE SHOWER 2009版を除けばライブDVDとして製品化されたのは大感謝祭のみというのは人気の高いナンバーの1つとしては意外ですね(メドレーコーナーでの演奏なのでフルではないですし…)。夏曲と言える曲でありながら年越しライブでのラスト曲の定番になっている感があるのも多少影響しているのでしょうか。

 

という訳で以上でございます。手作業で調べていますのでもしカウントミス等がありましたら申し訳ございません…。

 

 

あとがきのようなもの

少し前にこちらに書きました、桑田さん名義曲のライブ演奏回数を雑にまとめた駄文が昨日から急にアクセス数が増えておりまして…(当社比)。どなたか影響力のある方がリンクでもしていただいたのか、それともビルボードライブのセットリスト分も追加せよ、という無言の圧力なのか不安で震えております(?)。

 

大正時代にフォークボールを投げた2人の日本人

のっけからどうでもいい話なのですけど私、変化球ですとフォークボールが好きなのですよね…。そうしますと必然的にフォークを武器にしている所謂フォークボーラーには注目してしまうわけで…。

そんなの中(?)フォークの神様杉下茂よりも20年以上前にフォークを投げた投手がいた…?しかも2人も…?と気になる情報を見つけてしまったのでとりあえず引っ張り出してみました…が雑にしか書けないもので、タイトルほどの情報が得られるかは何とも言えませんがそこはどうかお許しを…。

 

時は1922年(大正11年)、ハーバード・ハンターがメジャーリーグ選抜チームを率いて来日しました。ハンターは1920年マイナーリーグ主体の選抜チームの一員として来日し、メンバーの中で特に日本人へ熱心な指導を行なっており、翌年1921年にも慶應義塾大学の指導のため日本にやって来ており、初期の日米野球史の中で重要人物の1人ですね…とそれについて今回は置いておくとしまして、このチームには、バレット・ジョー・ブッシュとハーブ・ペノックという2人の投手が参加していました。ブッシュはフォークボールを開発した人物といわれ、ペノックもフォークを武器にしていた投手でした。余談ですが、ブッシュがフォークを開発したのはボストン・レッドソックスに在籍していた1918年頃と言われていますが、この年にはペノックも在籍しており(1915~1922年)、過去6年間で10勝以上したシーズンは1度だけでしたが、この1918年には16勝を挙げ10年連続で2桁勝利を達成することになり、ブッシュがフォークを開発した年とペノックが本格的に活躍し始めた時期が一致しており、同じ武器を持っていることから、共同開発説・先にペノックが投げ始めた説もあるとかないとか…。

さて話を戻しましょう。杉下茂フォークボールの存在を教えたのは、後に中日ドラゴンズの日本一監督となる天知俊一というのはあまりにも有名なエピソードですが、ではこの天知がフォークの存在をどこで知ったのかと言えば、1922年の選抜チームが来日した際にペノックから投げ方を見せてもらったとのこと。実は天知がフォークを教えたのはこの時が最初ではなかったのです。後に天知本人が「明治大学野球部史」に「フォークボールを初めて投げたのは杉下ではなく中川金三」という内容のことを記しているのです。天知と中川は学生時代少々複雑な経緯があり、旧制攻玉社中学から明大予科へ進学したのですが、当時大学予科への進学は、5年で卒業後もしくは4年終了時に入学試験に合格する必要があったのですが、2人は3年生からの進学だったため、中学へ戻る形で通学することになりました(ちなみに約半年大学へ通っていたとのこと…時代を感じますねえ…)。そこで下野中学(現作新学院高校)へ転校し、1年後改めて明大へ進学しましたが、この下野中学に在学中に選抜チームが来日しペノックから指導を受けたとのことですが、大和球士「真説・日本野球史 大正篇」には明大をコーチしたのは11月で(この時の試合は12-0で明大の敗戦)あるため、この時はもう下野中学野球部員であるにも関わらず、明大野球部に混ざってちゃっかりコーチを受けていたとのこと(時代を感じますねえ…(天丼))。

そしてここで教えを受けたフォークを同期だった中川に教え(本業は外野手だったとのこと)、翌1923年の春には習得し、そのフォークを武器に練習試合ではありましたが、連戦連勝だったそうで…。このまま行けば夏の甲子園(当時は「全国中等学校優勝野球大会」でしたね)の優勝も夢ではない、と機運が高まりつつありましたが、予選が始まる直前に明大から戻ってくるようにとの連絡(命令)が入り(満州への遠征があったためらしい…)、進学と言いますか、復学となりました。

もしこの時もう少し中学に残っていれば、どうなっていたのでしょうか…。少し歴史は変わっていたのかも知れません。…いやしかし、もしかしたら中川の本業が投手では無かったからこそ、天知は教えを試すことができ、そして中川がフォークを投げることが出来たという成功例を得たことにより、後の杉下茂にも伝授することが出来た、のかも知れませんね…。

 

時を同じくしてもう1人の投手がフォークボールを投げていました。早稲田大学の投手であった竹内愛一です。後にはプロ野球(職業野球と言った方がしっくりきますかね…)の監督を務めました(また余談ですが、朝日軍の新人林安夫がシーズン最多投球回の記録である541.1回の記録を残した1942年に監督だったのはこの竹内でした)。

学生野球の父と呼ばれた飛田穂洲の著書の1冊に「熱球三十年」という本がありまして、そこには「平凡な大投手、竹内愛一」という章があり、竹内について詳しく記されているのですが、その中でなんと竹内がフォークボールを投げていたという記述があるのです。

1923年、早大野球部は軽井沢で夏季練習を行なっていましたが、ここで竹内は飛田にフォークを投げて見せたのです。前年の1922年、明大と同じく、早大も選抜チームと試合を行なっており、どちらの投手から教えを受けたのか、もしくは盗んだのかは分かりませんが(本の中では「まねた」とありますのでどっちとも取れますね。ちなみに飛田はフォークについて、ブッシュの開発といわれ…と書いていますね)、この時に竹内はフォークの存在を知ったのは間違いないでしょう。早大は2試合選抜チームとの試合を行ない、1試合目はブッシュ、2試合目はペノックが勝ち投手となっていますが、その2試合目の敗戦投手は竹内だったのです。そうしますと打席にも(特別ルール等が無ければ)入るはずなので、打席の中で(投げていれば)フォークを見ているはずなので、これは…と思い、試合後にコーチを受けた…という可能性が高いのかも知れませんね。

その後フォークを習得した竹内でしたが、「肩や腕のためによくない」ということで殆ど試合で使う事はなかったとのことです。よくフォークは肩や肘に負担の掛かる球種と言われていますが、100年近く前からそれを分かっていたのですねえ…。竹内は後に奇人・変人とも呼ばれたりしますが(「熱球三十年」を読むとその時からまあ…)、投手らしい繊細さもしっかりと持ち合わせていたのかも知れません。この後早慶戦が復活しており(しかもその復活戦で先発したのが竹内)、もしこの大学時代に多投していれば、当時の六大学野球に対する熱狂も相まって一気にフォークボール全国へ広がっていたかもしれませんね。

 

と、ほぼ同時期に中川金三・竹内愛一という2人の選手がフォークボールを投げていたと言うことですが、私がたまたま知ったのがこの2人の例のみでブッシュかペノックに指導を受け、フォークを投げることが出来た投手はまだいるのでは無いのでしょうか。ここら辺をちゃんとした方(?)が調べてくれたりしませんかねえ…。フォークボールの歴史本が出たら迷うこと無く購入しますので…。ついでに個人的この野球人の本を書いて欲しいベスト3(?)に入る竹内愛一についても書いていただけると…(他力本願のくせに要望の多い愚か者)。

あとどうでも良いですが本の内容をそのまま捉えますと天知はノペックから教えを、竹内はブッシュからまねた、ということで天知(中川・杉下)はペノック型、竹内はブッシュ型のフォークを使っていたことになり、杉下によってフォークボールという球種が広がっていたと考えれば日本ではペノック型フォークが採用されたという形になったのでしょうか(?)(そもそも違いは無いと思いますけど…まあ妄想です、はい)。

…ここまで書いていてちょっと検索してみたら某知恵袋の快投で中川がフォークを投げたことについて回答している人がいましたね…。もっと先にちゃんと調べるべきでした…。

こう見ますと約30年後に杉下茂によってフォークボールの名が一気に知れ渡ったのは、ちょうど戦後に職業野球が娯楽の1つとなったことと、「打撃の神様川上哲治が打てない「魔球」として完成したことが大きいのでしょうか。杉下自身もフォークを多投する選手では無かったとのことですが、1950年代になり、ようやくフォークが時代に追いついたのかも知れませんね(?)。

そういえば杉下の某wikiですと初の本格的なフォークボーラーとされており…となっており日本で初めて投げた、となっていないのがリアルだなと思いました(どうでもいい1文で締めます)。

 

 

あとがきのようなもの

野球ゲームですと、2ストライク後は99%フォークを投げさせるというワンパターン投球をしているので、もしどこかで見つけても優しく空振りして下さい(?)。

 

「サザンオールスターズ 1978-1985」を読んだ雑な感想のようなものを

今年久し振りに所謂「サザン本」と呼べます1冊の本が発売されましたね。スージー鈴木氏による著書「サザンオールスターズ 1978-1985」。サザン関係の本ではサザンのメンバーが出したものを除けば2007年中山康樹氏の「クワタを聴け!」、2008年別冊宝島「音楽誌が書かないJポップ サザンオールスターズ桑田佳祐」(後に文庫化)以来になりますでしょうか…(えっ…、2008年の「5年後までのサヨナラ!?サザンオールスターズ」…?あれは結果的にタイトルが正解となったことがすべての感がありますから…)。

そんな約10年ぶりのサザン本が登場、それを書いた方がスージー鈴木氏ということで、私は個人的に野球方面で名前を知っていた方で(後にサザンも好きだということを知る)、ある年の某東京野球ブックフェアで遠目からお姿を拝見していて(一瞬サザントークをしたくなってしまったけど流石に空気を読みました(?))、勝手に親近感を抱いていたこともあり(?)こっそり楽しみにしておりました。

さて、無駄な前置きからの本題に入りましょう。ネタバレもなるべくはしないようにしたつもりですが多少は入っているかも知れませんのでそこはどうかお許しを…。

 

まずいきなりの「勝手にシンドバッド」の分析でしょうか。今までのシンドバッドといいますと、テレビで演奏された当時の衝撃が語られることは多かったと思いますが、曲の1つ1つを解体しボーカル・歌詞・メロディなどを分析し解説するというのは恐らく初では無いのでしょうか。それなりにページ数も割いていますので本家の曲に負けないくらいのインパクトがありましたね(?)。ちなみに「メロディ(Melody)」でも同じように細かい分析がされております。このラストに書かれている解釈といいますか、あれは好きですね…。具体的にはP.226です(桑田さんの誕生日で覚えていました(?))。

あと「開きっ放しのマシュルーム」(84年)の「Blueberry Boy」からの「blueberry lady(strawberry woman)」(メロディ(Melody))は読む前に気が付きたかった…(10年何してたんだ老人と化した私)。

章のラストにはアルバムの批評が載っておりましたね。アルバム収録曲は1曲1曲に星1~5つでの評価、数行のコメントがされていますので、「クワタを聴け!」の評価と比べるのも面白いかも知れません(実際「クワタを聴け!」と評価が違う曲だとそれに触れているところがありますね)。ただああいうタイプの曲やそういうパターンの曲だと評価が辛めなのは共通していると言いますか…(ネタバレ防止)。

「モーニング・ムーンは粗雑に」を見た感想(?)や「ふぞろいの林檎たち」の中でサザンの曲がストーリーの中でどのように使われていたのか、という実録がされているのもなかなかお目にかかれないテーマではないかと思います。それ関連で言いますと、ビデオ「サ吉のみやげ話」のレビュー(的なもの)も載っているのは、発売から30年以上経ちDVD化もされておらず、レビュー的なものを書いていた個人サイトも消えつつある中では貴重なものではないのでしょうか。

7人目のサザン、という項目もありますが、86年以降ではもっと多くの人物がご登場しそうですね(まあそれだとサザンオールスターズ&オールスターズになってしまうか…)。

文章の構成上メンバーのソロに関してはあまり触れていませんでしたね。嘉門雄三と「ステレオ太陽族」の比較として「はらゆうこが語るひととき」が出ては来ましたが。個人的にはサザン・桑田以外のメンバーのソロ活動に焦点を当てた本を読んで見たいですねえ…色々あると思いますが、いつか誰かが書いていただけると未練は1つ減りそうです(?)。

最後にサザン(桑田)と、他アーティスト(はっぴいえんどやキャロル)などの比較分析も書かれていますが、私はサザン以外をほぼ知らないため「ほーなるほど…」位の感想になってしまうのが勿体なかったですね。そういう知識を持っていればちゃんとした反応が出来たのですが…(まあ私の勉強不足という名の視野の狭さに問題があるだけなのですがね…)。

終章は何と申しますか…氏のホームページのブログ(日記?)でサザン(桑田)に関して触れていたものをいくつか読んでいたので「ほうほうと…」。

 

…と結局は側を触るだけの感想を長ったらしく書いてしまいました。

まあ結局は、現代にデビューから85年までのサザンを分析し、しかも本にしていただきありがとうございました、ということが言いたいだけだったのです…。

個人的に好きなものに対して「過去があって今がある。今があって過去がある」と勝手に考えて接してしまっているので、この本から86年(サザンで言いますと88年ですが)以降の「大きくなったサザン」を分析した本が出るといいですねえ…

そして余談ですが去年11月に発売された「ベースボールマガジン1月号」では「工藤公康=桑田佳祐論」というのが載っていますのでそちらもチェックしてもいいと思いますね(雑誌なので新刊では多分もう手に入りませんかね…?ちなみにサザンのサの字も出ては来ませんが小林克也氏のインタビューも載っていたりしますのでサザン臭があります…でも本当に見て欲しいのはその号の取材後記だったり…?)。

 

 

あとがきのようなもの

この本を発売日に購入し読んでいたのですが、妹に「今日何か忘れてない?」と言われてしまいました…。そりゃあ、だってサザンはHappy Birthdayの中で「何も言葉はいらない」と歌っていますし…(言い訳)。